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出発点

11年前。暑い夏の日に起きた事。

午後のまだ高い日差しの下、私は郊外を後にして市街地へと車を向けていた。

カーオーディオからは、映画音楽が響いていた。
物語は、理科教師が手製の原爆で政府を脅迫する、大犯罪サスペンス。
しかし、その旋律は優雅で心地よい。

交差点に差し掛かり、車を停めた。
フロントガラス越しに見えるのは、赤く灯る信号機。
遠くには運河にかかる橋、拡がる青空。

横断歩道を渡る歩行者たち。

すると私の車の前を、部活動のバッグを背負った男子高校生が通り過ぎていった。

彼の視線が交差点の対角に向かったので、私も何の気なしにそちらに目をやった。
自転車に乗った女子高生が、男子に手を振っている。ぶんぶんと音が聞こえそうだ。

男子はちらりと見て面倒くさそうに手を振る。

彼らは互いに横断歩道を渡りきってしまい、男子は右手方面へ。女子は左手方面へ離れていく。

信号機が青く灯り、車を進めた。
さきの女子を追い抜く。何か「やったー」みたいな感じで浮かれているように見えた。

私は、世界はまだ美しく、見捨てられるものじゃないと思った。

道路脇の駐車場に車を停めた。そして、私はノートを取り出してこの情景を記した。

ノートの末尾には、こう書かれている。

恋愛ものを描いてみようかな


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