見出し画像

【小説】光の三分間と声と言葉の青春⑨「リンダリンダ」

前回

 僕たちは檜山先生から詩のボクシングの説明を受けた後、高校から五分ほど歩いてラーメン屋“めんきち”に着いた。
 この店は、ランチタイムにラーメンを頼むとご飯が無料で付くのが嬉しい。あいにく五時を過ぎてランチタイムは終了していたので、ライスは追加料金を払って頼んだ。
 僕は富山ブラックラーメンのネギ増し。リョウヘイは味噌チャーシューメンを頼んだ。このブラックラーメンは濃口醤油で真っ黒になったスープがライスに絡んで相性抜群なのだ。乗っているチャーシューも厚切りで国産豚の甘さがたまらない。

 頼んで一分もしないうちにラーメンが来た。声が大きい店長が運んできたラーメンを二口ほどすすった。そして「いくつか聞いていい?」と前おいてから、僕は話を切り出した。

「そういえば、リョウヘイ――って、何で屋上でギターなんか弾いてるの?」
 確か僕が入学してすぐだっただろうか。二上高校では放課後になると、屋上からギターの音がした。最初は特定のリフが聞こえてくるだけだったが、次第に一つの曲になり、しまいには中々の美声も聞こえてくるようになった。そこで、気になった生徒や先生が屋上まで見に行ったが、誰もいなかったらしく、一時期は学校の怪談として噂されるようになった。しかし、つい先日、檜山先生が偶然屋上で気持ちよく歌っているリョウヘイを発見したのをきっかけに、学校の怪談は解決したのだった。
この件をきっかけに、屋上は閉鎖された。しかし、リョウヘイは声とギターの音量を絞りながら細々と演奏を続けているらしい。
「ああ、さっきも言ったけど、“けいおん!”の影響。将来ミュージシャン兼声優になりたくて」
 チャラそうな見た目とは裏腹に、リョウヘイは意外とミーハーというか、サブカル好きだった。

「じゃあ、僕が詩を書いているのはどこで知った?」
 踊り場でリョウエイが僕に言ったことが引っ掛かっていた。
「檜山先生に聞いた。よくアキのプリントの裏とかに詩が書いてあったって。今回ボクとアキが詩のボクシングの参加者に選ばれたのも、多分歌とか詩が好きだからってことじゃないの」
 その言葉で少しだけ合点がいった。成績順に候補が選ばれるのだったら、僕より先に選ばれそうな人はたくさんいるからだ。もしかしたらすでに声をかけた後なのかもしれないが、生徒にも人気がある檜山先生が僕に声をかけてくれたのは嬉しかった。
そんなことは気にせず、リョウヘイがスープとお冷を交互に飲んでいる。
「ふうん」

「アキも、平井先生に怒られたんでしょ」
 唐突にされた質問に思わず顔がこわばる。
「ああ、一組にも噂が広まってるのか。そうだよ。退学になりかけてる」
 リョウエイが水を噴き出した。笑いながら、カウンターに置かれたおしぼりで零れた水を拭く。
「ボクが言えた柄じゃないけど、特進コースで勉強しないのはヤバいよ」
「ずっとギター弾いてるやつに言われたかねえよ。そっちこそ勉強してんの?」
「ボク、こう見えてテストの点数はいいから」
 リョウヘイが勝ち誇ったような顔をする。悔しい。
「点数落ちろ」
「落ちませーん!」
 僕の悪態をリョウヘイが華麗にかわす。僕はため息をついて、漆黒のスープに沈んだ蓮華をゆっくりとかき回す。

「僕は片親だからお金ないし、志望はおそらく国公立一本なんだけど、勉強するっていうのがどうも腑に落ちてなくてさ」
 僕の呟きにリョウヘイは何も言わない。勝手にしろということだろうか。
「リョウヘイは高校卒業したらどうすんの? 声優学校?」
「歯学部受けようかなあ。親がそうだし」
「さっき声優兼ミュージシャンになるって言ってたじゃん」
「“GreeeeN”って知ってる? 彼らも歯科医でミュージシャンなんだよ」
 丁度、ラーメン屋のラジオから“キセキ”が流れてきた。リクエストをした女の子は、今、野球部で甲子園を目指して頑張っている彼氏との距離感に納得できないでいた。

「ところでさ、合宿の詩、どうする?」
 僕は話題を変えようとした。
「んー? 適当でいいんじゃね」
「適当ってなんだよ」
 僕がリョウヘイを小突くと、リョウヘイはラーメン屋の店長を呼んだ。
「じゃあ、いいところに案内するよ。ボクのお気に入りの場所」
 リョウヘイはそう言って席を立った。僕たちは会計を済ませて店を出た。

 二上高校から高岡駅に向かって二十分ほど自転車を漕ぐと、小学校に着いた。あたりは既に日が暮れて、街頭の明かりだけが歩道を照らしていた。周りは田んぼらしく、カエルの声がとめどなく聞こえた。
「ボクの母校。昔、親に怒られたときとか、このジャングルジムに座ってよく月を見てたんだ」
 リョウヘイは校門の奥に、意にも介さず歩いていく。僕は後ろから、誰かに見つかるんじゃないかと怯えながらついていった。
「こんな時間に男二人が小学校に忍び込んで、不審者じゃん」
 僕がそう言うと、いかにも慣れてます。大丈夫ですと、リョウヘイが笑う。嫌な予感がした。

「まさか! もしかして今でも?」
「うん、たまに来てギター弾いてるよ。うち、防音じゃないからね」
 案の定だった。リョウヘイは何でもないように言っているが、茶髪キノコカットの巨体が夜中に小学校に侵入しているのは、どこからどう見ても事案だった。警察の目は節穴か。僕は小さく悲鳴を上げる。
 リョウヘイに促され、僕はジャングルジムに登った。彼はその巨体にギターを担ぎながら、小学生用の遊具になれたようにすいすい上った。ジャングルジムの頂上で空を見ると、満月に、雲がかかっていた。
「時々さ、無性に死にたくなることない?」
 目が覚めるほど明るくて綺麗な月だった。僕の言葉が、月光に照らされた闇をより静かにした。

「そんな時は叫ぶんだ! あの月に向かって!」
 しばらくして、リョウヘイがジャングルジムの上に立って、腹から声を出した。僕も、ふらつきながらジャングルジムの上に立って、大きく息を吸った。
「合宿の詩どうしよう!」
 最初の一声は、あまり出なかった。
「何とかなる!」
 リョウヘイが僕の叫びに応える。
「将来の進路、どうしよう!」
 二度目の叫びは、少しだけ大きな声が出た。
「何とかなる!」
 リョウヘイがもっと大きな声で叫んだ。
「勉強できない、どうしよう!」
 今度は、力の限り叫んだ。
「勉強しろ!」
 リョウヘイはこれ以上ないくらいの大声で、ツッコんだ。

 僕たちは大声を出して咳込んだ。問題は解決しなかった。それでも、明日くらいは生きていこうと思えるくらいはマシになった。
「歌おう!」
リョウヘイは腕にギターを抱えていた。僕たちはギターの音色に合わせて、“THE BLUE HEARTS”の“リンダリンダ”を熱唱した。遠くの方で、パトカーのサイレンが鳴っていた。

次回

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?