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教員自身が新しいものに挑戦すれば、生徒たちの目も輝く|芝浦工業大学附属中学高等学校がSEEラーニングを取り入れるわけ(後編)

24年3月「SEEラーニング」を学ぶ2日間のワークショップが開催された(レポート記事はこちら)。日本全国から教師や教育関係者が多数集まった。参加者の一人、芝浦工業大学附属中学高等学校の教頭を務める斎藤貢市さん。どんな理由で、どんな目的で、この学びの場に参加することになったのか、斎藤貢市先生と、一緒に参加されていた金森千春先生にお話を聴いた。

前編はこちら

教員自身が新しいものに挑戦すれば、生徒たちの目も輝く

ーあらかじめパッケージされた教材をこなすだけでなく独自の授業づくりに力を入れられているようですね。
はい、それはとても大切にしています。外部からパッケージで購入することもできるのですが、当校はほとんどそれをしていません。自分たちの中から選抜チームを作り、外部に出向いて学習して、それを持ち帰り共有して、具体的な教育活動の計画を立てたり、見直したりしています。それをする過程で、各教員がやってきたこと、自ら確立したスタイルなどを振り返るんです。外部のパッケージを買っても、残念ながらそれ以下のものしか実現できませんし、自分たちに力がつきません。

ICTの導入もそうだったと思います。何でもかんでも置き換えるのではなく、今ある良い部分を生かしながら、効率化したり、強化するためにICTをどう使えるんだろうという発想で進めてきました。同じように授業やホームルームを見直していくというプロセスも、先生方は生徒の様子や社会の状況を見ながら進めていくことになります。

ー先生たちも主体的に学んでいるという感じですね。
授業のPBL化も徐々に進んでいて、これも選抜チームが学んできたことを他の教員に共有することから始まりました。総合的な学習の時間でそうした手法を経験した教員たちが、指示されたわけでもないのに自分の教科に持ち込むんですよ。それも狙いのひとつです。教員が一方的に話さない、生徒が問題意識や当事者意識を持つように問いかけてみる、感情を取り扱う時間を丁寧にとってみる。そうしたことを少しずつ試しながらやっていく中で、生徒たちが輝いた顔をしたりすると、教員も自信をつけて、それがもう授業全体にも反映されていくという好循環が生まれます。教員自身が主体的に考えて試してみてうまくいったものは定着するし、発展します。

ーとはいえ新しいことに取り組むのは抵抗もあると思いますし、うまくいくかどうかもわからないところがあると思います。そのような抵抗感はどう払拭しようとしているのですか?
だからこそ選抜チーム数名が先行して学び、それを持ち帰り、じわじわと校内の同僚たちに広報活動していただくことを期待しています。校内の全体研修の時もできるだけ楽しい研修をしてもらいます。面白い、楽しい、ということを重視していますし、教員の方も元々全体的に積極的な姿勢はありますね。

一方でおっしゃるように次々に負荷を足していくことは、結局は生徒にしわ寄せがいってしまうので、そうならないよう常に気を付けています。遅くまで残業している教員はおらず、具体的な対策は様々行っています。業務の効率化、部活動の外部委託、デジタル採点システムもかなり早い時期に導入しました。教員が本来やるべきところに集中できる体制を作ることに注力してきました。

それでも新しい教育方法に抵抗を示す人はいます。ただ、それでもいいと思っています。新しい教育方法を取り入れたい、きっとうまくいくと思っている教員も多くて、どちらもいます。どちらもいていい。おかげさまで当校では定年退職以外の理由で退職する教員はほぼゼロです。入れ替わりの激しい業界の中で、教員の皆さんが定着しているのはありがたいですね。

ー素晴らしいですね。その秘訣が知りたくなりました。
そう考えると、新人を採用しつつ人材が安定した体制になっているのは、前の校長、前の前の校長の頃から、教員は学び続けようと提唱してこられた結果でもあると思います。そしてコロナ禍を含めてこの10年ほど一緒に切磋琢磨してきたという感覚は強く共有しているかもしれません。新しいものに抵抗感を示すのではなく、新しいものに挑戦すれば、結果自分たちも楽になったり、何より生徒の目が輝くということ。それが何よりの証明ですよね。生徒がつまらなそうにしている教育を私たちが押し付けたら、何の意味もないと思っています。そうではない道を教員たちと一緒に進んでいる感覚です。

簡単なことではないけれど、じわじわと浸透していければ

ーSEEラーニングのワークショップに参加したことを契機にして、今後やっていきたいことはありますか?
<金森さん>
ワークショップで「クラスアグリーメント」を作りましたよね。

「クラスアグリーメント」(筆者による解釈)
学習環境に関する「同意」「賛意」を参加者同士が対話して言語化した。「グラウンドルール」に近いが、行動の規定というより、抽象度が高く、大切にしたいものについて共通認識を持つといった意味合い。場を用意した主催者が決めるのではなく(もちろんそれも尊重されるが)その場に参加している人たちのその当日の対話から、大切なキーワード、大切な概念を抽出し、その場の「同意」「賛意」を確認していくもの。

私、学級目標を教員が掲示するのが好きではないです。クラスって先生のものじゃなく、そこにいる生徒たちのものだと思うので、『ルールを守って、みんな仲良く、、、』という標語のようなものを掲げる慣習が日本の学校文化にはまだあると思いますが、そういうのはなんだか違うなぁと感じます。そうではなく、クラスの全員が賛同できるものを決めるということをやりたいとずっと思っていました。
なので、SEEラーニングのワークショップで研修参加者がアグリーメントをつくる過程を体験したように「目標を決めるのも丁寧に進めたいね」という話をクラスの生徒たちとしています。そんなにすぐに決めなくていいから一定期間一緒に過ごしてみて、自分がこのクラスでもっと安全で安心で居心地が良いと思えるもの、みんなが大切に守りたいものを、一学期中に決められたらいいかなと思っています。

学校紹介パンフレット

ーこうした考え方が広がるといいですよね。
<金森さん>
本当にそうですね。ただ簡単なことではないとも思います。私はSELを知ってから3年も4年も時間が経ってやっとしっかり学ぼうと思ったのですが、日本の典型的な学校教育しか経験していない先生が、急にSEEラーニングを一気にやろうとしても逆に痛い目にあうかもしれません。なぜかというと、日本の学校には余白が少なすぎるからです。私は昨年デンマークに視察に行きましたが、物理的空間的な余白、人数的余白が全然違いました。当校に海外から視察に来られた方は皆さん口をそろえて言います。「too muchだ」って。日本は40人がベースだから人数的余白が少なく、なかなか実行するのは難しいと感じますが、少しずつできることからやっていきたいですね。

本校においても、このような取り組みがすぐに学校全体に広がるかというとそんなに簡単ではなくて、斎藤先生の力も借りてじわじわと浸透していけばいいなと思っています。

ー斎藤先生、最後に一言お願いいたします。
<斎藤さん>
ありがとうございました。おかげさまで本校は、現在はそれなりに志望者数がいますが、10年後も同じ状況である保証はどこにもありません。常にアンテナを張り、生徒の成長のために必要な教育は取り入れていけるチームでありたいです。今回その一つとしてSEEラーニングに着目し、参加させていただきました。

お話を聞いた斎藤先生

<おまけ・学校内見学>

校舎内を見学させていただいたので、私目線でちょこっと紹介します。

【授業見学】

この日は4月中旬、中学3年生「IT」の授業の1回目、プロダクトデザインの講義とCADの操作体験をする日でした。生徒たちは5人1組くらいでテーブルについています。机には2種類の書類用クリップ。よく見るクリップとちょっと変わった形のクリップ。どちらもグッドデザイン賞を受賞した優れたプロダクトです。これを前にしてプロダクトデザインについて考察する授業になっているようです。
面白いのはチーム分けの仕方。自分が探究したいミッション、探究してみたい業界、自分がやってみたいアウトプットの形、そして最後は自分の強みや得意。この4つを自己申告します。ミッション、業界、アウトプットの形が近い人たちで集めながら、強みや得意はばらけるようにしてチーム全体として得意不得意が補い合えるようなチーム編成を調整します。

【鉄道関係展示】

鉄道関係の展示が1階ホール近くに充実しています。さすが、東京鐡道中学の遺伝子を受け継いだ歴史と伝統を感じます。運転席の操作盤を含めた、国鉄時代からあるという機械。元国鉄の技術者という方が定期的にメンテナンスに来てくれるという。実はそうした技術も希少なものになっているそうです。文化祭などでは受験生や見学者がいるなかで実際に作動させて見せるそう。また、鉄道ライターの方を始め多くの方々の遺品などをお預かりし、大学図書館が管理しているものを展示しているとのこと。好きな人には堪らない空間だと感じました。

【理工系フロア】

1階の理工系フロアは、コンピューター室、鉄道ギャラリー、ロボット工学室、理科室、技術室、が集まっています。

ものづくりをするファクトリー。1リッターのガソリンでどれだけの距離を走行できるか?を競う「エコラン」に取り組んでいます。「エコラン」はモビリティーリゾートモテギで毎年開催。速さではなく燃費性能を競う、これからの時代に求められる環境への取り組みを形にしたモータースポーツ。工作技術研究部という部活です。中学から高校まで、男子も女子も、つなぎを着てモノづくりに励んでいる姿がめちゃくちゃカッコイイですね。

【図書室】

こちらには6万冊の蔵書があるそうです。公立中学校が大体1万冊、公立高校が大体2万5000冊が全国平均ですが、こちらは6万冊!すごくないですか!?真ん中にある棚をブックツリーと呼んでいて、展示に特化した本棚で4面それぞれテーマを決めて展示されています。今は新学期なので、中学1年生向けであるとか、部活関係のものが展示。入口が2つあり、中学3年生側と高校1年生側。10分休みなどちょっとした時間でもいつでも自由に出入りできるようになっているとのこと。三角でも四角でもない面白い形の机と椅子がある意味、雑然と置いてあり、生徒たちは好きなように並べたり、くっつけたりして、4人一緒に勉強したりする子たちもいるそう。

昼休みも10分休みも放課後もスタッフがいればいつでも利用できて、生徒たちはとても気に入っているようですね。学校図書室の一般的なイメージは、静かに勉強したり読書したりする場所なので、学校の中でもちょっと奥まった位置で、ひんやりした空間になる気がするんですが、ここでは校舎の真ん中! とにかく本に親しんでもらうことがコンセプトだそうです。一人で黙々とやりたい人は自習室もありますし、ちょっとおしゃべりする程度なら図書室でもかまわないという感じになっています。


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