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ひきこもりおじいさん#57 不夜城

手紙を読み終えると隆史はゆっくりと元あったように折り畳み、目の前にいる大澤に手渡した。大澤は黙ってその手紙を受け取ると、反応を窺うように隆史の顔を見つめている。
「どう読んだ感想は?」
大澤が慣れた手つきで手紙を茶色のショルダーバッグにしまいながら言った。しかし大澤の問いかけに対して隆史は上手く言葉が見つからず、何かを探すように無駄に店内を見回した。広さ六畳程の狭い店内の一番奥の場所にある四人掛けのテーブルを挟んで目の前にいる大澤は、十一月だというのに日焼けをしているせいか色黒で、その少し面長で精悍な顔立ちとさっぱりとした短髪がアクティブな印象を見る人に与えている。加えて比較的ラフでカジュアルな服装からも、いかにも自由な社風のメディア業界に身を置いている人間の雰囲気を醸し出していた。
数百の飲食店が狭い範囲に密集して形成されている新宿・ゴールデン街は大都会の中にありながら、その一帯だけまるで結界を張られて守護されているように異質な空気を纏って来る者を魅了している。そんな街の片隅にある大衆BAR「ロマン」の店内には、まだ比較的早い時間帯とはいえ、土曜の夜をこの不夜城たる新宿で過ごそうと目論む人々で賑わっていて、他の席も既に半分は客で埋まっていた。入口からすぐ右手にあるカウンター席では、常連客らしい長髪の女性と筋肉質な店のマスターが永遠に終わりそうにないお喋りを繰り広げている。店内の壁に貼られたレトロな匂いのするポスターや写真は、長年に渡り煙草の煙に晒されたせいか所々茶色に変色して、それを店全体を包む間接照明の淡い光が上手くカモフラージュして、酒の匂いと酔客の喚声が渾然一体となり、歳月を重ねた古酒のように、その店特有の雰囲気を醸造していた。
つい一時間程前にJR新宿駅に到着した隆史と信之介は、東口改札で待っていた大澤と合流し、その足で駅前の雑踏を抜けてこの店にやって来ていた。

#小説 #おじいさん #新宿 #ゴールデン街 #結界 #古酒 #雑踏 #不夜城

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