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「星空をふたりで紡ぐ」第38話(最終話)
大空の部屋まで来たところで、星河は躊躇っていた。部屋の前をあっちこっちに行き来しながら、大空を訪ねる勇気を少しずつ固める。本当は朝に来ようと思っていたのに自室で決意している間に昼になり、こうしてここでうろちょろしているうちにまた時間が過ぎていく。このままでは日が暮れてしまう。よし、あと一回、もう一回だけ廊下を行き来したら訪ねよう。そう思って歩き出したところで、部屋の戸が開いた。
「何をしてるん
「星空をふたりで紡ぐ」第37話
麗奈との勝負が終わってから一週間ほどが経ち、星河は再び天原閣の一角に来ていた。天原閣一階の奥まった場所にある囲碁雑貨『とらや』。新規開店したばかりのその店は可愛らしい店員がいるということで話題になり、癖の強い独自絵であるごとら君でさらに人気が上昇、連日かなりの賑わいを見せている。
「いらっしゃいませとらー。せ、星河っ!? どうしてここにっ」
虎の耳と尻尾をつけた義姉は、星河の姿を見て狼狽し
「星空をふたりで紡ぐ」第36話
「それじゃあ麗奈さんと仲直りできたんだ。良かったね、星河ちゃん!」
「ありがとう、優花ちゃん」
いつものように碁会所で碁を打ちながら、事の顛末を優花に教える。お世話になった人を思い浮かべるおまじないが効いたことや、識月が面白い団扇を持っていて笑ってしまったことも。
「あの団扇、優花ちゃんが用意してくれたんですか?」
「そうだよー。面白かったでしょ?」
「はい、笑ってしまいました」
仏頂面
「星空をふたりで紡ぐ」第35話
「良い勝負だった。この久遠院空牙が、新開星河を正式な花嫁として認めよう。もちろん、三年後の約束を忘れてもらっては困るがね」
空牙が宣言するのをぼんやりとしながら麗奈は聞いていた。負けた。それでも不思議と気分が良い。全力を出し切った。その結果が敗北だったとしても否やはない。きっと、星河と向き合って戦うことができればそれで良かったのだなと思う。今までの麗奈はそれすら出来ていなかったから。それに、次
「星空をふたりで紡ぐ」第34話
決まったか。識月はそう思った。
本来の実力差を見れば麗奈が圧勝すると思っていた。それがまさかここまで食い下がるとは。識月から見ればどちらも悪手だらけの拙い碁ではあったが、ところどころに褒めるべき場所はあった。
現在は星河の手番。この盤面、細く難解な筋ではあるが正着が一つだけ存在する。だが、それを星河が見つけることはできまい。無難な手を選べばその瞬間に麗奈が勝利するだろう。
麗奈が勝つ
「星空をふたりで紡ぐ」第33話
『あれには才能がないな』
いつか大空は麗奈のことをそう評した。
「取り消さねばならないな」
あの時の六子局は、格上に萎縮したような手を打つような、そんな碁だった。常に格上を食らうことでしか上に登っていけない国家棋士には到底向いていない、そう思った。だが、どうやら大空の判断は誤っていたらしい。麗奈はおそらく星河の視線に怯えて普段通りの実力が出せなかったのだろう。
今や麗奈と星河の局面は
「星空をふたりで紡ぐ」第32話
星河の身体に生気が戻ったのを見て、余計な一言を言ったと麗奈は思った。しかし、この星河と戦わなければならなかったとも思う。相反する二つの思いに葛藤しながら、麗奈はさらに星河を追い詰めるべく厳しい一手を打つ。
この局面、はっきりと黒を持つ麗奈が良い。今のうちに差を広げるべく中央を競り合う。さらには白の断点を見据えて左上隅の星にツケる。麗奈とて今まで遊んでいた訳ではない。星河が打っていなかった六年
「星空をふたりで紡ぐ」第31話
星河の様子がおかしいことに麗奈は気付いていた。星河はこんなにぼんやりとした表情で囲碁を打たない。いつも楽しそうに打つ、そんな少女だった。だからと言って、立ち直るような言葉をあげようとも思わない。こんな真剣勝負の場にそんな精神状態で来た星河が悪いのだ。弱っている時に打つ碁もまた実力だ。
だから、言葉をかけてはいけない。麗奈はそう自分に言い聞かせる。
そう、言い聞かせなければならなかった。だ
「星空をふたりで紡ぐ」第30話
星河と麗奈の勝負は、空牙が指定した条件で行われる。場所は天原閣の十二階、辰の間。国家棋士が私用で使うことのできる個室だ。開始は十三時、持ち時間はそれぞれ三時間。夜には決着がつく。
対局者は新開星河、新開麗奈。立会人は久遠院空牙、新開れい子。それに、久遠院大空、四条識月、真田雷が同席することになった。午前中に対局のあった大空が辰の間に来た時には、全員が揃っていた。
「いやあ、豪華な面子になっ
「星空をふたりで紡ぐ」第29話
泣いても笑っても明日で全てが決まる。星河はいつも通りに碁会所で打っていたが、今日だけは明日に備えて早く帰ることにした。
「頑張ってね、星河ちゃん! 対局する前はお世話になった人を思い浮かべるんだよ!」
「うん、ありがとう優花ちゃん。優花ちゃんのことも思い出すね」
「星河ちゃん!」「優花ちゃん!」
抱きついてきた優花を優しく包容する。
「序盤もだいぶ強くなりましたからね。今の星河お姉さんな
「星空をふたりで紡ぐ」第28話
街中で虎の格好をした義姉に会うと大変気まずいということを、星河は初めて知った。しばし二人で沈黙してお見合いしていると、店の中から大男が出てくる。
「ようお嬢ちゃん、オレの店に来てくれたのかい?」
「あっ、雷様。こんにちは」
雷とは識月との六子局の時に会ったきりだ。どうやら雷がこの店の店主らしい。こんなところにお店を出していたのか、とお店の中を覗く。囲碁関連の雑貨が並んでいるのは他の店と変わ
「星空をふたりで紡ぐ」第27話
「クカカッ! 強くなったじゃねえかオイ!」
雷が麗奈を褒め称えた。ついに雷を相手に四子で勝利したのだ。ギリギリ半目差の勝利ではあったが、称号持ちを相手に四子で勝てたのは自信に繋がる。麗奈は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、雷様」
「アンタの執念が実を結んだ結果さ。自分を誇っていい。まあ、俺の指導が良かったおかげもあるだろうがな!」
雷は本当に付きっきりで指導をしてくれた。そのおか
「星空をふたりで紡ぐ」第26話
麗奈との対決が三日後に迫った朝。久遠院家の屋敷、星河の自室にて知世が唸っていた。
「え、いや、これ、うーん、本当に? いやいや、え、ううううんんんん」
たっぷりと十分ほど考え込んでから、がっくりと肩を落とす。
「ありません」
「やったー!」
互先にて知世に中押し勝ちした星河は両手をあげて喜んだ。星河が上手く地を作った盤面を見ながら知世が引いたような声を出す。
「いやー本当に星河様強
「星空をふたりで紡ぐ」第25話
朝は久遠院家の使用人たちと対局、昼からは優花や善仁との訓練、夜は棋譜並べや読書。たまに識月の指導を受ける。朝から晩まで囲碁漬けの生活によって、星河の棋力はめきめきと上がり始めた。死活なども読みの深さが重要になる箇所と違って、定石や布石というのは覚えるだけでも比較的すぐに結果が出やすいというのもあるのだろう。
今日も碁会所で二人と打っていた。優花が感心したように目を丸くする。
「強くなったね
「星空をふたりで紡ぐ」第24話
「あの、これは決して悪口では無くてですね」
「良い人という評価は初めて受けたな。あまり褒められると照れてしまうのでやめて欲しい」
「あっ、怒ってなさそうですね。良かったです」
識月はたしか星河の二つほど上の年齢のはずだ。大人の男の人だが優花は大丈夫だろうか、と様子を窺うと、優花は意外にも顔を輝かせていた。
「識月先生! こんにちは!」
「ああ、こんにちは」
どうやら顔見知りらしい。星河か