見出し画像

「老害」を人口視点で分析したら、今の40歳がキングオブ老害世代だと判明した

「老害」の変化

「老害」という言葉や関連した議論をよく耳にするようになった。
以前は高齢の政治家が不適切な発言をした場合によく使われる言葉だったが、最近の論調では対象となる年代が70代以上のシニア層だけでなく50~60代のエルダー層に拡大しており、より広い分野で一般的に使われる言葉になっている。(ちなみにGoogleTrendでの「老害」検索ボリュームも上昇傾向。)

使用される文脈も徐々に変わりつつある。以前のような”個別の発言や行動”が問題視されている状態では、エルダーにも老害な人と、そうではない人がいるという前提があった。
しかし、その人自身の発言や行動に大した問題がなくても、”次の世代にポジションを譲らず居座り続けること” そのものに矛先が向くと様子が変わってくる。
エルダーは総じて早めに下の世代に道を譲り、メインストリームから退場すべしという注文に変質してきているのだ。

では、「老害」に関する議論が盛り上がる背景には、どのような不満があるのか。
色々と読んだり訊いたりした印象では、
様々な分野でエルダーが未だに幅を利かせていることで、若者の活躍の機会が奪われている
という問題意識が通底しているようだ。

これを人口の視点で解釈すると、
エルダーの人口ボリュームが若い世代を上回っており、
供給サイド、需要サイド共にエルダーが幅を利かせることで
なかなか若い世代に投資や人気、発注が回ってこない状態
と考えることができる。
(供給だけでなく、需要側もエルダーが多い、というのはとても重要で、構造的に壊しにくい部分だ。)

果たして本当にそうなっているのか。
若者とエルダーの年齢の区切りには諸説あるが、ここでは若者=20~34歳の15年間、エルダー=55~69歳の15年間と定義してみよう。
日本における1950年~2021年までの若者(20~34歳)の人口ボリュームと、エルダー(55~69歳)の人口ボリュームの推移をまとめたのが下記のグラフだ。
青が若者、オレンジがエルダーの人口だ。

エルダーめっちゃ増えとる。


若者の年齢がピーク時より減少しているのもあるが、とにかくエルダーが激増。1980年段階では1千万人くらいしかいなかったのが、2.5倍くらいに膨らんでいる。
グレーの折れ線でエルダーの対若者比率を示したが、1980年は50.8%だったのが、2005年を境に逆転、2021年段階では120.2%と
現在は若者の2割増しでエルダーがいる状態である。
こりゃ確かにエルダーが幅を利かせている、という印象が下世代に拡がるのも構造的に無理もない。
では、この構造は将来どうなるのか。先程のグラフに2060年までの推計値を付け足してみよう。
(ご存知の方も多いと思うが、人口推計の確度はかなり高く、ドラスティックな政策変更などがなければ信じるに足る予測だ。)

将来に比べれば現状はむしろマシ

なようだ。

グレーの折れ線で示したエルダーの対若者比率はこれからグイグイと上昇し、
2037年には現状の更に3割増し、156.2%に達する。
その後、人口ボリュームではエルダーも若者同様に減少していくのだが、比率の面ではエルダーが若者の1.4倍はいる ≒現状の2割増し状態でキープされる。

「老害」たるエルダーが日本において極大化するのは2037年。
まさにその2037年に55歳となってエルダーの仲間入りし、その後も延々と続く”老害のゴールデンエイジ” を担う人々は、
キング・オブ・老害世代ということができるだろう。

そんな2037年に55歳になる、つまり現在40歳で、
ニッポンの超老害になることが確定して震えているのは、どこのどいつだぁ~~~い・・・・・・?

アタシだよ!!!!!

(せっかくなので、世代にしか分からないネタにしてみました。)

この記事を書いている私自身が、今ちょうど40歳なんですよね…。
研究員やってると、分析結果を見て衝撃が走る瞬間ってたまにあるんですけど、今回もだいぶ震えましたね。「俺かい!!!」ってなった。
はい。私がキングオブ老害です。改めましてこんにちは。

動揺しすぎて調子が変わってしまった。話と文体を戻そう。
さて、ここで読者の皆さんに思い出して欲しいのは、
2037年のピークを過ぎても、
エルダーの対若者比率は今よりも2割増しの状態がキープされる

ということだ。
つまり今、「老害よ去れ!」と言っている下世代は、
その言葉が20~30年後に2~3割は加速したブーメランとなって自分に突き刺さってくることがほぼ確実
であることに留意しておくべき、ということなのだ。

関連して、もう一つ考えたいのは、
老害と言われかねない年代になった時、果たして自分は道を譲るのか
ということだ。
私自身についていえば、長く同じ地位を守ろうとは全く思わない。一方で、その時、その時に活躍できるフィールドを見つけて、できるだけ生涯現役でありたいと強く思ってもいる。研究でも何でも、現場、前面にいることが好きだ。
そしてどんなフィールドであれ、一人のエルダーが前面に立って活躍するということは、一人の若者がその機会を失うことを意味するかもしれない。
自分はそれでも譲らないエルダー、シニアになる気が十分にしている。
御年82歳で新作映画制作中の宮崎駿監督並みに、頑張っていきたいところだ。
(もちろん、譲るんじゃなくて共に創るんだよ、みたいな言い方もできるでしょうけどね。)
この記事を読んでくれているあなた自身は、どうしたいですか?

他の国では?

せっかくなので、日本だけでなく他国の事情も見てみよう。海外でも「老害」問題の発生しうる土壌はあるのだろうか。
まずはアメリカから。

さすが移民の国。往時の勢いはないものの、そもそも若者人口が今後も漸増していくようだ。エルダー人口も近年は急増していたが、今後しばらくは小康状態。エルダーの対若者比率で90%前後の現状が2040年まで維持される。日本のように大幅にエルダーの人口が若者を上回る状況は当分やってこなさそうだ。

続いてお隣の韓国を見てみよう。

現状は日本より幾分マシだが、将来推計はだいぶヤバいことになってる。
エルダーの対若者比率はまさに鰻登り。(あくまでもこの年齢の区切りでの話だが、)2028年には日本を逆転し、2048年にはなんと200%を超える。
若者人口の減少は日本をやや上回る程度なのだが、日本と違ってエルダー人口があまり減少しないことがその要因だ。
ちなみに、韓国にも日本の老害にあたるコンデ(꼰대)という言葉があるそうだ。年長者を重んじる儒教的な考え方が強い国ではあるが、近い将来、韓国でも「コンデ」問題が大きく取り上げられるようになるかもしれない。

次は中国だ。

これまた、ずいぶんとドラスティックな波形だが、
2023年現在はちょうど若者人口とエルダー人口がほぼ一緒くらいの状況だ。
ただ中国の場合、とにかく2040年以降の若者人口の落ち込みがヤバい。
色々なメディアで言われていることだが、今後約20年が中国にとって勝負どころ、というのがよく分かる。
エルダーの対若者比率も2040年以降に急増し、2055年に日本のピーク値を大幅に上回る186.3%でピークを迎える予測となっている。

最後にインドも見てみよう。

人口の波形だけで言えば、
規模を30倍にして、時間を40年ずらした韓国という感じ。
若者人口は2030年頃にピークアウトして
エルダー人口が徐々に増えていくので
ゆくゆくは日本や韓国、中国と同じ状況が起こりそうではあるものの、
「老害」的な議論に脚光が当たるのは、まだだいぶ先の話と言ってよいだろう。

ちなみに、欧米を中心とした38ヶ国の先進国が加盟するOECD全体ではアメリカとほぼ似た波形。若者人口が維持されることで若者とエルダーがほぼイーブンな状態が維持される。(これには欧州各国の長年継続してきた移民受け入れ政策の影響もあるだろう。)

欧米でも2019年に”OK Boomer”(ベビーブーマー世代の言い草は聞き飽きた)という言葉が流行したものの、
若者とエルダーの人口比率の面で言えば、「老害」的な議論は東アジア各国の方がより起こりやすい構造がある、と言えそうだ。

若者はどうすればよい?

ここまで見てきたことを纏めると、今回の分析では
様々な分野でエルダーが未だに幅を利かせていることで若者の活躍の機会が奪われている、という意味での「老害」問題
を人口の視点で捉え直し、
エルダーの人口ボリュームが若い世代を大幅に上回っている状態
(その結果、供給サイド、需要サイド共にエルダー>若者となり、
若い世代に投資や人気、発注が回ってこない。)
と定義してみた。

その定義に則って日本の人口推移を2060年まで分析すると、
現状で既にエルダー(55~69歳)人口が若者(20~34歳)人口の1.2倍にのぼっており、さらに今後、若者人口の減少によりエルダー優勢な状態が加速する、という結果となった。
つまり、「老害」問題は始まったばかりで今後深刻化する可能性が高い。
しかもそれは、
現在、「老害」を批判している下世代が、
更にその下の世代にとってはより強い「老害」として重しになっていく、

という”「老害」を煮詰めて再生産する構造”が出来上がっていることを意味するのだ。
「老害」問題が、ジェンダーや人種の問題などに比してユニークなのはこの、
批判する側が将来的には必然的に批判される側に回っていく
という点にある。
「老害」を批判する行為というのは、『逃げるは恥だが役に立つ』最終回で石田ゆり子さん演じるアラフィフ女性が語った言葉を借りれば、”自分に呪いをかける行為”と言えなくもないだろう。

さらに言えば、この構造は日本だけでなく、
少なくとも韓国、中国という東アジア圏では早晩発生する
というおまけ付きだ。

……とまあ、なかなか絶望的な分析結果ではある。
ここからの問いは、
「エルダーにどうしたって人口ボリュームで負ける若者世代は
どうやって生きていくべきなのか?」
ということだ。
自分がエルダーになるまで待つ、という手もあるっちゃあるのだが、
もちろん若手も活躍できる世の中であることに越したことはない。
私自身、新陳代謝自体は必要なことだと経験も含め考えている。

そこで、幾つか考えられる方法を下記してみた。

①「若者比率」を可視化する

先程述べたように、若者は今後、どうしたって頭数ではエルダーに勝てない。というか、今後はより勝てなくなっていく。
なので、マイノリティの戦い方をする必要がある。その一つが数値化だ。
ジェンダーや人種問題に関する活動に倣い、「組織の意思決定に占める若者比率」、「研究助成金の支給先に占める若者比率」などをまずは可視化し、ランキングなどの形で比較する、数値目標を掲げるなどのロビイング活動でジリジリとサンクチュアリ(聖域)を確保していくことが大事だろう。
繰り返すが、エルダーの対若者比率が上昇していく以上、
そうでもしないとむしろ状況は悪化していくはずだ。

②海外市場に活路を求める

これからの若者文化のあり方についても考えてみよう。この観点では、国内のサービスの受け手、需要サイドもエルダー比率が高まる、ということを無視してはいけない。数の論理は恐ろしく的確だ。
従来、若者発の文化が時代をリードできたのは、若者が人口的にも多かったからだ。要するに、客がたくさん見込めたのだ。それを見越して初期投資も集まりやすかった。
若者が少数派になったということは、「若者にしか当面は受け入れられない、エルダーには理解し難いこと」はどうしたって不利になる。結構、国内だけで戦うのは無理ゲーなのだ。(逆に言えば、エルダーの客はどんどん見込めるようになっている。)
ご存知の方も多いかと思うが、日本はOECD加盟先進国の中でもアメリカに次いで輸出依存度の低い内需ドリブンな国だ。
それに対して、人口規模が日本の半分程度の韓国は内需に限界があり、外需獲得に力を入れてきた。K-POPがこれだけ世界的に拡がったのも、「国内だけでは十分に儲からない」という背景がある
実は、日本の2023年の若者人口は直近のピークだった1998年に比べだいたい3分の1くらい減っている。市場の3分の1が消滅しているのだ。
2050年には更に減って1998年の2分の1になる。これはむしろ1990年代の韓国の若者人口に近い規模だ。国全体としても外需へのシフトが求められるが、若者文化はそれ以上に外需に目を向けていかないとスケールができない。
幸い、OECD加盟の他の先進国では若者人口が維持され、新興国はまだ若者だらけだ。メタバースがどうとか言うまでもなく、以前に比べて越境はしやすくなっている。

③上世代を需要として取り込む

国内に全く希望がないかと言えば、そういうわけでもない。博報堂生活総研が先ごろ、「消齢化社会」というコンセプトを発表したが、これは長期時系列調査の結果から、以前に比べて世代間の価値観や行動の差がなくなってきた、というファクトを示したものだ。
実際、カラオケ歌唱曲の年代別ランキングなどを見ても、以前に比べエルダーは最新の曲も歌うようになっているようだ。
以前に比べて、若者が発信するコンテンツに「エルダーの共感が全く得られない」ということが少なくなっている、というのは救いではあるだろう。

④少人数に高い金額を出してもらう

細かい話を無視すれば、売上は客数と客単価の掛け算で決まる。
客数が見込めないなら、客単価を上げる必要がある。
広告モデルとかサブスクプラットフォーム内の分配収益では利用者当たりの単価はどうしても少なくなるので、客数が見込めない状態では無理ゲー度が高まる。
少人数からたくさん貰うモデルにシフトせざるを得ないのだ。そういう意味では、少なくとも日本においてSpotifyは若手アーティストが収益をあげやすいプラットフォーム、とは決して言えないであろう。
③の上世代を顧客として取り込みつつ、より高い金額を出してもらう、ということで言えばこれまで一番成功したであろうモデルは結局のところAKBグループのモデルであろう。
ローカルで攻めるならそのアップデートこそ志向すべき道かもしれない。

⑤そもそも20代は学生で良い

これは上世代の支援も含めて必要だが、もう20代は全部学生で良いんじゃないか、という感じもする。数が足りなきゃ質で勝負、ということ。
安宅和人さんがPhD取得率上昇をずっと訴えていたり、企業として社員のPhD取得を支援する会社も出てきている。
大学を卒業したらいきなり新卒で100%会社にコミットする、という以外の、学生と企業インターンの二足のわらじ的な働き方が増えていくと面白そうだ。社会的にも、「20代で新卒で入社する」という常識を変えていった方が良いタイミングでもあるだろう。

仲良く新陳代謝していくには

色々書いてきたが、エルダーが幅を利かせる構造自体の解決策は、
エルダー側に退くインセンティブが一ミリもない以上、対策の①に書いたような「若者枠」を確保するくらいしか方法がないように思う。
役職定年的な制度を企業以外にも導入する手はあるが、他の正義とのバッティングで障壁は高いだろう。それに需要サイドとしても、映画監督に年齢上限が設けられて庵野監督や宮崎監督の新作が見られなくなったりしたら、それもディストピアだろう。そもそも人口減してるので、エルダーも稼がないと全体の購買力が維持できない。

一方で、新陳代謝は大事だ。
「大木がなくなると、そこに新しい木が育つ。」というではないか。
一方で、この言葉、裏を返せば「新しい木が育つには、大木は倒れなくてはならない」ということでもある。
この前提をどうにか変えられないかと思う。
そもそも人口減している環境なのだ。
需要サイドの規模も減ってるのが国内市場は厳しいところだが、大木と新しい大木が併存する形を目指したいところである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?