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(3) 某国の捜査能力を、 観察・考察する。


 中国政府も 人民解放軍も 混乱していた。
秘匿し続けてきた 収容所2箇所が半壊され、ウイグル人収容者87名の全員が脱走した。当初は国内からの攻撃の可能性が極めて高いと判断した。国境のレーダーには何も反応がなかったからだ。破壊された食堂施設と階上の教育室を破壊したコースから、異なる2箇所から小型ミサイルが飛んできたとコンピューターが解析していた。モンゴルと、黒竜江省もしくはロシアと分析された。それなりに破壊力のある火力攻撃なので、各地の最新鋭レーダーが反応してもおかしくないのだが、どのレーダーにも、航跡を認めることが出来無かった。それで国内に潜伏した者、もしくは国内組織の犯行と推測した。飛んできた方向からロシア領内、もしくはモンゴルなので、ロシアと敵対するイスラム共和国チェチェンもしくは近隣のイスラム国、またモンゴルの武装勢力の可能性もある。朝を待って現場検証を始めた技術者・分析者達は、弾道の部品からイスラエル製半導体基盤の残骸をを幾つか発見した。イスラエルと近いアラブ国の支援を受けたウイグル人の犯行なのだろうか?しかし、武器の搬入は国境で徹底的に管理しているし、これだけの破壊力がある大型兵器の持ち込みを国内で見逃すはずが無かった。そこでウイグル人とその支援者という線は一旦候補から落とした。

ミサイルの軌道と分析結果から、破壊箇所の大きさの辻褄を考慮しなければ、米軍と自衛隊の可能性も出てくる。レーダーが補足し辛い、巡航ミサイル等で外部攻撃も可能な2国だ。例えばオホーツク海やベーリング海の潜水艦からミサイルを放って、高度を上げずに低空飛行して施設を直撃する。 ものすごい命中精度だが、両国ならば不可能ではない。技術者達はこの2つの可能性を暫定的に打ち出して、引続き分析を続けていた。

実際の小型ロケットミサイルは、一旦それぞれのターゲット上空を通過し、ゆっくりと反転しながら建物に70度の角度で降下しながら、食堂室だけを破壊して、地面に突き刺さって出来るだけ微細分解するように爆発した。部品は日本製の部品は一切使っていない。目撃者でもいない限り、日本の攻撃だったとバレる可能性は無い。確信的犯罪・破壊行為とも言える。全行程で暗闇の中を無灯火で移動した。ヘリもバスもバギーも運転はロボットが担当した。騒音は聞こえても裸眼で捕捉は無理だ。逆に乗っている人の方が怖かったかもしれない。暗視ゴーグルが無いと、恐怖の世界に身を置く事になる。

軍の諜報部隊は 技術部隊からのレポートを元に、攻撃した相手の特定に取り掛かっていた。何よりも収容所の存在を突き止められていた事自体にショックを受けていた。この施設から「出所した者は未だ居ない」からだ。しかし何者なのか、何れの組織か、国なのかに、施設の存在を突き止められていた。それも、2箇所共だ。ここで「収容所が攻撃された」とバカ正直に言えずに「農薬会社と種苗会社の研究所が何者かの攻撃を受け、建物が半壊した。農薬会社の社員一人の軽症で済んだのは、攻撃されたのが夜だった為に建物には警備員しかいなかった。当局は犯人の特定を急いでいる」と暫定的に報じていた。

日本と米国が場所を突き止めて海上攻撃してきたのなら、この87名をチベット内に匿っている可能性が高い。夜陰に乗じてチベットに搬送したという1つ目の可能性。もしくは、やはり中国外からの攻撃で建物を破壊し、ウイグル人が新疆ウイグル自治区内のどこかに匿っている可能性。この何れかに絞り込んだ。既にチベットの米軍施設と自衛隊施設の監視と、新疆ウイグル自治区内のローラー作戦を始めている。もし、収容者が第三国の手中となり、証言が公開されようものなら、中国政府は倒壊する。少なくとも主席は失脚となるのは間違いない。各省の人民解放軍が、新疆に集結し始めていた。

開放された収容者達は、AIロボットが無灯火のヘリを操縦して、隣国キルギスの基地へと逃れていた。自衛隊は漆黒の暗闇であっても、安全にそして自由に、空を舞うことが出来る。

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キルギスの空港で、ヘリから音速旅客機に搭乗した収容者達と自衛隊関係者は、ウクライナの日本農場に到着し、日本の共同浴場なるものを体験してRs社のカジュアル服に袖を通すと、ウクライナのハラール認証の食材で、ロボット達が調理したウイグル料理の数々をガツガツと食べていた。
同行した医師達と自衛官達も、ウイグル料理なるものを堪能していた。小麦粉でうどんのように手打ちにして、牛肉と野菜のあんかけをうどんに乗せる「ラグメン」ラム肉の串焼き「シシカバブ」ピラフのような「ポロ」と東京にある料理屋店からレシピを貰って調理していた。うどんは稲庭うどんのような程々のコシのある食感の細麺で、違和感を感じなかった。ラム肉はキルギスで調達して積んできたので新鮮だった。収容所では豚肉の入った万頭や粥といった、イスラム教を侮辱する食材を平気で出してきたと言う。万事が中華思想に染上げる為の矯正施設だった。最初は食べるのを抵抗するが、已む無く口にすると、当然とばかりに豚肉が続いたという。都内の店舗なので代表的な料理しかないが、それでも喜んで頂いた。他には北海道のジンギスカン鍋と和牛の焼肉をテーブルへ並べた。

数日間は健康診断と問診をするだけで、農場を散歩するなり、自由に過ごして貰い、開放された事実を受け入れられるよう、ゆったりと時間を使う。ウイグル語の書物や新聞と言った物や、日本のTV放送とラジオも、ウイグル語で見聞きすることが出来るように整えた。他に必要なものがあれば、自衛官が街で仕入れてくる。

そんな自衛官の撮影した日常の動画を、首相官邸の医療チームと国連で日々チェックすることになる。その映像を見て両者で意見交換を行う。いずれ、ウィーンの国連スタッフがウクライナ入りし、各人に質問をさせて貰うのだが、その為の準備を兼ねて映像に撮っていた。どの程度をケアを必要とするのか、質問するならば、どういうアプローチが適切か、等の事前の判断をする為だ。それが終われば、北朝鮮に用意した入居施設に移動して頂く。
自衛隊と日本人がそれなりに居るビルマとタイと比較して、新疆ウイグル自治区に気候が近いのと、人口が少なく、人目に付かないので北朝鮮が最も安全だろうと判断した。

今回、何より幸いだったのは、全員が普通に日常生活を過ごせる状態にあった。それでも映像を見る限り、暗い顔をした人も散見され、精神的なケアが大なり小なり必要だ、という医師の見解に誰もが納得していた。

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収容所襲撃事件が起こって1週間、何の手掛かりも得られずに人民解放軍の調査は難航していた。87人の収容者が1箇所に纏まらず分散して匿っていると見当を付け、ウイグル人住居も、モスク、集会所、学校等 全ての施設を虱潰しにローラー作戦を行っているが、一向に見つからなかった。
そもそも、重要思想犯と認定した者には、微細な発信機能のあるチップを埋め込んだのだが、事件発生後に収容者達がバスに乗り込んでから、その後は電波すら確認できなくなった。
逃亡に利用された2台のバスはウルムチ郊外で発見され、何らかの手段で移動した可能性がある。周囲半径2kmでは、航空機系の着陸後も見つからなかった。
別のバスか 乗用車に乗り換えたという可能性と、どこか別の場所で全員を降ろし、バスを放置して偽装する為に停めた可能性もある。それで更に広範囲に地上の着陸痕を探すのと同時に、ウイグル人居住区のローラー作戦を並行して続けてきたのだが、糸口すら見当たらない。

そもそも、自衛隊の2次隊がラサ入りの翌日に、事件を起こすのか?という疑問が残る。容疑者リストに名を連らねやすい、不利な立場にあるからだ。当初はラサ入り1次隊の犯行の可能性と、1次隊2次隊の混合チームの可能性、2次隊単独犯行と、3案の分析をしたが、1次隊の人員は事件当日ラサに揃っていたのが判明した。1次隊は小銃以外の兵器は持っていない。可能なのは2次隊だ。輸送する物量が多く、紛れ込むことは十分可能だった。しかし、ラサから攻撃すれば誰かしらが目撃しているはずで、ラサから離れたの場所で攻撃する必要がある。本来ならワザワザチベット入りしてから攻撃せずとも、国の外から撃つ方が現実的だ。疑いを招くような行動を、しかも初日に自衛隊が取るだろうか?と、どうしても考えてしまう。犯行声明が出れば犯人も特定できるが、犯人と仮定して、黙秘せざるを得ない日本の立場を考えると、その関与をいつまでも排除することが出来ない。結果的に自衛隊を容疑者として監視し続けるしかない。

米軍は全員、全車両の行動を把握していたので、犯行への関与の可能性は限りなく薄れた。そこで残った「自衛隊の2次隊の関与」と「外部からの第三者の関与」の2つに絞って、調査を続けていた。

ウルムチには最近ハンガリー国籍、ポーランド等の国籍で 名前から判断してユダヤ人が数多く集まりだしていた。
ウイグル人の店で宝石を買いまくっているらしい。もし、ユダヤ人が収容施設を突き止めていたらとも考える。イスラエルのモサドのような組織に調査をさせ、収容者を開放させた可能性も考えられる。
例えば、アラブ産油国がモサドに依頼したのではないかという推測も成り立つ。自衛隊に責任転嫁する場合と、自衛隊も関与している場合と。

ここから先へ進む為にも、何かしらの情報を掴む必要があるのだが、その欠片も見つからず、様々な選択肢ばかりが、浮かんでは消えていった・・

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中国が様々な可能性を掲げて悩んでいるのが、つぶさに感じられる。体制転覆が掛かった事件だけに、人民解放軍や研究者、科学者がハッパを掛けられながら取り組まされている。アメリカに理解して貰ったのは、ここで収容者への犯罪行為を世間に晒せば、中国国家主席の座は危うくなる。現に、共産党内ではチベットへの対応批判で、既に反対派が活気づいているからだ。
ここへウイグルへの人権侵害の過失の事実が加わると、党内の権力闘争が始まるのは目に見えている。とは言え、いつまでも隠し通せる問題では無い。ウイグル人への虐待行為・民族迫害が行われていたと、世間に明らかにしなければならない。展開的には、中国側から国際社会に向けて自発的な謝罪と説明をする手順しか考えられない。
やがて国家主席が責任を取って辞任し、後継の選出に、日米が間接的に関与するというシナリオを想定していた。関与と言っても、中国を傀儡化するのではなく、体制反対派も含めて現実路線を踏襲出来る人を候補者に据えて、共産党内で選んで貰うのが相応しい。
何れにせよ、中国の行く末を考える上で、世界中の賢者達と議論を重ねなければならないだろう。

モリは人道的な判断を優先させた今回の対応を、決して悪いとは思っていなかった。結果的に、中国の未来というキャスティングボードを握った事になってしまい、その責任の重さの方を痛感していた。
何しろ15億人の人口を抱える経済大国だ。国家崩壊にならないよう細心の注意を払いながら、CO2削減も取り組み、人権問題にも取り組み、経済基盤も立て直す必要がある。とにかくやるべきことが新体制にも、そして世界にとっても山ほどある。それが、今の中国だ。

出来れば梁振英に役職について貰いたいのだが、いかんせん梁には党内基盤が無い。中国の科挙制度の悪しき因習だ。有能な部下の実績を上司が一手に手中に収め、部下はいつまで経っても部下のままだ。更に上の役職者の目に止まれば初めて抜擢される可能性が生じる。抜擢によりようやくにして自立し、日の目を見る。そこから自分自身の権力闘争の1ラウンドがスタートする。外野が抜擢する訳にはいかないので、残念ながら、それなりの年長者や役職者から選ぶしかない・・そんな、もどかしさがどうしても残る・・

そこへ、蛍が思考を中断するようにタブレットを持って近づいてきた。

「イギリスの外交官で平壌で一緒だったんですって」
蛍が画面を指差して言っている。そもそも、この子は・・あぁ、歩か・・
週刊誌にサウジアラビアのスタジアムでのツーショット写真が載ったようだ。「日本代表 秘密兵器の秘密兵器」って、こんな風に呼ばれてるのか。 しかし秘密兵器って・・

「聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。外交官なんだろ? じゃあ、仕方がない」

「仕方がない?」

「イメージしてご覧。歩はスタンドを離れるわけにはいかなかった。チームの試合を見るのがこの日の仕事だからね。チームの選手の動きを見て、次の試合に向けてイメージしなきゃ行けない。
そこに、前日の試合にスタメンで出ている選手や長時間出場した選手は、ベンチに入らずスタンド観戦だって知識を持ってたり、推測が出来る人が突然 目の前に現れるんだよ。いつまでも無視し続ける訳にもいかないだろ?
スタンドには選手の横顔を撮ろうとする記者の一人や二人は居るから、選手だって、そんな所へ家族や知人を呼ばない。つまり、相手側に何らかの思惑があってこの場に現れたと見るのが普通だろう」
・・歩が、警戒していたのかどうかは分からないが・・

「なるほど・・じゃあ、歩が狙われてるって事?」

「狙うほどなのか、そこは分からないよ。でも、このスタンドに来るか、今後も試合を観戦しないと、歩に会う方法が無いんだろうね、この女性には」

「やっぱり、狙われてるじゃないの・・」
・・だから、狙われるってさ・・

「でも、すごいですね。代表の試合で4人中3人がゴールを決めて、圭吾くんだってあとちょっとで得点って場面があって」翔子が話を変えてくれた。感謝して微笑む。

「ちびっ子達のヒーローね、すっかり。俺たちも代表選手になるぞって、あのザマだし」里子のアシストも効いている。後ろを振り返って外を見ると、あーまたかと思う。庭の芝生がまた所々捲り上がっている。芝生を治しても、整地しても真剣に走り回るから、スパイクで芝生が捲れてしまう。大森の家でもそうだったが、ここでもグランドキーパーだ・・

「とにかく、あなたからも注意してよ。どこにカメラがあるか分からないんだから・・」

「いいじゃないか、写真くらい。もう子供じゃないんだし、撮影場所もスタジアムだ。別にホテルに入ろうとしてるわけじゃない・・」

「場所はともかく!こうしてマスコミに出るから、気を付けろって伝えて欲しいだけよ」

ホテルと言ってしまって どうかと思ったが、やはり劇薬となったか・・

「蛍、やめなさい。確かに歩は、このお嬢さんを無視できない状況だった。相手が上手だっていうのも何となく分かった。歩は会話するしかなかったんでしょう。それに、歩も海斗も、政治家の子供だって言うのをよく理解しているわ。2人で仲良く住もうとしてるじゃないの」

そう、あなたの娘ももう少し冷静に考えるようになれば、リーダーになれるのに・・

ーーーー

兄弟同士で構わないと、ネット越しに回答したら、あてがわれたのは豪邸だった。いや、これがカタール人家庭には標準なのかもしれない。庭にはプールもある。この車も家の備品だ、使ってくれと、さっきまで後部座席に居たレンジローバーがカーポートに置かれていった。

「ちょい前まで、静岡のアパート暮らしだったよな・・」

「うん・・来てよかったよ、カタール・・」

「取り敢えず、食料品の調達に行くか?」

「それがさ、冷蔵庫の中見たら、ぎっしりなんだ。結構揃ってるよ・・」

「え、じゃあビールもあるのかな?」歩が立ち上がった。

「あるよ。プールサイドで飲もうか?」

Heinekenの瓶と、チーズやスナック菓子を抱えて、プールサイドへ移動する。静岡のアパートでは、こうは行かない。

ーーーー

与那国島沖の洋上石油備蓄基地に、台湾、フィリピン、香港、沖縄諸島部用途で中小のタンカーが寄港し、給油してゆくようになった。
その側に洋上滑走路とタンカー型空母が連結されて、基地のようになっていた。

タンカー型空母の艦上にはヘリ数機と新型の垂直離着陸戦闘機Z1が20機配備された。同時に、アメリカ支援目的で購入した中古のF35A30機に台湾空軍の塗装が施して納入されていった。しかも今回は初のパイロット付きだ。タイ人自衛官30名が台湾空軍のフライトスーツを着用してが支給され、そのセットモデルで基隆市の空軍基地に納入されていった。

台湾機が与那国島の洋上基地や、沖縄本島の嘉手納基地まで移動し、嘉手納基地のA-1やZ-1戦闘機が台湾・基隆基地へ相互に飛ぶようになってゆく。最初は回数も控えめにして中国をあまり刺激しないようにしていた。
洋上滑走路が、与那国島に出来た事自体を中国政府も把握していた。香港の小型タンカーに軍人が扮して乗船し、給油中に洋上基地の様子や空母艦載機の日本の新型戦闘機を写真とビデオ撮影を行っていた。時折、日本が改修して納入したという台湾機F35が洋上基地に着陸していった。随分手慣れた着陸に、驚いたものだ。
既に南沙諸島、西沙諸島は自衛隊の監視下にあった。そちらは完全な無人艦船、無人戦闘機となっていて、給油に船が訪れる際に、自衛官の数名を見掛けるだけだった。今までは南沙諸島のハリアー戦闘機が台湾をカバーしていたが、与那国島にスイッチしたのは明らかだった。台湾海軍も台湾空軍もこの10年間で艦船と戦闘機の数を倍近く増やしている。
特に、ミサイルフリゲート艦と潜水艦の数を多く増やしている。実際の艦船には台湾人の艦長、乗組員以外はタイ人、ビルマ人の自衛官が乗組員となっている。その為に、艦船を増やしても問題が無かった。今後はパイロットも自衛官ごと、購入してゆく。しかし中国も、乗組員やパイロットの国籍や人員構成までは、流石に確認する術がなかった。

韓国の部品メーカーや電子機器メーカーが北朝鮮企業に転じて、工場が稼働し始めた。プルシアンブルー社から製造委託された部品を新規に製造するのだが、製造工程の所々に据え付けられた機械が、従来の機器に比べると斬新で製造数も多かった。
また、新しく採用した北朝鮮の主婦達も勤勉だった。なによりも驚いたのは夜間も製造を続けるのだが、17時になるとロボットが人の代わりを受け持つ。翌朝の9時迄操業を請け負う。当然、韓国時代の3倍の時間を掛けて製造するので、生産量も3倍以上になった。部品納入先は多岐に渡る。ビルマ・タイ・北朝鮮内部に加えて、台湾とマレーシアの自動車会社向けの部品にもなる。特に台湾はプルシアンブルー製のエンジン、トランスミッションの組み立て工場があり 輸出量も増えた。
こうして韓国の取り残された部品メーカーを救済していった。中国も台湾と北朝鮮企業との取引が急増しているのを認識していた。しかし、元は韓国企業だったと聞くと、トーンダウンしてしまう。エンジン車両の製造撤退を決定したのは、中国に他ならないからだ。
中国が「仕方がなかろう」と許容せざるを得ない範囲内で、台湾と北朝鮮間の取引が増えてゆく。
韓国人経営者も韓国からやってきた雇用者も、工場の生産量がピーク時の3倍になったのだから、売上も準じて給与を増やす事ができた。韓国よりも北朝鮮の方が物価が安い。
急に懐が温かくなれば、出費も増える。北朝鮮経済がより回転してゆく。この羽振りの良さを耳にすると、北朝鮮進出を渋った企業もその気になる。釜山や仁川などの他の都市を拠点に持つ企業も、北韓総督府経済産業省にメールを送り、工場移転の申請を届け始めてゆく。
北朝鮮への企業と人材の流出、そして日本資本の流入が暫く韓国内のトレンドとなる。

しかし、これ以上の企業流出は不味いと与党が規制をかけようとすると、世論の後押しを受けて野党が、政府の政策の不備を指摘し、反対へ廻った。規制を掛けたところで、成長しないではないか、と。
北朝鮮に転じて生産性が大幅に向上するのは、製造業だけでなく、あらゆる産業で結果が出始めていた。韓国の地価も僅かだが減少に転じた。ここで裕福になった北朝鮮企業に、次は韓国への工場進出を促して、韓国のGDPに貢献して貰う方がより賢明だろうと野党が説いた。
何れにせよ、大統領選にタイミングを合わせたのは効果的だった。野党は理由をつけて反対せざるを得ない時期でもある。お陰で、韓国企業の北朝鮮転出が増えてゆく。

韓国企業が転出してくることで、北朝鮮農家の主婦の平日の就業先が少しづつ増えてゆく。北朝鮮時代の経験もあって、工場労働自体にマイナスのイメージは無い。残業もなく、9〜17時で仕事がきっかりと終わり、保育園制度は旧社会主義国家なので、環境は用意されている。ベースの1次産品の売上に加えて、この季節は太陽光発電収入も得られる。そこへ奥方の収入が加わる。家計的には更に余裕が生まれる。

北韓総督府が次に考えているのが、北朝鮮農家の兼業農家化だ。地域にロボット農業労働者を必要数投入して、平日の農地作業に従事する。主婦の次は、ご主人だ。家計収入を更に上げて、工業品生産力も生み出してゆく。ここまで行けば完成形となり、ベネズエラ経済を余裕で上回る筈だ。

それでも生活基盤は農地になるので、都市部の人口は増加しない。家庭内の子供の数が増えれば、長男以外は街へ出るという風潮も出てくるだろうが、北朝鮮も少子化だ。劇的に国内の人口分布が変わる兆しも見えないので、小さな街があちこちに存在したままとなる。
韓国企業が増えてきたと言っても、人口は1万人も増えていない。移民と呼ぶには規模も少なすぎる。人口2000万人はベネズエラと変わらない。しかも不思議なものでベネズエラ同様に遊休地だらけだ。
そこで、ウクライナに居るウイグル人向けの入居施設の建設を始める。建物は低層階のマンションで、87人のご家族も含めて入居できる、90戸の建造に着手した。モスク、学校、病院、ミニスーパーと合わせて。将来的な増員も見込んでムスリムの人々の居住区を作ろうと考えていた。それも自衛隊の官舎と隣接させる。理由は、自衛官を志望する人々が出てくるかもしれない。自衛官自体が多民族化しつつあるので、大多数の朝鮮人の中で生活するよりも、多民族エリアとして括った環境を用意して、飲食店や衣装など商業的な価値が上がる可能性ある街つくりを目指す。
新興都市を創出し易い北朝鮮の特性を、最大限に活かそうと考えていた。

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インド・カシミール地方で採掘された「天然の」サファイアと輸送されてくる「人工の」サファイヤを全く同じサイズと同じデザインで加工したものを見比べる。素人には同じ物にしか見えないと、インド首相は匙を投げた。

「で、どの位の違いがあるんだね、こっちとこっちで?」

「閣下、それが全く同じ質量なんです。私もそれを聞いたときは耳を疑いました」インド財閥の長でもあるインディラ・V・ガーシュは笑っていた。こんな奇跡があろうか、人工物に天然モノが合わせたかのような話なので。

「実は、この本物に合わせて、作ったものなんだろう?私の心臓を止めないで欲しい」

「いえ、そのまさかなんです。一切、仕様の変更をせずに作り続けています」首相が胸を押えるフリをしながら笑う。

「つまり、幾らでも量が増やせると考えていいのかな?」

「ええ、鉱脈が見つかったので、ソフトボール位の大きさも、面白いかと考えています」

「ソフトボールって・・」 「ああ、こちらが試合球です」

「一体幾らの値になるんだろう・・私は心配になってきたよ・・」

「全くです。一度、オークションに出してみようと思います」

「その入札価格の8掛けが、販売価格になるのかね?」

「いえ、そのままの値段で販売したいと思います。欧州各国で3つづつ」

「君に任せるが、ユダヤ人はどうするつもりかね?」

「まず、オークションが先ですね、それからユダヤ人に原石の状態で卸そうと思います」 「個数は?」 「3ヶ月に1つと、今は考えています」

「それだと、彼らはまず中東に持っていくだろう。そこで値段が跳ね上がるんじゃないか?」

「そのオイルマネーの反応を見極めます。プルシアンブルー社にも間に入って貰うのです」

「なるほど、ユダヤ人の裏をかくという訳か・・面白い。分かり次第、教えて欲しい」

「畏まりました。それで閣下、その石ですが、どうしたらいいでしょうか」

「では、ブローチに仕立てて貰おうか」

「分かりました。それでは、一旦、お預かりいたします」ガーシュ氏は恭しく頭を下げた。

(つづく)

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