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辿り着いた過ち ~1.ことの始まり~

※この作品は、短編ミステリー小説のコンテストへ応募するために執筆したものです。

1.
「うー…ん…。」
(あれ…?私、寝てた…?ここは、どこだろう…?)
床で横向きに眠っていた美里が、目を覚ます。頭はぼんやりしており、なぜ自分が眠っていたのかも分からない。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見回してみる。そこにあったのは、見慣れた高級なデスクと肘掛けチェア、そして応接用のテーブルとソファだった。
(ん…?ここは、社長室…?そうだ、私、さっきまで仕事してなかったっけ…?)
紛れもなくその場所は、美里が秘書としてサポートしている社長の谷山が普段いる、株式会社フジ製薬社長室の中だった。あろうことかそのど真ん中で、美里は眠りこけていたのである。
少しずつ意識がはっきりしてくるにつれ、美里は何かが自らの右手に握られていることに気がついた。おぼろげな目で、その正体を確認すると、美里は思わず声をあげた。
「えっ!?これ何!?」
美里の手に握られていたのは、包丁だった。しかも、鉄のにおいがする赤い液体がたっぷりと滴っている。間違いなく、それは血だった。
夢見心地から一気に現実へ引き戻された美里は、異変がそれだけではないことに気づく。
包丁以外にも、それを握っていた右手、そして制服として支給され、ジャケット代わりに着ていた会社の作業着、はては襟元を出していたブラウスまで、そのあらゆる箇所に赤いシミがついていたのだ。
(いったい、どうなってるの?これじゃ、まるで私が…)
美里の脳裏に、不吉なイメージがよぎる。しかし、当然ながらそんな記憶は一切ないし、そこまでしなければならない相手もいない。
すると一瞬、自分の背後、つまりさっきまで自分の頭が横たわっていた、さらにその先の場所に、何か転がっているのが美里の視界に入った。
ハッとして振り返る。その正体が分かった瞬間、美里は頭が真っ白になった。
「社長!社長…!」
そこにいたのは、腹を一突きされ、血まみれで変わり果てた姿となって倒れていた谷山だった。
慌てて近寄り、ほほに手を当ててみるも、すでに体は冷たい。突然のことでショックのあまり、美里はその場でへなへなと床に座り込んだ。
「そんな…伯父さん…。」
母親と、現在は故人だが谷山の妻が2人姉妹で、美里は小さい頃から谷山に姪っ子として可愛がってもらっていた。谷山夫妻に子どもがいなかったことも手伝い、就活のときも進んで自分の会社を紹介し、入社後も秘書として重宝し、公私ともに何かと面倒を見てくれていた。
そんな谷山が、いま美里の目の前で、死んでいる。しかも、傍から見れば、美里が殺したとしか思えないような状況である。
(まさか…まさか本当に、私が伯父さんを…?)
親しかった身内の死という、ただでさえ辛い出来事に加え、手をかけたのは自らであると疑わざるを得ないこの状況に、美里は正気を保てなくなりつつあった。
その時。
…ブーッ。…ブーッ。
パンツのポケットに入れていた、美里の私物のスマホがおもむろに震えた。
普段は休憩中にしかスマホを触らない美里だが、このときばかりは気が動転しており、慌てて自らの作業着で血の付いた右手をぬぐい、ポケットからスマホを取り出した。
画面を確認すると、メッセージアプリの通知が映っている。どうやら、さっきのバイブはこの通知のものらしい。
無心でメッセージアプリを開くと、どこの誰だかまったく覚えがなく、友達登録もされていない【今野】という名前のアカウントから、2通のメッセージが届いていた。
『このメッセージに気づいたら、すぐにそこから逃げたほうがいい』『このままだと、君が警察に捕まってしまう』
美里はハッと我に返り、急いで辺りを見回した。しかし、視界に映る人影は相変わらず、事切れて動かない谷山のみである。美里は、恐る恐るそのメッセージに返信した。
『あなたは誰ですか?』『どこかから覗いてるんですか?』
…ブーッ。…ブーッ。
すぐに返信が来た。
『話はあとで。事情はわかってる』『とにかく、早く社長室を出るんだ』
これ以上、考えている暇はなかった。美里はすぐに血まみれの作業着を脱ぎ、入口の社長用上着掛けにかけてあった作業着と入れ替えてそれを羽織り、社長室を飛び出す。幸い、すぐ外は美里専用の秘書室のため、慌てて社長室から出てきた美里を怪しむ人間は誰もいなかった。
食べかけの饅頭が置いてある自分の机を横目に見ながら、今度は何食わぬ顔を装い、外の廊下へ通じるドアを開ける。そしてあたかも、出会い頭に人とぶつからないよう確認するかのように、左右をキョロキョロと見た。
タイミングよく、誰もいない。ようやく少しホッとした美里は、そのまましれっと廊下へ出て歩き始めた。
さて、ここまでは順調に来られたが、問題はこの後どうするかだ。ひとまず社長室からは離れられたものの、警察が事件現場の捜査を始めれば、美里がそこにいたと気づかれるのはそう遠くない話だろう。
美里はすぐに、先ほどのメッセージの主に連絡を取った。
『社長室を出ました』『どうすればいいですか』
…ブーッ。…ブーッ。
これまた、すぐに返事が来た。
『確か、同じフロアに書庫があったはず』『いったん、そこに隠れたほうがいいかも』
その入口は、ちょうど美里の目の前にあった。
ノブを回してそっとドアを開け、多少ほこりっぽい部屋を見回してみる。どうやら、誰もいないようだ。
『わかりました』『誰もいなかったのでいったんここに隠れます』
書庫の中でそうメッセージを返信し、美里はパタンとドアを閉めた。

(続く)

次回はこちら→辿り着いた過ち ~2.避難~

サムネイル:写真ACより(URLはコチラ)

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