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辿り着いた過ち ~7.決戦~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~6.つながるピース~

7.
15分後。美里、今野、金丸の3人は、里中の役員室入口前に来ていた。
「よし。準備はいいかな?」
「はい、よろしくお願いします。」
美里の返答とともに、金丸がコンコンとドアをノックする。
「金丸です。失礼するよ。」
「はい!どうぞー。」
中から、男の声で返事があった。それを聞いた今野の表情が、一段と引き締まる。そして、無言で2人のほうを見て頷いた。
それを確認した金丸は、ゆっくりとドアを開け、中に足を踏み入れた。後に続いて、美里と今野も挨拶をしながら、部屋に入る。
3人の訪問に、中にいた上に作業着を羽織った男性、すなわち里中は一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの柔和な顔で話を始めた。
「ああ、松下さんじゃないか!ちょうど君のこと探してたんだよ。で、そちらの彼は?」
「はい。総務課、コンプライアンス係の今野と申します。」
「おお、竹本課長のところだね?いつも大変な仕事、すまないね。」
「いえいえ。ところで、専務…。」
まさに理想の上司、と言わんばかりの里中の声かけに一礼し、今野は金丸に視線を送る。
「そうそう、里中くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間もらってもいいかな?」
「はい、もちろん構いませんよ。どうぞ、座ってください。」
そう言われるがまま、3人は社長室、副社長室と同じように備え付けられた応接セットのソファに案内される。金丸を上座に、美里、今野の順で腰を下ろした。
「それで副社長、聞きたいこととは何でしょうか?」
反対側に座った里中が、話を開始した。
「そうだな、どこから話をしようか…。里中くん、君は社長が殺された2~3時間頃前、ここにいたのかな?」
「え?まあ、いつも通りここで仕事してましたよ。」
「そうか…。実は、ここにいる今野くんが、社長室の中から君の声が聞こえてきたと言うものでね。」
「そんなバカな。私はずっとここにいましたよ。まさか、私が例の事件に関わっているとでもおっしゃるつもりですか?」
きつい冗談だと言わんばかりに、里中は笑った。対して、反対側に座っている3人の表情はピクリとも動かない。
「里中専務。残念ながら、私たちはそう思っているんです。」
美里がピシャリと言った。里中の顔から瞬時に笑みが消える。
「根拠もなく人を疑うのは大概にしなさい。申し訳ないが、私は君が社長を殺した犯人だと思っている。そうですよね、副社長?」
里中も負けじと言い返した。その目の奥には、自分があらぬ疑いをかけられたことに対する怒りが垣間見える。
「確かに、最初は私もそう思っていた。しかし、状況が変わってね。里中くん、君も社長を手にかけた人間の候補に入る、と私は考えているんだ。」
「いやいや、困りますね。今野くんのことを悪く言っているわけではないが、たった一従業員が声を聞いたというだけで、容疑者扱いはさすがにちょっと…。」
「もちろん、私も同意見だ。なので、まずは今野くんと松下さんから聞いた話を整理させてほしいのだが、いいかな?」
「わかりました。聞かせてください。」
反論する里中を窘めながら、3人は事件当時の状況について話し始めた。
「…つまり、この間の出張のお土産か何かに薬を盛られ、眠らされていたと思われる松下さんに罪を着せようとする私の声を、今野くんは聞いた…ということですか。」
「そう。もちろん、2人が作り話をしている可能性は否定しない。そこで、他にもいくつか君に質問したいのだが、よいかな?」
金丸は、冷静に里中との話を進める。
「わかりました。何でしょう?」
「僕のほうから質問させていただきます。里中専務、恐れ入りますがこの内容について、何かご存じのことはありますでしょうか?」
今野はそう言いながら、例の不正支出の記録を取り出した。
「ん?これは…もしや、竹本課長から報告を受けた、用途不明の支出のことかな?」
「そうです。その記録をまとめたものを、つい先ほど発見したんです。専務、これについて何か知っているんじゃないでしょうか?」
里中のまぶたがピクッと動く。少し間を置いてから、里中はゆっくりと答えた。
「…いや、私は報告以上のことは何も知らないよ。」
「そうですか。確認したところ、娘さんが入院されていた港南病院がリストに入っていたので、てっきり何かご存じかと思ったのですが…。」
里中の動きが、ピタリと止まった。その様子を見逃さなかった今野は、一気に話をたたみかけた。
「専務、もしかして知ってるんじゃないですか?この支出は、社長がうちの薬の卸先に渡したワイロだった、って。娘さんが亡くなった港南病院が、社長からワイロを受け取った見返りに、うちの抗がん剤を積極的に使う治療方針を取っていた、って。」
「…だとしたら、どうだと言うんだね?」
いつもの優しい印象とは程遠い、鋭い目つきで今野を一瞥しながら、里中はそう返した。
「抗がん剤に罪はありません。ただ、過剰な投与は患者さんの身体に大きな負担をかけてしまいます。専務は、社長のワイロに影響を受けた港南病院の治療方針によって、娘さんは抗がん剤を積極的に投与され、その結果副作用で命を落とした…と考えているんじゃないですか?」
「ふむ。で、もしそうだったとしたら?」
里中は表情を1ミリも崩さず、そう質問した。美里がそれに応じる。
「そうすると、専務にも社長を殺す動機があることになります。社長のワイロさえなければ、娘さんは抗がん剤を多量に処方されずに済んだのに…、って。専務、もう一度質問させてください。本当に、この不正支出のこと、何も知らないんですか?」
今野がテーブルに置いた記録に手を乗せ、美里は里中を問い詰めた。
「…わかった。実は、この件は知っていた。私も独自に調べて突き止めたんだ。」
「なら専務、社長は…。」
「まあ待つんだ。確かに、私は社長を憎く思ってもおかしくない。ただし、ハッキリしたのはそれだけだ。それに、そう思っているのは副社長も同じではないですか?」
「里中くん、それはどういうことかね…?」
金丸がそう言うのと同時に、副社長室のドアがコンコンと鳴った。
「佐藤さんかな?ちょうど良かった、どうぞー。」
「失礼します。」
訪ねてきたのは、里中専務の秘書、佐藤だった。
「さっきの件、どうだった?」
「はい。専務がおっしゃっていた不正支出の帳簿などについては、残念ながら見つかりませんでした。」
「そうか。他に何か気になるものはあったかね?」
「そうですね…。そういえば、なぜかキャビネットから一部使用されたシュラフェンの錠剤が見つかりましたが、あれは副社長のものですか?」
「な…、シュラフェンだって…?どうして、そんなものが…?」
シュラフェン。それは、フジ製薬が製造している、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の名前だった。医療用医薬品のため、当然ながら市販はされていない。
「一体、何を言ってるんだ…?」
身に覚えのない事実に驚きを隠し切れず、思わずソファから立ち上がる金丸。金丸自身は睡眠薬を服用していないため、会社の在庫から無断で入手しない限り、そんなものは持っているはずがない。
「ありがとう、助かった。戻って大丈夫だよ。」
里中がそう言うと、佐藤はペコリと一礼し、部屋を出て行った。突然のことに、美里と今野は訳も分からず、その様子をただただ眺めていた。
「さて、副社長…。念のため伺いますが現在、睡眠薬は服用されていらっしゃるのですか?」
ドアが閉まったのを見計らいながら、里中は落ち着き払った声で、立ち上がったままの金丸に尋ねた。
「いや…そんなものは飲んでいない…。」
「そうですか。シュラフェンといえば、うちが製造している睡眠薬ですね。どうしてそれが、普段睡眠薬を飲まない副社長の部屋から見つかるんですか?まさか、先ほど聞いた話が事実なら、松下さんはそれを例の饅頭に仕込まれて眠らされたんじゃないですか…?」
里中が皮肉たっぷりに聞く。それまで話の流れについていけなかった美里と今野も、この発言でようやく事の重大さに気づいた。
「まさか…副社長?」
ガバッと向きを変え、金丸を睨みつける今野。
「いや、これは何かの間違いだ!私は何も知らない!」
必死に否定する金丸。しかし、逃がすまいとばかりに里中が追い打ちをかける。
「これは、決定的な証拠と言わざるを得ないかもしれませんね…。本当は、副社長なんじゃないですか?製造・研究部門の責任者である副社長なら、シュラフェンの1つや2つ、すぐに手に入れられるでしょうし。」
「な、何をバカな…?」
「いや、私は事実を言っているだけですよ。それに、私が言うのもおこがましいですが、自分が次の社長になれないのが悔しいという噂も、また事実だったのでしょうか?」
「いい加減にしろ!私は何も知らん!」
しびれを切らした金丸が怒鳴った。ギョッとする美里と今野。一方で、里中は淡々と言葉を続ける。
「なら、見せていただけますか?ここは製薬会社ですから、エビデンスがすべてです。繰り返しになりますが、製造・研究部門の責任者なら、それくらいおわかりですよね…?」
そう、どんなに優れた薬でも、その効果を証明するエビデンス(証拠)が提示できなければ、相手にその素晴らしさを示すことはできない。営業部門の責任者でもある里中らしい、ロジカルで冷静な交渉だ。
しかしその一方で、美里はこの里中の強気な態度に違和感を覚えていた。
(本当に、犯人は副社長なの…?そもそも、こんな都合よく睡眠薬が見つかるなんて…)
このタイミングでシュラフェンが副社長室から見つかったのは、さすがにでき過ぎた話な気がしてならなかった。金丸はもちろん、今野もきっとそう思っているだろう。それに、先ほどの美里たちに対する接し方から、美里は金丸が真犯人とはどうしても考えられなかった。
(これで…この事件は本当に終わっていいの…?)
立ち上がり、顔を真っ赤にしている金丸と、無表情でそれを睨みつける里中を交互に見比べながら、美里は必死に頭を回転させた。一歩間違えれば、谷山を殺した真犯人を取り逃してしまうことになりかねない。考えろ、考えるんだ。これまでのことを全力で思い出そうとしていたその時、決定的瞬間が訪れた。
ブワッ…。
(あれ…?いま、何か見た気が…?)
何か、重要なものが美里の視界の中に入ってきた。慌てて、もう一度視界の隅々まで注意を向ける。目に留まったのは、里中が羽織っている作業着の胸元に差し込まれている、1本のボールペンだった。
(まさか、あれって…?ということはつまり、この上着は…?)
羽織っている作業着を確認するため右手首を返すと、袖口に赤い小さな斑点がついているのに気づいた。
(そうか…この作業着、そうだったんだ!!)
自分でも分かるくらい、瞳孔が開く。隣で一心に手首を凝視している美里を疑問に思った今野が、小声でささやいてきた。
「松下さん、どうかした?」
その声に反応して、美里は無言のままガバッと今野のほうに顔を向けた。今野がビクッとのけぞる。
「えっと、松下さん…?」
1、2秒ほど今野の目を見つめた後、またガバッと美里は正面を向き、重い口を開けた。
「専務。エビデンスなら、あります…。」

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~8.真相&エピローグ~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

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