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言葉はどこから生まれるか?


語学の勉強がちょっとだけ好きです。
英語は中学生の時から勉強し、中国語は大学から、またベトナム語は出張に来てから勉強してます。

ベトナム語には漢越語と純粋なベトナム語があり、6割は中国から流れてきた漢越語らしいです。この辺りは言葉の流通マップみたいなのを可視化できたら面白そう。

ふと、新しいことばはどう作るのか?
と考えてみて、日本語はわりとそこらでたくさん生まれているなと感じました。
それはメディアの出現で作られたイメージだけではなく、
小さなコミュニティ単位、身近な同僚や友人間ではよく新しい言葉が作られたりしてました。

最近聞いた言葉だと、何かの承認を得る事を「ok to ××」と社内で使う事が流行っていて、美味しそうなお店を探して同僚に提案した時に「ok to go出ました!」と言った使い方をしています。共感性が無いあたり、拡散力の無い言葉だと我ながら感じます。

この点はJazzのセッションとも近い感覚があり、たまにスケールを外す事にクセを覚えるのと一緒と感じます。ルールを知り尽くした人については、意図的偶発的関わらず誤ったことば音符を使う事でアクセントが出来、新しい発見となり、楽しめるようになる。ここでルールとは厳密ではなく、意味を感じられるある一定水準以上のものであればいいと思います。この言葉が共感性を帯びる事により、拡散し個人から友人、コミュニティ、町、県、国、そして世界へと広がりを見せどこかで新しい言葉へと認識されていくと感じます。そしてどこかで認められなかった言葉は淘汰されていくものがと思います。

そう考えると日本人にとって英語は、文法があって、単語帳があって、中学生(今は小学生?)の3年後に簡単な文章が読めるようになる。
でも新しい言葉を作る能力はつかない。
日本として遊べる場があり、独自のことばがあってもいいと思います。
そう、日本には英語で遊べる場が圧倒的になりないから独自のことばも無く、ことばに正解を求めてしまうので、英語が喋れないという結論です。

ぜひ学校の先生方には学生達に日本での語学活用例を示して欲しいと思いますし、私自身英語は海外の友人との会話やビジネス、ゲストハウスでの触れ合いと多少の本くらいしか使用しないので、日本の暮らしにおいてこの場面では英語を使うという生活に密接した使い方を見つけていきたいと思います。Jazzでいう、バーのセッションに参加するようなものですね。

この本を20%程度読んだ所で感じた事を先走ってnoteしてました。読書に戻りたいと思います笑。表紙の画像はベトナムの本屋さんの漫画の積まれ方です笑。

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