見出し画像

(3) 何はともあれ、人命 最優先。

 北韓総督府のヘリポートから、入荷したばかりのベネズエラ製のホバークラフトVがゆっくりと浮上する。エアーを噴射する形状ではなく、運搬用の大型ドローンで採用している垂直離陸用プロペラが、機体の前後左右4箇所に備わっている。浮上するとシャトルで利用している核熱モジュールエンジンが噴射し、前へ推進してゆく。飛行速度が上がるに連れて4つのプロペラが船体下部に収納される。2つの主翼と補助翼2つの4枚の翼で機体の安定性を確保する、そんな機体だった。
バレンシア市にある工場を視察した際に、製造している機体は見たが、越山総督、元ベネズエラ大統領が搭乗したのは今回が初めてとなる。   

ホバークラフトが向かう先は公式記録上は、台北市に自宅のある柳井治郎副総督の帰宅用途とされているが、乗り込んだのは治郎では無く、総督の越山だった。体調を崩して韓国行きを取り止めたのは牽制で、北京で胡仁鍛首相との会談内容を台湾政府に報告し、今後の計画の擦り合わせと協議を隠密裏に行うのが目的だった。      
空港を経由することなく、このまま台湾総督府のヘリポートに着陸する。      
「確かに隠密活動にピッタリね・・」越山はモリの目敏さを改めて思い知る。核熱モジュールの推進力で飛んでしまうので、飛行機の形状に拘る必要が無くなる。  
「UFOって、こうやって進化していくのかしら」と、余計な事を思いながら、眼下に見える漢口の巨大な河口を眺める。越山の故郷の信濃川下流域など敵わない大きさだ。半島の河川とは言え、大陸河川であることを実感する。
黄海上空に入ると、機体は高度を上げてゆく。飛行機より若干の風切り音が認められるが、思った以上に安定している。数時間の移動時間に向いている、ヘリよりも断然いいと越山は思っていた。ベネズエラ製の機体はサンダーバード輸送機に格納されるサイズで設計されている。上空で輸送機に載ってしまえば宇宙空間を経由して遠隔地へ移動も可能だ。モリが一度試しにベネズエラへホバークラフトで帰って行った。高度8000mで輸送船に着船して、サンダーバードのブースター出力で4万mまで上昇し、宇宙空間を飛行。エクアドル手前で8000mに降下し、サンダーバードから離脱したという。いかにも男子が好みそうな移動方法だ、と聞いていて思った。70手前のモリが目を輝かせて語っているのを頬杖をついて感心したような顔をして聞いていた。      
どれ程の偉業を成し遂げようが、乗り物について語る様は少年のように顔を輝かせる人だ。周囲も慣れっこなので特に文句も言わずに頷いて聞くのが恒例でもある。
とは言え、常に新しいメカを設計・製造しているので量産化についてだけは、政府として絶えず警戒しなければならない。国家には予算というモノがあるので、何でもかんでも認める訳にはいかない。それなのに度々勝手に試作して、周囲を驚かせる。今回の宇宙空間の訓練でも、政府が承認してもいない新型の宇宙戦艦とモビルスーツがブースター装置の回収にやって来たらしい。5万m上空で輸送機で訓練中だった50名が、新型だとスマホで撮りまくってSNSに投稿したので騒ぎになった。輸送船から始まったペガサス級強襲揚陸艦から、アニメのZガンダムで使われていたアーガマ級をパスして、ガンダムUCの同種型の強襲揚陸艦を製造したらしい。「乗員の為だって」と本人は嬉しそうに言っていたが、あの喜びようからして地球にも配備するのではないか?と越山は疑っている。あんな艦と空中ですれ違ったなら、誰もが驚愕するだろうし、今までの海洋専用の戦艦と空母に警鐘を齎してしまうかもしれない。航空力学を無視したホワイトベースが、地上を滑空する様を想像すると・・アニメをどうしても思い出してしまう。
「また戦闘のバリエーションが増えるんだろうな。タニア、大変だな・・」と大統領職から開放された越山は、他人事のように笑った。    ーーー                      モリを団長とする訪韓団もホバークラフトVで ヘリポートから飛び立ち、平壌から1時間も掛からずに、ソウルの青瓦台のヘリポートにゆっくりと着陸する。空港に訪れると想定していた記者達は、無駄足を運んでしまう。何の準備もしていない大統領府に詰めていた記者達が、慌ててヘリポートへ向かった時には訪韓団は建物の中に移動した後だった。
                      中南米諸国の中には軍の基地を置かず、軍の駐屯地すらない国がある。中米ではエルサルバドル、ベリーズ、コスタリカ等だ。災害対応などで出動要請が出ると、隣国の中南米軍基地から即座に支援部隊がやってくる。
韓国もこのタイプとなる。有事の際には旧満州経済特区、チベット、台湾、フィリピンの中南米軍が対応する。自衛隊と北朝鮮の部隊が、韓国内に入ることもない。韓国軍は引続き存続し、徴兵制も継続している。しかし・・
                      「兵器も何も駐留をしないのもやはり不安です。出来れば、軍の医療施設だけでも建設のお願いをしたいのですが」
駐屯部隊を置いていない他国でも、自衛隊病院が母体となった軍立病院は配置してきた。医療後進国に対して最先端医療を提供するのが目的だった。しかし、韓国には不要だと判断し、双方合意の上で削除した。韓国の医療は極端に劣っていないからだ。この発言を発したのが、韓国厚生省の医療系次官であるのを確認して、ベネズエラのタニア外相兼国防省が発言する。        

「4月から防衛協定を始めるのに当たって、これまで協議を重ねて参りましたが驚きました。初めて伺うご発言ですね・・」         

医療施設とは言え、軍の施設なので医療品を含めて物資の供給をしなければならない。食堂用、医療従事者と入院患者の食糧も含めてだ、諸々を北朝鮮から受け入れるのを拒んだのは韓国側だったはずだ。製薬一つ、医療技術を取ってみても中南米製のものに劣るので、韓国の既存の病院との差が明らかになるのは避けたかったのだろう。実際、韓国の富裕者層は高度医療を受けるために、北朝鮮に移動して手術や治療に当たっているケースが散見されていた。それが為に「韓国内に軍立病院は置かない」と決めたのも韓国だったのだが・・

「無論、4月からは無理であるのも承知しています。これから病院の建設地の選定を始めて、派遣いただく医師の人選の問題等もありますので。今後の検討項目とさせていただきたいのですが如何でしょうか」次官が、項目に追加を求めるような発言をするので、タニアも櫻田も「話が違う」と思いながら、韓国側の大統領と大臣達の顔を見回す。しかし大臣達は能面の様になり、話題に加わろうという姿勢を見せない。 
           
「横から割り込んでしまい、申し訳ありません。それでは4月の防衛協定の開始は一旦中止にして、改めて協議を行うと言うことでいかがでしょう?私には事前協議の意味が形骸化しているように、見えてしまうのです」モリが笑いながら言うので、タニアと櫻田は背筋が凍ったかのように感じた。モリが「内心は激怒している」のが分かったからだ。     

韓国側もモリの発言を受けて、焦ったような表情に変わった。中南米軍の防衛網に与する事で、韓国の国際的な評価が高まる。中国が韓国との合弁会社の資本売却を打ち出した状況下で、中南米諸国との関係が拗れれば、中国に変わる資本家が出てこなくなる可能性も出てくる。韓国の財閥にも、そして政府にも、おいそれと用意できる金額では無い・・。              

軍立病院の話の前には、宇宙開発への韓国の参加を勝手に要求して、タニアに不可能だと突っ張られ、アンモニア駆動車両の韓国メーカーへの提供、モビルスーツ製造など、要求ばかりを掲げてきたので全て櫻田が断った。
「韓国は何か大きな勘違いをしているのではないか?」と日本連合側が懐疑的に思っている所へ、病院建設の話が出て来た。このままではモリがブチ切れるのも時間の問題だ・・タニアと櫻田が困ったような顔をして目配せした時だった。   

「モリ大統領、大変失礼いたしました。病院、医療については当初の予定通り、防衛協定の対象から外します。私共の者が差し出がましい発言をしたことをお詫び申し上げます」  
韓国大統領の、この発言で言質が取れた。「緊急時以外は韓国には何も関与しない」という日本連合側の内部方針は、これで維持された。韓国、北朝鮮、ベネズエラの公文書には「医療支援ナシ」の文言がしっかりと記載される。大統領が変わるたびに協定違反を繰り返してきた前科のある国だけに、立場を明確にしておく必要がある。モリが高圧的な牽制をして見せたのも、慰安婦問題や日本の戦後賠償に関して、度々蒸し返してきた過去があるからだ。日本連合の医療とテクノロジーを何とか手中にしたかったのだろうが、モリの発言で一撃で打破された格好となる。      
日本側の内々の意向だが、民間の支援や日本連合企業の韓国への追加進出も断ち切られる。韓国現政権が不用意な発言を繰り出した事で、信用ならない政府と日本連合によって密かに判定された。2年後の大統領選挙では、再び野党が政権を担うかもしれない・・
尚、今回の訪韓の会談でモリが発したのはこの一言のみとなる。後に韓国側は日本連合との友好的な関係を結ぶことに失敗したと悟る。
会談の翌日、議員数31名を抱える第三政党、韓国社会党の会合にモリが初めて参加し、党への更なる支援を表明する。こちらでは、タニアと櫻田以上に闊達に意見し、意欲を見せた。恰も次の選挙で第一党に躍進して政権与党になれ、とでも煽るかのように。
このモリの力の入れようから、韓国社会党で政権を握り韓国を北朝鮮と統一させるのではないか、日本連合に組み込むのではないか、という憶測や論調が韓国のマスコミで取り上げられるようになる。社会党との連立を模索してきた韓国与党と野党は、更に社会党を取り入れようと媚びを売るようになる。浅はかにもイタリア、ギリシャ、スペイン等の社会党と同じだと錯覚してしまったのかもしれない。実際、各国で第三政党や少数政党として、社会党が台頭してきている。議員数が少なくともその国で主流派となり得るのも、日本連合との強力なパイプがあるが故だ。多額の政党支援金が日本から齎されるが、これまでは宝石が現物支給された。人工宝石なのだが鑑定上は天然宝石と判定されるので、換金するとそれなりの額面となる。そこに無刻印の地球外で採取した金塊が加わる。提供元のベネズエラからすれば、原資や経費としては極めて安いものだが、幸いにも宝石類や金塊は地球上では高額品として扱われる。現物支給品を受け取った各国の社会党は、宝石類の換金先と換金額、更に政党費として費やした費用や項目を詳細に日本側へ報告する義務を背負う。もし、金品をバラ撒いたり、政党内で使途不明金が生ずれば、現物支給は即座に打ち切られる。  

韓国社会党もご多分に漏れず、資金力のある政党として知られている。企業献金も受け付けず、党として事業を何もしていなくとも、主要政党の資金を上回る。また、政党として財テクを担当する部門が備わっている。議員一人一人が投資や株取引に対する知識を得て貰うのが目的だ。どんな無能であっても議員になりさえすれば金が手に入る、と錯覚する文化が長年続いたので、政治が腐敗し 賄賂と汚職が媚びる。しかし、地頭力と分析能力が政治家に備わっていれば、インサイダー情報など無くとも、それなりに投資で成功する。企業や特定団体との癒着に依存せずとも個々が金に困らない存在になれば、自然と国民目線になり、経済界を無視した環境対策や企業税制がらみの法案を策定して、議会での成立に邁進してゆく。与党も野党も社会党の数々の提案に傾注し、賛成してゆくと、日本企業がプラントやシステムの導入を各国で始めてゆく・・という流れが日本連合の思惑なのだが、韓国に於けるプロセスは異なる。

韓国社会党は何れ消滅する。韓国社会党の議員は段階的に北朝鮮の議員として立候補して、北朝鮮で政治活動してゆく事になる。韓国だけでは疎まれるので、イギリス、アメリカでも同様に撤退に向けて動き始める。国に対する支援を断つ、という日本連合なりの意思表示だ。
モリの3男が経営するドイツ企業が買収した、製鉄会社、造船所も北朝鮮に移動し、日本企業も製造拠点は韓国内から順次撤退する。韓国を市場と見ても脆弱で、製造拠点として捉えるべきものも見あたらない。現に、旧満州経済特区の方が魅力的と受け止められているので撤退は自明の理でもある。   
中南米軍が、防衛協定を締結している国は数多くあれど、駐留コストが全く掛からない国もそれなりに有る。韓国にしても、もはや攻め込む国は考えられないので配置をしない。       
しかも、経済的な支援は不要と見なして、関与を限定的なものに留めてしまう。     
闇雲に関係国を増やす必要は無い。ベネズエラにも限界はある。選択と集中を始める時期に差し掛かってきたのだ。支援協力体制を減らす国もあれば、新たにテコ入れする国も自然と出てくる。
ーーー                      スービック市役所でスーザンとスザンヌ、サムスナー家の姉妹が、フィリピンのパスポートを受領する。引率のアユ・平良・コナーズ、実態はモリ・アユミの元に、姉妹が新しいパスポートの写真を見せあいながらやって来る。スペイン統治時代の歴史を持つ者同士だけあって、姉妹はフィリピンの人々の中に居ても違和感が無い。Rs社製の白シャツにチノパン姿と、彼女達の夫と同じ出で立ちなので、階層的にも不明感を醸し出している。足元にはモリの好きなスニーカーを履いている。それでもモデル経験者だけに男達の視線は自然に集めてしまう。こればかりは避けようがないなと姉妹を見るアユミ本人が苦笑いする。   

3ヶ月後の5月中旬に、フィリピンの大統領・副大統領選挙が行われる。ルソン島のスービック市、オロンガポ市の上院下院議員選出の選挙も同時に行われるのだが、その下院選に昨年末に、居住先変更したベネズエラ政府の元報道官と元秘書官のこの姉妹が立候補する。上院にはアユミ・コナーズとしてのモリ・ホタルと翔子・イグレシアスの2人が、下院にプレアデス運輸社長の志木が立候補する。この5人の議員で同一会派を組んで選挙戦に臨み、もし当選すればフィリピン議会で「社会党」の設立を計画している。     
スービック海軍基地とクラーク空軍基地が中南米軍基地となり、宇宙進出の拠点都市として再開発が進められている中で、同エリアの選出議員としてフィリピン政界にフィリピン国籍を持つ日本人とベネズエラ人が進出する・・。 
  
「あれれ。潜水艦と漁船が衝突だって・・」市役所のテレビにニュース速報が入り、スザンヌが勉強したタガログ語表記を早速、英訳する。姉「えっ、どこの潜水艦だって?」スーザンが問い掛ける。姉はまだタガログ語をマスター出来ていない。  

「グアムの米軍と中国のマグロ漁船だってさ。1隻、傾いて沈没したって言ってるね・・」アユミが言うと、姉妹は1瞬ホッとしたような顔をする。中南米軍とフィリピンであれば選挙前なので厄介な事になり兼ねない。この時点ではニュース速報なので、事件の詳細までは分からなかった。

隣のオロンガポ市内の再開発の視察に訪れていたヴェロニカと彩乃が、スービックの家に帰ると、フィリピン国営放送のニュースを全員が見ていた。
買い物してきた食料品を冷蔵庫に仕舞って、テレビの前に戻ると、銃撃されたような痕のある漁船が映し出されている。「何よ、これ。銃弾の跡?」彩乃が振り向くと、叔母の志乃が説明を始める。

グアム沖でキハダマグロの群れを追っていた中国漁船が、グアムの領海内に入って捕獲操業をしていた。外洋訓練から帰投してきたグアムを母港とする米海軍の第7艦隊の原子力潜水艦が、グアムの領海内に到着したと判断して、ゆっくりと浮上し始めた過程で、漁をしていたマグロ漁船の網に引っ掛かった。タイミングの悪いことに引き上げ中だったと言う。3隻の内1隻が、潜水艦に網を引かれて傾いていたところへ高い波が押し寄せて横転し、沈没してしまった。米海軍の連絡を受けてグアム海上保安庁のヘリが海域に現われると、残ッタ2隻の漁船から、ライフルを取り出した漁師が威嚇射撃をしてきたという。       
グアム政府は米軍に対応を求めて、アンドリュース空軍基地からヘリ2機が追加支援に向かった。今度は米軍だと名乗って、漁を止めて海域から離脱するように警告すると、漁師はヘリにライフルを向けて威嚇する態度を取った。米軍ヘリとグアムの海保ヘリから撮影した映像も残っている。確かに銃口をヘリに向けている。何回か警告して、大型漁船への着艦を認めようともしないので、米軍ヘリから威嚇射撃を行うと、漁船の人物はヘリに向けて発泡してきた。ヘリに銃弾が当たる音がして、ヘリは高度を上げて退避行動を取った。「乗員救出」という発想がその海域では見られない・・・。                  中国政府は、グアムの経済水域でも水産海域でもない、公海上での接触事故だと主張し、アメリカ軍を非難した。米国政府は中国側に見舞いの言葉を述べた上で、明らかにグアム領海内での事故であり、潜水艦は網に引っ掛かったのであって、沈んだ中国漁船には一切接触していない。網に過度の張力が生じれば、網を牽引する装置も外れるなりの措置がされるはずだが、網が外れずに船体が傾いた。そこに横波なのか、積み荷が崩れたかなどの不運が重なったと主張していた。    

沈没した船の海域は2000m程の深さがあるが、深海底艦が故障のため潜れない。ハワイの探査ロボットを至急事故海域に向かわせていると言う。 

「陸海両用のアトラスか、海洋モビルアーマーなら、引き上げなんて直ぐでしょう? 手伝って上げられないの?」ヴェロニカが素朴な疑問を言うと、この場では最も大臣経験歴の有る幸乃が応える。                
「要請が来てからの判断になるね。このまま双方の言い分が異なる場にいきなり入って行くと、返って揉める原因になるかもしれない。国際司法裁判所とか、国連の調査委員会とか、中立な立場が取れる機関に入って貰った方が、安心よね・・」

「でも、人名優先でしょう?」       

「沈船の中に空気の層が出来ていても、深海になればなるだけ、水圧で圧されて空気が船の外に漏れ出てしまう。 潜水艦みたいに密封性が高い部屋があれば別だけど、漁船にはそういう部屋や空間はないから・・」  つまり、船内に留まれば、今回の水深では助からない・・幸乃はそう言いたいのだろう。       

「中国とアメリカって言う組合せも、なんか避けたくなりますね・・」
翔子は中国の研究所が保管していたウィルスが米国で拡がった、あの8年前以来の米中対立ではないか?と、思い返していた。 先生が、あの人が中国へ渡るきっかけとなった事件以来ではないかと。         
ーーー                     「先生、動くでしょうか・・」
杜 里子外相が官邸の会議室で官房長官に擦り寄ってくる。里子さんも同じ事を考えちゃうよね、と鮎も思う。  モリなら動くだろうと、閣僚達の何人かも想像しているかもしれない。深海に沈んだ船舶を簡単に引き上げられる国は、ベネズエラだけなのだから。     

8年前、あの時は中国救済に動いたので、今回はアメリカへ・・とバランスを取るハズもない。それに、もう他国や世界機関にモリを盗られる心配もない。現職の大統領で、しかも中南米諸国の首長達が終身大統領として、彼の地に半永久的に梗塞しようとしている・・とも噂されている。 

米国大使館が、前駐米大使の山下経産大臣に面会要請をしてきたのも、恐らく沈船の引き揚げの要請だろう。山下智恵からは、アメリカ大使が面会の要請をしてきたとモリに伝達済だ・・。   

「まず、タニアさんが会見の場で引き揚げの協力をしますって、表明するのかな・・自分では言わないような気がするな」          

「なるほど・・。でも、グアム沖で米中の衝突事件って・・あるものですね、こんな時だからこそ再現してしまうのって、一体何でしょうね・・」        

「流石に、漁船と潜水艦っていう組合せがね・・キハダマグロは逃げ遂せたのかしら・・あ、大臣。もし、海自の潜水艦だったら、このケースに遭遇した場合、回避できたんでしょうか?」 鮎が右隣の防衛大臣に聞くと、大きく頷いて話し始めた。        

「モリさんと私が高校生の頃ですから・・官房長官は小学生くらいでしたかね。浦賀水道で訓練帰りの潜水艦が、民間船と接触事故を起こしまして・・あれは浮上航行時の事故でした。また、私が海自にいた頃ですが、あれは21世紀になっていたと思いますが、ハワイ沖で水産高校の訓練船に緊急浮上してきた米軍の原潜が衝突して、大惨事になりました」    

「最初がなだしお事件、次が・・えひめ丸、でしたっけ?」・・なだしお事件の時は、もう蛍が生まれてたけどね・・。           

「ええ、そうです。よくご存知で・・特にえひめ丸のような事故は起こりうるとモリさんは考えておられてました。21年に足摺岬で潜水艦のソナーの死角に民間船が入ってしまって、接触事故を起こしました。今では潜水艦の行動は全て衛星で追っています。特に日本の基地に帰投時ですが、潜水艦が水面に浮上するタイミングに合わせて、海自の戦闘機とフライングユニットのペアが上空で待機して、周囲を監視、確認します。艦が完全に浮上してしまうと通信機能が使えますから、フライングユニットの指揮権発動を戦闘機から潜水艦に移譲します。これで空から潜水艦の周囲の状況を2重、3重にレーダー監視と空からの360度映像配信が可能となります。それに水中移動時には海洋型モビルアーマーが護衛で同行しているので、水面下でも2つのソナーでダブルチェック出来るようになりました」防衛大臣が胸を張る。 

「それは知りませんでした・・」鮎が呆けたような顔をする。里子も驚いた顔をしている。「どうして、アレもこれも 考えてしまうのだろう、あの男は」とでも言いたそうな顔だ。      

「ベネズエラ外相、国防相がソウルで緊急会見を行います!」総理府の役人が部屋へ入ってきた。鮎と里子が顔を見合わせて笑う。

映像が韓国の放送局に変わった。紺のスーツを纏ったタニアが、グレーで同じようなデザインのスーツを着た北朝鮮の櫻田副総督と並んで居る。前職が被るのでアジア人記者の対応で補助役で出てきたのだろう。映える2人だった。

「会談中で対応が遅くなりました。グアム沖の漁船の転覆事故ですが、フィリピンに駐留している哨戒機4機と153機の無人ジェット機を、先行発進させました。また、ニューカレドニアに駐留している潜水空母2隻・・うち1隻は海軍大佐とクルーが乗船しており、グアム政府、米軍と事故現場での救援活動の指示を仰ぎます。1隻は無人艦です。潜水艦に海洋型モビルアーマー3機が潜水艦と共に出港準備に取り掛かりました。    
米軍には連絡済ですが、哨戒機の到着が間もなくとなります。頭上から遭難者の発見に全力を挙げます。モビルアーマーは1時間後、潜水艦は2時間以内に現場海域に到達します。先行して沈船の周囲を映像と写真に収めて地上の米軍に転送します。船の状況が分かり次第、沈船の引き上げ作業を行います。本日中にはグアムまで曳航可能と考えております」タニアが淡々とメモを英語で読み上げ、隣で櫻田がドヤ顔で居る。まるでこの部隊を揃えたのは私よ!とでも言いたそうな顔だ。 
 
「あの子らしいわね・・」テレビを見ながら鮎がため息をつくと、里子が笑った。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?