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辿り着いた過ち ~3.隠密行動、開始~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~2.避難~

3.
『ところで犯人が具体的に誰か、当てはありますか?』
こんなしがない製薬会社でも、社長以外に役員は十人弱いる。しかし、顔が見えなかったとはいえ風貌から重役と推測できた以上、もしかしたら少しは思い当たる節があるのかもしれない。そう思った美里は、まず今野から情報を引き出してみることにした。
『俺も役員についてはそこまで詳しくないが』『そんなに大柄じゃない。あと眼鏡をかけてたのは見えた』
大柄じゃない、そして眼鏡をかけている…。美里の中で、その特徴に一致する役員が2人いた。
『それなら、金丸副社長と里中専務はあり得ますね』
『確かにそうかも。2人とも写真でしか見たことないけど』
よし。重役の誰か、という仮定つきだが、一応犯人候補を2人に絞り込んだ。にしても、かたや製造・研究部門のトップ、つまり会社の大黒柱である金丸副社長、かたや営業・事務系部門のトップとして、谷山の右腕を務める里中専務、よりにもよってこの2人が容疑者として浮上してくるとは…にわかには信じがたい話が続くものである。
『他に手がかりはありますか?』
美里はさらに続けてメッセージを送った。
『仕方ない、こいつに罪を着せるか…みたいな独り言は聞こえた』『ただ副社長も専務も声を聞いたことがない』
(そうか、その独り言が、私に濡れ衣を着せようとしている…という話の根拠、というわけか)
『わかりました』『十分です、ありがとうございます』
残念ながら、現場にいた人間に関する情報はこれ以上引き出せないようである。その一方、断片的ながら谷山が殺されたときの状況が掴め始めていることに、美里は少しずつ手ごたえを感じていた。
さて、ここからどうするか…。メッセージのやり取りがひと段落したところで、美里はスマホから目を離し、天井を見上げながらフーッとため息をついた。その瞬間、ブーッ、ブーッというバイブとともに、今野から新たなメッセージが来た。
『ここからは俺の推測だが』『犯人は金丸副社長な気がする』
美里はギョッとした。果たして、そんなバカなことがあるのだろうか?いや、逆に里中が犯人だったとしても、信じられないことに変わりはないのだが。美里は早速、そう思った理由を今野に聞いてみた。
『どうしてそう思うのですか?』
『それは、自分が社長になりたいから』『ほら、今のところ次期社長候補は里中専務だって言われてるだろ』
そうだ、そういえばそんな話があった。誰が言い出しっぺかは定かではないが、定年が視野に入り始めた谷山は、自らの後継者に現No.2の金丸ではなく、No.3、つまり専務の座に就いている里中を指名しようとしているとかいないとか、近頃社内でそんな噂が立っていた。
『その話は聞いたことあります』『それを防ぐために今回の事件を起こしたということですか?』
『そうそう』『里中専務を指名しようとしている社長を殺す』『専務の管轄下にいる君にその濡れ衣を着せる』『里中専務に責任取らせて失脚させる』『これで晴れて邪魔者もいなくなり、金丸新社長の誕生…って筋書きはありえるんじゃないかな』
確かに、今野の推理は一理あった。営業・事務系部門を統括する里中は、当然美里の所属する秘書係も管轄している。そこにいる人間が社長を殺したなどどいう大問題を起こせば、まず間違いなく里中の責任問題になるだろう。
それを見越して、裏で里山のことを快く思っていなかった金丸は、自分を次期社長として指名しない谷山とライバルの里中をまとめて排除するため、今回の事件を仕組んだ…という理屈である。
『なるほどですね』『確かにありえそう』
『この線で一度金丸副社長を調べてみてもいいかもしれない』
これ以上の情報は今のところないし、このまま書庫にいて見つかるのを待つばかり…というわけにもいかない。美里は、いったん動き出すことにした。
『そうしましょう』『書庫を出て副社長室へ行ってみます』
『わかった。出るときは気をつけて』『外は警察が捜査中のはず』
美里を気遣う返信が届く。実際、ドアの外はだんだん騒がしくなってきている。
『そうですね。何かあったらまた連絡します』
そのメッセージを打ち込むと、美里はふう、と息を吐いて立ち上がり、ドアの正面に立った。
(…さて、行くか…!)
数秒の間ドアを見つめ、そして意を決した美里は、鍵を開けてゆっくりとドアノブを回した。
「…よし、次だ…。」
外では、ちょうど殺人現場の写真撮影が行われているようだった。秘書室の入口を囲むように、ドラマでよく見る【立入禁止】テープで人が入らないようブロックし、その向こうで捜査関係者がカメラを持って歩き回っている。
今はまだ大丈夫そうだが、美里が事件現場にいたことはそのうち判明するだろう。そうでなくとも、ただでさえ秘書室のすぐ隣で事件が起きているのだから、事情を聞く目的で捜査関係者が美里を探している可能性もある。
であれば、いずれにせよ出来る限り足取りを残さず移動するに越したことはない。今ここで誰かに気づかれたら、その時点で真犯人を逃がすことになる。美里はサッと入口から体を出してドアを閉め、普段通りの表情で秘書室と反対方向へ歩き出した。
角をひとつ曲がると、そこは背後の物々しさが嘘のように、いつもと変わらない会社の風景があった。美里の10mほど先と、そこからさらにもう10mほど先の左手側にある、経理部オフィスに通じる入口のドア2つは相変わらず解放され、特に奥の入口からは従業員がせかせかと出入りしている。月末の、ましてや月曜日なだけに、その様子はいっそう慌ただしく感じられる。それを見ていると、さっきまで夢を見ていたのではないかと錯覚させられるほどである。
しかし、後ろでは相変わらず捜査関係者の会話が聞こえる。やはり、谷山が殺されたのはまぎれもない現実なのだ。
気合を入れ直し、美里は歩き出した。目指すは、2つのオフィス入口のさらに奥、同じ左手側にある副社長室へ続くドア。誰にも気づかれずに、25mほど先のそのドアにたどり着く。これが今、美里が全身全霊をかけてやるべきことである。
一歩、また一歩と美里は歩を進める。間もなく、手前側のオフィス入口だ。今のところ、誰もそこから出てくる気配はない。運が良ければ、顔見知りと鉢合わせずに通り抜けられそうだ。あと2m…、1m…。そして、美里は1つ目の入口前を通過した。
さて、問題はここからだ。というのも、副社長室のさらに7~8mほど先にはエレベーターホールがあるため、先ほどから奥側のオフィス入口との間を人が行き来しており、ほぼ間違いなく誰かとすれ違わなければならない。
とは言っても、一瞬でも動揺を顔に出したら負けだ。顔見知りでなくとも、タイミングがタイミングだけに怪しまれる可能性がある。腹を括った美里は、引き続き奥を目指した。
奥側の入口が近づいてきた。1人、男性の従業員が外に出てエレベーターホールへと歩いていく。美里は、その5歩ほど後ろをキープするように歩くペースを合わせた・
副社長室のドアまで、残り10m。女性の従業員が2人、エレベーターから降りてくるのが見えた。前後に並んで深刻そうな顔で会話しながら、こちらへ向かって歩いてくる。やはり社長の話題で持ちきりなのか…と、美里は気が気でなかった。
ドアまで、残り8m。一瞬、2人がこちらを見た。心臓がドクンと高鳴る。表情は辛うじて崩さなかったが、羽織っている作業着の下では冷や汗が止まらない。
残り5m。奥側のオフィス入口前を通り過ぎる。ちょうど、副社長室のドアの前で2人とすれ違うことになりそうだ。2人が何を話しているのか聞き取れる距離まで来たが、その内容はほとんど頭の中に入ってこない。
残り2m。スムーズに副社長室に入るため、視線をそちらへ向ける。例の2人組がまたこちらを見た気がするが、平静を装って過剰に反応しないよう努めた。
残り1m。左手をドアノブへ、右手をノックのため自分の顔の前へ差し出す。もう周りは見えない。いかに早く副社長室へ入り込むか、美里の頭はそれでいっぱいだった。
…コン、コン。
「松下です。失礼します。」
いつものようにノックして自分の苗字を告げた後、美里は中からの反応を待たずにドアを開け、スルリと副社長室へ入っていった。

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~4.内偵~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

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