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【インクルーシブ・リーダーシップ】ILが離職意思を低下させる?パキスタンの研究より(Yasin et al., 2023)

今回は、インクルーシブ・リーダーシップ(IL)が離職意思の低減に有効なメカニズムを扱った文献を紹介します。

Yasin, R., Jan, G., Huseynova, A., & Atif, M. (2023). Inclusive leadership and turnover intention: the role of follower–leader goal congruence and organizational commitment. Management Decision, 61(3), 589-609.

これまでも何度かNoteで投稿してきましたが、またもや、パキスタンの研究者による論文です。パキスタン、インクルーシブ・リーダーシップ研究に力を入れているのでしょうか・・・(毎回違う研究者のようです)


どんな論文?

この研究は、フォロワーとリーダーの目標一致と組織コミットメントを媒介として、ILと離職意向の関連を探る概念モデルを実証的に示したものです。

パキスタンの様々な銀行で働く第一線の従業員322名をサンプルとし、調査票によりデータを収集した上で、構造方程式モデリング(SEM)手法を用いて分析が行われています。

モデル図は以下の通りです。ILと離職意思の間に、①フォロワーとリーダーの目標の一致、②組織コミットメント、の2つの媒介がある、というモデルを想定しています。

その結果、ILは、フォロワーとリーダーの目標の一致にプラスの影響を与え、それが組織コミットメントにプラスの影響を与えることが示され、そのコミットメントが離職意向に負の影響を及ぼすことが示されました。


離職意思を下げるリーダーシップと、社会的交換理論

先行研究では、従業員の離職意思を予測する変数として、倫理的リーダーシップ、変革的リーダーシップ、サーバントリーダーシップの影響が主に調査されているようです(Babakus et al., 2010; Pravichai and Ariyabuddhiphongs, 2018)。

さまざまなリーダーシップが離職意思を下げることが明らかになっている中、本文献では、まだ明らかにされていない、ILと離職意思の関係とそのメカニズムに着目したわけです。

この関係を説明する一つの理論として、社会的交換理論(Social Exchange Theory: SET)が紹介されています。SETの細かい解説は、以下のリンク先に譲ります。

本文献では、ILを発揮するリーダーの下で、フォロワーは自分の意見を聞いてもらえた、挑戦を支援してもらえたという感覚を得ると共に、そのような感情を与えてもらったと感じることで、リーダーに対して肯定的な感情を返そうとする、それが目標の一致であり、組織コミットメントにつながる、とのことです。

こうした、グラウンド・セオリーと呼ばれる、基盤のしっかりとした理論に基づいて、今回のモデルが想定されています。

なお、社会的交換理論では、経済的な交換関係と比較されるようです。経済的な交換関係は短期的で、対人的な結びつきが弱い一方、社会的交換関係は長期的で、より強い対人的愛着を伴うとのこと。また、社会的交換関係を感じている従業員は、すぐに見返りを求めず、より寛大である(Mitchell et al. 2012)とのこと。

こうした、リーダー・フォロワーの関係を説明する理論を基盤として、今回の研究がすすめられました。


影響関係の補足

この文献では、
IL → フォロワーとリーダーの目標の一致度 → 組織コミットメント → 離職意思の低下
という影響関係が想定されています。
以下、それぞれの影響関係について補足します。

①IL → フォロワーとリーダーの目標の一致度
リーダーがILを発揮する、つまり、フォロワーの提案に耳を傾け、相談に乗り、支援することで、フォロワーとリーダーの間に強い絆が生まれます。

また、インクルーシブリーダーは、チームメンバーが自らタスクや目標を決定できるようにすると言われます(Choi et al., 2015)。リーダーが従業員に自ら目標を設定する機会を与えることで、従業員は自分の目標とリーダーの目標が一致していると感じるという研究もあるようです(Cropanzano and Mitchell, 2005)。

これらに基づき、ILを発揮するリーダーの下で、フォロワーはリーダーと目標を一致させる、と想定しています。


②フォロワーとリーダーの目標の一致度 → 組織コミットメント
フォロワーとリーダーの目標の一致度が高いと、従業員の組織コミットメントが高まります。従業員の個人的な目標とリーダーの目標が一致すると、従業員は力を発揮しやすくなる(Vancouver and Schmitt, 1991)ことが、その理由付けとして説明されます。

フォロワー・リーダー間の目標の一致は、組織に対する心理的な愛着を高める。このように、リーダーと従業員が同じ目標を持つことで、従業員はリーダーを信頼し、仕事へのエンゲージメントを高め、結果として、組織コミットメントが向上する、という説明です。

③組織コミットメント → 離職意思の低下
ここは説明不要かもしれません。なんとなくイメージも付きますね。

文献によると、組織コミットメントとは、従業員と雇用主との間の心理的なつながりであり、従業員が組織の目標を信じることを促進するもの(Chiang and Liu, 2017)とのこと。

さらに、Mowday et al. (1979)によれば、組織コミットメントは、特定の組織に対する個人の識別と関与の相対的な強さと定義され、3つの要因によって特徴付けられる:(1)組織の目標や価値観に対する強い信念、(2)組織のために相当の努力を払う用意があること、(3)その組織に留まりたいという強い願望である、とされます。

(3)に示された通り、組織にとどまりたいという願望が強まれば、離職意思の低下につながることは容易に想像できます。

実際、Changら(2013)によると、組織コミットメントは離職意向に影響を与える最も重要な要因とのことです。高いレベルのコミットメントを持つ従業員は、その組織に留まることをより強く望む可能性がある、という研究もあるようです(Bhat et al.2021)。


感じたこと

社会的交換理論をベースに、ILが離職意思につながるメカニズムを明らかにした点は参考になりました。

その一方で、「リーダーとフォロワーの目標の一致」は、変数として必要だったのか、、、という疑問は残ります。他の先行研究で、ILが組織コミットメントに与える影響は調査済みです。その間に、「目標の一致」が入ることによる示唆は、文献においてあまり言及がなく、少しもやっとしました。

全体を通して、少し論理性に欠ける点も見られます。特に先行研究の部分は、中原先生のいう「食い散らかし型」に近く、理解するためにロジックの脳内補完が必要でした。。。

こうした文献も、数を見ていくと、良いものやそこまででもないものが玉石混交となっていることに気づきます。

博士課程後期に進んで3か月強、少しずつ、論文を見極める目も養われてきたのかもしれません。


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