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「いつか見た青空」 第1話

はじめに:

あらすじ 

 A美術大学の敷地の隅。昭和初期に建築されたビル。そこに先端デジタル美術研究室がある。

「ここ むかしは倉庫街区の監視塔だったんだ」
「あの子は…?」
「湊ハル 高校3年生」

 ハルは、校内の中庭で芝生に横たわる呈と出会う。
「変わった人だな……」
「あの人は誰だろう どこかで見た気がする」
「紹介しよう ニューヨーク大学芸術学部から来た 高森呈先生」

 実習風景。呈は、准教授が作った課題のファイルをゴミ箱に放り込む。
「アーティストなら 作品で自分を伝えるべきだ」

「みんな 心配でしたよ」
 病棟の窓から見える青空。
「負けたくないんだ こんな病気で」

— 誰も届かない、 誰にも屈しないものになりたい —


作品のねらい

本作は、青年期の少女のアイデンティティの確立と、深い傷を負ったプロフェッショナルが再び立ち上がる姿、そして年齢差があるふたりの淡い恋愛を描きます。
物語は、最後にハル、呈、小潟、そして白鳥がそれぞれの道で輝く姿で幕を閉じます。美術を通じて出会い、共に成長し、そして別れる彼らの青春物語は読者に強い感動と、希望と勇気を与えるでしょう。


登場人物紹介

主人公

湊 ハル(みなと はる)
美術大学附属高校に在籍する19歳の女の子。進路に悩んでいたところ叔父である小潟の推薦で、美大の聴講生となって先端デジタル美術研究室に出入りすることになる。
写真家の父の影響で、CONTAX T2を持ち歩いて風景や人物を撮影している。写真での入選多数。
現在は絵本作家の母とふたり暮らし。父と妹とは別居している。

高森 呈(たかもり てい)
31歳。少年期に欧州にいる叔母に引き取られる。17歳で米国に渡り、ニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アート(ニューヨーク大学芸術学部)に入学。学部生の頃から広告や映画などの商業美術で活躍する。学部卒業後、大学院で起業したカンパニーで仕事を続ける。ある朝、パートナーと口げんかをして別行動をとるが、彼らの街でテロ事件が起こりパートナーは行方不明となる。
事件後はパニック障害となり、航空機を避けて船舶と乗用車で地球を半周して日本に入国した。

湊家

小潟 真心(おがた まこと)
39歳。大学准教授、先端デジタル美術研究室 室長。ハルの母である美和の弟、ハルからは叔父にあたる。湊邸の敷地内にある別宅に住んでいる。

湊 美和(みなと みわ)
43歳。ハルの母。在宅で絵本作家をしている。

先端デジタル美術研究室

白鳥 歩(しらとり あゆむ)
22歳、学生。研究室のスタートアップからコンピューターの組み立てなどで、呈のアシスタント的役割を務めていた学生。工業高校電子科にいた頃は、女子の制服を着て通学していたという。大学入学からは異性装者となる。

相原 薫(あいはら かおる)
46歳、学生。クラスで一番の年長者であり、美貌の婦人。ピアノと歌が得意で看護学や語学に堪能である。謎の多い人物。

南波 英彦(なんば ひでひこ)
23歳、学生。黒髪セミロング。穏やかで優しい性格。美術デザインの表現方法に精通している。

大友 良輔(おおとも りょうすけ)
23歳、学生。真面目な性格であり研究に熱心に取り組んでいるが、空気を読むのが下手。

島 礼文(しま あやふみ)
25歳、学生。クラスでの主な担当は3Dオブジェクトの制作だが、実際に金属を加工したり溶接したりするのが大好き。

吉岡 智子(よしおか ともこ)
大学の事務職員。実質的に小潟の秘書。

美術大学附属高校

小太郎(こたろう)
高校三年生の男子。ハルの保育園の頃からの幼なじみ。呈を「あのオジさん」と呼び、恋敵として敵対行動をとる。


第1話:

北アジア、市外、野営地(朝)

○北アジア(ロシア)田舎の風景・全景(三月中旬・朝)
○同・舗装されていないまっすぐな田舎道
 冬の終わり頃の風景。車道はドライ、周辺には、まだ白く雪が残っている
○同・道路から少し離れた野営地(外)
 トヨタ・ハイラックスが駐車している
 雪原にタイヤの跡
 雪を踏み固めた場所に張られたテント
 周辺にいくつかのキャンプ用品が置かれている

 外でコーヒーを飲んでいる旅行者の男性・高森 呈(31)
 防寒着に毛糸の帽子、吐く息が白い

 折りたたまれた地図を拡げる
 旅の資料が、2〜3枚挟まっている
 そこから、1枚の写真が落ちる
 呈、拾い上げた写真を見る 悲しげな目
 写真[正装し、トロフィーを持つ呈 隣には美しい女性]

× × ×
(回想)
○ニューヨーク マンハッタン島の対岸 ブルックリン地区・都会の道路(朝)
 遠くに見えていたワールドトレードセンターが、崩れて消えた直後の様子
 交通がマヒし、路上に車が何十台も停まっている
 様々な人種の群衆が、驚き、悲しみにくれている。祈っている男、泣く女

群衆「ああっ!」

群衆「おお、神よ」

群衆「……!」

 呈、運転していた車のドアを開けて、車外に出る。
 目の前の光景が信じられずに呆然としている(回想終わり) 
× × ×

○再び 同雪原・野営地

呈「日本まで、あと1000キロメートル」

 呈、地図をたたんで 遠くを眺める
 遠景、ロシアの山岳風景

湊邸(朝)

○湊邸・全景(三月下旬・朝)
○湊邸・ダイニング(室内)
 テーブルにはおいしそうな朝食が並んでいる

 湊ハル(19)、朝食を食べながら、母の説教にいらいらする
 テーブルの向かいには、母の湊美和(43)。娘にまだ小言を言いたげにしている

ハル「ごちそうさま」

 ハル、ダイニングから退散しようと、立ちあがる
 皿を重ねて、体を傾けてシンクに皿を置く(早く立ち去ろうと思っている)

美和「待って」

 美和、料理を皿によそう
 猫の飴(成猫)が背景を歩いていく
 美和、ラップをかけた皿を持ち上げる

美和「これ真心(まこと)に持っていって」

ハル「やだよ。マコ兄の部屋 きのう怪しい虫がわいてたんだよ」

美和、おしつけるようにハルに皿を渡す。

○同・ダイニング→廊下
 背景 造り付け棚に、ハルが受賞した、写真コンテストのトロフィー、賞状などが飾られている

ハル「わたし、虫を取ってと言ったの! そうしたらマコ兄ったら」

○同・廊下→ガレージの階段
ハルの声「かわいいだろ? って」

湊邸・小潟の部屋

○同・ガレージの2階・(室内)小潟の部屋
 本やDVD、フィギュアなど
 そして石膏像や図録など美術家らしい物で
 埋め立て地のように散らかっている部屋

 小潟真心(おがたまこと)(39)は、ディズニーの様なキャラクターが刺繍されたガウンを着て、寝癖の付いた頭、デスクでPCを操作している。

 上目遣いで、ハルと料理をチラリと見ると、書類の傍に置かれた大型PETボトルを取り、モニターを見ながらキャップをはずしてコーラを飲む

小潟「お! 鳥海山まで来たか 今日には来れるな、きっと」

 PC(メール画面)

ハル「誰?」

小潟「新しい先生」

ハル「ふーん」

 小潟、テーブルの上の皿からサンドイッチを取り、口にする

小潟「そうだ、ハル。今日一緒に行こう」

ハル「えー?」

小潟「美大にな 面白いモノがいっぱいだぞ」

ハル「イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!」

(間をあけずに場面転換)

 シャッター音「パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!」

A美術大学

○A美術大学・庭・全景
○同大学・建設中の新校舎
○同大学・旧倉庫街跡(外)
 ハル、カメラで、建設中の建物、重機、古い倉庫など、
 被写体を立て続けに、撮影

スーツ姿の小潟「だから面白いと言ったろ」

ハル「うん」

○同大学・庭の奥
 鉄道が臨時に運行して、倉庫跡地に貨物列車が停車している。
 トップリフターが、海外から来た巨大なコンテナを運んでいる

ハル「あ、マコ兄 わたしあれ見たい」

小潟「待ちなさい ハル」

 小潟、眼鏡の真ん中を一本指で持ち上げる

小潟「叔父さんと呼びなさい」

ハル「はいはい。で、わたし電車見てきていいのかな?」

小潟「ああ、気をつけて」

 ハル、カメラを持ち直して、現場の奥へ走る
 小潟、学生に声をかけられて、別の方向へ歩く

○同大学・庭のさらに奥
 ハル、奥に向かって小走り
 遠くの芝生広場において、横たわる人物を見つける
 人物を囲むように、カラスが3羽留まっている
 ハル、カメラのファインダー越しに人物を見る
 貨物列車が通過。人物が轢かれたように錯覚される画

○同大学・(続き)芝生広場
 ハル、カメラを低い位置で構え、人物に歩み寄る
 カラスが飛び去る
 眠る人物。呈である

 ハル、しゃがんで、生死を確認するために、呈の顔に手を近づける
 呈の体が動く。ハル、手を引っ込める
 呈、体をおこす。額に乗せていた帽子が落ちる
 「ん」と声が漏れる。ハルが覗きこんでいることに気がつく
 しばし、沈黙して見つめあうハルと呈

呈「えーと すみません(フィーチャーフォンを見ながら)6号ビル実習室はどこですか?」

ハル「ごめんなさい。わからないの。ここの大学生ではないので」

呈「あ、」

ハル「高校生なんです。大学の隣に附属高校があって、そこの」

呈「なるほど いいカメラを持ってるから 美大生かと思った」

ハル「フフフ 今日はいい写真がたくさん撮れました!」

呈「へー 私も その写真 見たいな」

ハル「ああ! これはデジタルじゃなくって 現像しないと見れないんで!」

呈「もし もう一度会えたら」

ハル「あッ はい その時は 見てください……」

呈「高森呈です」

ハル「湊ハルです」

ハル、呈の大きなリックサックに気づく

ハル「すごい荷物ですね」

呈「旅行が下手で つい色々詰めちゃうんだ」

 立ち上がる呈

呈「じゃあ」

 ハル、会釈する
 呈、立ち去る

ハル(心の声)「変わった人だな……」

○同大学・庭
 ハル、カメラを持ち直して、被写体を探して歩く
 くたくたのスーツ姿、高校教諭(44)登場
 ハル、硬直する

ハル「あ…… 先生」

高校教諭「湊ーッ ここで何してるー?」

ハル「えーと、えー、えー」

 ハル、泣き笑いの表情
 小潟 再び登場

ハル「だからイヤだと言ったのに!」

小潟「すみません 私の姪に何か御用ですか?」

 小潟・教諭、向かい合う

高校教諭「失礼 湊さんの叔父さんでしたか 私は高校部三年で教師をしてます……」

 小潟、スーツの内ポケットに素早く右手を入れて、名刺入れを取り出す
 高校教諭、はっとしてスーツのポケットをまさぐる
 小潟、低い姿勢で、名刺を差し出す

小潟「A美大 先端デジタル美術研究室 室長をしております
   (強調)准教授の、小潟です(強調終わり)」

 小潟と高校教諭、ビジネスマンのように名刺交換をする

○同大学・庭・ベンチ
 小潟・高校教諭、ベンチに並んで座り
 美大のロゴマークが入ったうちわを手にしている

高校教諭「ですから、ハルさんは展覧会での成績も良いから
     このまま休学されると 
     我が高としてはひじょうにもったいないな、と」

小潟「ふむ」

高校教諭「だぶって教室で学ぶのがつらいなら インターンでもいい
     どこかの企業に体験入社を
     とにかく何もしないで自宅に引きこもるのが一番よろしくない」

 小潟、話を聞き、考え事をする

高校教諭「留学が失敗したといっても ハルさんは成績がいいから
     どこにでも推薦できるんです」

小潟「先生 それなら姪は 私の研究室で学ばせたら いかがですか?」

高校教諭「それは! 飛び級ですか? 
     いや、この大学でいままで飛び級はありませんよ」

小潟「私にも高校生を飛び入学させるほどの力はありません
   だけど ちょうど聴講生の枠がひとり空いてるんですよ
   今年はそうして 来年美大を受験させる
   というのは どうですか?」

○同大学・庭
 高校教諭の声「よかったな 湊」
 ハル、ふくれっ面 (擬音)ぶーーーッ

ハル「何よ 物々交換?」

小潟「そう ハルとウチワを交換」

 携帯電話が鳴り、小潟、電話を取る

白鳥の声「(電話)小潟先生――」
小潟「おう」

白鳥の声「(電話)高森さんがお着きになりました」
小潟「わかった 今から行く」

 小潟とハル、校庭を歩く

A美術大学・塔


○同大学・塔・全景
 昭和初期の建築デザインの、4階建てのビル。屋上に鉄塔が立っている

○同大学・塔・玄関(外)
 相原薫(46)は、段ボールを3~4個積んだ重そうな台車を押して、ビルの玄関の段差を乗り越えられずに苦労している。

小潟「代わるよ」

 小潟、薫と交代して台車を押す。台車は段差を乗り越える。

○同大学・塔・1階(室内)
 一同はビル室内に入り、大きな発電機の前を通る
 小潟、台車を押し続ける。一同、古い作りのエレベーター前に着く
 エレベータードアに貼り紙がある

小潟「エレベーターは使えないのか」

薫「4階に止まらないのです」

小潟「どうして?」

薫「どうしてでしょう?」

小潟「わかった 屋上まで行こう」

薫、エレベーターの、鉄扉と鉄格子を手で開ける

○同大学・塔・エレベーター(カゴ内)
 ハル・小潟・薫が乗ったエレベーターが上がる
 階数の数字を、ニキシー管が表示。
 蛇腹ドアに「注意 指を出さぬように」と注意書きあり

ハル「このエレベーター まるで斜めに上がっているみたい」

 エレベーターが屋上で止まり、薫がドアを開ける

○同大学・塔・屋上(外部空間)
 腰のベルトに工具をぶらさげた、南波英彦(23)・大友良輔(23)が、木箱のふたを開いて、荷解きをしている
 屋上にハル登場
 背景に近くの運河、遠くの山
 ハル、景色を見る

小潟「ここ むかしは倉庫街区の監視塔だったんだ」

 ハル、眼下を見下ろす
 貨物列車や荷下ろしの光景

大友「あの子は…?」

 ハルに見とれる大友

南波「(小声)小潟先生の姪っ子さんだよ 前にも会ったことある」

小潟、離れた場所から南波たちを呼ぶ

小潟「南波! 大友! これを実習室まで頼む!」

 小潟・南波・大友は、手分けして、台車に積まれた荷物を抱える
 薫、階段室のドアを開けて、ハルを案内する

薫「ここから階段をひとつ降りるのよ」

○同大学・塔・4階実習室(室内)
 階下に降りたハル、階段室を通り抜けて、暗い実習室に入る

男1の声「いいかな……?」

男2の声「OK」

男3の声「OKです」

男1の声「5秒前、3、2、1」

 いくつものコンピューターのディスプレイが点灯して、室内が明るくなる
 液晶ディスプレイに表示されるシーケンス図を見る、呈
 ヘッドフォンで音声をモニターする、島 礼文(あやふみ)(25)
 業務用ビデオデッキを操作する、白鳥歩(22)

ハル「これは……」

 大型スクリーンに映る、海と空・白い雲の映像
 別の大型スクリーンに映る、山岳の映像
 ハル、カメラのボディを強く握り、鮮明な映像を見つめる
 (狭い実習室が、屋上の解放された空間以上に広く、ダイナミックに見える)
 映像、山岳から海に向かって渡り鳥が飛ぶ
 小潟、荷物を持ったまま、顎を上げて天井に映る動画を見て、笑う

小潟「ハーハッハッハーー! いいねえ」

 薫、顎に人差し指を当てて映像を見る

薫「きれい…」

 コンピューターを操作する呈
 映像の再生が止まり、室内が明るくなる
 呈、ヘッドフォンを外し、近くのハルに顔を向ける

呈「いらっしゃい」

ハル「…コンチワ」

 再会して、少し驚く呈とハル
 小潟、抱えていた荷物をデスクに下ろし 研究室中央に、呈とハルを呼ぶ

小潟「みんな集まってくれ」

 席に座っていた島・白鳥、立ち上がり、歩く
 屋上からきた学生たちも、歩く(荷物は持っていない)
 小潟の対面に、学生5人が立つ。小潟の隣には呈、その隣にハルが立つ

小潟「今日から みんな研究者として
   (強調)私の門下に入るわけだが(強調終わり)
   紹介しよう ティッシュ・スクール・オブ・アートから来た
   高森呈先生
   高森さん また会えてうれしい よく来てくれた」
握手をかわす小潟と呈

呈「みなさんに お会いできるのを楽しみにしていました」

小潟「そして 高校3年生の湊ハルだ」

学生らも、それぞれの立ち位置から、呈とハルに視線を向ける
照れて頭を下げるハル

島「先端研へようこそ」

○A市郊外・国道・全景(夕方)
○大学からハルの自宅への道・小潟の運転する車(夕方)
 欧州車のセダン。助手席にハルが座っている。
 ハルは、夕陽に照らされる街にカメラを構えていたが、カメラを下ろして小潟に顔を向ける

ハル「あのね マコ兄?」

小潟「ハル 大学では先生と呼びなさい」

ハル「聴講生になったら あの助手の先生と一緒に勉強するんだよね?」

小潟「高森くん 優秀だぞ」

ハル「やだなー」

小潟「どうした?」

ハル「……キタナイからヤだ」

小潟「………確かに…」

 小潟、車を停めて携帯電話を操作する

○A美大・塔・実習室(夕方)
※(薫はすでに下校している)
 南波が電話をとる

南波「はい あ、小潟先生 こんばんは」

 呈・学生たち、ネットワーク機器の配線構築の作業をしている
 受話器を持った南波が登場

南波「高森先生 小潟先生からお電話です」

呈「はい 高森です」

小潟の声「(電話)高森くん だいぶ汗をかいてるようだけど」

○小潟の車(車内)
小潟「最後にお風呂に入ったのはいつ?」

○A美大・塔・実習室
呈「ベイジングですか
  モスクワのホテルで入りましたから 3週間くらい前ですね」

 学生たち、作業しながら顔色が変わる

呈「はい… はい… はい わかりました 失礼します」

 呈、電話を切る。浮かない表情

白鳥「小潟先生 何ですって?」

○小潟の車(車内)
小潟「(微笑んで)大丈夫! 明日からはきれいになって来るから!」

○A美大・塔・実習室
呈「風呂に入って 新しい洋服に着替えてくるように と言われました」

白鳥「あー」

呈「この辺に沐浴できる川とかあるかな?」

白鳥「まだ水が冷たいから やめたほうがいいですよ」

島「いや その前に 警察に捕まるだろう?」

南波「先生 アパートは?」

呈「まだ決めてないんだ どうせ大学に泊まり込むから ホテル借りても無駄な気がして」

白鳥「お風呂 あるよ! みんなで行こう」

○山間の道・呈の運転するハイラックス(夕方)
 塔にいた白鳥・島・大友・南波が同乗
 大友、首にタオルを掛けている

山間の温泉

○山間の温泉・全景(夜)
 看板[ディストピア温泉]

○同温泉・露天風呂(夜)
 一同、露天風呂に入浴中

大友「あーーーーー」

呈「ふーーーーー」

南波「きもちいいっスねー」
(擬音)ほえーー

白鳥「ごくらく ごくらく」

○同温泉・洗い場
 タオルで身体をこする呈

呈「このセッケン全然泡立たない……」

 呈以外の者は泡に包まれている

島「悪いけど…… それって先生が… かなり…」

呈「えっ!」

 南波・大友 にやにやする

呈「セッケン! セッケン貸してください!」

白鳥「はい」

 白鳥、呈に石鹸を渡そうと手を伸ばす。
 照明があたり、白鳥の裸体が浮かび上がる。

呈「あ……」

 白鳥、クスリと笑う

呈「白鳥… 白鳥くんって 女の子?」

白鳥「ハートは 男です 先生」

湊邸(夜)

○湊邸・全景(夜)
○湊邸・ガレージ(外)
 ハル、小潟の車から降りて、隣の自宅の玄関に向かう

○同、湊邸(室内)玄関→キッチン
ハル「ただいま」

 家に入り、玄関・廊下・キッチンを通り抜けるハル
 キッチンにはシチューなど、美和が作った夕食が用意されている
× × ×
(クロスカッティング)絵本作家の美和、アトリエ部屋で作業
× × ×
○同、湊邸・ハルの部屋
 ハル、カメラのフィルムを巻き上げて、現像のため取り出す

○山間の温泉・湯上がり休憩所
 一同、缶ジュースを手に、会話している
白鳥「高校卒業までは、ふつうにスカートを履いてました
   制服だったし
   でも ずーと違和感があって」

 話を聞く一同

白鳥「美大の入学式で メンズのスーツを着て
   自分は自由なんだーという気がして
   気持ちが高ぶったのを覚えてます
   それからはずっとメンズの洋服です」
× × ×
(回想)白鳥の入学式
× × ×
大友「なるほど」

白鳥「気持ち悪いですよね ごめんなさい」

南波「いや そんなことは無いよ ただ びっくりした」

白鳥「きょうは みんなと露天に入れて うれしかった」

 呈、白鳥を見る

大友「それで白鳥くんは 付き合ってる人とか」

白鳥「そういう人は いません」

大友「彼女がほしいとか そういうのは」

白鳥「できれば 彼氏がほしいです」

 顔を見合わせる、南波・島

白鳥「でも 自分としては
   今の肉体に違和感を強く感じるんですね
   お金を稼げるようになったら 男性の身体になって
   彼氏とお付き合いしたいです」

 南波・島・大友、頭を抱える

大友「(ためらいながら)あの ごめんね 男性と付き合いたいなら
   女性の身体の方が 有利なのでは?」

白鳥の表情がこわばる

呈「(大きな声で)あのさ」

 呈に視線を向ける、南波・島・大友

呈「ひとの恋愛や セックスの感覚は それぞれだからね 誰も口を挟めないと思うよ」

○同温泉・外
 月が出ている
 車のトランクを閉める呈。傍に立つ白鳥

白鳥「あ 先生 さっきはありがとうございました」
× × ×
(クロスカッティング)売店で温泉まんじゅうなど物色する島
(クロスカッティング)ゲームコーナー
 レトロゲーム機で遊ぶ、南波・大友
× × ×

呈「何でもないよ」

(一拍おいて)
呈「何も特別なことは無いよ」

白鳥(目を伏せて)「はい」

湊邸・ダイニング

○湊邸・ダイニング(室内)(夜)
 向かい合って食事をしているハルと美和

美和「それじゃ あなた来年は美大に進学できるのね」

ハル「え」

美和「良かったわ A美大なら真心(まこと)も勤めてるし おかあさん 安心」

ハル「おかあさん わたし マコ兄の研究室に行くよ!
   でもこれと私の進路は別!
   高校卒業したら 他の大学に行くかもしれないし
   就職するかもしれないし
   選択肢は県内だけじゃないんだよ」

美和「(怒って)何言ってるの?」

ハル「おかあさんはどうして、いつもわたしの邪魔をしたがるの?
   留学だってホームステイのおうちに昼も夜も
   毎日毎日電話をかけてきて」

 美和、両手の手のひらで、バーンとテーブルを叩いて怒る

美和「あたりまえでしょ! 私はあなたの親なのよ」

ハル「そんなんじゃ ホームステイ先にいられなくなるでしょ!
   少しは考えてよ!」

美和「黙って ハル!」

ハル「わたしの未来は 私で決めたい! 
   おかあさんだって おとうさんだって
   東京の美大に行ったくせに 何でわたしだけダメなの?」

美和「あなたに何ができるというの!
   それなら進学も就職もしなくていいから!」

 ハルの眼に涙がにじむ

美和「何もしなくてもいいから うちに居なさい!」

 ハル、皿を重ねて立ち上がる

ハル「ごちそうさま!」

美和シチューの鍋を手に取る「待って これをマコ兄に」

ハル「なんで いつもわたしは おかあさんの言いなりにならないといけないの!」

ハル、持っていた皿をシンクに投げつける

 皿の割れた音、猫の飴がびっくりして飛び上がる

美和「ハル! このばか!」

 ハル、ダイニングから走って逃げる

○同、暗室(照明はついている)
 ハル、銀塩写真の暗室に使っている小部屋に逃げ込み
 内鍵をかけて、涙を流す
 暗室内に、いくつか置かれているのは
 今日撮影した、美大構内の風景写真

○同、キッチン
 美和、額に手を置き、憮然として、キッチンに立っている

○同、暗室
 ハル、声を殺して、泣く
 風景写真の横に並ぶ、もう一枚の写真
 写真[芝生に横たわる呈]

(第1話 了)


↓ 次回、第2話

↓次々回、第3話

↓第4話(第1章完結篇)


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