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「とほ宿」への長い道 その22:開業

宿でマーケット開催、告知のためにHP立ち上げ

2022年10月中旬。
宿のある蕨生でいつもお世話になっている若い人がいて、その人が近隣のオーガニック農家と結成している「わかなえオーガニックプロジェクト」の方から、宿の建物でマーケットをやりたいという申し出があった。

開催日は10/22(土)、申し出があってから1週間しかない。各メンバーが周知することになったが、場所を提供する自分も告知することになった。いつかは作ろうと思っていたホームページを前倒しで立ち上げた。
もともと自身のファイナンシャル・プランナーのサイトのために「fukuinofp.com」というドメインを取得していて、まずはこのドメインのサブドメインでサイトを立ち上げたが、今に至るまでURLはそのままである。


因みにマーケット当日は10人くらいくれば上出来かな?と思っていたが、蓋を開けてみたら100人くらいやってきた。福井には若い人は少ないと言われるが、それなりにいて、行く場所が無いだけなのではないだろうか。

現在は宿の書斎として使用している


キッチンカーもやってきた

翌週、この話を聞きつけたというテレビ局のアナウンサーから連絡があり、取材の申し出があった。11/10に打ち合わせに宿にやってきた。自分が宿を立ち上げた理由とかどのような宿にしたいのかを1時間ほど語った。急いで来たみたいなので「猫林」こと山伏岩を見ずに来たようだが、帰りがけに宿から徒歩30秒で行ける山伏岩が見えるスポットに案内したら「ネコだー!本当にネコだー!」と大ウケしていた。たぶん自分からインタビューしたことの7割は忘れただろう。しかしこの姿を見て、宿の名前を「ねこばやし」にしたことは間違っていなかったと確信した。

料金設定を考える

あるべき料金を設定し、逆算してオペレーションを組み立てる

ホームページを作ったからには、いずれは宿の情報を載せないといけない。特にキモになるのが宿泊料金だ。民泊の届出を行い、届出が受理されたらすぐに掲載できるよう料金体系を考えた。
その20」でも書いたが、相部屋ドミトリー方式の、いわゆる旅宿の宿泊料金は素泊まり4000円以内というのを全国を旅してきて感じていた。競争の激しい東京大阪や相場の安い沖縄だと2000円台のところもある。
因みに自分が親しくしている旅宿だと、相部屋方式のドミトリーで1泊料金がこのようになっている。(2024年9月現在、各宿HP記載料金)
北海道追分・旅の轍  3,800円
彦根ゲストハウス無我 3,000円
しまなみ海道・かがやきの花 3,600円

自分としてはこのような宿に泊まって旅を楽しむような人たちに来てほしいし、そのためには4000円以内に設定しなければならないと考えた。
初期投資の償却分プラスランニングコストに利益を乗せて料金を設定するのではなく、あるべき宿泊料金から逆算してオペレーションを組み立てなければいけない。

ゴール(=夢)を設定して、そこから逆算して家計を考えるというファイナンシャル・プランナーの姿勢に相通づるものがある。

宿泊施設はこうあるべき思考ではなく、ゼロベースで考える

宿泊料金を4000円以下に設定し、かつ宿を持続させる。そのためには「宿としてこういうものは当然必要だ」という考えは捨てることにした。
その頃読んだ、日本最高峰のトレイルランニングレース「TJAR」(トランスジャパンアルプスレース)の優勝者のインタビュー記事の最後にあった「常識にとらわれんとこ」というフレーズが頭にあった。生きていく上で固定観念はある程度は必要だが、時には足を引っ張る。

また、自分はレインウェアなどワークマンの商品をよく買っているのだが、同社の本にあった「やらないことを先に決める」という思想に共感していた。

具体的にはこのような事項だ。

1.寝具や食器などは同じものを揃える
7年間空き家だった家を借りて宿にするわけだが、寝具家具食器などは全て捨てて新しく買いそろえる、のではなく、そのまま残っていたものを使うことにした。少しずつ買い足していったみたいでバラバラだが、それが顧客満足度に影響するとは思えなかった。同じものを揃えれば洗濯などオペレーションはラクになるが、従業員無しのワンオペ宿なのだから関係ない。そもそも、ここに住んでいた人が大事に使っていたものを捨てねばならない理由が自分には思い浮かばない。当宿は「空き家を活用した民泊宿」、建物だけでなく家財道具も活用するのは当然だ。

食器は前からあったものをそのまま使っている

2.シーツは白いものを買いそろえ、都度業者にクリーニングに出し、糊のきいたものを出す
大事なのは清潔に保つこと。洗濯機で洗い、極力日干ししたものに寝てもらうことに何の問題があるのだろうか?アイロンしないとシーツに皺がつくので顧客満足度に全く影響しないとは言えないが、そもそもそういう要素を気にする人はドミトリー形式の宿に来るだろうか?
もともとこの家にあったシーツだけでは足りないので買い足したが、白いものに拘る必要は無いと考えた。あちこちの量販店を回り安いものを少しずつ買っていった。柄などはバラバラだが、それも顧客満足度に影響するとは思えない。そもそもフトンがバラバラなのだ。
因みにフトンについては、晴れた日には極力干すようにしている。「布団が湿けっている宿」とは絶対に言われたくない。

晴れた日には極力布団を干す

3.宿泊予約サイト(OTA)に掲載する
宿泊予約サイトに掲載すれば集客はラクなのだろうが、他の宿と値段立地設備を比較されて選ばれるというのはイヤだし、手数料相当分収入が減る。集客はホームページやSNSなどを使い当面自前で行うことにした。

4.繁忙時に備えてスタッフを雇う
スタッフを雇えば人件費がかかる。自分1人でも宿を回していけるようにオペレーションをシンプルにすればよい。

5.全館エアコン完備
1階の和室にはエアコンは無いが、家主さんから夏でも夜は涼しいと聞いていたし、扇風機を1人1つ使えるようにすれば凌げると考えた。自分の知っている北海道の旅宿などは大半がエアコンどころか扇風機すら無い。冬は逆に寒いのだろうが、大学のワンゲル部時代、冬山でもテントの中は案外暖かかったことを覚えていた。部屋の中に1人用テントを張る。プライバシーの確保も出来て一石二鳥だと考えた。2度夏を経験したが、日本家屋なので昼でも屋外に比べればそれほど暑くないし、夏でも夜は涼しくなる。自分も福井市の実家にいる時はエアコンなしでは寝れないが、宿では扇風機だけで十分だ。

普通は価格・立地・設備・サービスの総合点によって宿の評価がされるものだろう。しかし自分が考えている宿のコア・バリューは「宿泊者同士と宿主の交流」であり、過去に泊まった旅宿で味わった忘れられないような楽しい思い出を自分の宿でも体験できるようにしたかった。「布団付きの宴会場」というのが自分の中での位置づけだ。そのため、必ず必要ではない部分については割り切った。そのかわり飲食物の持ち込みは完全に自由、BBQテラスの利用も無料とした。
「そんな宿じゃだめだろう」という方もいるだろう。しかし、個人経営の宿が万人受けを狙っても、資本力のあるところには必ず負ける。旅宿の中には自分の宿よりももっと「あたりまえ」を無視したところが少なくないが、そういうところには熱烈なファンがついているものだ。

スモールスタートで立ち上げる

宿泊予約サイトを使わないからすぐに客でいっぱいになる訳ではないだろう。また、自分は宿泊施設で働いた経験はないので、少ないお客さんから初めてオペレーションを少しずつ改善することでノウハウを積んでいくつもりだった。また、この時期コロナはまだ完全には収まっていなかったので先の見通しも立たない。極力コストを抑えたシンプルなオペレーションにして、最初のうちはお客さんが少ししか来なくても経営を持続できるようにした。そのかわり自分ができることは労を惜しまない。自分が動く分にはキャッシュアウトは無い。見方によってはタダ働きだが、「7割は趣味でやっていること」と考えている。
旅宿には「ひとり旅大歓迎」を掲げている所が少なくなく、過去にも客は自分1人ということも何度かあった。でもイヤな顔をされたことは一度として無かった。どの宿もゴーイング・マイウェイ、宿泊業の常識には囚われていなかったと思う。

ダイナミック・プライシングはやらない

宿泊予約サイトに掲載している宿だと繁忙期は高く、閑散期は安く宿泊料金を設定しているところが多い。いわゆるダイナミック・プライシングだ。しかし自分が知っている旅宿はだいたいいつ泊まっても同じ料金だった。ふだん3000円の宿が連休中は6000円になったとしたら、客はその宿にまた訪問するだろうか?自分がむかし泊まり歩いた旅宿とその常連たちのことを思い出し、1度しか来ない10人の客より、10回来る1人の客を増やしていくほうが大事だと考えていた。

4000円以内ということで、3000円台後半を考えたが、例えば3600円だと「税抜きですか?税込ですか?」と聞かれるだろうから、説明不要なように3,850円とした。そして一年を通して同一料金。「1泊3,850円」と「1泊3,850円~」とでは全然印象が違う。

記事を書いている時点で開業から1年9か月経っているが、今でも年間通して素泊まり3,850円だし、オペレーションの方針も特に変えてはいない、今年の初めから食事提供を始めたが。(夕食付5,500円、二食付き6,050円)

キャッシュレス対応について

先に挙げた宿の中には、「支払は現金のみ」の所もあるが、自分の宿はキャッシュレス決済も可能にした(現金も可能)。釣り銭を常時一定量用意しておくのが嫌だったし、今使っているクラウド型会計ソフトと連動して会計管理がラクになるし、料金支払の記録が残るのでトラブルの原因を減らせるという考え方だ。この点についてはそれぞれの宿の方針があり正解は無いと思う。自分に関しては、とにかく現金を扱うこと自体が紛失のリスクを伴い嫌なのでこうしている。
そもそも日本は決済手数料が高すぎる。キャッシュレス化を本気で推進するのなら中国のように1%未満にすべきだ。

不安な日々を送る

11/1、消防署の現地検査があり、10日後に「消防法令適合通知書」が交付された。同日、保健所と打ち合わせていた通り、国土交通省の民泊ポータルサイト「minpaku」経由で届出を行った。

この時点で、宿をやろうと思い立った3月末から8か月、宿の物件を借りてから3か月が経っていた。最初は夏には宿をやりたいと思っていたのが、来月にはもう雪が降ろうかという季節だ。

壊れたショベルを使って看板を作った

十分に内容について打ち合わせをしながら進めていたにも関わらず、届出をしてもしばらくはリアクションが無く物凄い不安に襲われた。自分の知らないところで何かが起きているのではないかという疑心暗鬼に襲われる。
この頃、宿の近隣の出身という人(福井市在住)から「50過ぎた独身の男を歓迎する土地なんて無いよ!」と言われていたのが心のどこかで気になっていたし、その17で書いた通り大野には縁があったが、大部分の人にとっては自分という人間は得体の知れない存在なのだろう・・・

大野とか福井に限らず、何処であれビジネスを進めようと思ったら能力とやる気だけでなく実績と人脈が必要になる。(東京のIT業界で働いていたことがあったが同じだ。)自分はこの場所では両方とも無い。だから手続きが進まないのではないか?そのような考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていた。このまま宿の開業が認められなければこの8か月間してきたことは全て無駄になるし、貯金を切り崩して準備に使った金もドブに捨てたことになる。そして本業の売り上げは左肩下がり。この時期は不安でいっぱいだった。

知り合いを呼んでお泊り飲み会を開催

届出が受理されるのを待つ間にも、週末は知人を呼んで飲み会を開催(宿泊料は無し)したが、毎日毎日不安な日々を重ねた。

この頃、中島みゆきの「ファイト」を繰り返し繰り返し聞いていた。
”ファイト!闘う君の唄を 闘わないやつらが笑うだろう
 ファイト!冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ”

2022年12月8日、開業

11月の終わりになり、やっと届出を修正する必要がある旨連絡があった。
そして12/8、届出を受理した旨のメールが届いた。そのメールを数分間見つめていた。夢でなく現実であってくれと何度も思った。宿をやろうと決意してから252日目だった。
今思えばだが、、、福井県全体で民泊届出の事例が少なく(お客さんからは福井はゲストハウスそのものが少ないとよく言われる)、届出を受理する側も慎重に進めざるを得なかったのかもしれない。自分も関係機関だけでなく、他県で民泊をやっている人を探し出してアドバイスを受けスムーズに開業できるシナリオを練るべきだったのかもしれない。結果論だが。
「行政書士」という仕事がある理由がわかったような気がした。

宿の標識は玄関とリビングに掲示している

ホームページで開業した旨告知した。パーティーなどがあるわけでなく、高揚感の無いスタートだった。
(続く)

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