民主主義の多様性。

より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・

<記事原文 寺島先生推薦>
Roland Boer: We need to talk more about China’s socialist democracy
出典:Friends of Socialist China  2023年9月26日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年11月11日

ローランド・ボーア氏の論文を掲載させていただきます。氏は、中国・大連理工大学の教授で専門はマルクス主義哲学です。『中国の特色ある社会主義:外国人のための案内書』(シュプリンガー、2021年)の著者です。この論文は、西側諸国に広く無知が蔓延している中国の社会主義的民主主義体制について、非常に貴重な入門書となっています。

私たちは中国の社会主義的民主主義体制について、もっともっと話す必要がある。なぜか?理由はたくさんあるが、主な理由は、少数の「西側」諸国からの中国批判に行動計画を決めさせてはならないということだ。そこで、次のような主張を提案しよう:中国の社会主義的民主主義体制はすでにかなり成熟しており、他のどの民主主義体制よりも優れている。実は、これは私の提案ではなく、多くの中国の専門家の提案である。彼らは、中国の社会主義的民主主義体制がすでにその潜在的な資質を発揮しつつあることをはっきりと認めている。もちろん、この制度がどのように機能し、どのように絶えず改善されているのかについては、もっと多くのことを知る必要がある。

話を進める前に、「民主主義」の意味に関する先入観や思い込みを捨てていただきたい。もしあなたが数少ない「西側」諸国の出身であれば、何年も前に毛沢東が指摘したように、「民主主義」に関する思い込みをあなたの頭から洗い流す必要があるだろう。「民主主義」それ自体というものは存在せず、民主主義の歴史的形態があるだけである。その中でも、西欧型の資本主義的民主主義は、限られた政党の候補者による定期的な選挙に限定されたものであり、ひとつの形態に過ぎない。

これとは対照的に、社会主義的民主主義は100年以上の発展を遂げ、まったく異なるものであり、ますます成熟している。

概要

まず概要から説明すると、中国の社会主義的民主主義体制には、7つの統合された構造、すなわち、制度形態がある。選挙民主主義、協議民主主義、草の根民主主義、少数民族政策、法による統治、人権、共産党の指導である。図を使って説明しよう。


明らかに、私はここでこれらの構成要素すべてを扱うことはできないし、ましてや実践から生まれる政治理論も扱えない。これらの問題については、『中国の特色ある社会主義::外国人のための案内書』(スプリンンガー、2021)に書いたので、そちらを参照していただきたい。そこには中国語の著作への大量の言及がある。ここでは、選挙制民主主義、協議制民主主義、基層(草の根)民主主義に焦点を当てたい。


選挙民主主義

中国では、選挙民主主義は主に人民代表大会に関して行われている。中国が世界の舞台の中心に躍り出たことを受け、年に一度、通常は3月か4月に開催される全国人民代表大会(NPC)への注目は(一部には誤った見方もあるが)高まっている。選挙で選ばれた数千人の代表が北京に集まり、重要な決定を下す。実際、全国人民代表大会は中国の最高立法機関であり、何事も法律となるには全国人民代表大会の承認を得なければならない。

しかし、全国人民代表大会はより広範な組織の一部である。全国人民代表大会には5つのレベルがあり、最も基本的な階層は村や少数民族の郷、町にある。

1. 全国人民代表大会(1954年9月初開催)
2. 省、自治区、中央政府直轄の市の大会
3. 大都市小区と自治県の大会
4. 分区されていない都市、市区、県、自治県の大会
5. 村、少数民族郷、町の大会

中国の人口が14億人であることを考えると、全国にきわめてたくさんの人民代表大会があることになる。

選挙はどのように行われるのか? すべての人民代表大会には、代表を選出する必要がある。

なるほどすばらしい仕組みだが、しかし、人々は投票するのだろうか? 18歳以上のすべての国民には選挙権があり、選挙が有効であるために必要な候補者の数と有権者の数については厳格な規定がある。すべての国民に投票権があり、選挙区内の有権者の50%以上が実際に投票して初めて選挙が成立する。過半数の票を得た候補者が当選する。

誰が選挙に立候補できるのか? 国民であれば誰でも選挙に立候補することができる。候補者はすべての政党や大衆組織から推薦を受けることができ、直接選挙では有権者10人以上、間接選挙では代議員10人以上の推薦者があれば、候補者を推薦することもできる。

何人が立候補者するのか? 基本的な約束として、候補者の数は選出される代議員の数より多くならないといけない。直接選挙では、候補者の数が選出される代議員の数より30%~100%多くなければならない。間接選挙での候補者の数は、選出される代議員の数より20%~50%多くなければならない。

なぜ直接選挙と間接選挙を区別するのか? 人民代表大会の下位2段階の選挙は直接選挙であり、地元の人々が候補者に投票する。次の3段階は間接選挙で、簡単に言えば、下位の人民代表大会の代表が上位の人民代表大会に選出される可能性があるということだ。したがって、3000人ほどの代表が全国人民代表大会(全人代)のために北京に赴く準備をするまでには、すでにこの任務のために彼らを選出するための非常に詳細な過程が存在している。

候補者は審査されるのか? もちろん。人々の幸福に真に貢献するために必要な技術と能力を備えた、経験豊かで質の高い人材が必要だからだ。彼らが中国の社会主義体制の支持者(批判的ではあったとしても)であるべきなのは言うまでもない。

選挙民主主義は改善できるのか? 政治制度が停滞し、今や分断されつつある数少ない西側諸国とは異なり、中国の選挙民主主義は常に発展途上にあると考えられている。中国における膨大な分析と研究に当たれば、多くの提案が見つかる。人民代表大会の選挙制度を改善する、都市部と農村部における一票の重さの平等の原則を確保する、人民代表大会の常務委員会の能力を強化し、人民代表大会が開かれていないときにその仕事を引き受けるようにする、農村部からの出稼ぎ労働者も含め、有権者全員が投票できるようにする、賄賂を排除し、より効率的な機能を確保するために、統治機関の監督を改善する、などである。

ひとつ疑問が残る。西側諸国の党派間の対立に基づく政治に慣れた観察者は、(COVID-19のような)あらゆることが政治的な点数稼ぎの焦点となるため、全国人民代表大会における投票の仕組みを理解するのに苦労する。たいていの決議案は圧倒的多数で可決される。では、全国人民代表大会は単に空欄( )にその意思を「ゴム印」で押すだけなのか。そんなことはない。さて今度はその仕組みを理解するために、協議民主制に目を向けてみよう。


協議民主主義

この項では、まず歴史から話を始めよう。全国人民代表大会の歴史は1940年代にさかのぼるが[1]、協議民主制の実態と実践はさらに古く、根深い。その鍵は、長い革命闘争の間に解放された紅色地区で発展した「大衆路線(群众路线 qunzhong luxian)」にある。大衆路線の実践と理論に関する初期の精緻な記述は、毛沢東、鄧小平、周恩来などの著作に見られるが、「大衆から大衆へ」というスローガンを作ったのは、もちろん毛沢東である。このスローガンは、非党大衆の意思を中国共産党の政策に統合するという具体的な経験から生まれた実践である。

ここで使われている用語を理解する必要がある。そもそも、「大衆(群众 qunzhong」という用語は含蓄に富んでおり、中国共産党の根幹をなす農村と都市の労働者を指している。同時に、「大衆」という言葉は「人民 renmin)」という言葉と大きく重なる。この観点から、「党が人民を指導する」「人民を中心とする」(以人民为中心yi renmin wei zhongxin)といった表現は、「党が大衆を指導する」「大衆を中心とする」という意味でもある。さらに、「大衆組織」は中国の政治体制において重要な役割を果たしている。大衆組織は、ブルジョア市民社会に見られるような、国家と緊張関係にある社会組織でもなければ、共産党組織でもない。大衆組織は別個のもので、深い政治的根源と長い歴史を持つ「大衆的性格(群众性 qunzhongxing)」がある。つまり、これらは統治機構とは直接関係のない大衆の関心事を代弁しているというのだ。

大衆路線はどのように機能するのか? 学者の馬英徳(2017、p.27)の言葉を引用しよう。大衆路線は「広く動員された大衆の意見に耳を傾けるため、包括的である。大衆の意見が研究され、中央組織の意見となる。理性によって導かれ、大衆の行動を通じて意見が常に検証される。協議と意思決定を結びつける反省を通じて均衡を達成し、大衆の意見が行動に昇華される」。

このような長い実践の歴史から、新中国では協議民主主義と呼ばれるものが生まれた。今日では、以下のようなさまざまな形態がとられている。

1)中国人民政治協商会議(CPPCC)の多くのレベルにおける制度化。中国人民政治協商会議(CPPCC)は、中国共産党大会(CPC)と同時に開催され、中国人民代表大会(NPC)の多くの委員会や代表に対して、立法に関する詳細な助言や協議を行う。

2) 多レベルの中国人民政治協商会議にはあらゆる代表集団からの代表が含まれる。他の8つの政党、少数民族、宗教団体、大衆組織、移民労働者のような新しい社会集団など、である。これらのグループからの代表が人民代表大会に選出されないということではなく、人民代表大会にも選出されるからである。

3) 協議と意見の反映の形態は拡大し続けている。これには、昔ながらの、しかしかけがえのない実践である、顔を合わせての話し合いが含まれるが、現在ではこれに加えて、オンラインでの相談や意見の反映、提案の募集、その他もろもろによって補完されている。携帯電話の無数のアプリも、意見の反映や意見表明に利用できる。何十年もの経験から、中国の人々はこのような慣習に慣れており、あらゆる問題について声を上げる。

4)大衆組織や社会組織、複数の階層からなる人民代表大会、あらゆる階層の党組織(党建設にも関わる)、農村や都市の住民自治組織、地方からの出稼ぎ労働者など、数多くの会議が開かれる中で、協議が標準的な慣行となっている。この民主主義の実践は、都市と農村の統治形態、政策課題(地方予算から国家5ヵ年計画まで)、草の根レベルの直接選挙の構造、労使関係に影響を及ぼしている。

5) 基層レベルまたは草の根レベルの民主主義も協議民主主義の一形態であるが、この実践については次節で述べる。

つまり、中国には2つの実質的な民主主義の実践形態があり、それぞれが長い歴史を持ち、そして極めて重要なことに、それぞれが互いに関わり合い、影響を与え合っているのである。両者が協力し合う方法は、深い文化的歴史と、非対立的矛盾が社会主義建設の鍵であるというマルクス主義的な強調点の両方を持っている。しかし、これでは理論から逸脱してしまうので、前節の最後に提起した疑問、すなわち中国人民代表大会の投票方式に話を戻そう。

欧米流の対立政治、「泥仕合」、政治的点数稼ぎ、政治家が名誉毀損や誹謗中傷で訴追されない「議員特権」に慣れた人々にとって、中国の慣行は少し奇妙に映るかもしれない。その鍵は、選挙制民主主義と協議制民主主義の弁証法的相互作用にあり、選挙制民主主義と協議制民主主義は互いの長所を補い合い、それぞれの限界を解決することができる。

全国人民代表大会の場合、法案が採決にかけられるまでに、審議と協議の極めて長く困難な過程を経ている。先に述べたような多くの機関で何度も会議が開かれ、意見が求められ、意見の相違が遠慮なく述べられる。実際、反対意見も奨励され、合意が得られるまで、討論、修正、さらなる討論が繰り返される。そうして初めて、立法案は全国人民代表大会で採決されるのである。


草の根民主主義

協議型民主主義の明確な形は、「基層的段階(基层jiceng)」民主主義であり、英語では「草の根民主主義(grassroots democracy)」と呼ばれている。ひとつの段階としては、この形の民主主義は人類史上最も古い形態である。私たちはこれを「基層的共産主義」と呼ぶかもしれないが、それは何千年もの間、さまざまな形で再現されてきた。例えば、フリードリヒ・エンゲルスは、ヨーロッパの古い慣習、特にドイツの「マルク協会(Markgenossenschaft)」にとても注目していた。そしてマルクスは、すでに1880年代にロシアの社会主義者からの質問に答えなければならないことに気づいた。ロシアの社会主義者は、資本主義の発展のすべての段階を経ることなく、ロシアの「村コミューン」が共産主義への道を提供できるかどうかを議論していたからだ。

より具体的な段階では、草の根民主主義は、社会主義民主主義体制の一部として、中国で何十年にもわたって独自の形態を発展させてきた。私たちは、革命闘争の時代や紅地区の政治機構、農村部に典型的な「小議会」(小议会xiao yihui)や1950年代の都市部の委員会(ほとんど自然発生的なもの)の中に、草の根民主主義が出現していることに気づく。ここで私が関心を抱いているのは、新千年紀の最初の10年間から草の根民主主義が発展する新たな段階である。今までに、何十万とは言わないまでも、何万もの地域の事例があり、そこから洞察を得ることができる。そして、草の根民主主義の実践に関する分析や研究を掘り下げると、膨大な量の資料が見つかる。

こうした実践の多くは、参加型予算編成に始まり、地方自治の他の多くの分野へと広がっていった。人里離れた山間部の村落、大都市の都市地区、そして多くの町や小さな都市で見られる。非常に多くの事例の中から2つの事例を挙げてみよう。ひとつは、江蘇省無錫(むしゃく)市の参加型予算編成に関するもので、もうひとつは、河南省の小さな県級市である滕州(とうしゅう)市のものである。


江蘇省無錫市

無錫市の参加型予算編成は2006年に始まり、「陽光財政(阳光财政yangguang caizheng)」として知られている[2]。これは、一部の市行政官の腐敗と闘う長い過程の初期段階を示すもので、予算や事業に関わる重要な事柄に地元住民を参加させるために開発された。無錫市の過程は3段階に分けられる。

第1段階:この段階は総合的な協議の段階であり、「会議の前に大衆が推薦する事業」として知られている。コミュニティ(地域共同体)の近隣委員会、住民グループ、住民自身を最大限に活用し、あらゆる段階で意見とフィードバック(意見の反映、調整)が求められる。ソーシャルメディアも意見を集めたり、アンケートを実施するために利用される。

第2段階:これは決定段階であり、「会議での人気投票によって決定される項目」として知られている。手順は以下のとおり:a) くじ引きや過去の代表から会議に参加する住民を選ぶ。その際は庶民や地方人民代表大会の代議員を含めることに重点を置く、b) 第1段階で作成された提案から項目ごとに詳細な報告を行うことから始まる会議を招集する c) 住民代表との広範な協議、討論、対話(住民が理解できない項目や不満のある項目の説明を含む) d) 住民代表による投票を実施する。その際は優先度の高い支出項目と低い支出項目を特定することに重点を置く

第3段階:最終段階は、「会議後の大衆による追跡監視」と呼ばれ、実施進捗状況に焦点が当てられる。この段階では、事業執行責任者は住民委員会にその事業の各段階について常に情報を提供し、定期的に現地調査を行うことが求められる。完成後、住民代表や専門家が事業に対する評価を行い、地域住民もその事業の成果について自治体に意見表明することができる。これらの評価は、新しい事業計画を開発するための過程の一部となる。


河南省滕州市

滕州市は、第一次産業を中心とする小さな県級市である。今では、滕州で民主的審議の対象となるのは、予算だけではなくなった[3]。農村建設の長期計画から家族計画、農村協同医療に至るまで、多岐にわたっている。こうした民主的な活動では、誠実さ、公平さ、政治的意識の高さを評価され、参加者が選出される。新しい利益団体や新興の社会組織からも代表者が選出されるよう、割当が適用される。明らかに、彼らはあらかじめ決められた結果を出すために「人選」されたものではない。また、欧米の制度に見られるような、世論を求めるふりをしてすでに決まったことを進めるような形だけの手法でもない。その代わり、中国の草の根には実質があり、真の代表がいる。

滕州のやり方は「4+2」方式と呼ばれるもので、「4回の会議と2回の公示」である。具体的には

第一回会議:地元の中国共産党支部は幅広い協議と詳細な調査を行い、予備的な提案を行う。

第二回会議:村の「二つの委員会」が中国共産党支部の提案を討議する。

第三回会議:村中の中国共産党委員が集まり、村の「二つの委員会」の意見を討論し、さらに世論を集める。

第四回会議:村民代表会議または村民決議会議が前の会議での提案を討議し、投票する。

第一回目の公告:村民会議の決議事項を7日間以上公告する。

第二回目の公告:決定事項の実施結果を村民に適時に公表する。

無錫市と郴州市は、何千何万とあるこのような慣行のうちの2つの例に過ぎない。重要なのは、彼らは画一的な手法をとらず、十分に試行された的を絞った実行方法をとっていることだ。つまり、草の根民主主義の各実践は、地域の関心事や現実から生まれるということだ。絶え間ない分析と改善提案によって、その手法は洗練され、滕州のように手法が拡大される。経験を重ねることで、参加者は実践に慣れ、より効果的に参加できるようになる。


社会主義的民主主義の実践

本稿では、選挙制民主主義、協議制民主主義、草の根民主主義についてのみ記すことができたが、こうした実践が中国でいかに広範に行われているか、またその背景には実に長い歴史が横たわっていることを洞察していただければ幸いである。全体像を把握するためには、法の支配(この10年でさらに大きな発展を遂げた)、社会主義的人権(社会経済的幸福に焦点を当てた)、少数民族、社会主義的民主主義が中国共産党の指導力を必要とし、そのような指導力によって実際に強化される方法についての資料を提示する必要があるだろう。

しかし最後に、中国における社会主義的民主主義は所与のものではないことを強調しておこう。政治体制が停滞し、萎縮している欧米諸国とは異なり、彼らは社会主義的民主主義に「到達した」とは感じていない。その代わり、中国の社会主義的民主主義は常に進行中である。的を絞った実践、慎重な拡大、社会主義的民主主義のさらなる教育、あらゆる集団からの完全な代表の確保、参加の強化と奨励―これらその他は、単に改革と刷新の絶え間ない実行過程の一部なのである。

おそらく読者は、なぜ私が中国の専門家から引き出した、社会主義的民主主義の潜在的優位性が中国で実現され始めているという観察から始めたのか、おわかりいただけるだろう。現地での私自身の観察によれば、社会主義的民主主義はすでに大きな成熟を遂げている。ただ、私の中国の友人、同僚、同志たちにとっては、社会主義的民主主義はまだ発展途上なのである。


<参考文献>
Boer, Roland(2021)『中国の特色ある社会主義:外国人のための案内書』、シンガポール: Springer, 2021.

Bu Wanhong(2015)『论我国基层协商式治理探索的成就与经验---基于民主恳谈会与 "四议两公开 "工作法的分析(中国における草の根協議型統治の成果と経験について―民主フォーラムと「四会二公」における作業方法に基づく分析)』、河南大学学报(社会科学版)2015 (9):45-52.

Ma Yide(2017)『憲法の枠組みの下での協議民主制の役割とそれに伴う法の支配』、中国の社会科学38 (2):21-38.

毛沢東(1940)「新民主主義について(1940年1月)」『毛沢東著作選集第2巻』:339-84。北京:Foreign Languages Press, 1965.

沈建林、譚世山「参与式预算的中国实践、协商模式及其转型―基于协商民主的视角(中国における参加型予算の実践・協議・変革―協議民主主義の視点に基づく)」湖北社会科学(湖北社会科学)2016 (3):23-26.

[1] この実践は1940年の毛沢東の指示に従ったものである:「中国は今、全国人民代表大会から省・県・区・郷の人民代表大会に至るまで、各級がそれぞれの政府機関を選出する人民代表大会制度を採用することができる」(毛沢東1940:352)。

[2] この例は沈建林と譚世山(2016)から引用した。

[3] 滕州の例は、Bu Wanhong (2015)による。

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
抜粋終わり

民主主義には、多様性があると思う。

なら「中国式の民主主義」があってもおかしくはない。

仮に「リベラルデモクラシー」が最高峰だとしても、それへの登攀の道は、いくつものあると思う。

今の西側社会には、それの視点が無い。西側知識人に、無い。

結局「民主主義を滅ぼすのは、それの似非」だったのであり、似非と化した「西側のリベラルデモクラシー」が、消滅していくのは、当然の帰結だった。

あと、西側の「民主主義」には。権変が無い。あるとしても「民主化・自由と民主主義」に偽装した侵略と略奪虐殺の手管だけである。

天皇絶滅 日本泰平

天皇の無い 蒼い空を取り戻す

慈悲と憐みの富む社会になりますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?