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作品のない美術館と、海へと続く長い道

 初めて豊島を訪れたのは2016年。3年に1度の瀬戸内国際芸術祭が開催された年だった。岡山の宇野港からフェリーに乗り、1時間ほどで島に着く。僕らが訪れたのは芸術祭の間のシーズンだったので、人はそれほど多くなかった。

 もちろん一番の目的は豊島美術館。2010年に建築家・西沢立衛がデザインした美術館だ。エントランス棟でお金(現在鑑賞料は1540円と安くはない)を払って、カフェスペースの脇を抜け、森の中を歩くと大きなドーム状の空間が姿を表した。この空間自体がこの美術館唯一のアート作品だ。それ以外に作品はない。

 作品名は「母型」。僕の大好きな彫刻家・内藤礼の作品だ。靴を脱いでから洞窟のような小さな穴に入るとそこには柱のない広大な空間が広がる。天井には1カ所の大きな穴。そして、床の至る所から水が湧き出ては生き物のように床を流れていく。よく見ると床がでこぼこになっていて、湧き出た水は自在な道筋を描いては「カラカラカラカラ」と小さな音を立てて穴へと吸い込まれていく。外では鳥が鳴いて、風が吹く。時々、天井から虫がポトッと落ちてくる。それ以外に音はない。

 この空間は撮影禁止なので、ぜひサイトで見ていただきたいのだが、白い壁で囲まれているにもかかわらず、外にいる以上に自然を感じられる。というか、自然に集中できる。何もしないし、何も考えない。たしか同じ日なら何度でも再入場が可能だったはずで、僕らは午後にまた戻ってきた記憶がある。

<豊島美術館公式サイト>

 僕らはその後、自転車を借りて島を一周してみた。いたるところにひっそりとアート作品や建築があるのだが、それ以上に島の勾配がすごくて、下り坂に差し掛かると目の前には一本の道とその先に延々と海が広がったりする。5月初旬の最高な気温に、澄み切った空。絶対に忘れない光景だ。

 お昼ご飯には近隣・小豆島のそうめんを食べられるカフェに入った。名前を忘れてしまったのだが、具のないそうめんが出てきて、トッピングは自分で裏庭からネギなどを積んでくるセルフスタイル。妻いわく包丁の切れ味だけはやたらと悪かったらしい。

 来年にはまたトリエンナーレの開催が予定されている。美術館には行きたいけれど、疲れたくない。何もしたくない、という方には、是非とも豊島をおすすめしたい。できれば5月が最高だと思う。

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