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天使のすべり台を撮影する方法(note de ショート #18)

 どうして僕はiPhoneばっかで写真を撮ってるかって?

 自分が「おっ」と思って、撮影したくなるようなシーンは、突然目の前に現れるでしょ。そりゃプロのカメラマンが俳優さんやタレントさんをスタジオで撮るみたいに、照明から何から良いシーンを作り上げるってことなら話は別だけど、アマチュアの写真好きにはそんなの無理。朝に職場に向かって慌てて走ってたり、仕事の帰り道にとぼとぼ歩いていたり、食事会などでたまたま隣に座った別の課の女の子がとても素敵な笑顔をしたり、踏切を横切るコロコロの柴犬が可愛らしかったり、アマチュアカメラマンのベストなシャッターチャンスと言うのは、日常の中で突然目の前に現れるからiPhoneで撮ってる。iPhoneならばいつも持ってるしね。

 と言うのは半分ほんとで半分ウソ。僕だっていいカメラが欲しい(笑)でも欲しいカメラはねー、もろもろ揃えたら100万円以上るんだよね。
ま、それはいいとして、ちょこちょこ写真を撮っててわかったのは腕も大事なんだけど、「その場面」に出くわすこと。素晴らしいシーンが展開されているその場にいなけりゃ、どんなに腕が良くたって、どんなに良いカメラを持ってたって意味がないってこと。例えばこんな写真。

 まるでブリザードが吹きつける南極か北極の平原みたいに見えるけど、立派に日本だ。しかも本州なんだ。日本の本州にだって、こんな人が住むことを拒絶するような厳しい冬の風景を見せる場所や時間がある。ちなみにこれは午前7時。そういうタイミングに出くわすことが全て。

 この写真は、青空にネズミ色の雲が迫っているだけの写真のように見えるけど、左側のネズミ色の雲の部分は雪が降ってる。晴れた景色と雪景色の境目の写真。これも狙って取れるもんじゃないし、その境目を追っかけても追いかけきれるもんじゃない。そこにいるかいないか、出くわすか出くわさないか。その時に撮影できるものを持ってるか持ってないか。それだけなんだよね。

 また、目線の位置ってのもある。例えばこの写真。

 その時は曇り空だったけど、家を出た瞬間に空を見上げた。なんとなく気になるムードを感じたので、家の前のアスファルトの上で寝転がってみた(笑)すると、まるで雲が電信柱の影のように映っていた。自分の家の前とは言え、アスファルトの上に寝転がるって言ううようなバカみたいなことをしなければ、この景色に気づかなかった。誰の何の気まぐれかわからないけれど、こんなゲリラアートみたいな景色が、人知れず出来上がってるってこともあるんだ。

 この写真なんかは、フランス映画か何かの思わせぶりな始まりのシーンみたいだけど、何のことはない、雨の日に歩いていて、たまたま持ってたビニールが傘越しにiPhoneで撮ったらこうなった。ちゃんとしたカメラを雨の日にわざわざ抱えて、何かを狙うようにウロウロするなんてことしないしねー。これもたまたまのなせる技。


 まるで時計の広告みたいな(違うかな〈笑〉)この写真は、いつも通る橋の上にある柱に、本当にたまたまカラスが乗っかってた。カラスにポジショニングを要求するわけにもいかないし、言うことを聞いてくれるわけがない。たまたまのたまたま。ほんとに偶然。


 これなんかは、霧が濃く立ち込める早朝にコンビニを撮影したらこうなった。まるでコンビニの建物全部がLEDライトかのように光輝いている。

 で、極めつけはこれ。


 僕はこの景色を勝手に

「天使のすべり台」

と、呼んでる。無理でしょ、こんなのを狙って撮るなんて(笑)

僕が徳を積んでたからとか、神様がマジックを空に振りかけたとか、理由はわからないけれど、これもそこにいることが全て。その時に空を見上げていることが全て。僕と同じ場所にいた人もきっと多いと思うけど、空を見上げなければこの風景は見えないし、シャッターを切らなければこの景色は残せない。

 「たまたま」「キョロキョロ」というのが大切なんだよなーと思う。神様はこの世界にいっぱい仕掛けてくれてるんだと思う。もちろんあなたの住む街にも、きっと。

(今回掲載した写真は全て著者が撮影したものです)

〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉

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