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辿り着いた過ち ~4.内偵~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~3.隠密行動、開始~

4.
バタンとドアを閉め、振り返る美里。奥にある副社長のデスクには、誰も座っていない。どうやら、金丸は席を外しているようだ。美里はスマホを取り出し、今野にメッセージを送った。
『副社長室に来ました』『誰もいないみたいです』
『何か手がかりがあるかもしれない』『少し部屋の中を調べてみてもいいかも』
確かに幸か不幸か、直接すぐ金丸を問い詰めることはできないが、代わりに副社長室の中を探索できそうだ。
『わかりました。ちょっと調べてみます』
そうメッセージを返信し、急いで金丸と秘書の山田以外が入ってこれないように廊下側・経理部オフィス側双方のドアとも鍵をかけ、美里は中の調査を開始した。
まずは辺りを見回し、普段と違うところがないか探す。社長室と同様、いつものようにデスク、テーブルやソファからなる応接セット、そして本やいくつかの資料がきれいに並べられたキャビネットが置かれている。美里も仕事の都合上、時折この部屋に出入りすることがあったため、よく見慣れた光景であった。
(パッと見、何か置いてある感じじゃなさそうか…。じゃあ、机の中、見てみようかな)
そう考えた美里は、金丸のデスクに近づいた。さすがの美里でも、重役のデスクの中を見るのは少し緊張した。デスクの背後へ回り込むと、三段の引き出しからなる袖机が左手側に置かれていた。その一番上の引き出しにゆっくりと手をかけ、ガラガラと開けてみる。中には、ペンとハンコがキチッと並べて入れられていた。
(さすがは副社長、いつも通りの整理整頓ぶりだなあ)
美里はその几帳面さに半ば感心しながら、引き出しを戻す。続いて、真ん中の引き出しを開けた。中には、クリップやクリアファイルでまとめられた資料が何セットか入っていた。
今回の事件には関係ないだろうと思いつつも、美里はその束を取り出してデスクの上に置き、念のため中身を確認してみた。会社の経営に関する資料、新薬に関する研究のレポート、その他もろもろ…。どうやら、目ぼしいものはなさそうでさる。
(まあ、こんなものだよね…。いきなり、そんな決定的な証拠なんてあるわけないか)
肩を落とし、一瞬、天井を見上げる美里。そして資料を元通りに揃え、引き出しにしまった。そのまま真ん中の引き出しを戻し、最後にダメもとで一番下の引き出しを開ける。すると、その中には先ほどと同じような資料の束があり、一番上にはピンクの蛍光ペンでところどころマーキングされたA4の資料が置かれていた。
(ん、なんだこれ…?)
なぜか内容が気になった美里は、引き出しからその資料を取り出し、まじまじと眺めてみた。マーキングされた箇所に注目すると、どうやら日付と病院らしき名前、それから何かの金額が書かれているようである。
(2月13日、長門病院、30万円…。3月6日、港南病院、50万円…。あっ、これまさか…?)
その資料の正体に気づいた美里は、すぐさまポケットからスマホを取り出し、今野にメッセージを送った。
『副社長のデスクから不正支出と思われる記録が出てきました』『これ手がかりになるかもしれません』
すぐに既読マークがつき、ブーッというバイブとともに返事が来る。
『何だって』『ちょっと電話してもいい?』
それまでと様子が違う今野の返信に、美里は驚いた。もしかしたら、これはかなり重要な証拠を見つけたのかもしれない。そう考えると、美里は多少なりとも期待せずにはいられなかった。
『わかりました』『いまなら大丈夫です』
そうメッセージを返すと、すぐに今野からメッセージアプリで電話がかかってきた。
「…もしもし…」
恐る恐る、美里は電話に出た。ここまでメッセージのやり取りはかなり行ってきたが、何だかんだ今野と直接話すのはこれが初めてである。
「…あっ、松下さん?久しぶり。」
多少小さいが、やや高めの男性の声が聞こえてきた。しかもこの声、どうも聞き覚えがある。やはり昔の知り合いというのは、あながち間違いではないらしい。
「えっと…今野さん、って呼べばいいですか?」
「あー…まあ、昔は今野くんだったけどね」
くん付け…?どうやら、かつて今野とはそこそこ親しい仲だったようである。
「まあ、それは後にしよう。それより、君が見つけた記録だけど。」
「はい、支出があったと思われる日付と病院名、それに金額が縦に並んだ紙が出てきました。そのところどころに、ピンクのマーカーで線が引かれています。」
「なるほど…。うん、不正支出の記録で間違いない。恐らく、それはうちの商品の卸先に払ったワイロだ。」
ワイロだって?よりによってうちの会社が、そんな悪事を?谷山が殺されたことといい、その犯人候補が重役の誰かであることといい、耳を疑う話はまだ終わらないようだ。
そんなことを考えていると、美里の頭の中に、突然何かが繋がったような感覚が突き抜けた。
「ワイロ…?あっ!もしかして…副社長がこの不正支出をやっているのに社長が気づいて、それで副社長が口封じも兼ねて殺した、とか?」
美里の推理に、今野も同調する。
「いや、それはありえると思う。口封じついでに、以前から気に食わなかった里中専務も一緒に失脚させてしまえば、副社長を止める人はいなくなる。それを狙って、君を巻き込んだのかもしれない。」
よし、ここまで来たら、直接本人に聞いてみよう。美里は決心した。
「わかりました。私、副社長に聞いてみます。そのうち戻ってくると思うので。」
「わかった。ただ無茶だけはしないように。俺もすぐそっちに行くから。」
その言葉を聞くが早いか、ちょうど廊下側のドアの鍵がガチャリと開いた。美里は慌ててドアに背を向け、電話越しにひそひそ話す。
「副社長が戻ってきたみたいです!いったん、電話切らないでおきますね。」
「OK。すぐ行く!気をつけて!」
ガサガサ、と行動を開始した音とともに聞こえる今野の声が、美里を勇気づける。それを聞き届けると、急いで耳からスマホを離してスピーカーに切り替え、パンツのポケットに突っ込んだ。それと同時に、入口のドアが開き、眼鏡をかけた白髪交じりの男性が中に入ってきた。間違いない、副社長の金丸である。
「ん?松下さんか!探してたよ、ここで、何、を…?」
初めは心配そうな感じで声をかけてきた金丸だったが、美里がデスクを物色しているのに気づくと、表情が一変した。
「松下さん、それは…。」
今までにない険しい顔つきで、少しずつ美里に近づく金丸。美里は一瞬ひるんだが、ここでたじろぐ訳にはいかない。
「すいません副社長。お話が、あるんですけど…。」

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~5.接触~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)


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