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(8) 敗者復活、再生が当たり前の社会へ


 ハンドルを握りながら、大いに感心していた。ロングライフと銘打つだけの事はある。4WDモノコック構造とは言え、ミシリともしない。この辺がシャーシやダンパーがしっかりしていない最大手のEV社とは違う、と思った。慌てて買うのではなかった。しかし、この車は2万ドルだ。テス・を下取りに出せば、賄えてしまうのではないか。お釣りも出るだろう・・

あらゆる意味で、EV最大手メーカーの対局にある車両だった。
誰がこの逆転ストーリーを描いたのか?経済新聞の記者として、取材を続けていた。ソフトウェア開発の責任者であるゴードンを捕まえて、色々と話を聞いていたら、戦略の概要が薄っすらと見え始めてきた。
ゴードンにすれば、この記者の質問が的を射ているのでペラペラと喋ってしまったが、彼が経済紙の記者だと知った後は、接触を避けていた。
しかし、知能ある人間には推測など,お手の物だ。それに「 〜と考えられる」「 〜ではなかろうか」という文体を多用すれば良い。

翌朝の Wa// Street Jornal一面の下部に記者の記事が大きく出た。
二日酔いのまま 記事を読んでいたモリは、大したものだと思った。

「・・という具合に、画期的なコンセプトを掲げてミ・ビシが業界へ殴り込んできた。

この新車を発表されるまでの間何が起こっていたのか、近い将来を色々と想像してみた。私がモリ氏だったならばと。
まず、ミ・ビシとニ・サン、ル・ーのグループ企業の株を、それぞれ所有するだろう。そして爆発的にこの車が売れると、車載用OSを求める自動車メーカーがプルシアンブルーに近づいてくるだろう。EV車を持っていない企業、高額なEV車のみ持っている企業は、軒並み株価が下がっているはずだ。モリ氏はOSを供給する企業と、傘下に収めたい企業の株を買うだろう。前者は値上がり後の株売却の為、後者はブランドを手に入れるためだ。
モリ氏とプルシアンブルーは、有能なテストドライバーの居る自動車会社と契約を交わし、プログラム開発を次々と請け負ってゆく。このようにして、何社かと契約を交わしていきながら、OSのバリエーションが増える。セダン用、ミニバン用と車種毎の特徴も掴みながら、自動運転プログラムを完成させるだろう。
当然、プルシアンブルーのOSへ対抗して、各社も打って出て来るだろう。いずれWindowsとMacOSか iOSとAndoroidと同じような図式になるのではなかろうか。しかし、プルシアンブルーOSの価格は絶対的に安いというのを忘れてはならない。決してチャチなソフトウエアではない。セキュリティ対策も備わった堅牢なシステムを他社が作ると、価格は幾らのものが出来上がるだろう・・やはりプルシアンブルーの着眼点は侮れないものがある。
将来的にはブランド力のある企業だけが生き残り、契約出来ない会社は存続を余儀なくされる。気が付いた時にはプルシアンブルーOSは市場を席巻しており、プルシアンブルーは大手IT企業として君臨しているかもしれない。もし私が経営者であれば、成長の過程で幾つかの自動車会社を傘下に入れて、巨大自動車メーカーのグループを作り上げてゆくだろう。
私ならば、日独連合を築き上げる。低価格路線と高級車の2本立てだ」

紙面の字数が限られてる割には、随分とポイントを抑えているなと思った。
確かにこの記事の通りになれば嬉しいのだが、未来がどうなるかは誰にも分からない。”一寸先は闇” 表向きはそう言わねばならない、謙虚な気持ちを持ち続けるのが、何よりも必要だ。

朝食を食べに階下のレストランへ降りてゆくと、娘達は食べ終わって部屋へ戻るところだった。「じゃあね、私達はワシントンに帰るから」あゆみと彩乃が立ち止まる。
「ああ、気をつけてな。また富山に行くよ。未来さん、頼んだよ」彩乃の頭を撫でながら言う。ここで会えて良かったと、後ろ姿を見送る。彩乃が何度も何度も振り返りながら、手を振った。

朝食はバイキングになっていて、メーカーの人やモータージャーナリストが食事をしていた。プレートを持って食べるものを取ってゆくと、「モリさん」と声を掛けられる。横を向くと「Wa// Street Jornalのサムスナーと申します」と言う。「ああ、先程記事を拝見しました」
「光栄です、食事をご一緒しても宜しいですか?」「いいですよ」と言うことになった。

ーーーー

ワシントンでの日米首脳の記者会見を見て、各国の首脳は様々な反応をしていた。結局、モリが後日単独で会うことになりそうだ。どんな話をお互いでするのだろうと考えていた。

イランと北朝鮮は制裁解除となるのを願い、ウクライナは疑惑の穴埋め策を講じて欲しい、モリがどうやって要求に応じてくれるか、案じていた。

台湾に居る劉岱山は、アメリカ食品企業の株を買ったという下りに興味を示していた。福建省の孫権知事は、ここは中国共産党の対応策を協議するだろうと考えていた。
中国政府は、アメリカは香港を共に守ろうと、モリをけしかけるのではないか、と見ていた。ロシアは平和条約締結と北方四島返還の同意に関し、日本側の報告を求めると見ていた。返還後はどんな世界を考えているのだ?と。

大統領室に日本分析官のアルテイシアが呼ばれていた。

「君がモリ一行をモスクワでもてなしてくれると聞いている」

「はい、閣下が北海道に滞在されますので。3日後のモスクワで、モリ一行と合流します。その後エカテリンブルクで、ウクライナから輸送されてきた牛とジャガイモや穀物をシベリア鉄道に乗せて、ウラジオストックへ送り出します。エカテリンブルクから日本の輸送機に乗って、北海道へ参ります」

「宜しく頼む。そのモリだが、アメリカ大統領と会うことになったようだ。道中、どのような話をしたのか聞き出して欲しい。ただ、モリがアメリカの食品株を買ったと記者が言った下りを、私は気になっているんだ」

「私もそう思いました。株式の売買を記者が知るのは不自然です。アメリカ政府から記者にリークされた情報ではないかと考えています」

「つまり、アメリカがモリを是が非でも捕まえようとしている。君もそう思ったのかな?」

「はい、その通りです。モリはアメリカ政府とは会うつもりがはじめから無かったのかもしれません。それでモリにその気が無いと悟ったアメリカが、記者会見を利用して、モリの囲い込みを画策したのではないでしょうか」

「モリと会って、何を話すと思う?」

「私は彼にとても興味を抱いています。中国の日本分析官もですが、恐らく大抵の人間が彼との関係を欲するでしょう。米国でも、東アジアでの成果に対するモリの評価は高いはずです。何より、中国とイランを封じ込めようと意気込んでいたアメリカが、モリによってその野望を挫かれたのです・・
恐らく、定期的な会談を要求するはずです。モリにこれ以上勝手な事をさせたくないですし、出来れば監視下に置きたいくらいに思っているでしょう。それでも、モリを止めることなど、出来っこないのですが」

「興味を抱いているのは政治家のモリかね、それとも一人の男性として?」

「閣下、私には夫がおります・・」

「失礼、マナー違反だった。でも君が言う通り、アメリカがモリを欲するのは間違いないだろう。モリに媚びる様なこともするかもしれない。そうならば、我が国としては日本とのビジネスを矢継ぎ早に行い、中国とアメリカと組んだ時以上の実績を上げなければならないと考えている。何しろ決定している事業規模で言えば、アメリカ・中国に勝るのだから」

「賢明なご判断だと思います。彼の今後のロシアでの滞在時間を少しでも伸ばす事が、ロシアの為になります。何しろ、アイディアが無尽蔵に湧いてくる人ですから」

「なるほど・・君なら彼をロシアの何処へ連れてゆく?モリが興味を示す都市、地方と言ったら、何処が手っ取り早いだろう?」

「僭越ながら・・カムチャッカ半島、カラフト、シベリア全域ではないかと考えます」

「君は大変面白い発想の持ち主だ。偶然に遭遇して驚いたよ、私も同じ考えなんだ・・」 大統領が笑った。

ーーーー

NYを出て、ボストンを目指していた。前を走るPajeroをウレタが運転し、サチと樹里が撮影している。こちらはお気に入りとなったZeroを運転していた。助手席に杏が居るが、昨夜部屋に忍び込んで来たので、とっちめてやった。それで今はシートを倒してお昼寝中だ。
今夜は、5人でメジャーリーグのナイターを見に行くのだが、試合を見に行く前に少し仮眠を取らないと持たないと思っていた。今もハンドルを握りながら、コーラを飲んで眠気を散らしていた。

こうしてPajero2を見ていると、アメリカではちょっと小さいと思う。やはり本格SUVは必要だろう。ただ、問題はバッテリーだった。今のリチウム電池は水溶性だ。冬季になると電池のパワーも落ちる。「固定電池」をセラミックコンデンサを得意とする部品メーカーが開発中だが、実用まではまだ数年先となるだろう。それを待つか、それとも従来のリチウム電池のままで行くか判断に迷う。親会社が持っているHVモデルを先行販売させるというのも手だが、それではプルシアンブルーの出番がなくなる。まぁその分は、他のメーカーの車種の開発をしていればいいのだが。

今朝、朝食でWSJの記者と話をしていて、面白かったのはテ・ラを下取りに出して、Pajeroを買うと言う話だった。大枚はたいて買った車は今なら高価下取りが出来る。Pajeroをフル装備で買っても、金が余るだろうという。恐らく同じ事を考える連中は増えるだろうと。
そもそも、直進のみの車で、ワインディングでは向かないし、耐久性という観点では劣るのだと言う。Pajeroの登場でEV中古車が値崩れするのは間違いない、だから早い者勝ち、今の内だと言う。
テ・ラを知らないどころか、そもそもデザインが嫌いなので眼中に無かった。「そういうものですか、知りませんでした」と曖昧に応じていた。

「ところで記事をご覧になったとおっしゃってましたね。私の読みはどこまで的を射ていたのでしょう?」

「そうですね、合っている所もありましたし、異なる所もありました。それに、政治家になって改めて分かったのですが、国際的な問題や競争はどんな結果が出るのか分からないものですね。OSといっても、車はPCとは別物ですから、スマホのOSとは同じようにならないでしょう」

「なるほど・・では、ゴードンさんとチームの皆さんが今朝の一便でバンコクへ行かれました。チームのある方から伺ったのですが、再び、ある日本の自動車を復活させるのだ、と伺いました」

誰だ、口の軽いヤツは・・もう、仕方が無いか・・「そうです。トラックやバスが主流の会社です。タイの工場ではピックアップ車やSUVを製造していたんです。東南アジアが商圏でした」

「復活させようと考えた理由を伺っても宜しいですか?」

「私が子供の頃はラ・ボルギーニ、フ・ラーリ、ポルシ・といった車が流行りました、40年前だったと思います。子供ですので当然デザインなんです、惹かれていたのは。
一番好きなのはランチ・ー社のストラトスでした。プラモデルを作って、ずっと眺めてました。どうしてランチャは復活させないんだろうと長年思っていたら、イギリスのガレージワークをしている会社がハンドメイドで作りました。値段は高いのでとても手が出ませんが、羨ましいと思ったんです。「こうやって夢を叶える方法もあるんだな」と。
子供の頃、日本車のデザインは目を引かないものばかりでした。だから、海外の高額な車に惹かれていたのでしょう。ただ、ある会社だけがジ・ジアーロデザインで車作りをしていました。デザインだけで中身は大した事ないと親は言ってましたが、運転資格の無い子供は、そのデザインには惹かれたんです」

「なるほど、それでGEMINIなんですね・・」

「ミ・ビシも五十鈴もそうですが、日本の乗用車企業としては負け組の扱いです。五十鈴は乗用車からいち早く撤退し、トラックメーカーとしての道を選択しました。・ツビシはデザインが致命的な方向に進んでいます。しかし負けたままでは折角の人材が埋もれてしまうと思いまして、もったいないと。今はEVのご時世なんだから、復活のチャンスがあってもいいのではないかと思ったんです。ストラトスが、ポンと外野の力を借りて出てきたように」

「いい話ですね。私はSAABに復活してほしいですなぁ・・」

「いいですね。あのデザインのままなら私も欲しい」

「いっその事、ブランドごと買ってしまわれるのはどうでしょう?」

「いやいや、そういう意味ではなくてですね・・」

「・・残念です。では最後に一つだけ。手に入れたい自動車メーカーはありますか?」

「あなたが株で儲けようと考えてるのなら、私は口を閉ざさなければなりません。困りましたね・・でも正直に言えば・・あります、手に入れたいブランドが。いずれにしても先の話ですから、どうなるかは分かりませんが」

「これは、どうも。ご回答ありがとうございました」・・

不思議な御仁だった。でも日本の記者とはやはり違う。一匹狼的な雰囲気がある。どの新聞社でも生き延びてゆくのだろう。やはりアメリカだと思う。

日本で幾ら営業成績が良くても、アメリカでは「並」だった。最後は根性で這い上がったが、それだけレベルが高かったのだ。給料がいい会社が見つかれば気軽にJobHoppingしていくし、メンバーも流動的だったが、とても刺激的な時代だった・・

「いまどの辺?」杏が起きた。

「1時間位かな・・あ、前の車が休憩するようだ、ドライバー交代かな?」

「ホテルの場所は分かってるだろうから、このまま行っちゃいましょう」

「え?」

「いいからいいから、後で何とかするから。さぁ、ボストン目指してレッツゴー!」 ・・女って、本当に怖いと思う。

ーーーー

その時、大阪の伊丹空港で大量の太陽光パネルを積んだC2が、インドネシアに向けて飛び立った。大阪のメーカーの新作パネルで、中国や韓国企業の仕様に追いついた製品だった。
北前新党が大量発注をしたこともあり、価格面も折り合いがついた。何しろ昨年の売上の5倍の発注で、今後も継続してオーダーが発生する。
仕入れた側も、納入した側も初回生産ロットに注目していた。これで もしポカでも出れば、日本の太陽光パネルの将来はなくなってしまう。メーカーには悲壮な覚悟で出荷前の検査に当たっていた。何せ海外納入でもある。不具合でも生じようものなら、すっ飛んで行かねばならないハメになる。

今回何故、C2でなければならなかったのか?それは帰りにバンコクで車を積んで、首脳会談をやっている北海道へ、運ぶ必要があった。

その頃、幸乃と志乃の姉妹は京都駅に降り立った。
実家に寄るのと、市内の電子部品メーカーに顔を出して固定電池の開発進捗状況を聞き、その足で大阪の電機メーカーの工場へ向かい、太陽光パネル生産の視察と、今後の安定供給のお願いをする。
明日は関空から直行便でバリ島へ飛ぶ。
インドネシア行きは、岐阜と愛知の北前新党の議員と経産省の役人達も一緒なのだが、バリのホテルで現地集合としていた。

まずは、この固定電池が鍵となる。いつ頃商用化となるかが重要だった。車両搭載が難しいようなら、せめて、太陽光発電の充電ボックスとして使えるようになると、余剰電力を蓄える事も出来る。

なんで、医学部と経済学部卒の姉妹が担当しなくちゃいけないんだろう?と愚痴をこぼしながら、受付で入館の手続きをしていた。

京都は故郷だけではない。2人の選挙区だという大事な事実を、すっかり忘れていた。

(つづく)

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