Taito Katsumata

1995年生まれ、東京在住。美術業界で働く傍ら、文章を書いています。散文、エッセイ、詩…

Taito Katsumata

1995年生まれ、東京在住。美術業界で働く傍ら、文章を書いています。散文、エッセイ、詩、文体実験が主です。

最近の記事

詩「わたしはすでに知っている」

あなたを知らない わたしは出逢う わたしを知らない あなたに出逢う あなたを知りたい わたしは出逢う わたしを知りたい あなたに出逢う わたしを知らない あなたに話す あなたの知らない わたしのこと あなたを知らない わたしは聞く わたしの知らない あなたのこと わたしを知った あなたは気付く わたしも知らない わたしのこと あなたを知った わたしは気付く あなたも知らない あなたのこと あなたがわたしを 教えてくれる そうしてわたしは わたしを知る わたしがあなたに 

    • 一筆書き日記 *文体実験 

      下記に記される本文は、実験的な文章です。 この文章を書いた目的を、ステートメントとして残していますので、ステートメントを一読いただいてから本文に目を通していただけると幸いです。 文体の効果や感想などをいただけるとありがたいです。 ステートメント本文都会に暮らす僕らは少し離れたところに大自然が広がっていることを忘れがちだし、毎週でも来て心を解放しようという決意すら忘れてしまう生き物だけど、 やっぱりアゲハ蝶が水を飲んでる姿や蟻が餌を運ぶ姿に心打たれるわけで、人間だって自然

      • 「なんだかやる気が起きない」という重大なシグナル

        祖母は料理が得意な人だった。正月に集まれば冷蔵庫の中からせっせと食料を集めて、大量の夕飯を食卓に並べた。 「お腹いっぱい」と言っても手を休めず、遊びにいくとここぞとばかりに容赦なく作り続ける。台所に立つその後ろ姿はなんだか活き活きとしていた。 そんな祖母がどうやら最近ぱったりと料理を作らなくなったらしい。 喋りも達者でよく歩く祖母のことだから、たまに会う程度では気づかないのだが、どうやら認知症の症状が出ているとのこと。同じ話を何度もしたり、さっきまで手につけていたことを

        • 自転車と自分の距離 / フラットに見つめたい / 語りの賞味期限 / 記憶の不確かさ / 物語の力 / 平凡(フラット)な目線

          世の中をフラットに見つめたいゴールデンウィークはとにかくアウトプットをしよう。思い立って書き始めた。とにかく書く。書くという行為は、世界を取り戻す行為だとサルトルはいった。自分の物差しを持ってひたすら事物との距離を測っていく。そうやってひたすらに書き残していく散文に価値があるのかと言われたらそれは分からない。ただそうした試みをしてみたいと思う自分の心の中には、何かしらの問題意識を感じているのだろう。世の中をフラットに見つめたい。そう思ったのは、以前自転車を盗まれた時だった。普

        詩「わたしはすでに知っている」

        マガジン

        • ニューヨーク雑記 2018.10.8-2018.11.17
          43本

        記事

          内見

          引っ越そうと思って、内見に行くことにした。アパマンショップで出会ったお兄さんは小池といった。小池はなんでも確認を求める男で、見積りを出しても良いか、似たような部屋も案内していいか、車を用意していいかの確認を全て僕に求めてきた。 全ての確認に対して気前よく「はい」とか「いいですよ」と答えてはいたが、「いいえ」や「少し考えさせてください」と言ったらどうなるんだろうとも思った。ドラクエにたまにいるキャラクターみたいに、「はい」を選択するまで延々と同じセリフを繰り返すようになるのか

          誤字脱字納品随録 *文体実験

          下記に記される本文は、実験的な文章です。 この文章を書いた目的を、ステートメントとして残していますので、ステートメントを一読いただいてから本文に目を通していただけると幸いです。 文体の効果や感想などをいただけるとありがたいです。 ステートメント本文兎にも格にも誤字やら脱字やらが多くて困ている。伝えるべきことを伝えることも仕事の内なのに、やたらと稚依さなミスが連発する。書き言葉が吃ってしまつているというか。そんな感覚。 何故誤字るのか 原因I.予測変換 考えられる原因

          誤字脱字納品随録 *文体実験

          撮る。いつか思い出せるように。

          なんで思い出って鮮明に覚えていられないんだろう。 どんなに記憶に刻みたいと思っても、その瞬間の解像度を保てない。 過ぎ去ってしまった光景は、頭の中で回想することしかできなくて、脳内で感じ取ったあの色彩、あの空気、あの匂いは、こぼれ落ちるように記憶の深淵に潜り込む。 今この瞬間はその時にしか味わえない。そうとは分かっていても、どうしても残しておきたい景色がある。 そんな状況に立った時、僕はカメラを置くか…構えるか…迷う。 未来の自分にいずれ過去に

          撮る。いつか思い出せるように。

          一週間を振り返って

          「思い出す」という作業をあまりしない時期がある。漠然とあれがしたい、これがしたいと思い続けながら、日々を過ごして、過ぎ去った日々のことを思い出すことに時間を使わない。今この瞬間も明日になれば、思い出になるというのに思い出になるという意識がない。努めて思い出すという作業をすることが、日々その瞬間の解像度をあげるのに一役買うのかも知れないと思って、振り返る。 2020.8.17(月) 8時起床。月曜日から早起き大成功。偉い。12時消灯8時起床を心掛け始めた。いい感じのスタート

          一週間を振り返って

          衝動性とどう向き合うかに関するメモ

          最近、早寝早起きにハマっている。 と言っても、12時に寝て、8時間寝て、朝8時に起きるだけなので、一般的な社会人からしたら早起きでもなんでもないのかも知れない。それでも僕にとっては、だいぶ早く寝てるし、だいぶ早く起きている。 決まった時間に何かをするのがめちゃくちゃ苦手なこともあって、昔から就寝・起床という大枠の生活習慣すら守れない。毎週同じ時間にテレビの前に座ってドラマを見ることもできないし、週刊誌を購読することもできない。スケジュールに沿って行動するのも苦手で、基本的

          衝動性とどう向き合うかに関するメモ

          会話って共同作品だと思う

          日常的に行なっている“会話“というのは、当たり前に見えて実はかなり高度な行為だ。相手が発したキーワードや文脈から、自分の頭に連想された話題を振る。単に連想ゲームのように繋いでいくだけでなく、相手の感情とか共通する前提とか、いろんなことを鑑みた上で発する言葉を選ぶことも求められる。 何度も線を引いてスケッチするように言葉を羅列した結果、話の輪郭が曖昧になったり。伝えたいことを正確に言葉にしようとするがあまり、沈黙が生まれてしまったり。その沈黙は会話の“間”なのか。それとも途切

          会話って共同作品だと思う

          自力で辿り着くこと

          言葉というのは難しい。人と議論をしていると、どっかから借りてきた言葉で武装して、参考文献を素早く手札から引用するだけの知識と反射神経のバトルをしてしまうことがあります。 知ってはいるけど、自分の心の底から分かってない言葉や 本で読んだけど実体験で語れない言葉がたくさんあって。 いざ自力で並べた言葉のチープさに絶望する時があります。 最近でいうと卒論の提出期限が迫っているのに、集中できずにいたぼくに気を遣って、誘っても全然相手にしてくれず、卒論が完成するまで待ってくれた友人

          自力で辿り着くこと

          自分の時間軸を獲得する

          BBCで日本人の盆栽家のドキュメンタリーを観た。儀礼をテーマにした特集で、圧倒的な集中力で一日中盆栽の世話をしている女性の宗教的なまでの日常を美しく描写していた。自分が生まれるずっと前から先祖代々受け継がれてきた盆栽を自分の人生を賭して手入れし、次の世代へ繋ぐ。気が遠くなるほど長いリレー。 500年、1000年と生きる盆栽を手入れすること。容易でないことだけは容易に想像できる。水を遣り、枝を切り、鉢を植え替える。毎日の作業にドラスティックな変化はない。木と共に、木の成長と同

          自分の時間軸を獲得する

          〇〇っぽさってなんだろう

          虹色侍という二人組のYouTuberがいる。「米津玄師をback numberっぽくアレンジしてみた」「天気の子の主題歌をジャマイカっぽく歌う」という切り口の企画が特に人気を呼んでいる。既存の楽曲を別のアーティストが歌ったらどうなるか。ジャンルを変えてみたらどうなるかという実験動画だ。 確かに2人のアレンジが加わることによって、米津玄師の曲はback numberっぽく変わり、同じ歌詞なのにもはや原曲が分からないくらい変貌を遂げる。 この〇〇っぽさを構成するものってなんだ

          〇〇っぽさってなんだろう

          見立てる力

          ”ヒマラヤほどの消しゴム一つ 楽しいことをたくさんしたい ミサイルほどのペンを片手に おもしろいことをたくさんしたい” そんな歌があった。1993年に発表されたTHE BLUE HEARTSの歌だ。この歌はTHE BLUE HEARTSのマーシーこと真島昌利による作詞で彼の独特の世界観がよく表れている。 ヒマラヤほどの消しゴム。ミサイルほどのペン。 日常生活であまり連想しないワードを2つ組み合わせたこの言葉は、耳にこびりつくパンチがある。関連性のないワードを組み合わせて物

          見立てる力

          年明け

          年が明けました。 10年代が終わり、2020年になりました。 ちなみに今年は家でしっぽり蕎麦を食べながら年を越しました。 昨年は何かと迷走期間の長かった一年でしたが、 ”やめる”と見えるものがあって ”始める”と見えるものが変わる ことを知りました。 ”心を閉ざす”と遠のく声があって ”心を開く”と聞こえる声がある ことを知りました。 長い長い迷走を経て、ようやく視界がクリアになってきた気がします。 昨年大学を卒業して立場も考え方もガラッと変わりました。 初日の出を拝みな

          NYとTOKYOに暮らすミレニアル世代の下世話の極み雑談。クリエイター論、音楽談義、アート、宗教など。

          ※この対談はNYとTOKYOに住むミレニアル世代の二人の何気ないLINEのやりとりを元に構成しています. 対談者 T氏:NY在住24才 R氏:TOKYO在住22才 好きなことvs稼げること。広告と課金について。T:最近何してんの? R:思考をめぐらせてる。というか悩んでいる。好きなことvs稼げること T:世の中で一番難しい二項対立だな。 R:訳わからん。選択肢ありすぎ問題。結果、自分が何が好きかわからなくなった。 T:そうなると思う。 R:これの小袋なりゆきの

          NYとTOKYOに暮らすミレニアル世代の下世話の極み雑談。クリエイター論、音楽談義、アート、宗教など。