見出し画像

「CICLOPE Festival / CICLOPE Asia」の審査を経て思ったこと。

世界で唯一広告映像の『クラフト』に特化した広告賞である「CICLOPE Festival」と、そのアジア太平洋地域賞にあたる「CICLOPE Asia」において、弊社の海外コンテンツ製作室所属のプロデューサー 江崎 渉(えざきわたる)が、今年度の審査員を務めました。当審査をとおして感じたアジアと欧米の広告の違いや広告映像の潮流、広告賞での日本作品の評価などを江崎Prに伺いました。


▷ 審査過程・感想

― 今回「CICLOPE Asia」と「CICLOPE Festival」において、初めて広告賞の審査をされたかと思いますが、まず率直な感想をお聞かせください。

以前に、北米のテレビドラマのアワード審査員を担ったことはありましたが、広告の映像審査は今回が初めてでした。初参加だったにもかかわらず、APAC地域が対象の「CICLOPE Asia」では審査員長を務めさせていただき、全世界が対象の「CICLOPE Festival」ではファイナリスト作品を選出する一次審査員を担当しました。

「CICLOPE Festival」では審査対象のCMが約150本あり、観るだけで7時間近くかかりましたが、大きな美術館で世界中の絵画を見尽くしたような、知的充実感に満たされました。数十秒、数分の尺で、映画1本分のような深いメッセージや絵作り(クラフト)の面白さが凝縮されていて、とても面白く拝見させていただきました。

また、「CICLOPE Asia」の審査会は、オンラインではありましたが世界各国の審査員が一堂に会し、批評家ではなく現場のクリエイターとして、議論し学び合うことができ、大変有意義な時間でした。


― 実際の審査はどのように進んでいったのでしょうか?

全審査行程に携わった「COCLOPE Asia」の流れでお話しすると、まずファイナリスト作品を選出する一次審査をしました。一次審査は、オンラインで各作品に対し5点満点の個人投票の形で行われました。その投票結果をもとに、ファイナリスト作品が決定します。次の二次審査では、審査員がいくつかのグループに分かれてオンラインで集まり、担当部門のファイナリスト作品に対して、ポイント評価ではなく話し合いによって受賞作品を決めていきました。そして、最終のグランプリ作品の選出は、全審査員が一堂に集まり、候補作品に対して議論を重ねたのち、挙手制での投票にて選出しました。

事務局からは審査方法として「様々なバックグラウンドを持つスペシャリストが集まり、フィルムクラフトに関する意見や考えを多面的に議論して作品選出を決めること」と示されていました。実際の審査会でも、審査員同士がその国の社会背景を共有することで、演出意図がより深く理解できた例もありました。

▷ アジアとグローバルの違い


― 今回、APACが対象の「CICLOPE Asia」と グローバルな「CICOPE Festival」の両審査員を務められ、アジアとグローバルでの作品に対する違いは何か感じましたか?

作品自体に、ということではないのですが、評価の傾向に関して、アジアと欧米では違いがあったと思います。
アジアではCGや編集などの技術的な評価を重要視する傾向が強く、欧米では広告で伝えるストーリーやメッセージ性、ネタの面白さを重要視する傾向が強いと感じました。

また、数十秒の映像作品からその国の経済状況や社会情勢が伝わる点も、面白く感じました。例えば、韓国から男女格差をあえて扱ったCMがあれば、欧米からは逆にポリコレが行きすぎてちょっと不自然な作品があったり。メディアとしての広告映像の面白さも再認識しました。


― アジアと欧米でそのような評価の違いがある中で、日本作品はどのように捉えられていたのでしょうか?

各国からさまざまな作品が応募されていた中で、日本からの作品は、良くも悪くも異色に感じました。炎上を避けるためか明確なポリコレ的視点は排除され、言語の異なるさまざまな人に共感してもらえるような作りではなく、日本人だけに向けた作品が多い印象が残りました。
行きすぎたポリコレ表現ばかりで疲れている時に、日本作品を見るとホッとすることもありましたが、その安堵感は、実は戦場でコタツにあたっているようなことなのかもしれません。

今回、高評価を得たオーストラリアの広告は、英語圏の広い地域での共感を意識した作品で、最初からグローバルな宣伝効果を狙って作られたからこそ、英語圏以外からも普遍的で楽しめるものになり、高い評価に繋がったんだと思います。

▷日本作品の課題


― 日本作品が海外賞で評価されるためには、具体的にはどのような視点が必要だと、江崎さんは思われますか?

1つは、表現や落とし所のわかりやすさ、納得感の高さが必要かと思います。
海外では基本的にオチは視聴者に委ねず、納得度・共感度が高くなるように設計されています。しかし日本の広告は、感情の回収は視聴者の感性に委ねられ、映像は唐突でインパクトを残すようなかたちで終わらせている作品が多い印象です。

例えば、海外でのストーリー展開が、「問題発生で困難に」→「商品が登場」→「解決」→「満足!幸せ」だとすると、日本の場合は「問題発生で困難に」→「新商品が登場」→「解決」と。
最近は、奇をてらって耳に残す目的のものも多いと感じます。繰り返される音を通じて、消費者(視聴者)に一方的なメッセージと伝えて終わる。このような広告表現の自由さは、海外でも好き嫌いがはっきり分かれるところです。

2つめは、ゼロ→イチのクリエイティビティ力。
これは広告映像に限った話ではなく、漫画・映画・ゲームなど、日本のコンテンツは他をマネたようなものが多いように感じており、実際に今回のCICLOPEの審査でも「そう感じている」という海外の審査員の方がいました。これはリファレンスありきで発想しているからなのではと考えます。

「ブレードランナーっぽい未来」「セブンのようなダークさ」「新海誠のような空」。オリジナル作品が作った世界観の上に自分の作品を乗せることは、ゼロから作り出した人のクリエイティビティを盗むことになり、またオリジナル作品に影響を受けていたとしても、同じ世界観を再現することは、海外では嫌われることです。

日本のコンテンツが、海外でなかなか評価されない理由の1つに、これらの課題があるのではないかと私は思っています。

▷印象に残った作品


― 海外で評価されるためには、グローバルな共感性が肝心なんですね。今回のCICLOPE Asia / CICLOPE Festivalの受賞作品の中で、江崎さんがもっとも印象に残った作品はどれでしょうか?

CICLOPE Asiaでは、アウトドア・ブランド「Kathmandu」による『Summer never sleeps』で、CICLOPE Festivalの方は、webサイトを作成できるwebサイト「スクエアスペース」の『The Singularity (Extended)』です。

◆ Summer Never Sleeps  
ニュージーランド/オーストラリア/ Kathmandu (アウトドア・ブランド)

「Summer Never Sleeps」では、世界的パンデミックの収束に伴い、自然との共生やアウトドアブームが起きたライフスタイルの変化を、80年代のノスタルジーな雰囲気とともに面白く描かれています。枕はキャンプファイヤーのマシュマロに化け、羊が人間を数えて居眠りをし、フクロウがDJをする洞窟のクラブなど、アウトドアへの決まりきったイメージを解放させるこのCMは、アジアの真面目なCMの中で、目立っていました。40代以上は懐かしいと捉え、20代は新しいと思うこのCMによるブランディングは成功していると思いました。

▶︎ The Singularity (Extended)
アメリカ / Squarespace (Webサイトビルダー)

▶︎ Backstage with Adam Driver (メイキング)

本作は、webサイトを作成できるwebサイト「スクエアスペース」が、30秒枠9億円といわれる今年のアメリカのスーパーボールで放送したCMです。スクエアスペースの「webサイトを作成できるwebサイト」というコンセプトを「自分自身を作成できる」という意味に昇華した世界観を作り、個性的なカリスマ性が人気の俳優アダム・ドライバーが、その世界に当惑するという作品です。同時にネットで公開されたメイキングは、複数のアダム・ドライバー同士が雑談をする動画で、頭の中でしばらく変なループをして気づくとハマってしまいました。

他にも、アメリカのモンテフィオーレ医療センターによるハリウッド映画のような広告や、心が温まるイケアのファンタジー作品などが印象に残っています。

▶︎ モンテフィオーレ医療センター

▶︎ イケア


▷クラフトの潮流やトレンド


― 今回の審査や受賞作品などから、広告映像において何か潮流やトレンドは感じましたか?

潮流として感じたのは、世界各地から「パンデミック明けの復活」「自然との共生」「家族」などのテーマをもつ作品がいくつもあったことです。これは単に「あるあるネタ」としての共感を超えて、「世界中どこも同じ想いで繋がっている」ということを身近に見せてくれるものでした。映像作品で世界を一周したような気持ちになり、世界の人々が今気にしていることを身近に感じられる、非常に面白い経験でした。

また、これは私の感想ですが、「CICLOPE Festival」の150作品を観たときに、改めて広告映像って面白いなぁと率直に思えました。最近は録画をして見るTV番組やYouTubeでも、CMをスキップして時間の効率ばかり気にしてしまいます。しかし子どもの頃には、日本の洋酒メーカーによる子犬のCMや、化粧品メーカーによる薬師丸ひろ子さんの口紅のCMなど、今も記憶に残るCM作品がたくさんありました。今回CICLOPEに応募された世界からの選りすぐりのクラフトワークは、どの作品もエンターテインメントとして見応えある素晴らしいCMばかりで、広告映像の楽しさ・可能性などを改めて認識しました。


― 広告映像の可能性という点で、賞からは少し離れた質問になりますが、生成系AI技術は今度の映像制作(クラフト)にとって、どのような存在になると考えていますか?

海外の大手金融機関では、AIによって14億人の職に影響が出て、3億人以上の雇用が失われると予測されていたり、北米の大手スタジオは既にAIタスクフォースを作り、AIを利用した番組開発をできるクリエイターを募集していたりと、AIの情報を目にしない日はありません。

Open AI に、「クラフトのプロフェッショナルにとって、 AI はどのような存在になると思うか」と尋ねたら、こんな答えが返ってきました。

「AI はクリエイターの仕事に変化をもたらす可能性がありますが、映像などのクリエイティブな仕事においては、クラフトの仕事や雇用が失われる可能性は低いです。AI は特定のタスクを自動化し、品質を向上させるツールを提供します。(中略)しかし人間の創造性や感性に対するAIの限界もあります。AIはツールや補助手段としての役割を果たす一方で、人間の独自の視点やアートの本質は、依然としてクラフトの世界で重要な価値を持ち続けるでしょう」

AIはずいぶん気を遣った回答をしたな、と笑ってしまいました。万能と考えられはじめたAIですが、真剣に危惧すべきことは一つも出てこず、人に従順すぎる答えが返ってきたので、いよいよ我々に合わせて都合のいい嘘をつき始めたのかもしれないとさえ思いました。

私自身、AIをクリエイティブの仕事でよく利用します。これまでネタ出しや簡単なアイデア出しは、数名のチームで何時間も会議をし、ホワイトボードにアイデアを出し合ういわゆる「1000本ノック」をやってきました。それが今はAIによって1000本はおろか、その何十倍もの数のアイデアを数秒で得ることができます。しかし、そのアイデアや生成されたものが使えるかというと、企画のきっかけやヒントにはなりますが、参考としてしか使いません。AIが出すものは、世の中で平均的なもの、これまでにあったものをまとめただけであって、むしろAIが出してきたアイデアは、反面教師としてプロが扱ってはいけないものという例として参考に利用しています。


― ありがとうございます。

最後に、「CICLOPE Festival」の賞全体に対し、感想などありましたら、お聞かせください。

CICLOPEの面白いところは、【広告映像に携わるクリエイターによる、クリエイターのためのお祭り】だというところです。決して、ちょっと変わったトロフィーがもらえる賞という面だけではありません。本当の目的は、様々なジャンルの仲間がお互いの発想や技術を讃え合い、パーティーや食事会で国を越えて打ち解け、英気を養って、また明日の現場であるそれぞれの世界各国に戻っていく、そのための場所なのだと思います。いつもの仕事でのヒエラルキーなど気にせずに、クリエイターがのびのびするための唯一無二のアワードなのだと感じました。

CICLOPE Festivalのトロフィー


―「CICLOPE Asia / CICLOPE Festival」は、他の広告賞に比べると日本ではまだ盛り上がりに一歩欠ける感じがありますが、【広告映像に携わるクリエイターによる、クリエイターのためのお祭り】として、更なる盛り上がりを期待したいと思います。ありがとうございました。


【PROFILE 】
江崎 渉 (えざき わたる)|プロデューサー
ニューヨークでメディア学を学んだ後、ロサンゼルスでCBSのハイビジョンプロダクションのコーディネーターとしてキャリアをスタート。アメリカのリアリティショーをアジア向けにローカライゼーションをするなど、プロデューサーやライターとしてアメリカで20年間過ごしたのち日本に帰国。
日本ではテレビ局の国際コンテンツ戦略室プロデューサーとして10年働き、日本とインドの共同製作でプロデュースした番組は、カルカッタ国際映画祭でベストドキュメンタリー賞を受賞しました。
また日本の映画スタジオとアメリカの大手ストリーミングメディアと共同制作した国際プロジェクトの開発でも貢献しました。
2020年に太陽企画に加わり、今年「国際コンテンツ製作室」を設立し、映画プロジェクトのデベロップなどを担当しています。


〜お知らせ〜
新作CMや最新情報は、太陽企画のSNS(FacebookTwitter)でも更新中!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?