「星空をふたりで紡ぐ」第35話

「良い勝負だった。この久遠院空牙が、新開星河を正式な花嫁として認めよう。もちろん、三年後の約束を忘れてもらっては困るがね」

 空牙が宣言するのをぼんやりとしながら麗奈は聞いていた。負けた。それでも不思議と気分が良い。全力を出し切った。その結果が敗北だったとしても否やはない。きっと、星河と向き合って戦うことができればそれで良かったのだなと思う。今までの麗奈はそれすら出来ていなかったから。それに、次は勝てばいいのだ。ただ前に進もうとする意志だけが大事なのだから。

「認めない! 認めないわよ!」

 れい子が喚いているのが聞こえる。

「ああそうよ何かズルをしたんでしょう! 流石はあの女の娘よね! そうだ、大空様! 大空様に打つ手を教えて貰ったんでしょうこの卑怯者!」
「れい子さん、この二人の勝負は本当に良いものだった。星河さんも麗奈さんも良い打ち手で、二人の将来を見てみたくなったよ。その余韻を壊してもらっては困るな。それとも、この久遠院空牙が立ち会った勝負に本当にイカサマがあったとでも思っているのかな?」
「そ、それは……」

 空牙に諌められてれい子の声が小さくなる。麗奈はこの母のことが嫌いではなかった。些細なことで苦しんで、誰かを傷つけて、そういったところは麗奈と一緒だから。だから、解放するのは私がしてあげたい。雷に頼んだ件を確認する。

「雷様。お願いごとの件、調べて頂けましたか?」
「ああ。だが、本当にいいのか?」
「ええ、お願いします。私はもう大丈夫です。たとえ義父に認められてなかったとしても生きていける」

 れい子が驚愕の表情で麗奈を見た。気付いてないとでも思っていたのだろうか。雷が懐から封筒のようなものを取り出した。

「とある伝手を使って調べてもらった。星賢の本物の遺言状だ。長々と書いてあるが、まあ、要約するとこうだな。星河には才能があるから囲碁を打たせたほうがいい、麗奈には別の道を薦める。星河の囲碁を禁じたのは星賢ではなく、遺言を書き換えた誰かって訳だ。そして、それはアンタだな?」

 雷がれい子を指差した。れい子は青ざめて、膝から崩れ落ちた。

「違う、違うのよ。だってあんまりじゃない。それじゃあ私の麗奈が可哀想じゃない。ねえ、そうでしょう、麗奈、なんとか言ってちょうだい」

 すがりついてくるれい子を麗奈は抱きしめた。

「お母様、私を育ててくれたあなたには感謝しています。あなたの嘘が、私を救ってくれたこともあったでしょう。でも、お母様は私のために遺言を書き換えた訳ではない。ただもういない人を憎んで、その娘も憎んで、そして自分の娘には自分の夢を押し付けた。もう終わりにしませんか?」
「私は……違うの、私は、私は……」

 れい子は麗奈の言葉を否定し続ける。そっと母を離すと、麗奈は深く頭を下げた。

「今までありがとうございましたお母様。私は私の道を行きます」

 もうれい子は麗奈の言葉を聞いていなかった。座り込んで何事かを呟いている。

 星賢は麗奈の才能を認めていなかった。れい子も、大空も、麗奈のことを認めていなかった。きっとこれから私が進む道は地獄なのだろう。それでも良いとどこか清々しい気持ちがある。自分で決めた道ならば、地獄を這うのも悪くないと思えたから。

「ああ、それとだな。星賢の遺言にはこうも書かれている」

 首を傾げて雷を見る。雷はこう読み上げた。

「それでも麗奈が望むのなら、囲碁を打たせてやって欲しい」
「……そうですか」

 義父と囲碁を打った日々に思いを馳せる。星賢は棋士として麗奈を認めることは無かったが、父として囲碁を打たせることを選んだのかもしれない。

「そうですか」

 父の最期の言葉を噛み締めた。ねえお義父さん、きっと私、これからも囲碁を打つわ。

 そして麗奈は星河に向き合う。星河は意外にも動揺していなかった。

「知っていたの? 遺言の件」
「ううん」

 星河は首を横に振る。そのわりには平気そうだ。この遺言はこの子を苦しめていたはずなのに。六年間も囲碁を打てなかったのに。星河は笑顔を見せた。

「もう大丈夫だから。みんながいて、大空様がいて、囲碁が打てる。それに、これからはお義姉ちゃんもいる。そうでしょう?」

 はにかむ星河を見て涙腺が緩む。それを誤魔化すように星河を抱きしめた。

「ごめんねっ! 今まで一人にしてごめんなさい、星河!」
「謝らなくていいよお」

 星河も涙交じりの声で抱きしめ返してくる。六年間のわだかまりが解けるまで、麗奈と星河はいつまでも抱きしめあった。

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