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弱みを言っていい関係があることに気づいてほしい|芝浦工業大学附属中学高等学校がSEEラーニングを取り入れるわけ(前編)

24年3月「SEEラーニング」を学ぶ2日間のワークショップが開催された(レポート記事はこちら)。ここには日本全国から教師や教育関係者が多数集まった。参加者の一人、芝浦工業大学附属中学高等学校の教頭を務める斎藤貢市さん。実は、筆者の私すーじーは、芝浦工業大学の卒業生。首都圏で有名な理工系大学の附属中高の教頭先生が、一見するとややオルタナティブにも見えるワークショップにがっつり参加することが意外にも思えた。どんな理由で、どんな目的で、この学びの場に参加することになったのか、斎藤貢市先生と、一緒に参加されていた金森千春先生にお話を聴いた。

(長文なので前編と後編に分けてお届けします)

学校正面玄関

理工系に強い、芝浦独自の探究活動

ー今日は貴校とSEEラーニングとの関わりをお聞きしますが、まずは文脈を理解するためにも、近年力を入れているところを教えていただけますか?
ひとつめは、Self Development(SD)つまり自己調整学習に力を入れています。主要5教科は中学校では週4時間しか授業を入れていません。学習は「教わる」ものではなく「自ら学び進める」ものです。自ら計画を立てて、「SD」の時間を使い、足りないと思うところを補ったり、応用問題に挑戦したりします。自ら計画的にできるのかといえば、たしかに、はじめはやはり教員が手を入れる場面もありますが、長くても中学3年間かけて自立学習できるようになります。その上で受験に対しても計画性が身につきます。一般的には、週7時間~8時間している学校もあると思います。本校は週4時間でも十分に力をつけられるお子さんをお預かりしており、生徒と教員を信じてそのようにしています。

ー探究活動も盛んだと思うのですがご紹介していただけますか?
本校は「SHIBAURA探究」と称して、「理工系の知識で社会課題を解決する」を旗印に独自の探究プログラムをつくっています。「SHIBAURA探究」の中には大きく二つあり「IT」と「GC」。「IT」はその名の通りInformation Technologyの知識スキルを入れていく授業。「GC」はGlobal Communication。社会課題をそれぞれが見つけて問いを立ててそれに挑んでいくという授業です。中学3年の途中でそれらが合体して総合探究、高校になると工学探究という形で、本校らしい探究を目指していきます。

ー具体的な授業例を教えてください。
探究の時間は積極的に校外に出て街歩きをしたり、民間企業の人と会って話すことをしています。その一つとして、IHIさんとの取り組みを紹介します。IHIさんは重工業を主体とする日本有数の企業で豊洲に本社があります。企業博物館を訪れたとき、ある生徒が橋に興味を持ちました。隅田川に架かる数々の橋は世界中の橋をモデルにしており、IHIの技術も使われています。一人の生徒が、橋の技術の話で広報の社員さんを質問攻めにしてしまい、その方もたじたじに…。次はプロを呼びます!ということになって、次の授業では実際に橋を作っている工事現場から、最先端の技術を持った方々がオンラインで入ってくれました。生徒たちの質問に片っ端から答えてくれて、生徒たちもそれはもう嬉しそうでした!

このプログラムはお金を払って買ったようなものではなく、本校からはお支払いはしていないのですが、先方としても、これからますます土木人材が不足してまずい時代になるので、このような活動はとてもプラスになりますと喜んでいただけました。

ー豊洲周辺だけでなく日本各地に出ていくこともありますよね?
もうすぐ京都に行くのですが、水道の水源になっている琵琶湖疏水というものを知り、その機構の見学に行くことになりました。最初は見学することが難しかった施設もありましたが、色々と伝手を辿って見学できるところも見つかりました。また、琵琶湖疎水アカデミーという団体を紹介していただき、京都大学で疎水を学んでいる方がホテルで講演して下さることにもなりました。これらもIHIさんとの取り組みがあったおかげなんです。設備の中にはIHIさんが昭和初期に製造したすごい装置があるから是非見に来てくださいと言っていただけたのです。教員が楽しく探究心を持っていれば生徒の探究にも必ず役に立つ。教員の姿を見て、生徒たちは気づきを得て、何かを切り拓く力をつけていってくれる。それが私たちの強みだと思っています。

弱みを言っていい関係があることに気づいてほしい

ー近年必修となった探究活動を実施する中で、SEEラーニングの必要性を感じるようになってきたということでしょうか?
そうですね、探究活動は一方的に与えるものではありません。本人の中から湧き上がってくるものを大切にしたい。私たちが今回SEEラーニングの2日間のワークショップに参加した目的は、本校独自の探究活動の中で、その要素をしっかりと取り入れていきたいと思ったからです。SEEラーニングの要素とはつまり、気づき(アウェアネス)、思いやり(コンパッション)、関わり(エンゲージ)という側面と、個人、社会、システムという領域、それぞれのあり方や関わり方を学ぶことです。探究活動の土台に、こうした観点が必要だと考えたのです。

出典:SEEラーニングジャパン(https://www.seelearningjapan.com/about)より

これは探究活動に限りません。自己調整学習も、それぞれの教科の授業も、キャリア教育もそうだと思います。こうした観点をもって授業づくり、場づくりをする必要があるのではないか。それが私が参加した目的でしたし、また道徳教育カリキュラムについての必要性も感じていました。

ー道徳教育カリキュラムというと?
本校にも道徳教育のカリキュラムがありますが、7,8年前に作ったものであり、古くなってきたので、これを改善したいという目的もありました。15年前に遡りますが、私が本校に着任したとき、ロングホームルームや道徳の授業を十分に活用できていなかったんです。個別面談の時間も何かを提供することはほとんどなかったんです。それを知って中学生にもっと伝えたいことあるよねと思ったんです。彼らが社会に出たとき、いやそれ以前に学校にいるとき、困ることがあったときに手助けできるのが道徳ですよね。そこで私と何人かの教員が一緒になって、生徒の年齢に合わせて、またよく起こりがちな生徒の悩みに合わせて、エンカウンターワークや道徳ワークなどいろいろな教材を見ながらカリキュラムを作っていきました。

ーなるほど道徳についてそうした課題もあったのですね。
当時、すごくもったいないと感じたし、抵抗があったんです。道徳の時間にはしっかり道徳の授業をしたかった。だから私が着任して3年目、中学1年の学年主任になったとき、年間計画の中に道徳をしっかりと位置づけて、道徳の授業、個別キャリア面談の時間、その他に行事の時間、と明確に定めました。他の先生も真似して取り入れてくれたり新しいアイデアをくれたりして、横展開や発展があり、続けていって中学1年から高校3年までの6年間分の内容がまとまっていきました。当時の教頭がさらに学校全体で共通して取り組むように声をかけてくれて、総合学習の時間とも組み合わせて流れを作ることができました。

でもやっぱり同じカリキュラムは10年と持たないんですよね。社会の変化、子どもたちの子どものあり方の変化などに対応していかなくちゃいけない。普遍的なものはもちろんありますが、生徒に伝わる方法というのは変わっていく部分がある。今はその時期に来ているかなと思っています。

写真は、各々が読んできた本を題材に対話するブックトークの様子

-なるほど、よくわかりました。他にもSEEラーニングを取り入れたい理由はありますか?
本校は中高一貫校ですが高校から入学する生徒が一定数いて、今年度は58名の生徒が入学してくれました。高校1年から入学すると、中学校から入学している生徒たちの人間関係の中に入るのが難しくて孤立してしまうという課題が、本校だけではなく全国で起きています。人間関係がうまくいかず、学校生活が難しくなり、進級せず中退してしまうこともあります。

それに対して、安心して人間関係が築けるような場を作ろうということで、入学直後のオリエンテーションを始めました。今年は熱海に旅行に行きました。1日目はエンカウンターワークをカウンセラーと相談して実施しました。SELのワークショップそのものをしたわけではないですが、考え方や方法論というものはすごく意識しながら実施しました。担当したのが教諭の金森なので、金森からも聞いてみてください。

ー高校入学生へのオリエンテーションでSEEラーニングの要素を取り入れようとした理由を改めて教えてください。
<金森さん>
高校からの入学生って、本校ではマイノリティなんです。中学から上がってくる生徒が4クラス約160名いるところに後から入ってくる。部活に入ってなじめる子はいいんですが、やっぱりなじめない子がドロップアウトしてしまうことも事実でした。友人関係がうまく構築できなかったりすることを、学校としてケアが足りていなかったんじゃないかということが気になっていました。10年程前は中高一貫生のクラスに混じるように入っていたのですが、それは募集人数が15名と少なかったからこそできたこと。今は難しい。実際、高校入学生として約60名入学してきて、背景の考え方や価値観の違う人たちがどうやって友人関係を作れるか。高校生になると、自分から話しかけるのがかっこ悪いとか、別に一人でいいし、みたいに半ば強がってしまうところもあるんですけど、それでも交流を深めるきっかけは学校として用意したいと思いました。

ーそういうことがあったのですね。効果はありそうですか?
<金森さん>
今の高校1年生が中学1年生で入学したときにも導入に使ったんです。そのおかげだと思いますが、男女の垣根なくすごく仲良くなりましたし、やっぱり仲間がいるということを分かって、孤立することなく学校に通いやすくなっているように思います。

ー実際に行ったのはどのようなワークですか?
<金森さん>
さまざまなワークがありますが、メンバーを入れ替えながらクラスも越えて色々な人が共存することの面白さや、知り合うことの楽しさを大切にしながら体験してもらいました。メンバーが入れ替わることによって、気が合う人もそうでない人も出会いながら徐々に話せる人が増えていったかなと思います。

<金森さん>生徒たちに感じてほしかったのは、弱みを言っていい関係があるんだ、ということです。最後に行ったのは、助け合いのワーク。誰かに助けてって言えることを促すワークです。困ったときは助けてって言うし、助けてって言えない人を見つけたら助けてあげる。ということを60人で共有できたのは本当に大きなきっかけだったと感じています。

学校紹介パンフレット

続きは後編へ


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