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AV被害救済法、成立の背景と2年後に起こること

1.問題提起から3か月半でのスピード成立


AV出演被害防止・救済法(以下、救済法といいます。)が6月15日に成立しました。

AV(アダルトビデオ)の出演者の被害を防ぎ、またその被害救済をのための法律です。

‐出演契約を書面などで結び、撮影の具体的内容も記載すること
‐出演契約書面を渡してから1か月間の撮影の禁止
撮影の終了から4か月間の公表の禁止
公開後1年間は契約解除が可能(=解除がされれば作品の公開ができなくなる。今後2年間は公開後2年間に延長)

などが規定されています。

3月ごろからメディアでも取り上げられはじめ、6月に急に決まった法律なので、何が起こっているのかよくわからない方もいるかと思います。

今回の法案が通った経緯、そして今後起こりうること注意すべきことについてまとめました。

2.26年ぶりのべたなぎ国会が救済法成立の遠因

救済法は、議員立法で作られています。

法律には、2種類あり、
政府(の官僚)が作成して、国会で議論してもらう閣法と
国会議員が中心となって作成し、国会で議論してもらう議法があります。

6月に閉会した208回国会では、閣法が61本提出されすべて成立。衆議院に提出された議法は61本中15本が成立していました。

国会での議論は閣法が優先されるのが基本です。

そのため、与野党で対立する閣法があると、全体として審議が後ろ倒しになり、結果として後回しにされる議法の成立本数は少なくなる傾向があります。

208回国会では、26年ぶりにすべての閣法が成立しました。

会期中に法案に関係しそうな事件の発生(※)などがなかったことでスムーズに審議が進み、結果として議法である救済法を議論する時間が確保できたといえると思います。

※2021年、通常国会に入管法改正法が提出されましたが、国会の最中、入管収容施設の外国人女性が死亡したことが大きなニュースとなり、結果として法案が成立しなかったことがありました

3.野党発信の政策変更の事例だが、与野党で一緒に作ったもの

与党に所属していない議員でなければ政策変更できない、と思っている方も多いかもしれませんが、中には野党の問題提起により政策変更が行われることもあります。

今回の法案はまさにそのプロセスを踏んでいます。

野党の問題提起→与党が議法作成を決断→与野党で合意→法案提出という流れで政策化が進められました。

野党提案のものでも、世論が後押ししているような場合には、与党も一緒になってその政策を進めることがあり、救済法はその例といえます。

救済法に反対している立場の方から、塩村議員への批判の声がネット上で多く出ているようですが、救済法の内容は与野党で検討を行い、最終的にはほぼすべての議員が賛成して成立しています。救済法は立法府の総意である法律だといえます。

【経緯】
2021年2月16日 立憲民主党 塩村あやか参議院議員がAV出演強要に関する主意書(政府への質問状)を提出。3月1日政府が回答
2021年3月8日 参議院内閣委で塩村議員がAV出演強要問題について質問
2021年3月21日 国会内で支援団体が院内集会を開催
2022年4月13日~ 自民・公明のプロジェクトチームが課題を議論
2022年4月~5月 与野党間で法案について協議
20221年6月14日 法案成立

4.2年後の見直しまでに起きること

この法律は今後2年以内にその内容を精査して、必要であれば見直しされることが決まっています。法律や国会審議から、今後起きうることを推測しました。

5.2年後、作品の公表期間に制限が付く可能性がある

救済法では、2年後に検討することとして公表期間の制限が言及されています。

現在の救済法では作品の公表後いつまで公開してよいかについては規定されていませんが、2年後の法改正のタイミングで議論となる可能性があります。これはオンライン上では個人情報が長期間残ってしまうことに着目した「忘れられる権利」です。

2年後、すべての作品は公開後〇年以内に公開停止することなどを定めることもありえそうです。

6.2年後、性行為を伴う出演契約は無効とされる可能性がある

無効となる契約についても2年後に見直すことが検討されています。国会の議論では、性行為を行うという契約自体の有効性についても検討事項に含まれる、と答弁されています。表現の自由との関係もあり、可能性は低いようにも思えますが、論点としてはあげられている状況です。

○山下委員 本村委員御指摘のとおり、本法律案附則第四条二項においては、本法律案の規定についての検討事項として、「無効とする出演契約等の条項の範囲」というのを明記させていただいております。
 そうしたことから、これに関して、AV出演において有償で性交を実際に行うといった行為の条項の有効性についても検討事項に含まれるというふうに考えております。
第208回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 令和4年5月25日:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/120804889X02620220525/85

7.女性支援団体などが活用できる予算増の可能性が高い

法律が通った場合、その法律の目的が果たされるように、新たな予算が確保されることが多くあります。救済法の成立時には、国会議員が政府に対して、

関係機関、団体との連携による、相談体制の構築と財政支援を行うよう求めています。
参照:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/120804889X02620220525/117

これは、附帯決議といって、国会議員が政府に法律を運用するときにはこれらの点に注意してくださいと明文化するものです。国会の総意ともいえるものなので、政府はその意見を尊重して、政策を実施する可能性が高いといえます。

つまり、2022年度(につくられるかもしれない)補正予算、2023年度の当初予算で、主要な被害者と思われる女性の支援団体等が活用できる補助金の拡大を行う可能性が高いといえます。

8.残された懸念:出演料の返還リスクをどう支援するか

救済法にはいくつか国会の場で懸念も示されています。一つは出演料の返還についてです。

作品公開後1年間は、公開を止めること(解除できる)ができることにはなっていますが、出演者には事後的に出演料の返還をしなければならないリスクは依然残ることが国会でも言及されています。

○山下委員 ありがとうございます。
 まず、出演契約の取消しあるいは解除の要件として、お金を返さなければならないということではないということでございます。
 お金を返す、出演料を返すというのは原状回復義務の一環でありまして、解除があった後に原状回復義務が発生するという関係がありますので、解除の際にお金を用意していなければ駄目だということではない。例えば返す、そういった金銭の原状回復ということになった場合に経済的に困窮してしまうということにおいては、これはやはり、本法十七条でも、その被害の背景にある貧困も含めた問題の解決に資するよう、相談の場、機構、これを設けるということになっておりますので、そうした相談機構にしっかりと御相談いただくということにおいて、解除した後のそうした原状回復についても相談に乗っていただけるものと期待しているところでございます。(後略)
第208回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 令和4年5月25日:
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/120804889X02620220525/95

9:残された懸念:海外メーカーが契約の対象となった場合に出演者が十分な支援を受けられるか

また、法律は基本的に国内での行為を取り締まるものなので、救済法ができたことにより、法律の適用を受ける可能性があるか不明確な海外メーカーが契約の対象となった場合、十分な支援ができるのか、という懸念も示されています。

○一谷委員 
(前略)日本国内ではなく海外メーカーが契約の対象になってしまった場合、また、日本メーカーが海外に進出してしまった場合に、どのようにこの法案が適用されるかというところの考えを足立議員にお聞かせいただきたいと思います。
第208回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 令和4年5月25日:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/120804889X02620220525/64

10.早い段階での支援が重要。2023年予算を注視

このような懸念がありうるとなると、やはり、出演契約前や撮影前での支援が重要になってきます。

新しい法律が通った後は、その法律の執行を強化するための予算が確保されるはずです。2023年の予算の検討はまもなく始まります。法律がしっかり仕事をしてくれるための予算を政府がつくろうとしているか、よく見ておく必要があります。

(執筆:西川貴清

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