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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第5話 僕が始めた物語

ーやめたければやめればいい。



8月



ついに引っ越しが目前に迫った。


家には、段ボールやプチプチが運び込まれて、罪悪感が重くのしかかる。



溜息をつきながら、クローゼットから荷物を引き出して、捨てるものを決める。

埃がすごい。クリスマスツリーの電飾が絡まっているのだろうか、クローゼットが全開しない。半ば引きずりだすようだ。

クローゼットからは懐かしいものが次々と出てくる。おままごとセット、自作ゴムパチンコに、プラモデル、トミカ、映画館のギフトコーナーで買ったきりの人形…。

そうそう、これはお母さんが出張でいなかった時に僕たちを預かってくれた人に買ってもらったんだ。「ハウルの動く城」だっけな。それを観に連れて行ってもらったんだけど、ジブリ独特の描写に怖がってグズっていたら、買ってくれたんだ。懐かしい。

…ああ、眺めていたらキリがない。今はそういう時じゃない。

頭をブンブン横に振る。

今は、進む時だ。


売れそうなものを「メルカリ」とマイネームで大きく書いた袋に仕分けしていく。 

…。

さよなら、ゲーム。さよなら、漫画。


…。


こうして、引っ越し準備かつ、断捨離かつ、小遣い稼ぎは着々と進んだ。



皮肉にも、一番高値が付いたのは、修学旅行で買ったキャップ帽だ。


そうそう、これも思入れ深い。修学旅行間近の時に僕は「夏目友人帳」というアニメにハマった。面白くて泣けたから見ていたのだけれど、いつ間にか「主人公の夏目の髪型って超カッコよくね?!」と熱をあげてしまい、かと言って美容室で「この髪型にしてください」とアニメの画像を見せてオーダーするのも気恥ずかしくて、自分で切ることにした。チョキチョキリ。結果は誰もがお察しの通り、落ち武者ヘアになった。それが、修学旅行目前のことだ。どうする。修学旅行と言えば、”青春のいちページ”の重要項目。このままだと”青春の落ちページ”になってしまう。それは御免だ。だから、柄にもなくラッパー風のキャップ帽を買って、前髪を全てその中に収納した。卒アルの修学旅行のページはこうして、ラッパー風の僕しか写っていない。

ここである程度、自分で髪を切る技術を養っておいたからこそ、今は多少うまく切れているのかもしれないと、手鏡で自分の髪型を見る。やはりひどい。

…。


キャップ帽は、悲しいけれど、背に腹は変えられない、売ろう。



そこで稼いだ小銭で、参考書を書い足し、浪人して初めての模試を申し込んだ。




話は変わるけれど、僕は、夏が好きみたいだ。

夏は、なんというか、世界が元気な気がする。世界が祭りをやっている気がする。

人がバカ長い一日を、いろんな使い方で生きる。

そんな夏が好きだ。

僕はどんな使い方で今日を生きようか。

自転車で入道雲を追いかけながら、そんなことを問う。




そんな夏の雰囲気に後押しされて、8月はさらに勉強を加速させた。



日が昇ると共に目覚めて、

ルーティンをこなし、

自転車をかっ飛ばして、街をかけ、

市民体育館で、閉館の21時まで勉強し、

またかっ飛ばして家に帰り、

メシを空きっ腹に放り込み、

シャワーで汗を流したら、


死んだように眠る。


うなだれるような暑さの毎日は飛ぶようにすぎた。




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そして8月中旬。



その模試の日がやってきた。



ドキドキする。



「これで現役生の頃と学力が変わっていなかったらどうしよう」




みたいなコトがチラつく。


受験会場に歩いて向かう道中、頭を横に振って考えないようにする。


起こってもいないことは考えない。



ラッキーなんか信じない。

奇跡なんか信じない。

あるのは、ただ僕の4ヶ月、僕の軌跡だ。


模試会場に着いた。現役生と思しき人もたくさんいる。いや、殆どがそうだろう。笑顔が眩しい。まだピクニック気分で来ているのだろうか。そうだった、僕もそうだった。

「去年の今頃は」


を枕詞にむかし話をしたくなる気持ちを抑えて、今に集中する。

今までの全てをぶつけてみる。過去を振り返ってあれこれ、結果をみてどうこう、というのは後でやろう。


席に着き、目を瞑って、心を整える。



いよいよ試験が始まる。


ドキドキ、ドキドキ


「試験始め!」






合図されても、すぐには動かない。

自分のペースで目をゆっくりと開ける。



…ふぅ




ピラりとページをめくる。





…ん。






数分後










「解ける…分かる…!」





チャレ●ンジ一年生の付録のマンガみたいになって申し訳ないが、実際にそう思った。




何も意識せずとも、英語の構造がわかる。

すこし構造が取れないところがあっても、落ち着いて見てみれば単純な第五文型


回答の根拠はここにあって、



(4)の問いは、ここの箇所を抜き出せばいい




沈黙










あれ?

これもしかして、簡単に作られた模試なのか…

僕が去年の夏に受けた模試は、宇宙人語で書かれていた。

けれど今、目の前にあるそれは、



文章の骨組みさえ追っていれば何も迷うことがなく、

ひっかけもなく、

ややこしい回答を求めているわけでもない、

至極シンプル

単純明快


それに、僕は決して、この模試のために勉強していたわけじゃない。

小難しい参考書に手をつけていたわけでもない。

小手先のテクニックを学んだわけでもない。


自分がただの雑魚であることをひたすらに受け止めて、

真摯にたった2冊ほどの長文を読んで聞いて書いて、

間違いを正して、学んで、

また間違えて…



それなのに、



今は驚くほど簡単に読める。




嬉しさで試験中に顔がふやける。


いかんいかん、集中しろ。


再び解き進める。


そして試験終了までに、はじめて見直しが出来た。

人生で初めて、模試で見直しが出来た。そもそも模試も数えるほどしか受けたことはないのだけれど。



ー試験終了





実はめっちゃ成績が伸びているのではないか…

とほのかな期待を寄せる。


「いや、




伸びているのは英語だけかもしれない。




油断大敵だ」




と言い聞かせる。


小休憩が挟まり、数学の試験が始まる。



数学は、そんなにうまくいくはずがない。


苦手科目だからな。





…ふぅ…




精神を落ち着けて…




試験はじめ!



苦手意識も相まってか、動揺して合図と同時に始めてしまった。



数分後




…ジュルッ



解ける…!  



すげえ!


解答の指針がすぐにわかる!


指針がわかるおかげで、目的に合わせた式変形が出来る!

そのために必要な計算も、たじろぐことなく出来る!



できる…できるぞ…!




だんだんと、変な感覚に陥っていく。


絵具をかき混ぜたように、手元以外の景色が滲んでいく。

ぐるぐるぐちゃぐちゃになって、周りの音が聞こえなくなる。

ペンと手が一体になって、

手と脳が一体になるような感覚。


計算用紙に自分が考えていることが、やりたいことがそのまま描き出せる全能感



ーー試験終了。





僕は机の下でガッツポーズした。




確実に、





いや、異次元のレベルに



賢くなっている。




口角がどうしても上がってしまう。



…しかし、その後の理科の試験の手応えははイマイチだった。


とにもかくにも、模試は終わった。夕暮れに受験会場を出る頃、僕は自信に満ちていた。


間違いなく、今まで歩んできた地獄は、

燃やしてきた命は、

その灰は、



僕の血肉になっている。


ーそう確信した。


強く強く確信した。

現役生のとき、模試の会場がすごく嫌いだった。

周りの人たちが賢く見えて仕方がなかった。

けれど今は違う。周りなんて気にならない。


僕は僕の道を歩んで、遥か向こうまで行く。


…そう呟きながら、色づく西空を見る。




そういえば、久々に夕暮れをみた。

浪人を始めてから4ヶ月のあいだ、

朝に家を飛び出して、夜に帰ってくる


という生活を続けてたもんだから、日が沈む瞬間には街がこんなにも真っ赤に染まるということを忘れていた。



夏が終わりの夕暮れは不気味なぐらい赤い。


縦に伸びた影が僕の後ろをついてくる。















日が沈んで街が暗くなってゆくのに合わせるように、帰路への足取りは次第に重くなる。だって僕が、

僕の傲慢が、

僕の怠惰が、

僕の欲が、









家族を、線路沿いのオンボロアパートに移り住まわせたのだから。







…ゴォオオオオオオオオオ!!!



線路沿いの、安いアパートだ。


5分おきに通過する電車の轟音が、家中に鳴り響く。


思わず耳を塞いでしまいたくなる不愉快な音が、

住んでいる限り、5分おきにどの部屋にも鳴り響く。


壁は薄く、会話は筒抜け。


寒く冷たく、小さな新居



…ここに家族を導いたのは、言うまでもなく、僕だ。


この罪は消すことはできない。


僕に出来ることは、


罪の重さを背負い、


それに意味を与えることだけだ。




ーその贖罪こそが自分をぶっ倒すことである。



模試で気持ち良くなっていた僕は急に現実に引き戻される。

家に荷物を下ろすなり、すぐさま家を飛び出て、いつもの自習室まで自転車をかっ飛ばす。









模試から数日は、模試の答え合わせと復習に充てた。





まずは答え合わせからだ。




マル。

まる。

正解。

これもあってる。


…あれ。ここから違う。


ってことは次の問題も…

バツ

×

ばってん


ペケ




あれ…


…めっちゃ間違っとるやんけェエエエ!



特に数学がひどい。途中から、増減表を書いていなかったせいで全部間違えている。





こうして、増長し、期待が高まり切った初の模試は、最悪なラストを迎えた。



志望校に神戸大学、大阪大学とか書いちゃったけど、多分どれもまたE判定かな。よくてDとか。



落ち込んでる場合じゃないのは分かってるけれど、流石に萎える。

机に頭を乗せて放心する。






「つら。」






カチ


カチ


カチ


なんだか今日は自習室の時計の音だけが、やけに聞こえる。



周りを見渡してみる。



気づくと、自習室には僕しかいない。



いつもの独り言うるさい爺さんとか、


簿記の勉強してるおっさんとか、


JKとかDK(ドンキーコングではない)とか、


明らかにスマホ買ってもらったばかりの中学生とか、


鼻水を垂らした小学生とか…


自習室のレギュラーメンバー(僕が勝手に名付けてる)が全くいない



不思議だなと思っていたときに、

鈍い音が外から聞こえた。




ボォオーーーーーーーーーーン


…パチパチパチパチ



ボォオーーーーン!




パチパチパチパチ…




そうか…


今日は…




この夏最後の花火大会なんだ。












…行きたいなあ…








ーやめたければやめればいい。


僕のなかで誰かがそう言った。

ムカつく言葉だなと思った。


けど同時に、その通りだと思った。


この地獄は僕が始めた。


この道は僕が選び取った。


誰かを責めたり、誰かを羨むなんて道理じゃない。




なぜならこれは、



僕が始めた物語だから。




次回予告



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