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ちょうどいいこたえ【エッセイ】


 子どもに「お腹にいた時のこと覚えてる?」と聞くと、興味深い答えが返ってくるかも、というのは子育て中の人間なら一度は聞いたことがあるのではないだろうか。

 暖かかった。お花畑だった。お空の上にいて、ママのお腹目指して飛んできた。
 各SNSの育児垢などを見ると、その答えは十人十色だ。「感動した」「本人が知り得ないことを言ってきて驚いた」などなど、親の反応も様々だ。
 私は半信半疑だった。子どももある程度大きくなると親の顔を伺うというので、絵本や誰かから聞いた話を言っているのだろう。でも一回は聞いてみようかな〜と思っていた。もしかしたら、とんでもないことを言い出すかもしれない。

さて、息子は最近おしゃべりが上手になってきた。
1歳半ごろ、あまり発語がなくて心配していたのが懐かしい。エンドレスに話しかけるので、ちょっと静かにしていて欲しいと思う時もあるぐらいだ。一年前の私よ、そんなに検索魔にならずとも焦らなくてよい。
 生まれた時は、不快さや空腹を泣くことでしか伝えられなかったのに、今は「ママおしっこ出るぅ〜おトイレ行く〜」「ぼくなんか食べるよぉ〜」と言葉で伝えられる。子どもの成長は恐ろしいほど凄まじい。

保育園から帰宅する車中、息子は最近ハマっている「駐車場の『P』を探す遊び」に夢中であった。私は急に思い立って、息子にお腹のなかにいた時のことを聞いてみた。だいぶ喋れるようになったし、不意打ちっぽいからなんか面白い答えが返ってくるかも。不埒な期待だ。
「ねぇ、急に変なこと聞くけど、お腹にいた時のこと覚えてる?」
 息子は間髪入れず答えた。

「頭を下にするのよぉ」

 そう言って、チャイルドシートに縛られながらも頭を下げるジェスチャーをする。
私は驚いて「えっ、どういうこと?頭を下にするの?」の続けて聞いたが、息子はP探しに戻ってしまって、返答は無かった。

 保育園で、先生に赤ちゃんは頭から出てくるなどと聞いたのだろうか。もちろん、家で「赤ちゃんは頭から出てくるのよ……」と教えたことなど一度もない。なんなら帝王切開で産んだので、お腹の傷を見せながら「あなたはここから出てきた」と言ったことはあるが。

 すごくちょうどいい答えだ。思わず唸る。
神秘性がありすぎない、かと言ってちんぷんかんぷんな答えでもない。もしかして、カミサマ的な人物に「母親の胎内では頭を下にすべし」と言われたのか? それとも本能的に「頭を下にしなくては」と思ったのか。真相は分からない。実際は誰かがきっと教えたんだろう、と思いつつも、驚きを隠せない自分がいる。

「ママァ〜見て〜ハンバーグの🅿️よぉ〜」
「そうだね、びっくりドンキーのPだね……」
 P狂いの2歳児は、母の動揺をものとも知らない。
もう少し大きくなってから聞いてみようか……でもその頃には忘れてしまったり、知識がついて何かの受け売りを言ってしまうかもしれない。
 変な欲を出すのはやめよう。これが彼の答えなのだ。

 すっかり日が暮れるのが早くなった。朝晩寒くなり、冬が近づくのを肌でひしひしと感じる。今日も寒い。私は車の暖房の温度を上げる。
雪が降りはじめると、もうすぐそんな息子の誕生日だ。
お腹の中のことよりも、生まれてからの様々なことを覚えていれば、それで良いのだ。

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