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最寄りの銀行ATMまで歩いてみた。
往復80分の散歩道には発見と気づきに溢れていた。
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現金派、金がない
俺は現金派だ。
クレジットカードはある。だが使うのは怖すぎる。
散財癖があるため、クレジットカードだと後の請求が怖すぎて、なかなか使えないのだ。
もちろん、ネット通販など、使わざるをえないときには使う。だがそうしたとき、引き落としの日まで毎日ヒヤヒヤすることになる。
「25日に○○円引き落とされるから余裕もたせなきゃ…」と、日々戦々恐々するわけだ。
なので、俺は現金派だ。
使ったそばから目に見えて金がとんでいくのが分かる。
「あぁ、使ったな。でもそのおかげでこれを手に入れた。」
という、物々交換的取引を視覚的に確認できるわけだ。
それがないと心配になる。
俺の脳みそは、タカラガイと肉を交換する原始時代から留まっているわけだ。
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最寄りの銀行ATMは県境の向こう
なので俺はいちいちATMで現金を落とす。
普段は最寄りのコンビニATMでお金を落とすのだが、先日いつものようにコンビニで落としたら、手数料330円がかかった。
330円。
小さいようででかい。
300円で御朱印が一つもらえる。飴ちゃんが二袋買える。遠足のおやつが買える。
330円であればうまい棒が33本買えるし、良さげな1冊ノートが買える。
そんな金額を社会人一年目の社内ニートが都度都度払えるわけないのだ。手数料に使う金はない。豚骨ラーメンは替え玉するけど。
だから今回は銀行ATMでお金を引き落とすことにした。
でも今はお金がない。現金が1円もない。
Suicaの中にお金がいくらあるかもわからないから、二駅先の銀行にいくのも躊躇する。
だから今回は一番近所の銀行ATMに行くことにした。
Googleマップで調べたところ、片道40分かかる、県境の川を越えた先にある大型ショッピングモール内のATMだった。
「なんでこんなにないんだよ…」と戸惑いはしたが、しかたない。
思い立ったが吉日。早速次の日の朝に行ってみた。
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いや、さすがにそれはないか。
往復80分、現金を求めて県をまたぐ。
翌日、朝8時すぎ。
9時の開店をめざし家を出る。
目指すは3キロ先のショッピングモール。
こどものころ、自転車で家族といっしょに来た覚えがある。自転車をこぐ父の背中が思いうかんだ。
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行きは、友人からのラインを返しながら行ったので、ただただ「あっちぃなぁ」と思っていた。
その日の最高気温は37度。いつもより早く訪れた夏の太陽が体を焼き付ける。
夏が好きな私は、熱気にやられながらも気分は高揚していた。
ずっと手に持っていたスマホは夏の直射日光にあてられ、目玉焼きが焼けるのではないかというほどに熱くなっていた。
「こんなに熱くてもオーバーヒートとかしないんだな」と思いながらも、親指がその熱さにまいっていたため、カバンの中にあるお茶のとなりに入れて冷やすことにした。
大型倉庫の工事に対して近隣住民が反対の意思を示すのぼりを横目に見ながら、ついに銀行ATMのあるショッピングモールにたどり着いた。
隣県での発見、心の成長
ショッピングモールの中のお店は基本的に10時オープンらしく、その多くがシャッターを半開きにしていた。
俺は動いていないエスカレーターをのぼったり、屋上の駐車場をうろちょろしたりして、ATMを探すが見当たらない。
諦めて警備員に聞いたところ、入口を間違えたようだ。
お礼を言って、聞いたとおりの道をゆくとこじんまりとしたATMが顔を出した。
彼と会ったときは「やったー!ついたー!」っと声がもれてしまった。
汗だくになって40分、やっと見つけたATM。そこで少し多めにお金をおろし、帰り道につく。
せっかくだしと思い、帰りは別の道でゆくことにした。
太陽がさらにのぼり、夏の暑さがその強さを増した。
無性に日本酒が飲みたくなってきた。スッキリした辛めなやつ。ムシムシをすっ飛ばすためにもキンキンに冷えたのがほしい。ビールもいい。夏のビールはサイコーだ。
なおこの後、在宅での仕事がひかえている。
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途中、スーパー銭湯が見えてきた。
前々から存在は知っており、いつしか行きたいと思っていたところだ。
すでに開店しており、駐車場には車がいくつか止まっていた。
…行きたい。
汗でびしょびしょ、服はベトベト、すぐにでも風呂に入ってスッキリしたかった。
でも、あと30分後にはzoomでの始業ミーティングもある。
でも…入りたいっ…入って、さっぱりしておしゃけ呑みたい!!!
がまんした。
駐車場に入っていく車を横目に見ながら、がまんした。
よくがんばった、よくがまんした、おれ。
家に帰ったらとことん褒めてあげよう、おれ。
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はじめて自分で選んで呑んだお酒が澪。
そのときの感動が今の日本酒好きにつながってると思う。
松竹梅白壁蔵の公式ページから引用
倉庫をよこめに歩き、県境の川の土手にたどり着いた。自分の県側の土手はよく歩くが、こっちの土手は歩いたことあんまりない。今回はこっちを歩こうと思い、土手にのぼった。
のぼりきったとき、頭のなかでふとあのメロディが流れた。
ちゃ〜♪ちゃらららちゃららららーん♪
とぅとぅとぅ〜ん♪とぅ〜とぅとぅとぅとぅとぅ〜ん♪(ちゃーちゃららららら♪)
寅さんだ。
晴れた日、川沿いの土手、そこをぷらぷら歩く。
まさに『男は辛いよ』のオープニングで、土手を歩きながら家路に着く寅さんと自分がかさなった。
そうなると、気持ちはすこし大きくなって、なんだかいい気分になった。いつもよりおおげさにふらふらと歩いてみたりした。
心のなかでのひとりごとが、なぜか寅さんっぽい口調になったりもした。
俺も自分よりしっかりした妹を持ち、両親に甘えながら子供部屋に居座る身。迷惑かけ具合では同等かそれ以上のものであると自負している。
俺は現代に降り立った寅さん。ちょっぴり楽しくなった。
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松竹の『男はつらいよ』公式ページから引用
そんな心が寅さんの俺は土手をぷらぷら歩いてるうちに、頭が熱くなってきた。
黒いかみの毛が太陽の熱で熱くなってきているのを感じた。
これではちょっと危ないかもしれないと思った。なにが危ないのかはわからないが。
ふと、首からかけていた手ぬぐいを頭にまいてみた。
お、けっこういい。だいぶマシになった。
普段なら、頭に手ぬぐいを巻くのはそうじの時ぐらいだろう。かみの毛にほこりが絡まるのを防ぐためだ。
外で頭に手ぬぐいを巻いて歩いてる人なんてそうそういない。すこし恥ずかしいし、別にかっこいいわけではない。
でも実際かぶってみると、薄くてすぐ乾く生地は風をよくとおし、熱気をとじこめるようなことはない。かみの毛が熱くなるのもなくなった気がした。
手ぬぐいで作られた帽子とかあったら、たぶん買っちゃうかもしれない。それぐらい快適であった。
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今見るとけっこうきまってるなと思う。
頭に手ぬぐいスタイル、流行ってほしい。
頭に手ぬぐいを巻き、すこし快適になった私は歩みを進める。
人通りは少なく、ランニングをしている人しかいない。
あるランナーのおじいさんは、暑かったからか上裸になっていた。
街中ではまず見ないが、土手では当たり前のようにいる上裸おじさん。
人の少なさと見晴らしの良さという土手特有の解放感により生まれる存在だろう。
普段街中に溶けこみ存在感が薄い私でさえ、頭に手ぬぐいを巻いてしまうのだ。おじいさんだって上裸になる。
土手特有の解放感、それが生み出す存在。そんなことを考えながら土手を歩く。
草むらからは虫の鳴き声や鳥のさえずり、カエルの鳴き声のようなものも聞こえ、ちょっとした森に来たような気分になった。工事の音もでかい虫の声のように思える。
しかしそんな土手の冒険も終わる。
橋をわたり、自分の県へと帰るときが来た。
土手から橋へ戻るとき、ちょっとしたガードレールを越えなければいけなかった。
このガードレールを超えるという行為。俺は苦手だ。
「後ろ足が引っかかって転んだら?」
「虫かなんかがいて噛まれたら?」
「汚れがついてて服が汚れたら?」
そんなことがグルグルと頭のなかでよぎる。
高さ1メートルに満たないであろうガードレールが、とても怖く思える。
だが、そこを越えなければ家に帰れない。
いや、正確には遠回りしたり、車道をずっと歩く方法はあるが、大型トラックの通りが多く、それはそれで死の危険がある。
何よりオンライン始業会議におくれかねない。
どうしてもこのガードレールを超えるしかないのだ。
高校生のときに走らされたハードルより低いであろうガードレール。
慎重に、それでいてなるべく早く、そのガードレールに手をかけて足を上げた。
お、案外越えられた。股下ぎりぎりだ。
残りの足もできるだけ高く上げて…
お、越えられた。
なんだ、案外できるじゃん。おれ。
その時、これまで怖がって避けてきた出来事を思い浮かべた。
「あれ、もしかしてあんなことやこんなこと、できないと思って逃げてきたけど、やってみたら案外簡単だったりするんじゃないか?」
実際、やってみる前はむずかしそうだと二の足を踏んでいたことも、いざやってみるとある程度のことは自分1人でできるということは多々あった。
コミケのサークル参加、動画投稿、blenderによる3Dモデル制作…などなど
もちろん、やってみた結果できないこともあったし、満足いくクオリティに仕上げられなかったこともある。
でも、その数よりも怖気付いて逃げてきた回数の方が多かった。俺の人生は。
なんだ、けっこうやればできるじゃん、俺。まずは手を出さなきゃだなぁ…
この感動、この感覚、大事にしていきたいなと思った。
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このガードレールを超えた時、自分がいかに心配性かに気づいた。
最高に夏を感じたひととき
ガードレールを超え、一つ成長した気になった自分に酔いしれつつ、我が故郷に帰る。
土手を歩いていたのは数分だったが、たくさんの発見や気づきがあり、この数分はとても濃い時間だった。
我が県に足をふみいれたとき、始業時間はあとわずか。やばいやばい。最悪おくれちゃう。
そう思ったけど、心は寅さんだ。「まぁ、始業ミーティングに間に合えばいいや」と余裕を感じていた。
空は青く、草もあおあおとし、夏のムシムシした空気が体を包みこむ。
おう なつだぜ
脳内のかまきりが叫んだ。
夏だ。夏が来たんだ。
行きでは友人とのラインとスマホの熱さに気を取られ、隣県では見なれぬ景色や土手の解放感によってあまり意識はしなかった。
だが今、見知った地元の土手にきたとき、その「夏」を全身で感じた。
おれは げんきだぜ
おれの心は確実にひかってた。
わくわくもした。夏、心がおどり、さわいでいた。
夏特有の心わきたつこの感じ、午前の太陽が高い時間、これから1日が始まるというこの時間にしか味わえないものなのかもしれない。
子供の頃の夏休みの1日に心がタイムスリップをしていたのは間違いない。
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ちょっと かっこつけて しゃしんとってみたぜ
カーブミラー なつっぽくなるぜ
全身に夏を感じながら、土手を後にし家に帰る。
帰ったらパソコン立ち上げなきゃなー、めんどいからスマホでいっかー、とか考えてた。
街中では住民が育てているであろうユリの花を見たり、あおあおとした木々の葉を見ながら夏を感じながら、家に帰ってきた。
帰ってきて気づいたが、なんと頭に手ぬぐいを巻いたまま地元を歩いていた。
「幼馴染に見られたらはずい!」と焦ったが、こんな明るい時間からフラフラしてる新卒一年目なんておれぐらいだろうと腹をくくり、それ以上考えなくなった。
まぁ、別に頭に手ぬぐい巻いてたって迷惑かけるわけじゃないし。いっか。
家に帰った時間は始業時間ぴったり。ビジネスマナー的にはアウトだけど、まぁ、上出来上出来。
今日は朝からたくさん歩いたんだ。
そんな達成感を感じながら始業会議に参加した。
現金は下ろせる時に下ろしといた方がいい
最寄りのATMまで歩いた感想だが、やはり猛暑日の中歩くのは、いくらなんでもきつかった。
ただ、それ以上に発見や気づきがあったのは確かである。
川の向こうに寅さんを彷彿とさせる景色が広がっているとは思わなかったし、「広々とした場所で解放感を感じる」という感覚は耳にしたことはあったが経験したのは初めてだった。為せば成るを実感できたし、脳内のかまきりが騒ぐほどの夏がもうすでに到来していた。
このひとときの経験は、ただ部屋でスマホをいじっている時間よりもよっぽど有意義であるのは明確だろう。
ただ暑い!辛い!
もうこの暑さの中1時間は歩きたくない!
なので、今後は銀行ATMに寄れる際に、気持ち多めに下ろすことにした。
散財癖の俺としては、手元にあるだけ使ってしまいそうで不安ではあるが、手数料払ってまでコンビニATMは絶対に使いたくない。
朝一番の散歩は発見と気づきの連続で楽しくはあるが、物好きでもない限り、春秋の歩きやすい気温の中で歩くことを勧める。夏真っ盛りの時期に濃い色のTシャツを着て、汗だくになってできた背中の塩を見て、一種の達成感に似た感情を抱ける同志は、是非お試しあれ。
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