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1章 長崎への⑷


目的を果たせないまま、石川県の自宅に帰ることになったイチョウの前に、帰路のさまざまな困難が待ち受けていた。
長崎空港から羽田空港までの飛行時間は思っていたよりも長く、イチョウは疲れ果てた。
羽田空港での乗り換えは、簡単なことではなかった。
かつて経験したスンナリした乗り換えはできなかった。
空港では、一旦、ゲートを出て、通路を延々と歩いた。
小松行きのゲートまで、動く歩道を幾つも利用して進んだ。

この時、空港にある車椅子を利用すればよかったのに、イチョウは頑張ってカートに荷物をのせ、小松行きのゲートまで押して歩いた。歩きに歩いた。

イチョウの歩みはノロい。
しかし、気持ちはセカセカしている。
(間に合うかしら?)
ヘトヘトになって、2人は小松行きのゲートに、たどり着いた。
そこへ、アナウンス。
「飛行機の都合で出発時刻が変わります」
なんと60分近く出発が遅れることになった。
イチョウは、ぐったりしたまま、ゲート前の椅子で延々と待った。


イチョウの様子に気付いた空港のグランドスタッフから声がかかった。
イチョウは、駐機している飛行機に乗る際にリフトに乗って移動する手厚い支援を受けた。スイデンも一緒に乗った。
小松空港に着いた時もリフトで下ろして貰い、空港の出口まで車椅子を押して貰った。スイデンは、その横を、ゆっくり歩いた。

イチョウは、自分の脚が思うように動かないことをしっかりと自覚した。
そして、スイデンという伴侶の存在を改めて自覚した。
(つらい旅であったが、さりげない心遣いが頼もしかったよ。スイデンさん、ありがとう)




自宅に帰り着き、ホッとした途端、さらに両膝の痛みは強くなった。
その後、普段の生活で、イチョウは、出歩きを控えたが、全く膝の痛みは軽くならなかった。
いつのまにか、イチョウは出不精となり、鬱々とした日々を過ごすことが多くなった。通院など止むを得ず外出する時は、すべてタクシー利用となった。その時は、玄関の3段ばかりの石段を避けて、勝手口から出て平坦なガレージに出て、タクシーに乗った。

イチョウの動きが目に見えて鈍くなった。
(また食事の仕度か……)
毎日、物憂く、なにもかもうんざりする状態となった。
掃除機を使うことがなくなり、家の内は次第に埃っぽくなった。
そんなイチョウの様子を見て、スイデンは、
「老人ホームを探すか……」と呟いた。
仕方なしのスイデンの呟きである。
条件が付いた。
「今度は、石川県内で」



ようやく重い腰をあげたスイデンであったが……
次なるトバリが開いて、イチョウは、右往左往。
はてさて、どうなりますやら。
→(小説)笈の花かご #9
2章 スイデン夫妻、モクレン館へ⑴ へ続く



(小説)笈の花かご#8 1章 長崎への旅⑷
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2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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