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いい時間【エッセイ】

 二歳の息子が遅めの昼寝から目覚めたとき、既に日は傾きかけていた。
 わたしは台所で鶏ガラを炊いていたので、居間には電気をつけておらず、ぼんやりと暗かった。吐き出し窓の近くの座椅子に、彼はまだ眠たそうに寝転んだ。
 鶏ガラのせいか部屋がむしむしとするので、その吐き出し窓を開ける。秋の風は適度に涼しく、部屋になだれ込んでくる。
「ママ、来て。見て、ぱわーく」
 ぱわーく、と言うのは息子語でパワーショベルのことだ。最近、アパートのすぐ隣で工事をしていて、ぱわーくやらダンプカーやらが砂利をひいたりそれを慣らしたり忙しくしている。息子はその様子を、この窓から大興奮でずっと見ていた。ぱわーくは今日の仕事を終えたらしく、こざっぱりした砂利地の隅でひっそりと眠っている。

「ぱわーくおやすみしたの?」
「そうだね。もうお仕事お休みみたい」
「……これは何の音?」
「カラスっていう鳥さんの声」
「見て、お空オレンジよ」
「ほんとだね。すっごく綺麗だね。今日お天気良かったから」

 素敵なグラデーションの夕焼けを、息子と二人眺めている。なんていい時間なんだろう。わたしの脳内に、EVISBEATSの「いい時間」が流れる。

 この瞬間は紛うことなき「いい時間」だ。このままずっと今が続けばいいのに、と半ば本気で思った。
 愛おしくなって息子の頬を撫でると、外気に晒されたせいかすこしひんやりしている。息子はくすぐったそうに笑う。なんとなく、今日のこの時間のことをわたしはずっと忘れないだろうな、と思う。何でもない日だったが、あまりにいい時間だったから。

 そうこうしているうちに、いつの間にか日が暮れて、鶏ガラスープが出来上がっている。

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