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「いつか見た青空」 第3話



第3話:

朝の湊邸

○住宅街(早朝)
 明けきらない空 街は静寂が広がっている

○湊邸・キッチン(早朝)
 ハルは丁寧におにぎりを包んでいる
 傍には焼いた塩鮭、自家製の梅干しなどのフレーバーがある
 テーブルの上に、大皿に盛られた10個以上のおにぎり

○湊邸・玄関
 玄関のドアを閉めて施錠して出かけるハル
 カバンをふたつ肩から提げている
 ひとつは大きなランチバッグ

○同・美和の寝室
 ハルの母 美和はハルが玄関を閉める気配で目を覚ます

○同・階段からダイニングへ
 美和 パジャマ姿にカーディガンを羽織り階下に降りてくる
 テーブルには皿に盛り付けたおにぎりが4つある

 ガウンを来た小潟真心(まこと)登場
 テーブルのおにぎりを見つけて、ひとつを手にする

美和「あの子 毎日おにぎりを持って 始発のバスで出かけてるんだけど」

小潟「うん うまいなこれ」指についた米粒を舐める

美和「真心の教え子たちって そんなにお腹を空かせているのかしら」

小潟「ふふふ おお!明太子だー」

A美術大学①

○A美術大学・塔・4階実習室
コンピューターに向かっている 白鳥・大友・南波
島は青いシートを敷いた一角でしゃがみこみ 機械を分解して写真を撮っている

ハル 階段を上り実習室に入る
中央のテーブルに、おにぎりや茶などを並べる

ハル「おはよう みなさん一緒に食べませんか?」
大友「おー うまそう」
南波「うわー いつもありがとう」

島は手が油で汚れていたが、ハルがフォークを差し出すと笑って受け取った

白鳥は美しい手で おにぎりを丁寧に受け取った「いただきます」

ハル「高森先生は?」

白鳥は人差し指を口元に当てるジェスチャーをした

白鳥「さっき ようやく休まれたんだ」

大友「もう3日も徹夜してたから」

実習室の一角に、切り開いた段ボールを敷いた寝床
ブランケットに包まれて眠る呈

南波「(小声)ほんとうはベッドで休んでほしいんだけどね」

回想シーン

○(回想)A美術大学・塔・全景
○同大学・塔・4階実習室

 呈がデスクから立ち上がり 中央のテーブルに向かって歩く
 目の下に隈があり 疲れている様子
 実習室は静かで、学生たちは各々の作業をしていた
 呈は壁の時計を一目して もう一度ハルたち学生の方を向いた

呈「9時15分から プロジェクトの計画を発表します」
 すべての学生が同時に返事をした 「はいッ!」

○同大学・塔・4階実習室

 正面にホワイトボードを設置し、その前に呈が立っている
 6人の学生が向かい合って着座している

呈「最初の3日間は2チームに分かれて
  A案、B案のふたつの絵コンテを作ります
  4日目にクライアントが評価して どちらかに決定します
  残りの6日間で映像を制作します」

 小潟准教授は、一番後ろで 壁を背にして聞いている

呈「このプロジェクトは 単なる映像制作だけでなく
  私たちが社会に向けてメッセージを発信し
  影響をあたえるチャンスでもあります」

 学生たちは真剣な表情で呈の言葉を聞く

呈「私は今回プロジェクトマネジャーとして皆さんを後ろからささえます」

呈「薫さんはみんなの作業がスムーズにできるようにコーディネーターをお願いします
  みんな 私に言いにくいことは薫さんに相談してください」

 相原薫は承諾する
薫「かしこまりました」

呈「白鳥くんは レンダリングエンジンのプログラミングを続けてください」

白鳥「わかりました もうすぐ完成すると思います」

呈「そしてデザインチームですが
  Aチームは 湊・島チーム
  Bチームは 南波・大友チームで
  湊さんと 南波くんは ADとなります」

ハル「AD…?」

南波「この場合は アートディレクターだね 美術監督だ」

驚くハル「そんなあ……」

○同大学・塔・階段
 呈を追いかけ 傍に立つハル

ハル「高森先生! アートディレクターの役目ですが
   わたしはまったく経験がありません」

呈「湊さんなら できると思うよ」

ハル「どうしてですか?」

呈「このあいだの写真 すごく良かったよ
  湊さんの良いところを そのまま出せばいいんだ
  やってみようよ」

 真剣に呈を見つめ、決意の表情を浮かべるハル(回想終わり)

A美術大学②

○同大学・塔・実習室(夕方)
段ボールを敷いた場所で呈は目を覚ます
絵コンテを描いている学生達

ハル「高森先生 お疲れさまです だいじょうぶですか」

呈は頷く
時計とホワイトボードの進行表を一目すると南波とハルに声をかける

呈「絵コンテ 観れるかな?」

南波「はい まもなく仕上がります」

呈「では19時から 大スクリーンでプレゼンをしよう」

すべての学生が同時に返事をした「はいッ!」

○同大学・塔・実習室・大スクリーン前

大友「小潟先生はいないの?」

薫「小潟先生は営業活動で外出しています
  本日は残念ながら立会いはできませんが
  作品に自信を持ってプレゼンしてくださいとの事です」

資料を持ったハルと島は、大スクリーンの両脇に立ち、プレゼンテーションをはじめる

○ハルチーム「花咲く都」
 ハルがプレゼンを説明する
「クライアントの社屋とその周辺にはたくさんの樹が植えられていて 春にはいっぱいお花が咲きます」
「山あいから下流へ流れる小川に はなびらが流れるシーンです」
「樹木に つぎつぎに 花が咲いていくシーンです」

 続いて南波チームのプレゼン

○南波チーム「動きと静止」
 南波がプレゼンを説明する
「ぼくたちは再生速度の異なるいくつかのカットをつないで「動きと静止」をテーマに短編映像を制作します」
「これは雨雲が飛んでいく空を 早回ししたカットです」
「道路を横断する人々を 俯瞰で撮影しました」
「これは高いところからりんごの実を落とし、砕けるところをハイスピードカメラで撮影したものです 砕ける瞬間の美しさと儚さを表現しました」

呈はりんごが落下する動画をみて表情が固まる

大友「砕けたりんごは ハルさんが持って帰りました ジャムを作ってくれるそうですよ」

大友が冗談をいうが 呈は急に息苦しさを感じ始め、苦痛の表情を浮かべる

ハル「高森…… 先生…?」

 呈は立ち上がり2〜3歩あるくとよろめき 身体が大きく傾く 島はとっさに手を伸ばして支える

 慌てふためく学生たち
 薫がてきぱきと対応する

薫「頭は打ってないわね 白鳥さん毛布をもってきてちょうだい」

島「小潟先生に電話は?」

ハル「いま電話しました すぐ帰ると言ってました」

 横になった呈の手をにぎる薫

薫「大丈夫です わたしたちがここにいます 心配しないでください
  わたしたちが あなたを サポートします」

 小潟が帰ってくる

ハル「お酒くさいよ こんなときに飲んでたの?」

小潟「仕方ない 営業活動だよ」

ハル「あーもう!」イラつくハル

小潟「知り合いの医者を呼ぶ 救急車は呼ばないでくれ」

 到着した医師 呈の下まぶたをめくり 聴診器を胸にあてる

小潟「どうだい?」

医師「一目見て 疲労が尋常ではないな」

医師は小潟に告げる「ドクターストップだ 仕事を休んで きちんと治療しなければいけない」

医師「紹介状です あした市立病院を受診してください」と封書を呈に渡す

市立病院①

○市立病院・全景(朝)
○同病院・広い待合室
 外来休診の土曜日で 人は少ない
 呈はセーターやマフラーを身にまとい体をかがめて座っている

 ハル登場 大きなトートバッグを抱えている
 ハルは呈のすぐ隣に ゆっくり座る

ハル「みんな 心配でしたよ」

呈「ハルさん ありがとう でもだいじょうぶです ちょっと疲れがでたみたいで」

 呈は安心感を感じ、柔らかな表情になる

○同病院・屋外
鳥が飛んでいる

○同病院・広い待合室
呈は温かい飲み物が入ったサーモスを持っている

呈「静かだな…… ここは」

ハル「はい そうですね……」

呈「ずっと忙しくて落ち着く時間もなかったから」

ハル「これからは からだも大事にしてください」

呈「いろいろ検査をしたけれど 特に問題はなかったんです
  ただ これからも定期的に検査を受けるように言われて……」

 そのとき呈が呼ばれ、ハルは診察室へ入っていく呈を見送った

○同病院・中待合室
 ハルはトートバッグを傍らにしばらく座っていた
 やがて、診察室から出てきた看護師がハルを呼ぶ

看護師「高森さまのご家族のかた」

 ハルは周囲をみるが、誰もいないことを理解すると返事をする

ハル「はい」

 看護師はハルを診察室に招きいれる

 診察室に入ると、病衣に着替えて点滴をされた呈が車いすに座っている

看護師「今日から入院です 病棟へご案内します」

驚くハル

 看護師が車いすを押す
 一緒に長い廊下を移動するハル

A美術大学③

○A美術大学・塔・全景
○同大学・塔・3階、教官室
 デスクに座っている小潟と、向かいに立つ相原薫

薫「高森先生は 心に傷を負っているようね それもかなりの重傷 あれはパニック発作だわ」

小潟「それは正しい」

薫「ご存じでしたの?」

小潟「彼が大学院生のとき 大規模なビル火災があったんだ それがトラウマ体験になったと聞いている」

 携帯電話が着信して 電話をとる小潟

小潟「うん うん わかった これから行く 5B病棟だな じゃあ」

 電話を切る小潟 薫に向かって話す 

小潟「高森先生 入院したって」

市立病院②

○市立病院・病棟・4階の病室
 窓際のベッドで休む呈
 ベッドの背上げ機能で上体が起き上がっている
 点滴のボトルが二種類さがっている
 窓が開いて白いカーテンが揺れている

ハル「先生 だいじょうぶ? 痛くはない?」

呈「だいじょうぶだよ 痛くはないし 少し疲れているだけだから」

 窓から見える青空を見ている呈

呈「プロジェクト どうしよう」

 ハル 明るく振る舞う

ハル「先生は休んでください おじがコマーシャルはおれにまかせろと」

それを聞いて ますます不安な表情になる呈

呈「……負けたくない」

 青空を見上げて話す呈

呈「こんな病気で」

(第3話 了)


次回、第4話+今後の展開案

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