今なぜSWGs・Well-beingなのか?一SDGsの起源と欠点を踏まえて

●SDGsの二つの起源と作業部会で紛糾した平和と女性の権利論争 

SDGsは、2030年に向けて17の目標と169のターゲット、それに伴う232の指標を示しているが、2つの起源がある。一つは地球環境に関する「持続可能な開発」という考え方である。
 1987年に国連「環境と開発に関する世界委員会」が出した報告書が基になり、1992年にはブラジルのリオデジャネイロで「地球サミット」が行われた。世界で初めての地球環境問題に関する大型の国際会議で初めて打ち出されたのが「持続可能な開発」という考え方であった。
 もう一つは、2001年に途上国の開発のために作られたミレニアム開発目標の期限が2015年で、一定の成果は上げたものの、8つの目標の内、3つが保健関連であるなど中身に偏りがあり、もっと幅広い目標が必要ではないかという反省があった。また、目標の達成度にばらつきがあり、途上国からは自分たちの問題なのに、策定に関与できなかったなどの不満も噴出した。そこで、2015年を機に、国連加盟国すべてを対象に、策定も自らで行うことになり、途上国から先進国まで193カ国が参加して合意形成が図られた。
 作業部会でとりわけ紛糾したのは、平和や安全、気候変動の問題に加え、人口問題や、女性の”reproductive health/rights"(産む産まないを決める自己決定権)の概念をめぐってであった。多くのイスラム諸国やキリスト教国は、人工妊娠中絶などの面で女性の自己決定権を認めようとなしなかった。

●SDGsに欠落しているもの

 SDGsの最大の課題は、17分野、約200項目の分野間、項目間の優先順位が不明という点にある。これがウェルビーイングが時代の要請として登場してきた背景と言える。また、政治的な「平和」の重要性とか、社会的文化的な「地域の伝統文化や工芸品を大事にしよう」などの要素は欠落していた。
 SDGsには、平和に関する項目(目標16)が1つだけ入っているが、軍事産業に配慮して、SDGsには「平和」を入れない予定であったが、議論の最終段階で東ティモールの強い要請で盛り込まれたという経緯があった。
 SDGsの中心概念である「開発(development)」は経済優先の片寄った概念で、政治的、社会的なアジェンダが欠落していた。
 また、SDGsは「誰も取り残さない」というスローガンを掲げているが、「命を守る、地球を守る」が基本テーマで、「ネガティブをゼロに」してダメージを減らすことに主眼が置かれている。しかし、「マイナスを減らす」ことと、「プラスを増やす」ことは全く異なる営みである。

●SDGsからSWGsへの動向一日本に求められているリーダーシップ

 SDGsは、ニーズを大切にする価値観で、「将来世代のニーズを損なわず、現在のニーズを満たす」ことを目指している。その特徴の第一は「次世代」ではなく「将来世代」なので、時間軸が長いこと、第二に、SDGsの根本思想は「負の遺産を遺さない」ことにあり、「海を汚さない」とは書いているが、「海と共にある豊かな暮らし」のような「正の遺産」を繋ぐような項目はない。
 SDGsは2015年から2030年の目標なので、2030年には終わる。「負の遺産を遺さない」というSDGsに代わって、ウェルビーイングという「正の遺産」も繋いでいこうというコンセンサスが国際社会で形成されている。
 国連生誕100周年の2045年までの新たな国際指標はSWGs(Sustainable Well-being Goals)へと進化する。日本がリーダーシップを発揮し、Global Wellbeing Initiativeを立ち上げ、世界各国の研究者、国際機関、企業とネットワークを結び、世界160カ国のウェルビーイングの測定を2020年から開始し、翌年3月には、「日本版Wellーbeing Initiative」(ウェルビーイングという概念と新指標を2030年以降のポストSDGsにおけるグローバル・アジェンダに位置付けることを目指す企業コンソーシアムで、主観的Well-beingの国際標準づくりを推進し、企業の長期的な価値創造・価値評価においてWell-beingが果たす役割を具体化し、多角的にWell-beingに関する情報を発信・啓発している)を立ち上げ、住友生命がサポートしている。
 来年9月に開催予定の国連の”Summit of the future”の準備会合が9月に日本で開催され、日本がリーダーシップを発揮することが期待されている。2月にも米コロンビア大学のサックス教授と共同研究を進めている英オックスフォード大学のヤン教授らを日本に招いて国際会議が開催された。
 特にウクライナやガザなど戦争が終わる地域では復興に向けた動きが始まるが、極めて重要な国際指標が子供たちの復興である。SDGsは分野間、項目間の優先順位が不明だが、ウェルビイングの視点を導入すると、優先順位がつけやすくなる。
 日本に求められているのは、バランスと調和を2本柱とした日本発のSWGsの新たな国際指標づくりを推進し、日本発の新たな幸福度の国際指標を世界に発信し、世界をリードすることである。ウクライナとガザの戦争が泥沼化している今こそ、「人類全体が幸せにならなければ、個人の幸せはない」という宮沢賢治のメッセージを世界に向かって発信しなければならない。

●日本政府の「骨太の方針」「成長戦略」に明記されたWell-being

 2年後の2025年に大阪・関西万博が開催されるが、SDGsの達成の総括とポストSDGsとしてのSWGs、SDGsからWell-beingへの展望と課題がテーマとなる。予防医学の専門家である宮田裕章慶應義塾大学医学部教授が中心的役割を担うが、同じく予防医学の専門家でGlobal Well-being Initiativeを立ち上げた石川善樹氏やウェルビーイング学会の前野隆司会長や鈴木寛副会長らが理論的にリードするものと思われる。
 近年、「感謝」研究の学術論文が急増し、ポジティブ心理学、アドラー心理学、幸福学などが台頭し、学問の研究領域でもウェルビーイング研究が進んでいる。詳しくは、モラロジー道徳教育財団の「道徳サロン」の拙稿連載及び歴史認識問題研究会の研究紀要『歴史認識問題研究』第12・13号の拙稿「日本発のSDGs・ウェルビーイング教育についての一考察⑴⑵」を参照されたい。
 民主党政権下の2009年から2010年にサルコジ仏大統領がGDP(国民総生産)を超えるものとして、ウェルビーイング論を展開し、日本の民主党政権も仕掛けたが、「最小不幸社会」という不適切なキャッチフレーズを掲げたために失敗に終わった。
 民主党に代わって自民党の下村博文議員と上野通子議員が中心となって「日本Well-being計画推進特命委員会」を立ち上げ、2019年に政府の「骨太の方針」や「成長戦略」にウェルビーイングが位置付けられ、施策のKPI(重要業績評価指標)にすることが明示されるに至った。
 同特命委員会は国会開会中に毎週水曜日の朝8時から開催されており、私を含む6人の有識者(前野隆司・鈴木寛・石川善樹他)も協議に参加している。11月8日の特命委員会で、東大大学院の道徳感情数理工学の専門家や医学と工学を融合した医工学専攻の東大大学院教授を招いて、「道徳とウェルビーイングの関係」について共同研究していると報告したところ、道徳との関係は重要なので、是非お話を伺いたいとの強い要請を受けた。
 2020年にはトヨタが「幸せの量産」を新理念に掲げ、一昨年、日経新聞がウェルビーイングの推進を狙いとしたイニシアティブを立ち上げた。コロナ禍によって働き方や生き方、学び方にも様々な選択肢があることに気づいたが、「選択肢があって、自己決定できる」ことが、ウェルビーイングの決定的要因と言える。


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