高橋 良(たかはし りょう)

2023年現代短歌評論賞 候補作 2021年BR賞 予選通過 歩道(文語旧かな短歌) …

高橋 良(たかはし りょう)

2023年現代短歌評論賞 候補作 2021年BR賞 予選通過 歩道(文語旧かな短歌) 国語/日本語教師 1989 みちのく(宮城→福島→青森→岩手→山形) 東北大学卒 歌書『斎藤茂吉からの系譜』(文芸社)電子書籍も 原稿・講演ご依頼→taka6taka0◉gmail⦿com

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  • うたそらの短歌

    千原こはぎさん企画・編集の『うたそら』の「そらよみ一首評」コーナーで掲載された歌と評を公開します。(※ 編集人千原こはぎさんと歌の作者の許可を頂いています。)

  • うたの日の短歌

    うたの日で注目した短歌について書いた評を載せていきます。(※ 歌の作者の許可を頂いています。)

  • 高橋良の短歌

    高橋良(旧筆名 高岡恵)の短歌です。

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夏光さす弓道場の君はまだオープンキャンパスに来し二年生/高橋良

二〇〇八(平成二十)年の夏のオープンキャンパス。特に弓道部として何か高校生向けのブースを設けていたわけではない。個人練習で道場に部員が何人かいたのだったか。私は大学一年で、高校での経験者ではあったが、基礎からもう一度叩き直したいとの思いで、練習に励んでいた。そこに隣県の高校から部活見学に来た女子が二人。高校二年でオープンキャンパスに来ていたわけだ。私は二年生の男子の先輩、三年生と四年生の女子の先輩と一緒にその高校生の応対をした。 そのうちの一人は、二〇一〇(平成二十二)年、

    • 氷山も水に還りしこの星に残りて犬と方舟(ふね)見送れり/お犬

      2024年2月23日にお犬 @oinuchan_a のXのポストとして投稿された一首。 「氷山も水に還りしこの星」とは地球のことだ。ここで「も」という係助詞は類推の意味で「…でも」「…さえも」といった意味に取れる。南極大陸の氷山という壮大な自然さえも、現代の地球環境下では、溶けていってしまい海面上昇につながっている。「還り」という表現には、氷山の成り立ちに思いを馳せさせる効果がある。 「方舟」には、「ふね」とルビが振られているが、「はこぶね」と読める。旧約聖書の創世記の〈

      • 現代における近代短歌の読み ―斎藤茂吉短歌を例に―

        第41回現代短歌評論賞応募論文 課題:「〈現代短歌の当面する問題〉に関し論題自由」 現代における近代短歌の読み ―斎藤茂吉短歌を例に― / 高橋 良 第41回現代短歌評論賞候補作(三枝昻之◯) ※ 公開にあたっては、Microsoft Wordの縦書き形式(メール応募時はPDF形式)から、noteの横書きの形式(Androidスマートフォン編集)に切り替えている。空白行はnoteの形式により生じているものであり、応募論文では改行箇所の空白行は、ない。応募論文に

        • カーテンにつかまり立ちをした君が羽化をしたての夏と思えた/伊東 美穂

          2023(令和5)年10月1日に行われた第50回東北短歌大会において入賞歌10首に選ばれた一首。 「つかまり立ち」から1歳ごろの子のことだとわかる。夏ごろの生まれだろうか。テーブルなどのしっかりしたものではなく、柔らかく頼りない「カーテン」につかまったところに作者は目を向けた。「君」は、作者の身近にいる子のことだ。 ここでの「羽化」は、「昆虫が、蛹さなぎや幼虫から、成虫になること」という意味であり、隠喩として使われている。ハイハイやずりばいなどをしていた子がつ

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          きらきらと薄き陽ざしにぬくむ猫冬の運河のほとりに眠る/小﨑ひろ子

          「うたそら」第十二号掲載のテーマ詠「温」。 文法上、擬態語「きらきらと」は連用修飾語として「ぬくむ」にかかっている。それに加えて「眠る」にもかかる。いずれも「きらきらと」によって修飾されることで撞着語法のような効果が生じている。「ぬくむ(温む)」は、あたたまるという意味。 「運河」という動きを思わせる具体により、猫が眠って見る夢や眠った猫の周囲で展開する物語を想像させる。句切れのないこともその流れを思わせる効果を助けている。

          きらきらと薄き陽ざしにぬくむ猫冬の運河のほとりに眠る/小﨑ひろ子

          名残惜しく秋を摘めば犬蓼の赤ほろほろと解けゆきたり/塩本抄

          2022年11月11日(金)のうたの日7時部屋の「犬」で次席となった短歌。 立冬を過ぎたが秋を名残惜しく思っている作中主体。秋に咲く「犬蓼」を摘んだのだろうが、スケールの大きな提喩で「秋」を摘んだと表現したところにうまさが出ている。「摘めば」は、「摘むと」ということ。 「犬蓼の赤」という提喩は、赤い花穂を示しているのだろう。この粒状の花をしごき取っているところを「ほろほろと解けゆきたり」とオノマトペ(擬態語)を使い表現したか。 定型順守の立場から見れば、第二句の字足らず

          名残惜しく秋を摘めば犬蓼の赤ほろほろと解けゆきたり/塩本抄

          葡萄酒をください今夜ひとしきり 彼はフランスの風、乾杯。 /宮岡りょう

          うたそら第十一号掲載のテーマ詠「果実」。 「ひとしきり」の不思議さが効いている。その後に三人称「彼」が出てくる。乾杯をする場にいる人物だろうか。下句をフランス語にすると、"Il est le vent français, santé!"である。'le vent'(風)は、'le vin'(葡萄酒)と音が似ている。葡萄酒のことを彼と表現しているのか。 「ひとしきり」は「風」の吹きゆくさまを修飾しているのかもしれない。

          葡萄酒をください今夜ひとしきり 彼はフランスの風、乾杯。 /宮岡りょう

          回遊魚みたいに街を歩きたい終バスが何時かなんて忘れて/西鎮

          2022年11月16日(水)のうたの日7時部屋の題「何時」で次席となった短歌。 「回遊魚」とは、定まった季節または時期に、広い範囲のほぼ一定の経路を移動する魚のこと。サンマ・イワシ・マグロ・サケなどが代表的。「回遊魚みたいに」という直喩は、群がって移動するさまも想像させる。ある季節になると、そのように街を歩きたくなるのか。行きつけの店や公園があるのか。 「町」ではなく「街」という表記であると、商店街などがあるようなにぎわう場所が想像できる。「終バス」は、夜という時を表す言

          回遊魚みたいに街を歩きたい終バスが何時かなんて忘れて/西鎮

          あの日々の断片のごと降りしまく銀杏並木をゆく車椅子/六厩めれう

          2022年11月15日(火)のうたの日13時部屋の「断」の短歌。 作中主体は「車椅子」に乗っている者とも取れるし、乗っていない者とも取れる。「車椅子」に乗っている者が作中主体である場合、自らの乗る「車椅子」をあえて客観的に見つめているように読める。「車椅子」に乗っていない者が作中主体である場合、「車椅子」に乗っている者のことを思っているように読める。 前者の読みにおいては、「降りしまく」中で舞う銀杏の落葉などは自身にとって思い出深い日々の「断片」のように見えたということに

          あの日々の断片のごと降りしまく銀杏並木をゆく車椅子/六厩めれう

          トーストの余白が多く見える日のとっぷりのせる有塩バター/鈴木ベルキ

          2022年11月13日(日)のうたの日7時部屋の「トースト」の短歌。 「トースト」とは、切って軽く焼いた食パンのこと。その「余白」とはなんだろうか。焼き目の付いていない部分のことか。平置きのオーブントースター使っているのなら、食パンの置き場所によって焼き目の付き方が変わってくる。普段からトーストを食べているので、「今日は白い部分が多いな」と感じたのだろう。また、「余白」は物足りなさに通じるので、作中主体の生活における物足りなさも象徴しているかもしれない。 「有塩バター」は

          トーストの余白が多く見える日のとっぷりのせる有塩バター/鈴木ベルキ

          真夜中の砕氷船のように行く一瞬みえた愛に向かって/鹿ヶ谷街庵

          2022年11月12日(土)のうたの日7時部屋の「愛」で次席となった短歌。 上句の直喩の持つ壮大な物語に圧倒された。「砕氷船」には、小型の河川・港湾用と、大型の海洋航行用がある。また、後続の輸送船団などを誘導する誘導型砕氷船と、自船のみの航行を目的とした独航型砕氷船に大別される。外洋砕氷船では、海洋観測、極地基地などの支援、氷海での救難などを目的とする船が多い。観光目的のものもある。「真夜中」に航行しているということは、観光船ではないだろう。「愛」を求めて走るということは、

          真夜中の砕氷船のように行く一瞬みえた愛に向かって/鹿ヶ谷街庵

          しなやかな生命線を背に添えて水筒は子の旅を見守る/ナイコ

          2022年11月10日(木)のうたの日13時部屋の「自由詠」で首席(薔薇)を取った短歌。 「しなやかな生命線を背に添えて」いるのは、「子」の家族だろう。「生命線」のしなやかさを詠み込むことで、「子」の家族のこれまでとこれからとを想像させる。その「生命線」の一部にあたる年月のあいだ「子」と生きてきた。その手を「背に添え」つつ、「いってらっしゃい」と言葉をかけたのだろう。 「子」は文字通り「旅」に出るのかもしれないが、普段から水筒を持ち歩いているのならば人生という「旅」のこと

          しなやかな生命線を背に添えて水筒は子の旅を見守る/ナイコ

          スマフォのみいじりたる手にひとひらの秋を知らする文が届きぬ/青井力

          2022年11月3日(木)のうたの日21時部屋の題「題『文』を文語で」の短歌。 心温まる文語新仮名短歌。旧仮名(歴史的仮名遣い)なら「いぢり」だが、新仮名(現代仮名遣い)なら「いじり」でよい。「たる」は存続の助動詞で「ている」という意味。「する」は使役の助動詞で「せる」という意味。「ぬ」は完了の助動詞で「た」という意味。 第三句「ひとひらの」がおもしろい。構造を見れば「文」を修飾する語だとわかるが、一読したときには「秋」に掛かるようにも取れる。すると、「ひとひらの秋」とい

          スマフォのみいじりたる手にひとひらの秋を知らする文が届きぬ/青井力

          久方の朝日を受くる海鳥のかな文字のごと空へひらけり/ぷくぷく

          2022年11月3日(木)のうたの日19時部屋の題「題『文』を文語で」で首席(薔薇)を取った短歌。 「久方の」は、「日」を導く枕詞。「海鳥」の種類はわからないが、朝日の光を受けて、海の上を飛んで漂っているのだろう。ウミネコやカモメが飛翔する姿は、平仮名で言えば、「ひ」や「へ」のように見える。そのため、「かな文字」というのは平仮名ということだろう。結句「空へひらけり」で「ひらく」という動詞を用いていることからも、平仮名であろうと予想できる。 何が「ひらく」のだろうか。鳥自体

          久方の朝日を受くる海鳥のかな文字のごと空へひらけり/ぷくぷく

          ミサイルの影は見えざりスマホには上空通過の文字が残りぬ/蒼音

          2022年11月3日(木)のうたの日17時部屋の題「題『文』を文語で」の短歌。 昨今続く北朝鮮によるミサイル発射。日本の国土を飛び越すようなミサイルが発射されたとわかると、Jアラートが該当地域の人々に発せられる。そのとき、スマホや緊急告知ラジオが鳴る。さらに、「上空通過」がわかるともう一度鳴る。 避難を勧告する通知だが、やはり空を見たくなるのが人間の性。そこに「ミサイルの影」は見えない。しかし、この国土を飛び越えたのだろう。スマホの画面に「上空通過」を知らせる通知画面が残

          ミサイルの影は見えざりスマホには上空通過の文字が残りぬ/蒼音

          遺されし小さき文机 母の日に我の描きし花の絵のあり/安原健一郎

          ※ 小=ち、描=えが 2022年11月3日(木)のうたの日15時部屋の題「題『文』を文語で」で首席(薔薇)を取った短歌。 愛おしい愁いを帯びた文語新仮名短歌。「描き」は、歴史的仮名遣いなら「ゑがき」だが、現代仮名遣いなら「えがき」でよい。 亡き母の使っていた文机だろう。「小さき」にその母の様子が見える。遺品整理をしている時だろうか、その文机に入っているものを見てみた。すると、見たことのある花の絵が見つかった。母のありし日に作中主体が母のために描いた花の絵。幼い頃に描い

          遺されし小さき文机 母の日に我の描きし花の絵のあり/安原健一郎