見出し画像

辿り着いた過ち ~8.真相&エピローグ~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~7.決戦~

8.
「!ほう、そんなものがあるのかね?」
薄ら笑いを浮かべながら、里中が返す。
「はい。残念ながら、副社長が何も知らないことを示すものではないのですが、代わりに専務が事件に関わっていることを示すエビデンスが、あります。」
「そ、そんなバカな…?」
それまで余裕そうな様子だった里中が、初めて動揺を見せた。美里はゆっくりと、順番を間違えないように話を続ける。
「いま専務が着ている作業着、それって誰のものですか?」
「これか?当然、私のものだが。」
「いや、恐らく違いますね。多分それ、社長の作業着じゃないんですか?」
「な、なぜ私が社長の作業着を着ていないといけないんだ?よくわからないが。」
「じゃあ専務、教えてください。胸元のそのボールペン、それって専務のですか?」
里中の胸元を指差しながら、美里はズバッと質問した。
「ん?ああ、これ?もちろん、私のものだよ。」
そう言いながら、里中は胸元のボールペンに手をかけた。
「ちょっと待った。それ…社長のボールペンじゃないか?確か、そんな形のをよく使っていた気が…。」
里中の胸元のボールペンが見覚えのあるものだと思い出した金丸が、会話に割って入ってきた。
「そうです。だってそれ、私が社長にプレゼントしたものですから。ちゃんとイニシャルが入っているはずです。」
「な…何…?」
思わぬ方向からの攻撃に、里中はたじろぐ。
「それが胸元にセットされているということは、いま専務が着ているその作業着、きっと社長のものでしょう。どうして、専務が社長の作業着を着ているんですか?」
「そ…それは…。」
ついに、里中に隙ができた。一気に攻め落とすなら、ここしかない。
「答えは簡単です。社長室で、自分の作業着と取り替えたからですよね?」
「う…。」
「次の質問です。専務、どうして作業着を着替えたんですか?」
「そう言えば、さっき松下さんには話したんだが、現場から見つかったという血まみれの作業着、もしやそれが里中くんのなのか?」
警察から遺留品について報告を受けていた金丸が、美里に聞いた。
「いいえ。さっき話しそびれましたが、それは私が着ていたものなんです。大量の返り血がついていたので、やむなくその場にあった作業着に着替えました。ただ、専務が着替えた理由も、恐らく同じでしょうね。」
「待った。じゃあ今、専務の作業着はどこにあるんだ…?」
今野が、美里に疑問をぶつける。かたや里中は、額に冷や汗を浮かべはじめた。
「私も、今の今までこれが社長のものだと思っていました。」
自分が着ている作業着をつまみながら、美里はそう言った。今度は里中が、瞳孔を大きく広げながらガバッとこちらを見た。
「これ…専務のですよね?警察の方に調べてもらえればわかると思います。そして…。」
美里は、右手首の内側を見せた。
「ここに、私の作業着と同じように赤いシミがついているのですが…。これ、社長の血ですよね?」
美里が作業着の赤い斑点を見せるや否や、里中はがくっとうなだれた。
「くそ…それに、気づいたか…。」
「はい。残念ですが…。」
いよいよ王手だ。美里は、事件の核心を突く質問を里中に投げかけた。
「専務、教えてください。専務は、薬で眠らせた私を盾にして返り血を浴びないようにした上で、社長を包丁で刺した。…違いますか?」
「…ああ、そうだ。」
自身の敗北を悟った里中は、美里の質問にそう答え、事件の真相を話し始めた。
「正確には、君は社長と話をつけるための人質として、私が羽交い締めにしていた。しかし、そこで社長から抵抗を受けたため、最後は私が包丁で刺して殺したんだ。そのシミは、私が社長から包丁を引き抜くときに付いたものだ。」
「何て、ことだ…。」
事前に疑っていたとはいえ、実際に里中の犯行の自供を目の当たりにし、大きなショックを受ける金丸。それを横目に、里中は状況の説明を続けた。
「松下さんの言う通り、大部分は松下さんの体でガードさせてもらった。しかし、わずかながら私自身も返り血を浴びてしまったので、一か八か私の作業着は現場に隠し、代わりに社長の作業着を拝借したんだ。松下さんが犯人に見えるように仕立てた状態で発見されれば、そちらに注意は向かないだろうと思ってね。」
「なるほど。その時の工作を、僕に覗き見されたということですね。」
今野が質問を重ねる。里中は今野のほうを向き、大きく頷いた。
「そう、その通りだ。おかげで、副社長に罪をなすりつけることができなかったよ。今野くんの目撃証言さえもみ消せれば、シュラフェンで副社長を黒幕にできたのにな。」
里中は残念そうに、しかし恨みがましくそう言った。それを聞いた美里が、里中に尋ねた。
「専務、最後にもう1つ教えてください。どうして、専務は私と副社長を巻き込んだのですか?やはり、娘さんのことですか…?」
里中は上を見上げて深呼吸し、そして答え始めた。
「ああ。まず不正支出の件については、君たちの想像通りだ。医療ミスとは言えないが、あの社長の行動がなければ、娘は今もまだ生きていたんじゃないかと思う。それを社長に問い詰めたら、『そんなこと、私に言われても知らん』って言われてね。」
「えっ…伯父さんが、そんなことを…?」
「ああ、本当だよ。奥さんを亡くして、社長は完全に狂った。多少の犠牲も厭わず、なりふり構わなくなってしまった。そのせいで、私の娘は…。それが、それが許せなかった。だから眠らせた松下さんに包丁を向けて、身内を奪われる恐怖を少しでも味あわせてやろうと…。」
目に涙をため、しゃくりあげながらそう答える里中。その話を聞いて、他の3人も返す言葉が見つからなかった。
「それと、そんな社長を野放しにした副社長も、私の中では同罪だった。金丸さん、あなたが谷山さんを止めてくれてたら、今ごろ私の娘は…!」
里中は立ち上がり、泣きながら力なく金丸につかみかかる。対する金丸の心の中は、申し訳なさと無念でいっぱいだった。
「里中くん。本当に、本当に申し訳ない。すべて、私の力不足だ。里中くんには、辛い思いをさせてしまったね…。」

9.
その後、里中は全てを自供し、警察に逮捕された。
里中が憎んだ株式会社フジ製薬の一大スキャンダルは、副社長の金丸が世間に公表、同時に謝罪した。積極的に関与していたのは谷山のみと断定されたため、金丸を始めとする他の従業員は罪に問われなかったが、【行き過ぎた正義】として社会から大きな非難を浴びることとなり、業績が急降下したフジ製薬は経営規模を縮小、文字通り再出発を余儀なくされることとなった。そして…。
「…伯父さん。私、確かに伯父さんのやったことは悪いことだし、やっちゃいけないことだったと思っています。だけど、伯父さんの気持ちはわかるよ。伯母さん亡くなって、辛かったもんね。今ごろ、向こうで伯母さんと仲良くやっていますか…?」
谷山の一周忌法要の日。美里たち遺族、そして金丸や今野たちフジ製薬従業員の代表者によって、法要は慎ましやかに執り行われた。
「谷山さん。私、必ず会社を立て直してみせます。今度はワイロに頼らなくとも、がんで苦しむ全ての人々の力になれるように。もう、谷山さんみたいに辛い思いをする人が、これ以上出ないように。」
故人を想い、そして新たな決意を胸に、残された人々は一歩を踏み出すのであった。

(おわり)

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?