「星空をふたりで紡ぐ」第28話

 街中で虎の格好をした義姉に会うと大変気まずいということを、星河は初めて知った。しばし二人で沈黙してお見合いしていると、店の中から大男が出てくる。

「ようお嬢ちゃん、オレの店に来てくれたのかい?」
「あっ、雷様。こんにちは」

 雷とは識月との六子局の時に会ったきりだ。どうやら雷がこの店の店主らしい。こんなところにお店を出していたのか、とお店の中を覗く。囲碁関連の雑貨が並んでいるのは他の店と変わらないが、可愛らしい虎の絵が雑貨に書かれていて星河は目を輝かせた。

「可愛い!」
「だろ? うちの店の自作絵だぜ。名前はごとら君」
「囲碁を打ってる絵もあるんですね。あっ、だから碁虎くんなんですね」
「そうそう。これからの時代は若い女性向けの囲碁雑貨も売ってかないといけねえからな」

 ごとら君が彫り込まれた碁盤を見ながら二人で大層盛り上がる。ああそうだ、と雷は麗奈のほうを向いた。

「見てたぞ。アンタ見てくれがいいのに無愛想でいけねえ。せっかくだから妹で挨拶の練習しとけ」
「練習、ですか。し、しかし星河相手には恥ずかしいので許して頂けないでしょうか」
「約束を忘れたのか? オレの紹介する店で働くってアンタが言ったんだろうが」
「くっ……!」

 いかにも屈辱といった様子で麗奈は唇を噛みしめると、星河のほうに向き合った。襲いかかる虎のように両手を挙げると、

「いらっしゃいませとらー……」

 と小声で呟く。顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている義姉を見ていると、星河は何かいけない気持ちに目覚めそうだった。

「どうだ? オレの店の挨拶にしようと思っているんだが。店員は全員虎の格好をさせるつもりだ」
「すごく良いと思います!」

 力強く肯定する星河に、雷は満足そうに頷く。麗奈は俯いて羞恥で震えているが、そこもまた可愛くて良いと星河は思った。ところで麗奈はなぜこの店で働いているのだろう? 約束、と雷は言っていたか。

「そういえば、約束って何ですか?」
「あー、それはだな……」
「言っても大丈夫ですよ、雷様。雷様に指導してもらう代わりに、私はここで働いているの」

 麗奈の言葉を聞いて、星河は震えた。星河が識月に指導をしてもらうように、麗奈は雷に指導してもらっていたのか。麗奈の実力なら星河に負ける可能性は無いだろうに、さらに称号持ちの指導を受けて万全の準備をしたのか。

 震える星河を見て麗奈が満足そうな顔をする。

「私が怖いでしょう。私が恐ろしいでしょう。対局の日に逃げても構わないのよ?」
「嬉しい!」
「……え?」

 星河は感動で打ち震えていた。麗奈がこちらを見ている。本気で星河に勝とうとしている。無視されるよりも、そのほうがすごく嬉しい。そんな星河の様子を見て、麗奈が一歩下がった。

「私は……あなたのそんなところが……」

 一瞬だけ怯えたような表情が見えたが、気の所為だろうと星河は判断する。麗奈が何かを振り払うように首を振った。

「いえ、これ以上は話す必要はないわね。囲碁で決着をつけましょう」
「うん!」

 火花が散りそうな麗奈の視線を星河は真っ向から受け止めた。そうだ、会話は必要ない。二人で囲碁を打てば、今までの思いも、これからのことも、きっと伝わるはずだから。

「ところでお嬢ちゃん、何か買い物に来たんじゃねえのか?」
「あっ、そうなんです。大空様に贈り物をしたいと思いまして」
「クカカッ! 仲良くしてるみたいじゃねえか。店員さん、案内してやりな」
「えっ、私ですかっ!?」

 麗奈が驚く。麗奈は雷に気を許しているのか、無表情ではあるがいつもより感情が分かりやすくて面白い。結局、

「こ、こちらの商品がおすすめですとらー……」

 という麗奈の紹介に従って星河は買い物をした。自分で書き込める無地の扇子だ。扇子は対局に持ち込めるので、戦いの時でも一緒にいたいという想いからこれを選んだ。


 夜に大空の部屋を訪れて、贈り物の扇子を渡すと大空は大層喜んでくれた。

「ありがとう。嬉しいよ」

 大空は本当に嬉しい時は緩んだ口元を我慢しようとして変な顔になる。だから本当に嬉しいのだろう。それが星河にとっても嬉しい。大空は礼を言ったあとに、それから可笑しそうに笑う。

「考えることは一緒だな」

 大空からも扇子を渡される。扇子を開き、描かれている絵を見て星河は歓喜した。そこには星河にとって一番嬉しいものが描かれていた。

「わあ」
「俺からの贈り物だ。対局する時に使って欲しい」
「はい! ありがとうございます!」

 麗奈との勝負の時にも持っていこう。大空が一緒にいると思うと、不思議と勇気が出た。

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