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【インクルージョン】既存のインクルージョン定義を再解釈!(Jansen et al.,2014)

引き続き、インクルージョンについて述べたいと思います。インクルージョン研究の中でも、参照されることの多い Shore et al., (2001)について、以下の投稿で紹介しました。帰属感と独自性の重視、の2軸で構成されるマトリックスですね。

そして、Shoreらのマトリクスは、経済産業省の「ダイバーシティ経営診断シートの手引き」にも使われています。

出典:経済産業省「【改訂版】ダイバーシティ経営診断シートの手引き 」PP6


今回は、そのShoreらの定義に対して、社会アイデンティフィケーション理論の立場から、異なる定義を提示した、Jansen et al.,(2014)の論文を見て
いきたいと思います。
すでに、スタンダードに近いほどの位置づけとみなされる研究に対し、アンチテーゼを呈していく姿勢、ただただ感嘆するばかりです。

Jansen, W. S., Otten, S., van der Zee, K. I., & Jans, L. (2014). Inclusion: Conceptualization and measurement. European journal of social psychology, 44(4), 370-385.


どんな論文?

簡単にまとめると、

  • 最適弁別性理論(Optimal Distinctiveness Theory)と、自己決定理論(Self-determination Theory)からの洞察に基づき、Shoreらのインクルージョン定義を理論的に補完した

  • 従来のインクルージョン定義は、「帰属感(Belongingness)」と「独自性(Uniqueness)」の2つが組織において満たされた状態を指すものであったが、Jansenらは「帰属感」と「自分らしさ(Aucenticity)」の2つが満たされる時に、インクルージョンが認知された状態となる、と説いた

  • 考案した概念を検証すると共に、今後の研究に用いることができるよう、PGIS(Perceived Group Inclusion Scale)という尺度を開発した

  • 統計的に(因子分析やその他の分析)、作成した尺度の妥当性を検証したところ、十分に妥当であることが示された

というものです。
つまり、独自性の重視(Valuing uniqueness)ではなく、自分らしさ(Aucenticity)という軸に置き換えた方がよい、というものです。


Jansenらの主張

Jansenらは、以下の3つの理由から、独自性の重視ではなく、自分らしさという軸を使うべきと主張します。

一つ目は、独自性の重視は適切でない、という点です。
集団との愛着を求める帰属感と 集団からの分離を求める独自性は、相反する性質を持ち、一つの軸におけるプラスとマイナスである。そのため、2軸として共存できないのでは?というのが、Jansenらの主張です。

二点目は、独自性は、それが際立つ条件に左右される、という点です。
マイノリティ、つまり少数派であれば、マジョリティ、多数派に比べて自然と独自性は際立ちます。そうすると、独自性に価値が置かれるかどうかは、所属するグループが少数なのか多数なのかによって決まる面もある、そうすると、純粋にその人自身の独自性が認められている、と言えないのではないか、と主張します。

三点目は、依拠する理論です。
Shoreらの理論は、帰属感と独自性の重視、2つが最適のバランスを取る、という最適弁別性理論に依拠しました。帰属感が強ければ「同化」に、独自性の重視が強ければ「差別化」(上の経産省の表では「分化」とされます)になります。

しかしJansenらは、別の理論である、自己決定理論(Deci & Ryan, 1991, 2000)に依拠するのがよいと主張しています。自己決定理論の詳細はここでは割愛しますが、この理論では、人間の根源的な欲求として関連性欲求と自律性欲求が共存すると説明します。

関連性欲求は、その組織と関連性を持ちたい、という感覚なので、帰属感に似ています。一方、自律性欲求は「ありのままの自分でいたい、認められたい」という点で、多数派・少数派どちらに所属していても同様である、という点で、独自性欲求よりも広い概念だと捉えています。

このように、依拠する理論も、最適弁別性理論ではなく、自己決定理論の方がより適切にインクルージョンという状態を説明できる、と主張しました。



新たなインクルージョン尺度の開発方法

今後の研究において参考になるかもしれないので、備忘のために、研究方法(Method)も記載しておきます。

  • 「帰属意識」と「自分らしさ」それぞれに対し、個人と集団という2つのレベルを掛け合わせ、2×2の4概念をもとにした、16設問で構成される質問紙を作成。

  • 探索的因子分析、確証的因子分析を実施し、いくつの概念にまとまるかを確認。

  • 概念と測定結果間の関係(法則定立的ネットワーク:Nomological Network)における妥当性を検証。

  • 最後に、予期的妥当性を検証。(←ここはもう少し理解を深めないと、よくわからないので。もう少ししっかり読みたいと思います)

量的調査を行った結果、これらの尺度の妥当性も検証されたため、今後の研究で使用されることを期待する、として、筆をおいています。
(調べる限り、2023年4月段階では、あまり使われていない気もしますが・・・・)



この論文を読んで感じたこと

多くのインクルージョン研究者が、Shoreらの定義を参照しているのに対し、Jansenらは、その定義の弱点(理論的にブラッシュアップできるポイント)を見つけ出しました

この発想がまずすごい。

調査や研究をしようと思うと、多くの研究者に参照されている論文に則って、ロジックを構築しようと思うのではなかろうか(素人発想)。「みんなが参照しているし、それっぽい定義なのだから、とりあえず自分も乗っかっておこう。」という安易な発想です。

しかしJansenらは、批判的に既存の定義を見つめ直し、その弱い点を発見し、理論的に補強した上で尺度開発まで行っています。

自分も、インクルーシブ・リーダーシップの既存尺度が果たして妥当なのか、という批判的視点をもって、既存研究(や依って立つ理論)を見つめ直したい、と感じさせてもらいました。頑張ります。


参考文献:

  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1991). A motivational approach to self: Integration in personality. In R. A. Dienstbier, & R. A. Dienstbier (Eds.), Nebraska Symposium on Motivation, 1990: Perspectives on motivation (pp. 237–288). Lincoln, NE: University of Nebraska Press.

  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The ‘what’ and ‘why’ of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.

  • Jansen, W. S., Otten, S., van der Zee, K. I., & Jans, L. (2014). Inclusion: Conceptualization and measurement. European journal of social psychology, 44(4), 370-385.

  • 経済産業省.【改訂版】ダイバーシティ経営診断シートの手引き. turutebiki.pdf (meti.go.jp)

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