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辿り着いた過ち ~6.つながるピース~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~5.接触~

6.
「ん?一体、何の話だ?」
理解の追いついていない金丸をよそに、美里は今野のほうを見る。
「そっか、今野くんって犯人の声聞いたんだっけ?」
「ああ。さっきから電話越しに聞いてたけど、少なくとも金丸副社長じゃない。」
「そんな…。じゃあ、いったい誰が、社長を…?」
せっかく目星をつけた犯人候補が違うと分かり、うなだれる美里。その間に、金丸が割って入ってきた。
「ちょっと君、今野くんで良いのかな?犯人の声を聞いたというのは、本当かね?」
「あっ、すみません、自己紹介が遅れました。総務課、コンプライアンス係の今野といいます。そうですね、犯行直後の犯人と思われる人の声を聞いたのは、本当です。」
金丸が犯人ではないと判断した今野は自らの身分を明かし、証言を始めた。
「…なるほど。つまり、業務でたまたま松下さんの秘書室と社長室の近くまで来たところで、社長室の中から男の声が聞こえた、と。」
「そうです。で、その男の背格好と、眼鏡をかけているところまでは確認できたのですが、そこで覗き見しているのがバレてしまったので、やむなくその場から逃げました。その男は、今も僕のことを探していると思います。」
「状況はわかった。今野くんの話が事実であるなら、松下さんは真犯人が濡れ衣を着せるために、その場で眠らされていたようだね。変な話、ここは製薬会社だから、在庫の睡眠薬でも盛られたのかもしれないな。」
「あっ!もしかして、あの饅頭…?」
おぼろげながら、意識が飛ぶ直前のことが美里の脳内をよぎる。社長室と秘書室を脱出するとき見かけた、美里のデスクの上の饅頭。仕事しながら、それを食べていたのを美里は思い出した。
「そうです!社長から差し入れでいただいた饅頭を食べて、その後気づいたら社長室で横になっていたんです!」
「ああ、もしかしてあの饅頭か!先週の後半、役員で出張に行った時のお土産のことかな?とにかく、松下さんが身内を殺したなんて話ではなくて良かった。そして、谷山社長は残念なことになってしまった…。」
美里を気遣うように、金丸はそう言った。
「ありがとうございます。こちらこそ、副社長を疑うような発言をして申し訳ありませんでした。」
「いや、いいんだ。身内を殺されてるから、そうなるのも無理はないだろう。しかしそうなると、いったい誰がこんなことを…?」
「それなんですが、僕の主観ですけど役員の誰かのような雰囲気がありました。それと眼鏡をかけていたという特徴から、もしかしたら金丸副社長か、里中専務ではないかと考えたのですが…。」
「なるほどね。それとさっきの松下さんの話から、犯人は私ではないかと推測したわけか。」
「はい、本当にすみませんでした。」
金丸を疑ったことに対し、美里は深々と頭を下げて謝罪した。金丸が両手を挙げてそれを制止する。
「ああ、もう過ぎたことだから気にしないで。それより、これからどうするか考えたほうがいい。ひとまず、松下さんの濡れ衣については今野くんの証言があれば何とかできるだろう。私もいるし、すぐに逮捕されることはないと思うが…。」
「はい、ありがとうございます。ちなみに、里中専務が犯人だという可能性は…?」
「里中くんが?いやあ、それはちょっと考えにくいけどなあ。確かに、饅頭に睡眠薬が混入していたのだとしたら、そんなことができるのは同じ出張に行った役員の誰かだろう。多分、週末あたりに会社に来て、置いてあった饅頭に細工したんだろうな。ただ、それが仮に里中くんだとするなら、まず谷山社長を殺す動機がわからん。」
「そうですか…。」
「うん。それにさっき松下さんが言っていたように、次の社長は里中くんで行こうとなっているが、それも彼なら社長として申し分ない、と役員全員で判断したことだからね。いまいまは松下さんは知っての通り、5月に子宮頸がんのため入院されていた娘さんが亡くなったばかりだから、引き継ぎを始めるのはもう少し先にしよう、となっているが…。」
「そうなんですね。じゃあ、副社長が専務を妬んでるって噂は…。」
「もちろん、そんなことはない。むしろ、私はこう見えて経営が苦手でね。彼のような人間に社長を任せられるなら、私はまったく問題ないと思ってるよ。」
確かに、美里からしても里中は優秀で、かつ谷山と同様、社内に敵がいるとはとても思えない人間だった。そんな男が、美里を囮にしてまで谷山を殺すなどというのは、なかなか考えにくいことだった。
「そういえば話変わるが今野くん、君は事件のあったとき、社長室の近くで何をしていたのかな?」
話がひと段落ついたところで、金丸は今野にずっと気になっていたことを質問した。
「はい、実は、さっき松下さんが副社長のデスクから発見した、この不正支出のことについて調べていまして…。」
美里が見つけた資料を手に取りながら、恐る恐る今野が返答する。
「なるほど。さすがコンプライアンス係、その支出に気づくとはね。」
堂々とした口振りで答える金丸。どうやら、隠す様子はなさそうだ。
「きっかけは、経理部からの相談でした。なぜか、支出の金額が合わない箇所があるから、調べてほしい…と。そのことを調べているうちに、様々な名目でうちの商品の卸先に絡んだ、ワイロと考えられる出費があるらしいことまではわかりました。」
「なるほど。それを誰が主導していたのか、調査をしていた…という感じかな?」
「はい。」
今野のその返事を聞いた金丸は、一瞬脇に視線を逸らし、そして改まった表情で2人のほうを向いた。
「そうか。いずれ分かることだから、先に言っておこう。実はその不正支出…谷山社長がやったものだ。」
美里と今野の表情が、一気にこわばった。それもそのはず、あの公明正大なイメージの谷山が、裏でそんな不正に加担していたなどとは、夢にも思わなかったからだ。
「まあ、信じられないかもしれないだろうが、残念ながら事実だ。だからさっき松下さんに言ったように、このことを知ったら、大抵の従業員は社長のことが許せないだろう。」
「あっ、さっきの副社長の発言、そういうことだったんですか…?」
先ほどのやり取りを思い出しながら、美里は金丸に尋ねた。
「そう。もちろん、それなりの事情はあるのだが、いずれにせよ会社の金を使い、ワイロを渡して卸先に商品を採用いただいていたことに変わりはない。そして私も、社長を止められずに黙認してしまっていたという意味では、同罪だ。」
「そうですか…。副社長がこの資料を持っている理由は理解しました。でも、社長は何でそんなことを?やはり、利益のためですか?」
今度は、今野が金丸に質問をする。
「いや、それが目当てではない。純粋に、我が社の薬を広めたい…という社長の想いが、少し行き過ぎてしまったんだ。」
「というと…?」
「きっかけは社長の奥さん、つまり松下さんの伯母さんをがんで亡くしたことなんだ。みんなも知っての通り、母親をがんで亡くした社長は、抗がん剤を始めとするがん治療用の薬の営業活動を以前から積極的に行っていた。そこまでは良かったのだが、今度は奥さんまでがんで亡くなった。それ以来、社長は狂ったようにその活動を拡大するようになった。ちょうど、松下さんが入社してきた頃の話かな。」
確かに、美里には心当たりがあった。谷山からは事あるごとに「これ以上、妻みたいな人が出ないよう、もっと良い薬を広めたい」と聞かされていた。
「そうですね、私がここに入ってからずっと、社長はがん用の薬の普及活動に力を入れていました。それが勢い余って、うちの薬を採用してもらうためにワイロに手を出した…ということですか?」
「そう。母親のことがあって薬を作って売る仕事をしていたというのに、もっとも身近なパートナーを救えなかったわけだからね。よほど堪えたのだろう、それを境に何かにとり憑かれたようになってしまった。ここだけの話、松下さんが入社する前と比べて人当たりも変わったと思う。」
(確かに、社長は伯母さんとすごく仲良しだったもんなあ…。葬式の時も、ずっと泣いていたし…)
金丸の話を聞きながら、美里は2人の仲睦まじかった様子を思い出していた。それほど愛していた人間を、いざという時に助けるための仕事だったはずなのに、その甲斐なく谷山の妻、美里の伯母は旅立ってしまったのだ。それを思うと、谷山の悲しみは美里には計り知れなかった。
「そうなんですね…。確かに社長のやったことはダメなことだと思いますが、私は社長を責める気にはなれないです。」
「そうだな。私もそれに甘えてしまって、社長の行動を止めることができなかった。松下さん、今野くん、この事実については、今回の一件が終わったら私から公表する。本当にすまなかった。」
そう言うと、金丸は2人に対して深々と頭を下げた。その様子を見届けた今野が、金丸に声をかける。
「わかりました。ただ今は、事件の解決が最優先です。副社長、改めてご協力をお願いできますか?」
「もちろんだ。では、これからどうする?」
「そうですね…。やはり、個人的には一度、里中専務のことも確認しておきたいのですが…。」
その時だった。突然、美里の頭の中に、電流が走った。
(里中専務…がん…ワイロ…?あっ!そういえば…!)
2人の会話の流れを切るように、美里は金丸へ質問を投げかけた。
「副社長!先日亡くなった里中専務の娘さんって、どこに入院されていましたっけ?」
「えっ?えーと、港南病院だが…。」
美里はバッと不正支出の記録を手に取り、もう一度目を通す。
(3月6日、港南病院、50万円!やっぱりそうだ、どこかで聞いた名前の病院名だと思ったんだ!)
美里の中で、次々とパズルのピースが繋がり、1つの仮説になろうとしていた。
「確か、わが社の抗がん剤で治療を受けていたんですよね?」
「そうだ。しかし、副作用が予想より強く出てしまい、それがなかなか収まらず、最終的には…。」
「…というお話でしたね?ちなみに里中専務って、このワイロのこと、ご存じなんですか?」
「いや、このことは役員でもごく一部しか知らないはず…。ちょっと待った、まさかそれが今回の事件に関係ある、と?」
「ははあ、そういうことか…。確かに、一度聞いてみる価値はあるかもしれない。」
事態が飲み込めず困惑する金丸をよそに、今野は美里の考えに気づいたようだった。
「そう!もし里中専務がこのことを知っていたとしたら、動機としては十分だと思わない?」
「まあ、確かにその通りだ。じゃあ、今から直接専務の役員室に行って、俺の聞いた声と谷山専務の声が同じものだったら、そのまま告発する?」
「うん、もしかしたら、ちょっと証拠としては弱いかもだけど…。でも、ここまで来たら行ってみるしかないと思う。」

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~7.決戦~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

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