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辿り着いた過ち ~5.接触~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~4.内偵~

5.
「ちょうど良かった。私も、君に聞きたいことがあってずっと探していたんだ。」
真剣な眼差しでそう言いながら、金丸はゆっくりとした足取りで美里のほうへ歩いてくる。その威圧感に押されないよう全身をこわばらせながら、美里も負けじと金丸に歩み寄る。
「はい。何でしょうか?」
「もうわかっていることだと思うが、谷山社長が亡くなった。状況からして、何者かに殺されたみたいだ。この件について、何か知っていることはあるかな?」
単刀直入に切り出す金丸。やはり一企業の副社長を務めるだけあって、半端じゃない迫力だ。
「いいえ。残念ながら何も知らないんです。」
「…本当かな?」
ただでさえ険しい金丸の表情が、さらに険しくなる。少なくとも美里の知る限り、社内で金丸がこんな表情をすることは、まず間違いなくなかった。
「…はい。」
金丸から目をそらさないよう必死にこらえながら、美里は返事を絞り出した。
「…そうか。なら、どうしてここで私の机を漁っていたのかな?」
負けるな私。ここで怖気づいたら、もうおしまいだ。
そう心の中で言い聞かせつつ、先ほど見つけた資料を両手で握りしめながら、美里は口を開いた。
「…ちょっと、調べたいことがありまして。」
「どんなことを?」
「谷山社長を殺した、犯人は誰なのか?ということです。」
「ほう。それで?」
「率直に伺います。谷山社長を殺したのは…副社長、あなたじゃありませんか?」
今まで知る限り、もっとも般若の顔に近い金丸の顔を全力で睨みつけながら、美里は核心を突いた。
「ふむ、なるほど。君がそう来るのなら、私も聞かざるを得ないな…。松下さん、谷山社長を殺害したのは、君じゃないのかな?」
やはりそう来たか。ここまでは、まだ想定の範囲内だ。今まで経験したことのない緊迫感に包まれながら、美里は会話を続ける。
「どうして、そう思うんですか?」
「ついさっき、現場を捜査している警察の方から状況を説明いただいてね。返り血を浴びた作業着が入口の近くにかかっていたらしいが、ちょうどその足元からヒールらしき足跡が確認できたそうだ。社長室へ自由に出入りできる人間で、かつヒールを履いているとなれば…候補に挙がるのは、まず君だろう。」
やはり、美里が現場にいた痕跡が着々と見つかり始めているようだ。作業着や凶器らしき包丁から、ヒールの人間が美里と断定されるのもそう遠くないだろう。
「確かに、それは私のものかもしれません。ですが、誰かが亡くなった谷山社長と一緒に、社長室に私を置き去りにしていた…なんてことは、あり得ませんか?」
「ほう!なかなか面白い話だね。じゃあ聞くが、誰が、何のためにそんなことを?」
美里の切り返しにも、金丸はまるで動じなかった。むしろ、しらを切るつもりだろうか、というほどのとぼけっぷりである。
「例えばですけど、私に罪を着せようとした人がいたのではないでしょうか?そうすることで、自分が有利になれる人が、少なくともお一方は思いついたのですが。」
「それが、私…ということかな?」
「そうです。本当にそうかはわかりませんが、里中専務が次の社長に指名されることがわかった副社長は、専務の立場をなくそうと部下の私に罪を被せた…という推測はできます。」
「なるほど、確かに一理ある話だ。さすが、社長の秘書を務めてきただけある。そういう意味じゃ、君をわざわざ縁故で入社させたあの人の判断は、やはり素晴らしかった。」
その社長を、あなたは殺したんじゃないのか…という怒りが、美里の中にたぎる。
「だけどまさか、その松下さんがこんな風に会社の転覆を狙おうなどとは、私も社長もまったく思いもよらなかった。」
「何を…おっしゃってるんですか?」
それはこっちの台詞だ、と言わんばかりの金丸の発言に、美里はつい思ったことを口に出してしまっていた。
「君が持ってるその資料、それを探していたのが何よりの決め手だ。松下さんが社長と同じように正義感が強い人間なら、その事実を許すことができないだろうからね。」
間違いない。美里が手に持っている資料は今野の言う通り、会社が不正してきたことを示す記録なのだ。このことを知った谷山を口封じするために、金丸は凶行に及んだのだろう。
「やはり、そういうことなんですね…。確かに、これは許せません。まさか、副社長がこんな悪事に手を染めていたなんて…。」
「ん?ちょっと待った、それはどういうことかな?」
美里がそう言った瞬間、鬼のような人相だった金丸が、一気にポカンとした表情に変化した。鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、まさにこういう表情のことを言うのだろう。
「え?副社長がこのワイロ、病院に払っていたんでしょう?それが社長にバレたのと、自分を次の社長に指名しないことがわかったから、社長を殺したんじゃ…。」
美里がそう言い終わるのとほぼ同時に、廊下側のドアがガチャッと開いた。
「はぁ…、はぁ…。よかった、松下さん、無事みたいだね…。」
スマホ片手に副社長室に飛び込んできた青年の姿を見て、美里ははっきり思い出した。
「ああー!今野さんって、あの今野くん!?この会社で働いてたの!?」
そこにいたのは、大学生の頃、同じゼミで勉強していた、今野くんその人だった。髪型はすっかり変わっているが、美里は彼の姿をよく覚えていた。
「ふう…。ようやく、思い出したみたいだね。」
「だって、グループチャットではやり取りしたことあったけど、友達登録してなかったから、いきなりメッセージもらっても全然わからなくて…。」
「ハハ、確かに。…っと、そんなことより、今はこっちが優先か。」
ゆっくり、金丸のほうへ向き直る今野。よほど急いで駆けつけたのだろう、肩で息をしているのが見て取れる。
「君は…、誰かな?うちの従業員みたいだが…。」
その金丸の発言を聞くや否や、今野は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「やっぱり…。あの時、聞いた声じゃないか…。」

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~6.つながるピース~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)


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