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辿り着いた過ち ~2.避難~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。
前回はこちら→辿り着いた過ち ~1.ことの始まり~

2.
少し安全な場所へ移動できたこともあって、一気に全身の力が抜けた美里はそのまま入口のドアにもたれかかり、ずるずるとしゃがみ込んだ。スマホ片手に首を垂れながら、ぐるぐるしている頭が落ち着くのを待つ。
(一体、何が起きているんだろう?私、これからどうすれば…)
そんなことを考えていると、ふと胸元についている作業着のポケットに目が留まった。よく見ると、普段あるはずのものが、そこにはない。
(あれ、あのボールペンがない…?どこかで落としたかな…?)
谷山は常日頃、自身の誕生日に美里からプレゼントされたボールペンを作業着胸元のポケットに差し込んでいた。それが今、どこにも見当たらないのである。
(おかしいな…どこいっちゃったんだろ、あれ…)
不審に思いつつ、胸元のポケットを覗き込む美里。その時、またスマホがブーッ、ブーッと鳴った。パッと画面を見ると、やはり例の誰かさんからのメッセージだった。
『OK』『大丈夫そう?』
すぐにスマホへ返事を打ち込む。
『はい、今のところ大丈夫です』『ありがとうございます』
送信するや否や、すぐに既読マークがつく。
(あっ、この人、きっと私のこと心配してくれてるんだ…)
その様子を見て、美里は少し落ち着きを取り戻した。この状況、とても一人では耐えきれない。そんな中でも、味方になってくれそうな人がいることが、今の美里にとって大きな支えになっていた。
そんな風に安堵すると同時に、これまでパニックのあまり考えが至らなかった重要な疑問がひとつ、頭の中に浮かんできた。
(あれ、そういえば…どうして、この人は私に逃げろ、とメッセージしたんだろう?犯人でなかったとしても、普通は事件現場から逃げ出しちゃったらやばい気がするけど…)
よし、ちょっと聞いてみよう。美里の指が動く。
『ところでなぜ私に逃げろと連絡してきたんですか?』
これもすぐに既読マークがつく。そのわずかに後、ブーッというバイブとともに返信が来た。
『君は社長を殺した犯人じゃないから』
(そう…だったんだ…。よかった…)
その一言に、美里は救われた。この人の言葉を信じるなら、少なくとも自らの手で身内を殺めたという、あまりに残酷すぎる話だったというオチはないようだ。
しかし、続いて送られてきたメッセージに、美里は言葉を詰まらせた。
『そして誰かが君に濡れ衣を着せようとしてる』
(えっ!?そんな…誰が、こんなひどいことを?)
その話は、美里を再び深い悲しみへ突き落とすには十分すぎるものだった。公私ともに良くしてくれた谷山を殺しただけでなく、あろうことかその姪を身代わりにしようとしている人間が、どこかにいる…。そこまでされるような恨みを買った覚えは、当然ながら美里にはなかった。
ちょうどその時、窓越しからウ~ッ、ウ~ッとサイレンのような音が聞こえることに美里は気づいた。しかも、その音はどんどん大きくなっている。美里はハッとして立ち上がり、窓の外を覗いてみた。下ではパトカーが数台、会社の正門から敷地に乗り入れてくるのが見えた。
早い、あまりにも到着が早い。こちらはまだ心の準備どころか、何が起きているかすら把握できていないというのに。この時ばかりは、警察の仕事の早さを恨めしいとさえ思った。
(どうして…どうして…。私と伯父さんが、いったい何をしたっていうの…?)
しゃがみ込んだまま、ショックでうつむき、頭を抱え込む美里。ごくごく平凡に、そして平和に生まれ育ってきた美里にとって、ここまで理不尽としか思えない体験はよくて過去に一度、それまで元気だった谷山の妻、すなわち美里の伯母を突然がんで亡くしたことくらいだ。谷山同様、実の娘同然に接してくれていた伯母の早すぎる死は、夫の谷山だけでなく美里にとってもつらく、そして悔しい出来事だった。
それが今度は、訳も分からず谷山を殺され、そしてなぜか自分が谷山を亡き者にした犯人に仕立て上げられようとしている。これを理不尽と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。何で、どうして、何で、どうして…?美里は、混乱と絶望の淵に追いやられていた。
『私はこのまま捕まるんですか?』『誰がこんなことをしたんですか?』
すがるように、先ほどのメッセージにそう返信するのが手いっぱいだった。
『大丈夫、君は社長を殺してない』『殺したのは別の誰かだ』
美里を励ますかのように、そんなメッセージが返ってきた。しかし、今の美里にとってはその言葉すら気休めにならなかった。
『じゃあ、いったい誰が伯父さんを殺したんですか』『そもそもあなたも誰なんですか』
少し荒い口調ならぬ文調で返信する。精神的にかなり追い込まれており、美里は完全に自暴自棄になっていた。
『昔の知り合い』『ただ今は説明してる余裕がない』
曰く、どうやらこの今野という人物は美里の知り合いらしい。でも、それ以上のことについてはすぐに教えてはくれないようである。
『どうして?』
『俺の動きがバレるのも時間の問題だ。そうなったら君も逮捕されると思う』
なるほど。向こうは向こうで立て込んでおり、一刻を争う事態なので正体を明かすのは後、という話のようである。
『私はどうしたらいいの?』
『このまま大人しく逮捕されるか、それとも真犯人を見つけるか』『たぶん、そのどちらかしかない』
(真犯人を、見つける…?そんな、推理小説じゃあるまいし…)
この緊迫した状況に似合わない、まるでフィクションの世界のような今野の提案に、美里は半ばあきれてしまった。
『でも、あなたが社長を殺したのが私じゃないって知ってるなら、それを証言するのはダメなんですか?』
そう、普通に考えればその理由を警察に証言してくれたら、少なくとも美里がすぐには犯人として断定されないはずである。しかし、それに対する今野の返信は、美里の想像の斜め上を行くものだった。
『犯人は、うちの重役の可能性が高い』『下手すると、俺の証言くらいもみ消せるはず』
信じられない、そんなバカなことがあるのか。というのも、谷山は美里に限らず、社内でも理想の上司として尊敬を集めている人物だったからだ。そんな谷山に造反する人間がいる、しかもそれが役員の誰かだなんて、ずっと谷山のそばで秘書として働いてきた美里には、にわかには受け入れられないことだった。
『だから、俺のことがバレる前に真犯人にたどり着かないと』『君が罪を被ることになる』
なるほど、八方塞がりとはこのことか。あまりに唐突な話の連続に、美里は一周回って冷静になりつつあった。
『なぜうちの重役が犯人だと思うんですか?』
落ち着きを取り戻し始めた美里は、そう今野へ返信した。
『社長が殺された直後の現場を覗き見た』『そこには倒れている君と社長以外に、もう1人男がいた』『あの時間帯に社長室まで来れたのと風貌からして、重役の誰かのように見えた』
そういうことか、と美里は納得した。話をまとめると、今野は何らかの理由で社長室の近くを訪れ、そこであの現場を目撃した。そしてそこには、美里と谷山以外に、いかにも重役の雰囲気を漂わせた男がもう1人いた、ということらしい。
『なるほど』『その男の顔は見なかったんですか?』
美里はすぐさま質問を続けた。かつて谷山が重宝した、普段の業務中のような冷静沈着ぶりを着実に取り戻しつつある。
『残念ながら見れなかった』『向こうに気づかれて慌てて逃げた』『俺が誰かまでは分からなかったみたいだけど』
美里は、瞬時に状況を理解した。今野もまた、美里と同じように逃亡中の身なのだ。もし今野が社内の人間なら、姿を見られてしまった以上、真犯人に特定されてしまうのは時間の問題である。その後の魂胆は分からないが、いずれにせよ真犯人を捕まえたいのなら、今野の身元が割れる前に正体を暴くしかなさそうである。
こうなったら、やるしかない。どのみち、逃げるという選択肢もないのだから。美里は覚悟を決め、今野に返信した。
『わかりました』『真犯人、突き止めましょう』

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~3.隠密行動、開始~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

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