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その一言で、起き上がる記憶

知らぬ間に9月が始まっているではないか。ほんとうに知らない間に夏が終わってしまっていた。あれほど8月は忙しくてまるで戦いのようだと、この日記でも散々ぼやいていたにも関わらず、いざ終わってしまう時はなんの後腐れもなく去っていくのが夏というものか。不思議だ。もっと祭りの終わりの寂しさのようなものはなかったのか。


ただ清流のようにさらさらと消えてしまった夏。どうして思い返すことなく消えてしまったのか。それは自分の今の環境に問題がある。



8月がいくら忙しかったにしろ、それは一人でただ民泊清掃に勤しんでいたにすぎない。一人での戦いが、何よりも季節の移ろいを無碍にしているようだ。過去に米子市でリゾートバイトをしていた時は、今回の比ではないほどに忙しくて頭がおかしくなりそうなほどであった。しかしあの時の記憶を蒸し返すと、むしろ楽しいことばかりである。理由は一人ではなかったからだ。たくさんの社員、アルバイト、留学生に囲まれていた。あの時は大変でありながらも、周りの人たちとの交流が絶えなかった。しんどさよりも楽しさが上回っているようだった。



あの時は毎日夜遅くまで働いて、仕事終わりの23時ごろに飲みに行ったり、ダーツに行ったり、コンビニまでだらだら歩いて買い物に行ったりしていた。そして次の日の朝に起きて仕事に行く。みんな大変だったろうに、なぜか活力があった。人と一緒に何かに向き合うのは、知らずして一緒にいる人たちから活力をもらっているみたいである。それを今更ながらに気づいてしまって、少し寂しい。


もちろん過去の記憶だからある程度は美化されていると思う。あの時だって大変だったのだ。仕事に対してやる気がある人、ない人。協調性がある人、ない人。色々な人たちがごちゃ混ぜでみんなそれぞれに生きていた。あの人は仕事ができなくてしんどいとか、自分ばかり働かさせられて辛いとか、そんな話を聞いては酒を飲んで憂さ晴らししていたものだ。それが良くも悪くも、あの時のわちゃわちゃした環境を表している。


忙しい時はいつも、その時には感じれなかったものが、思い返すと浮かび上がったりする。むしろ思い返すから浮かび上がるのだと言える。楽しい時や、ときめいている時の、その瞬間は実感を得られない。後から時が経って、あの時は楽しかったのだ、ときめいていたのだと、気付かされるのだ。だからかげがえのない瞬間とかよく言ったものであるが、あながち嘘ではない。そしてその瞬間はいつ作られているのかもしれたものではない。


だからといって気を張ってその時を待つのかといえば、それはそれでときめきがない。ときめきを作るには何かに没頭することだ。何かに没頭して、同じく没頭しあえる人たちと心を共有する。それが楽しさやときめきを思い起こす。別に深くなくていい、くだらなくてもいい。でも真剣であればあるほどに、それは輝きを増すだろう。


自分は過去にさまざまな輝きのなかで生きてきた。それがかけがえのない記憶として後押ししてくれるのは確かであるが、ふと背中を押し続けているその手が、残酷に思えることだってある。未来へ向かうのはとても残酷だ。どんどん輝きから離れていく。どれだけ望んだとして、あの時の輝きはもうすでに過去にものになっている。代替はきかない、ただ一つの光だ。もうどうやっても拾えなくて、ただできることは、思い返してやること、あの時を共有した人と話すことで、同じ輝きを見つめるくらいだ。


友人と昔話をして、過去の思い出を共有するのは、それをすることでしかあの時の輝きを見つけられないからだ。不思議と一人で思い返すよりも、その時一緒にいた人との会話で再現されるものほうが、圧倒的に多い。完全に忘れていたものだって、話しているうちに容易に思い返されたりする。あの感覚は一周回って面白いものがある。友人たちとの会話で思い出せる力は、なんというか記憶力だけの問題ではない気がするのは自分だけだろうか。どれだけ思い出す力を失おうとも、仲の良かった人と少しでも話すだけで鮮明に思い返される思い出は、まるで話してもらうことを待っていたようだ。長年記憶の奥底に眠っていたものが、いざ話される機会が訪れて、脳みそから飛び出してきたかのように勢いよく外部に現れる。なんというか、久しぶりに会う愛犬のように愛おしい。思い出にはそんな愛おしさがある。


そんな思い出を今でもたくさん抱えていて、そして今でもたくさん作り続けている。たくさんある思い出たちをずっと眠らせてしまうのは少しもったいない気がする。誰かと話さないと、その愛しい思い出は起き上がってくれない。そして話しかけるのは、他でもない自分だ。今すぐじゃなくてもいいから、暇な時に誰かに電話をしてみようか。いきなり電話をするのも唐突すぎるからラインでもしてみようか。「元気?」の一言くらいでもいいから、それで始まる何かがあるだろう。そのうちやってみることにする。

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