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(11) 中南米諸国連合 海面上昇に挑む、 ついでに MSと交戦してみる。


  総てが段取り良く、スムーズに進んでいく・・はずも無かった。                長年に渡って享受している既得権益を、彼らが簡単に手放すはずも無い。 例え 倫理的なものではなく、過去の栄光に縋るような、嘗ての 名残りにすぎないものでしかなくとも。 ヒトにとって都合が良く、身勝手極まりない、旧世代のノスタルジーに浸りたがる。「あの頃は、良かった」と。
これまでの長い月日で 大国から供給される資金を使い、同時に大国の利権をそれなりに提供してきた南太平洋の諸島国家が、突然「自立します」と言い出したところで、 「分かりました。頑張って下さい」と簡単に認められるはずも無い。互いのこれまでの関係を総て精算し、今後は中南米諸国や日本の支援を仰ぐと言えば「どうぞ、どうぞ、それではお達者で」と、快く送り出してはくれないだろう。それでも自立可能なプランが纏まり、独立するに相応しい状況が整ってくると、間接的な影響を懸念し、危惧する国が出て来る。ハワイ、グアム、サイパン、サモア等に拠点を持つ、米国だ。あの手この手で自国の利権を守ろうと画策を計り出す。            「ニューカレドニアがフランスから独立し、フィジーやトンガが英国連邦を脱退するのは、時代の流れから言っても仕方がない」と、容認する姿勢を見せ、「自由の国アメリカ」をさり気なくアピールする。しかし実態は上手くは行かない。上辺の姿勢を見せて、大きな変革を許容しないのが国連常任理事国のやり口だ。 
「長年に渡って 南太平洋諸国を援助し続け、太平洋の我らが拠点、ハワイやグアムの成長を担ってきた我が国に、今後は万事お任せください」と、ハワイの州知事や第7艦隊の司令達が南太平洋の各国を訪問し始める。フランスとイギリスの一定の権益を守りつつも、中南米軍やベネズエラの現状の支援と同じ内容をアメリカが担いましょうと、体のいい姿勢を見せる。    国連時代に何度も見た光景だった。右傾政治家に得てして見られる傾向なのだが、ハズレくじの役割分担でも仲間うちでしているのだろうか、それとも、実は政治家自身に本当に見識が無いのか、多分、後者なのだろうが、不用意に軽率な発言をする輩が極めて多い。自分の目で見ても本質を判断できず、自分にとっては都合の良い、特定のカテゴリーの意見を鵜呑みにして、直ぐに見透かされる発言を、したり顔で口にする。例えば「ニューカレドニア、ソロモン諸島等の南太平洋から、中南米諸国、ベネズエラを追い出せ」と共和党の党としての方針が密かに出ていた。その方針を受けて、共和党の政治家が、実態を考慮もせずに2枚舌で話を繕ってゆく。後で現場がどうなろうが先遣隊には関係ない。やったフリ、交渉をした経緯だけが本人の手元に残れば、それで良い。所詮、縁もゆかりもない太平洋の小さな島国だ。被害を被るのは、現地で対応する担当者達であり、その島で居住する人々なのだが、政治家同士で勝手に決めてしまうので、結果的には何も変わらず、場合によっては、状況が一層悪化してしまう。
コロコロ首相を変えて、事態をひたすら悪化させていた頃の日本によく似ている。時間を経る毎に、アメリカの南太平洋諸国への関与に不満が高まってゆく。「人々から高い評価を得たベネズエラ」を追い出すのだから、その後を担う立場のアメリカへの要求が、より高いものになるのは自明の理なのだが、残念な事に共和党右派には状況判断能力が欠如していた。「アメリカは凄い国だ」「超大国アメリカの応対が、悪い筈がない」と信じ切っている。島の状況を、ホンの僅かでも結構だ、理解しているのか?と首を傾げるような対応が取られてゆく。一方のベネズエラは即時撤退の準備を整えていた。アメリカ領土への波及を食い止めるために、余所者のベネズエラにこれ以上好き勝手にやらせてたまるか、というロジックに行き着く可能性は事前に想定していたからだ。南太平洋の諸島国家にすれば、独立を認めて 経済的にも保護してくれるのならば、どこであろうと有り難く思ってしまう。嘗ての超大国の政治家の甘言に騙され、同意してしまう。ハワイやグアムに拠点あるアメリカならば、距離的にも近く、問題は無いだろうと拙速に判断してしまう。
中南米軍も暫定措置であるとの認識を持ちながら、ここまで対応していた。現時点で唯一防衛協定を結しているバヌアツ共和国へ、中南米軍は足早に撤収してゆく。「アメリカのお手並み拝見しよう」と笑みを浮かべながら。 アメリカ、英仏には、このベネズエラの潔さは拍子抜けとなる。何の反論もせずに実にあっさりと、中南米軍が撤退してゆく。それと同時にその日から様々な負債が積み上がってゆく。「中南米軍と同じ支援をする」と明言してしまったアメリカは、急遽 食料品からガソリンを供給し、隕石は撃ち落とせないにせよ、駐留軍をグアム・ハワイから派遣して、体裁を何とか整えてゆく。「中南米軍がここで何をしていたのか?」事前検証・リサーチ活動など、十分に実施している時間も無いまま支援活動を始めてゆく。グアム・サイパン、ハワイへの供給を行っている海運、空輸会社と食料会社に、ニューカレドニア、ソロモン諸島、フィジー等への供給を要請する。まず、要請を受けた会社が即日の内に食料供給が出来るはずもない。いきなりスーパーの棚に商品が並ばないようになり、ガソリン販売量には制限が課せられてゆく・・          
中南米諸国の現行の生活水準に、疲弊したアメリカ経済が追い付けるはずもなかった。国内経済が凋落し、インフレが進行している最中に、本土から離れた、遠方の国々へ援助や資金提供するのは、そもそもがお門違いだったと後々になって気付くのがアメリカだ。完璧な仕事ができた試しが無い。  ニューカレドニア、フィジーの物価がグアム・サイパン、ハワイよりも高くなる。以前の物価以上に酷く「過去最悪」と形容されてしまう。米国の業者にとって、フィジーもニューカレドニアも新規の配送先となる。人件費が決して安くはない賃金体系の国では、新規に輸送手段と人材を確保を行えば、それだけ経費とコストが跳ね上がる。配送業者の経営者から見れば、アメリカが経済的に困窮している現状と、もし独立ともなると、アメリカが引き続きビジネス的に関与するのは難しいだろうと考える。業者は短期案件として捉えて、しっかり利潤を確保しようとするので・・安くできる訳がない。「物価を下げろ!中南米軍に頼め!」と言う声が島民の間で次第に高まると、唯でさえ評判の悪いアメリカの食料品の、最安値の食料品が支給されるようになってゆく。品質重視のベネズエラを追い出すのなら、追い出す為のそれなりのロジックが必要なのだが、今の凋落したアメリカに、期待する方が間違いだったと、諸島国家の政治家達も誤りに気付いてゆく。
日々赤字だけが積み上がってゆく。アメリカ議会は南太平洋向けの特別予算を計上し、背に腹は代えられないと議員一人一人に法案を承認するように説得してゆく。米国議会の状況は上院下院の新社会党議員から、ベネズエラと日本に情報が齎される。マイナス成長に転換したアメリカ経済の状況では、南太平洋諸国への対策費だけで日々5千万ドルの赤字が積み上がると言う。1億ドルの間違いではないか?だとベネズエラ政府はほくそ笑み、アメリカの凋落の原因を新たに増やすことに成功したと、成果を喜んだ。
                                  その一方で、今度は場所を変えて、ベネズエラが新たな牽制球を投げ始める。エリア的にパプアニューギニアやオセアニア寄りの南太平洋西部地域で展開していたベネズエラが、今度は南米寄り、東側エリアのキリバス共和国、ツバルの2カ国に、櫻田首相と、モリ次期大統領の2人が表敬訪問を行っていた。                             モリが動いて北欧、南欧、ASEANが騒ぎになったのは記憶に新しい。何をしに行くのか?と、マスコミ記者達も引率部隊のように集まってくる。エジプトに国連から派遣されているボクシッチ夫妻も、国連の職員として同行して貰う。年内で国連を辞めて、2040年からは櫻田の後任として ベネズエラ首相と外相・国防相へ、夫妻の就任が確定している。エジプト紛争後、議会が順調に進み始めたので時間を貰って、嘗ての事務総長への随行のように、国連の環境チームの研究者や科学者を引き連れて、2カ国で海洋上昇による土壌侵食がそこかしこで起きている様を調査し、視察してゆく。予め、ユーリ環境大臣がプレアデス社の環境分析班を引き連れて、キリバスとツバル両国で事前調査を行い、対策の原案を講じていた。国連チームは客観的な視点でベネズエラの提案内容を検証、検討してゆく。地球温暖化に伴って両極の氷が減少し、海面上昇が進んだ。脱化石燃料、CO2排出抑制が地球全体の目標は達成したので、CO2の増加には一定の歯止めは掛かった。しかし、いまだ大気温度も海洋温度も高止まりしたに過ぎず、水面は下がっていなかった。 ベネズエラ政府は、カリブ海に浮かぶ2島の無人島をキリバス共和国とツバルに提供し、キリバス12万人ツバル 1,2万人の家屋を建設すると、櫻田首相が発言する。移住先を単に提供するという話だけではなかった。ベネズエラは南太平洋の島々を放棄しようとは考えていなかった。「いつの日か、地球の海水面を下げてみせます」と櫻田が豪語するので、記者たちは驚いた。 人工的な3重の砦で岩礁を覆い、海水面よりも1m低い陸地を創出する。キリバスとツバルの島々は小さいので、これが物理的に可能だった。海水をポンプで常時吐き出すのだが、その際に海水浄化システムと二酸化炭素濾過フィルターを経由して、浄水と塩の確保をし、海水中から取り出した二酸化炭素でアンモニア生成を行う。不純物の極めて少ない海水なので、食用の塩としての精度も良く、浄水と食塩は良質な商品となる。     
小型の火力発電所では、製造されたアンモニアを燃焼して タービンを回す。小さな諸島国家の水と電気を自給自足出来る体制に変えてゆく。    「ベネズエラと日本連合は、地球の海水面を必ずや下げてみせます・・。」櫻田首相が勇ましい話をキリバス首相に何度も言うので、ボクシッチ夫妻と国連のスタッフ達は苦笑いするしかなかった。 キリバスとツバルが英国連邦から離脱し、中南米諸国連合に加わると両国政府が同タイミングで発表する。「オーストラリア政府にはこれまでお世話になりました。改めて心から謝意を表させて頂きます。ありがとうございました。我々は、今後はベネズエラ、中南米諸国の皆さんの土地と資本を借りて、自分達の島と国を守ってゆく決断を致しました・・」キリバスとツバルの首相が、同じような声明文を読み上げた。      
首脳同士が会談している間に、既に水没している岩礁地帯を対象とした工事が、テスト的に始まる。モビルスーツが巨大なスコップで珊瑚を掘り起こし、周囲のブロック部一帯から生物を保護してゆく。溝が出来ると輸送船に積まれた3層式チタニウム合金製の3mの壁を降ろして、浅瀬の海底に埋め込んでゆく。このチタン製の囲いを「ウォール」と呼んでいた。岩礁がウォールで囲まれると、太陽光発電パネルとモーターのセットで海水の排出から始める。モビルスーツの迅速な作業により僅か1日で、岩礁が次第に陽射しに晒されるようになってゆく。                   「実験は予測通りの成果を挙げました。海水排出の作業工程に、今後は浄水システムとCO2除去システムが加わります。キリバスとツバルは助かるかもしれません!」ニュース番組のキャスターが嬉しそうに伝える。     国連の環境チームの代表者が、今回のプロジェクトがまだ試行的なものだと断わりながらも、興奮冷めやらぬ表情で語る。「シミュレーション通りの、完全な計画となりました。月面で採掘したチタンをふんだんに使って、この形状のブロックに加工し、周囲に敷き詰めました。作業効率も、水陸両用モビルスーツの投入で図らずも、僅か半日で完成しました。サンゴはベネズエラに運び、水族館の水槽内で使いますが、今後はカリブ海の島々に移植して参ります。実験はこれで終わりではなく、まだまだ続きます。高波などで海水が浸水してもいいように、家屋はチタン合金の台座の上に建造されます。この岩礁地帯に30戸程の、地表からの高さが3mとなるチタン鋼を埋め込み、基礎工事と致します。チタン土台の上部には、ベネズエラの発電機能付き住宅を建てて、希望者に提供して参ります。尚、モリ次期大統領が1軒の家を既に予約され、時折滞在されるそうです」と技術責任者が明かしてしまうが、キリバスなのかツバルなのかまでは言明しなかったので事なきを得た。                                中南米諸国連合入りし、ベネズエラから島を供与され、本国の土地まで保全される。一切合切の費用が中南米諸国連合から供与される。米英仏そして中国の目には、「撤退したように見せかけて、ベネズエラは外から艦砲射撃を加える策を弄してきた」と分析してしまう。              この一連の報道を受けて2つの思惑が動き出す。南太平洋諸国は「中南米諸国連合に参加する」という手段に気づいてしまう。最も資金を有する、経済ブロックに加わる事に成功した、キリバスとツバルを羨んだ。早速、各国は調査団を2カ国に送り込んで、中南米諸国連合の支援内容や加入条件のリサーチを始めてゆく。南太平洋各国の政府が未来を模索し始める一方で、マスコミは更に上段から踏み込んでゆく。そもそも、キリバスとツバルが水没に至った原因は何だったのか?そこから問題の指摘がなされると、米英仏、そして中国は悲壮な表情を浮かべるしかない。2035年までの公約、各国に割り振られたCO2削減目標を、この4カ国だけが未だに守っていない事実を各社が指摘してゆく。この4カ国の公約違反の穴を埋めたのは、環境活動に熱心な日本連合だった。      
当然ながら、ペナルティ料金は穴埋めをした国に支払われている。その負担費用が可哀想な事に国民の公共料金費用に伸し掛かる。電気もガスも水道も、米英仏に加えて中国では、半年毎に料金が上がっていた。日本連合が確立した水素発電に加えて、アンモニア発電の投入が同時期に公表されている。日本連合と中南米連合の電力料金がさらに下がる可能性も見込まれている。そんな中で、ベネズエラは南太平洋でCO2の更なる削減を目指してきた。米英仏、中国が頭を垂れている姿を誰もが思い描く。次から次へと繰り出される攻勢に、既に決している勝敗の図式が、ベネズエラの一方的な勝利で終わる公算が高くなってきた。子供たちも、ベネズエラに歓喜するようになる。                               ーーーー                             
ツバル・キリバスを去ったモリと櫻田首相、次期首相、次期外相・国防相のボクシッチ夫妻は、チリ・アタカマ砂漠で行われる、中南米軍のデザートオペレーションに参加する。中南米軍の軍事衛星をチリ上空に移動し、各種撮影ドローンを大量投入して、演習の詳細な状況を撮影するAngle社のスタッフが既に準備の為に作戦本部に居た。何処かで見た事のある娘が、ニヤついた顔をしながら挨拶に来た。スタッフはベネズエラ支社のメンバーとロボットなのだが、社長の杏が素知らぬ顔なのか、我が物顔なのか、主のように陣取っている。櫻田に小突かれながら、ボクシッチ夫妻と握手して自己紹介なぞしている。初めての形式の軍事演習なので、私が撮影の陣頭指揮を取ると言って、胸を張る。余計なものを映さなければいいのだがと懸念を抱きながら、作戦本部を櫻田とボクシッチ夫妻に任せて、パイロット達が居るコンテナ状のシミュレーター室へモリは向かった。              アタカマ砂漠は海岸から直ぐに砂漠が広がる地形となっている。この地形を利用しての軍事演習なのだが、海上から侵略してくる攻撃部隊を、地上の防衛部隊が迎え討つという想定で訓練内容が組まれている。今回は実弾を利用して、破壊力も検証する、本格的な演習となっている。angle社に撮影依頼した企画書を見て、居ても立っても居られなくなった社長が、太平洋を渡ったのだろう。                             中南米・海軍、太平洋方面部隊が沖合に停泊している。太平洋部隊・旗艦の大和と副艦のバレンシアは、チリ沖に居る空母打撃群の更に後方150キロで投錨し、侵略軍の作戦本部を形成していた。対する防衛側の砂漠の最前列には、古めかしい戦車が20台並べられ、その後方に陸上モビルスーツ30体と,サブフライトシステムとペアを組むモビルスーツ、20セットと、その手足となるフライングユニット40機で迎え撃つ。実弾が使われるのは、戦闘開始を告げる大和とバレンシアの艦砲射撃の餌食役に、リモート操舵の旧式米国製戦車が標的となる。150キロ離れた地点からの砲撃精度の検証が目的だ。 沖合に停泊している空母、信濃と赤城を飛び立ったリモート操縦の無人戦闘機50機を標的に、モビルスーツの航空ユニット部隊と地上部隊が実弾で応戦する。戦闘機は双方ともペイント弾を利用、ミサイルはロックオン認定により迎撃完了と判断するが、モビルスーツ50体の武器が実弾となる。侵略軍の戦闘機50機と、防衛軍の戦車20台が「今回、壊れてもよい兵器」とされている。そんな演習だと知って「私が撮る!」と杏がしゃしゃり出てきたのは間違いなかった。何しろ、地上における初のモビルスーツ戦だ。シミュレーション通りの性能が発揮されるのか、しっかり記録に残したい中南米軍と、抑止力に繋がるかも知れない映像を、撮影・編集する役をAngle社に委託した。           
50人の中南米軍のパイロットが各拠点のフライトシミュレーター機に座り、チリのシュミレーターコンテナでは、20チームの戦車隊クルーが各自ゴーグルを装着して、各戦車の持ち場に付いた。クドいようだが、戦闘機は侵略軍で、戦車隊は防衛軍で、敵味方が同じコンテナ部屋で呉越同舟の様相となっているのはご愛嬌だ。戦闘機と戦車隊は交戦することは、まず無いだろう。20年前に自衛隊で始めたリモートAI操縦システムが、果してAIだけで操舵する兵器に勝てるのか、ヒトとAIの最初で最後となるかもしれない決戦の場でもある。戦車隊が一番不憫な役回りだった。150キロ沖合に居る戦艦から一方的に狙われるだけで、撃ち返す事もできない。それでも砲撃手も同じチームの一員だと、撃ち返す事の無い砲撃席に付いた。           シュミレーター機に座った旧チリ軍のパイロット10名は、月面基地の配属が決まっているエース級の腕前を持っている。「AIには、まだ負けるわけにはいかねえ!」とモニター越しで親指を立てあった。シュミレーターブース席に深く座り、意味のないシートベルトで体を固定する。モリは実弾演習が初めてだった。シュミレーター上では何度も撃墜してきたが、実際に相手にペイント\弾を放つのは初めてだ。各パイロットのこれまで乗ってきた愛機が、今日で最後、スクラップになるかもしれないと感慨深く思いながら、バーチャル操縦桿を握る。モリがベネズエラに来て10年間乗り続けた、ラスト・イーグルと整備士達に言われているF15のシュミレーターに座る。シュミレーターもF15も、この為だけにカラカスから移送してきた。F15が撃墜されたら、このリモート環境も役目を終える・・。感慨深い思いに囚われながらも、イーグルのコクピットに座って居るかのように、己を信じ込ませる。 この離陸前、パイロットの誰もが「一泡吹かせてくれるわ」「俺が最初にモビルスーツをぶっ壊してやる」と意気込んでいた。愛機のコクピットに居なくとも、長年乗りこなしてきた機体だ。「簡単にやられてたまるか!」と否が応でも気合が入っていた。     
演習メニュー第二幕は、海兵隊の上陸作戦を侵攻側と防衛側でロボット同士がペイント弾で戦う。ロボットを持っているのがベネズエラと日本だけなので、日本を仮想敵に見立てて、鳥取砂丘をロボットが侵攻してゆく内容だ。                                後日、この中南米軍のアタカマ砂漠での訓練映像を、CIAが入手する。angle社によって編集された映像には、ご丁寧にBGMまで用いられていた。
大多数のアメリカ人には分からなかっただろうが、ファーストガンダムのTV版音楽が、AIによる編曲と演奏で随所で使われていた。この編集動画が世界中に公開されると、瞬く間に再生回数が跳ね上がってゆく。マニアの方々からは「これは、実写版ガンダムだ」とお宝動画だとのお褒めの言葉を頂くことになる。
                                 「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀。 地球の周りには巨大なスペース・コロニーが数百基浮かび、人々はその円筒の内壁を人口の大地とした。その人類の第二の故郷で、人々は子を産み、育て、そして死んでいった・・。宇宙世紀ダブルオー セブンティナイン、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた・・」このオープニングの名ナレーションで始まり、スペースコロニーの描写で使われたBGM「長い眠り」が、厳かに流れている。 チリ沖の太平洋の大海原に浮かぶ、侵略軍旗艦 大和とバレンシアを中心にした艦隊と、更にチリ本土寄りにいる、空母打撃群が映し出される。天気は良好で、海は凪いでいた。始終 霧が立ち込める砂漠なのだが、この日ばかり撮影日和となった。霧の中の交戦を想定していた中南米軍には誤算となる。映像として隠したいものも撮れてしまうからだ。
アタカマ砂漠上空を飛んでいるドローンのカメラに画面が変わる。カメラが地上に展開する部隊にズームしていくと、20台の戦車隊の後方1kmには、様々なモビルスーツが50体が陣形を取っている。ワザと1km間隔を開けているのは、艦砲射撃の余波を受けない為だ。モビルスーツ20体がサブフライトシステムに乗って空に上ると、地上30体の司令塔役を兼務するアトラスガンダムが、高射砲のような巨大な発射台に陣取った。これで沖合の空母打撃群を攻撃する。地上の29台のガンキャノンとガンタンクは、空で待機中の20体のモビルスーツと連携して、地上から敵 戦闘機の迎撃を行う。
アトラスが射撃位置につくと「ガンダム大地に立つ」にBGMが変わり、アトラスの勇姿を舐めるようにカメラが回る。曲が「颯爽たるシャア」になると、150キロ沖合の大和とサラゴサの艦砲射撃が始まった。いきなり、映画の完成度を遥かに凌駕していると形容される映像となる。巧みなジグザグ走行で被弾を免れようとする戦車が、150キロ沖合の大和の艦砲射撃で確実に仕留められてゆく。主砲の破壊力たるや、アニメの比ではなかった。
戦車隊をリモート操縦している隊員達は、チームが一丸となって必死に戦っていた。
「M1!お前、こんなもんじゃねえだろうが、走れ、走りやがれ!」「ちっきしょー!」と戦車隊の兵士の阿鼻叫喚がそこかしこから聞こえてくる。同じ空間に居るパイロット達も、バーチャル空間ではありながらも、ここが戦場であるかのような錯覚に陥っていた。
戦車隊が全滅するまで、10分と掛からなかった。艦砲射撃の精度と連射の早さが更に際立つ事が確認できた。海軍はこの成果に喜んだが、戦車隊のクルー達は滂沱の涙を流していた。
自分達の戦車が、鉄屑となって無残にも砂漠のそこかしこで転がっている映像を見せられれば、そうなるのも仕方がない。
立場上は敵同士なのだが、AIを共通の敵とみなして「かたきは俺達が取ってやる」と思いながら、パイロット達は愛機を空母から飛び立たせてゆく。 モリはチリ隊の2次攻撃隊の地上攻撃編隊に加わる。ベテランと若手の伸び盛りが、適切に配分されていた。「イーグルワン、後ろを宜しくお願いします・・」「了解。地上のタンク系モビルスーツは任してくれ・・いいかい、ユニットに囲まれるんじゃないぞ・・」「了解です。大統領閣下」「そいつは来年の話だって・・」と言っている間に、海岸線が見えてくる。そこかしこから上がる煙が、実弾が使われている状況を呼び起こす。ビルマ以来だな・・と思いながら操縦桿を握り締める。              「第一次攻撃隊、突入10秒前、お前ら用意はいいか!」一次隊の隊長のカミングス大尉が言うと、一次隊24名のパイロット達の野太い返答がハモった。「一次隊機全機上陸! 各機、散開! 蹴散らせえぇ!」言っている傍から、迎撃されて砂漠に突っ込んでいく機が出る。物凄い数の弾幕が張られている。「2次攻撃隊、突入する。弾幕を回避し、高度を上げつつ侵入する。行くぞ!」2次隊の先頭チームが高度を上げたので、弾幕も上向きとなった。モリ達後続の10機は上昇せずにそのまま一直線に上陸する。右隣のF35が直撃を食らって爆発する。ガンタンクか、ガンキャノンのショックカノン砲だろう。「一撃かよ・・」とゾクッとしながらも熱源探知した先に、ペイント弾を投下してゆく。しかし、外れたようだ・・「レーダーに映らんのは、やっぱ怖いな・・」と思いながら、味方機だけをレーダー感知しつつ、旋回しながら地上を眺める。「居た・・」モリの水色のイーグルは、地上のチタン色のガンキャノンを見つけて、急降下していった。
後に編集された映像では、ジェガンとザクのモビルスーツ航空部隊のマシンガンが、戦闘機を確実に墜落させてゆく様がスローモーションで繰り返し、再生される。実際の戦闘機と戦車が、木っ端微塵に破壊されてゆく迫力は、もの凄い迫力だった。今回の戦闘機はF16をベースにした日本のF2戦闘機であり、F15J、F35といった米国製造の戦闘機で、戦車はM1エイブラムスだった。
「なんの嫌がらせだ、コイツは・・」米国国防総省の軍人達は信じられない思いで映像を見ていた。航空機の撃墜シーンでは、ガンダムBGMから、Ace Combat7の「Daredevil」Metalヴァージョンが流れている。AIがタイトなドラムを刻み、ギターとベースをアユミが弾き捲り、シンセサイザーを彩乃が演奏し、コーラスを杏と樹里がオーバーダブしたらしい。杏が使う曲のリクエストを姉妹達に集ったら、誰かさんのF15Jが、最後まで華々しく飛んで、無残な形で撃墜されちゃったので「こうなったの」と言う。
本来ならば軍事演習なので、厳かな雰囲気が良かったのだが、マニア達からは謝意や質問が殺到する。「ギターは誰が演奏しているのですか?」「スカイブルーのイーグルのパイロットは誰なのですか?」と・・
「あれも、イメージ戦略の一貫だからね・・」と、後に杏 社長様がモリの腕の中でしたり顔で言ったとか、言わなかったとか・・。 
                                  アメリカ国防総省の分析班が下した判断では、既存の戦闘機や戦車などの兵力では、中南米軍に勝つ見込みは殆ど無いと結論づけられる。誰が見ても同様の評価となる。あまりにも一方的な内容で終わったからだ。これまで、モビルスーツと戦闘機が応戦するという設定は考えられなかった。つい最近まで、モビルスーツが飛行手段を持っていなかったのだから仕方がない。「空中戦」という環境下でモビルスーツを活用するなど誰も考えなかったのだが「アニメの世界では」存在していた。モビルスーツ用のAIが、アニメの戦闘シーンを分析して、戦術や動きの参考としており、独自の解釈が形成されていた。
そもそもが比較検討する対象では無かった。
サブフライトシステムという名称の、モビルスーツ単機を空輸する機体が世に出て、モビルスーツと連携することで、空中戦が可能となった。このサブフライトシステムに備えられた砲台は今回の演習では使われなかったが、モビルスーツ航空ユニットの1ペアに対して2機の小型フライトユニットが割り振られ、この2機が小回りの効く旋回性能を見せながら、敵戦闘機を追い込んでゆく。背後を取られ続ける敵戦闘機が逃げ惑う先を、モビルスーツの大型マシンガンが照準を安々と合わせて撃墜してゆく。モビルスーツは腕が自由に動き、ロックオンに至るまでのタイミングが非常に早かった。戦闘機が旋回して、相手に銃口やミサイルを向ける間もなく、両腕を360度の角度で瞬時に廻して、フライトシステムの機体の向きに関係無く、弾を発射することが出来る。こればかりは戦闘機にはどうしても出来ない。
圧巻は航空ユニットのエース格でもある、浮遊を実現可能としたランドセルを背負ったサイコザクだ。マシンガンの弾倉を撃ち尽くしたのか、武器は斧を手にしていた。最後に残ったF15Jが各機に追い込まれた。その空域でサブフライトシステムに乗る、斧を手にした赤いザクが待ち構えていた。F15Jは慌てて急上昇して、ザクのマシンガンの射程範囲から逃げようとした。F15の動きを察知したザクが、背中のバーナーを自噴させて飛び上がると、F15に追いついた。上昇する際のGをシュミレーターブースでは感じることはないが、機体そのものは限界性能に達していた。そこに安々と追いついてくるのだから、新開発の核融合ユニットの出力の違いを痛感する。「ヤバい・・」逃げようがなかった。手にしている斧を右手に持ちながら、ザクが左手で敬礼したかと思ったら、F15を叩き割った。そこでモリの見ていたモニター全てが消えた。撃墜された・・しかも、斧で・・そのままシートにもたれ掛かって天を仰いだ。汗が体中から吹き出して来るのが分かる。ザクがバーナーを噴出させたままゆっくりと下降していると、サブフライトシステムが下から滑り込んで、ザクを載せる芸当を見せた。   
「ロボットが戦闘機を物理的に壊す」アニメでは喜ばれるシーンだが、それを現実の世界で実現してみせた。しかも飛び跳ねて、斧で叩き割り、再度サブフライトシステムに着地するのだから、絵的には喜ばれた。「モビルスーツと小型機が連携を取りながら、戦闘機を囲い込んで迎撃をしている」とテロップが表示されると誰もが息を呑んだ。ジェット戦闘機がチームを構成しづらいのも、ヒトには戦闘機の速度が高速過ぎるので、ドッグファイトの最中に味方機と敵機の瞬時の見極めと、チーム内での咄嗟の判断が難しいが、IAは「戦闘機=敵機」と瞬時に判断し、躊躇せずに弾を放ち、戦闘機を落としてゆく。リモート操作とは言え、敵戦闘機パイロットが一瞬迷っている間に事が決してゆくのも、AIのチームワーク力がヒトの力量を勝り、空中戦で能力を発揮する事を証明して見せた。     
同じことが艦砲射撃でも垣間見れる。海岸線に配置された戦車隊は、偵察機と目される小型機を確認した。その数秒後に戦車は跡形も無く破壊される。大和とバレンシアの主砲が、百発百中で命中するのも、このフライングユニットが戦車の「現在地と座標」を転送したからと思われる。地球が丸いので、戦車から艦影を見ることは出来ない。古今東西、海戦の主役はミサイルに転じ、主砲などの砲門が使われるケースは減少している。主砲などの命中精度がそれほど高くはないからだ。しかし、フライングユニットとの連携で命中精度が100%となれば、艦砲射撃はコスト安の武器となる。軍覇必ずしも高額なミサイルを放つ必要が無くなり、戦闘コストを抑制できる。
「小型機の存在が、中南米軍兵器の個々の能力・性能を引き上げている」と米軍は断定した。    
戦闘機を発進させた、空母・信濃と赤城もスナイパーの餌食となる。アトラスガンダムが射撃兵のように構えていた砲台だ。放たれたペイント弾が何発も、空母やフリゲート艦に命中していた。大型機銃のような砲身は、アニメのサンダーボルト空域での戦闘シーンを彷彿とさせると話題となっていた。  
もう一つ、米軍を始め各国の軍の注目を集めたのが、ロボット海兵隊の破壊力だった。高速の大型ホバークラフトが海岸に到着すると、完全武装したロボット、ジュリアが持っている大小様々な銃火器を抱えながらも軽々と降り立ち、時速50キロの速度で進撃を開始する。迎え伐つのは、ベネズエラ製ロボットのアンナだ。ジュリアが強化人間で、アンナがヒトに近いという例えが相応しいかもしれない。1割未満のジュリアが、アンナの的確な射撃を受けてペイント弾を被弾したが、200体居た筈のアンナは数分で全滅してしまう・・。
とにかく中南米軍の兵器は斬新で、ユニークで、高性能だった。エジプト紛争で世に出たモビルスーツが、半年後にこれだけの兵力を備えるようになった。通常の軍隊の指揮官ならば、この内容を見て、白旗を揚げても良い頃だろう。
尚、中南米軍も実弾演習で被害を被った。バーチャル操縦とは言え、実弾を受けて愛機が破壊された戦車チームと戦闘機パイロット達だ。精神的に落ち込む者がそれなりに目立った。
特に斧で一刀両断されたF15イーグルをリモート操縦していた次期大統領は、敬礼されてボウっと光る一つ目のザクの姿が浮かび上がる夢に、うなされる夜が続いた。
                                 (つづく)
                                      

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