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【観劇レポ】黒コメディ来航 ミュージカル「太平洋序曲」

ミュージカル観劇レポ。4月の観劇ラッシュ第一弾「太平洋序曲」です。4/15大阪マチネ。

ざっくり作品を紹介するとこんな感じです。

・舞台は幕末、黒船来航による動乱の時代
・西洋視点の幕末日本を描く
・今回はブロードウェイ版より短縮版(約100分幕間なし)

ミュージカルは海外製も日本オリジナル作品でも、西洋風のものが多くて、和を取り入れた作品は相対的に少ない印象。その中で本作は、幕末(開国)という、伝統的な和の日本に西洋列強が押し寄せる時代を描きます。

ブラックコメディ

感想を一言で言うと、100分丸々ブラックコメディ

歴史が舞台ながら、デフォルメされたキャラクターや時代背景。農耕民族として発展してきたニッポン、鎖国による「平和」、黒船来航による混乱、文字通り傀儡である皇族、西洋化していく日本と、尊王攘夷の御旗のもとに古き武士道を貫くサムライ。

いずれも史実通りかと言うと、かなりデフォルメされていたり、時代が異なる様々な要素が混ぜられていたりします。万次郎は攘夷派志士ではないし、将軍が暗殺された史実はないし、明治天皇が自らを明治天皇と名乗ることはありえませんしね(明治は諡号なので)。
幕末の色々な動乱とか、王政復古と富国強兵、そしてその後の列強・大日本帝国のプロパガンダとか、幕末以降の時代も含めて象徴的にまとめられている印象。

舞台を回す狂言回しが面白おかしく語るとともに、観客側も一歩引いた視点で観ることが求められていた気がします。

ストーリーについても観る前は、香山と万次郎が軸の、幕末の対照的な日本人の生き様がメインかと思っていましたが、二人のキャラクターもまた西洋化と尊王攘夷のデフォルメであり、作品の中心というより一部の印象。
西洋化に抗えず髷を落とした武士と、西洋を知りながら逆に武士の道へ傾倒する漁師とがジワジワとクロスしていく様子が描かれる。

不平等条約のシーンも、列強諸国はかなりデフォルメされており、各国の典型的なイメージのもとに、帝国主義の縮図が展開。また、あえて将軍を女性キャストが演じることで、なるほど、列強から見れば当時の日本は「かよわいおなごのようなもの」ということかというのを思い知らされる。

そしてラストは、冒頭の現代にもどり、幕末から「次の時代へ」と歌うフィナーレへ。わりとしっとりした作品の中で、一気にミュージカルらしいTheフィナーレへ切り替わるのですが、わあ!豪華!かっこいい!では終わらない、終われない、なにかが引っかかる。

太平洋序曲のタイトル通り、これは始まり。このあと訪れる世界大戦や悲劇の歴史は、この日本が太平洋へ開いていくことが始まりなのだと。序盤で香山の妻・たまでが歌う「他に道はありませぬ」の意味も、これを思うと違う意味を想起させる。

そしてそれを経て令和の今、日本はどんな姿になっているのでしょうかと、狂言回しに笑われているような…うん、変な気分だ。

こういった要素を含め、頭空っぽに爆笑して楽しめるような感じではない作品でした。やってきたのは黒船じゃなく、ブラックコメディだったというわけ(誰がうまいこと言えと)。

純粋なコメディシーンもあって、笑えるポイントもあります。ペリーvs万次郎&のところとか、皇居のお公家さんの雰囲気とか。

西洋から見たニッポン

和テイストの作品とはいいつつ、その「和」はあくまでも西洋視点。やや強調されたお辞儀文化をはじめ、ティピカルなところがどこか皮肉な感じもしましたが、なるほど「ニッポン」のイメージってこんな感じかと納得する部分もありました。

この納得というのを少し掘り下げると、僕自身も日本で生まれ、日本の教育を受けてきたものの、実は僕自身も西洋的視点での日本の中で生きてきたのではないか、ということへの気づき。

さすがに日本にニンジャが生きているとは思ってませんが、お侍の所作、殿様のイメージなんかは、もはや現代の日本人も、外国人も、一緒なんじゃないか。そういう視点で楽しめたところは面白かったです。

ミュージカルとして

まず楽曲。難しい

歌う方ももちろん難しいと思いますが、まあ1回聞いただけではメロディがわからない。あえて作られているであろう「間」も含め、全てを語らない音。これは何回も観劇して馴染むタイプの、いわゆるスルメ的な楽曲ですね。

一曲一曲がわりと長めで、同じフレーズが一曲の中で繰り返される(リフレイン)と、突然の変調が特徴的。一曲の中にストーリーがある、とでも言いましょうか。
歌い上げる系の曲は少なめなので、いわゆるグランドミュージカルが好きな人にはちょっと物足りなさかあるかも。キャスト豪華なだけになおさらね。

ただ、終盤の楽曲は結構濃厚でしたし、フィナーレなんかはまさにミュージカルの終わり方って感じで好きでした。やっぱり僕は、アンサンブルさんたちが生き生きしてるのを観るのが大好き。

一曲は濃厚ですが、わりとストレートプレイが多い印象。「マイフェアレディ」とかに近いかも。

エンタメとして

ミュージカルはトップ・オブ・エンターテイメントだと常々言い続けていますが、豪華絢爛なファンタジーミュージカルとは違う、新鮮な舞台でした。

扇子を使った舞、終盤の殺陣、ミュージカルに珍しい摺足気味の移動。また移動式の立板を使った場面転換&キャストの移動や、舞台後方にある円形の窓も効果的で、和の雰囲気がうまく取り入れられた舞台でした。特に円形の窓は、月の様子とリンクしていて、いわゆる侘び寂びやをかしの世界感。

ここ数年でそれなりにたくさんの作品を観てきたつもりでしたが、ミュージカルはまだまだ可能性が広がっていると思いました。まだしばらくミュージカルオタクはやめられねえなあ。

キャスト

狂言回し、香山、万次郎はWキャスト。

狂言回し・山本耕史さん、実はミュージカルで拝見するのは初めてですが、長台詞もなんのその、舞台を華麗に掌握されていました。発音がいい。いい意味で俳優・山本耕史のイメージ通りというか、ちょっとだけ俗世から離れている感じ?なんか存在がセクシーですよね。

香山・海宝くん。言わずもがなミュージカル界のプリンスですが、こういう何かと何かの間で揺れるキャラクターが似合ってしまいますよね。グランドミュージカルであれば、きっと妻を亡くす場面とか、もっと歌い上げるメインソングがたくさんあるでしょう、もうちょっとお歌を聴きたかったなと思いましたが、万次郎との最後の決闘、そして妻の元へ逝ってしまうときの柔らかい表情はさすが。

万次郎・立石俊樹くん。エリザベートのルドルフ以来ですが、あんな大きい声でコメディできるとは。老中に扮してペリーと話すシーンは見物です。ルドルフのときのか弱い感じも似合っていましたが、こんな鬼みたいな顔もできるんですね。
歌に乗せながら西洋化していく香山と対照的に、ただ黙々と「武士化」していく様子は静かで悲しい意志を感じて息を呑みます。

プリンシパルは以上3人なのですが、プリンシパルがプリンシパルしすぎていないのがこの作品の特徴かなと思います。アンサンブルさんがメイン級とまで言えるかもしれない。作品全体で「ニッポンのフンイキ」を醸すので、それぞれの場面でどんな動きをされているかが見所にもなっています。

特に、個人的に大好きな可知寛子さんはYouTubeでも拝見していたので、早替えやら老中やら、ついつい追っかけてしまいました。ちなみに、可知さんのステイホーム期間のYouTubeはホントに面白いので見てほしい。特にオススメはミッキーさんメイク。あれは狂気(褒めてる)。

個人的には、将軍と女将を演じる朝海ひかるさんも楽しみにしていたのですが、今回はお歌が少なめだったので、また違う作品でも拝見したいな。

プロモーション(余談)

今回の公演で少しだけ惜しいポイントが、プロモーション。

今回の公演はフル尺バージョンではなく短縮版。これが公演間近まで情報解禁されていなくて、「最初から言うてよ!」、「短縮版やのにチケット代は変わらないの?」というようなお声が上がってしまったんです。

その後、出演者の一人である可知寛子さんが、御本人のTwitterで作り手側の解釈を示してくださって鎮火した…ということがありました。ただしこれも可知さんの解釈であって公式というわけではないですが。

そんなプチ炎上(?)もあって、ちょっと勿体ないなかったなぁと思うと同時に、このSNS全盛の時代、プロモーションって商業としてのミュージカルにおいても、芸術としてのミュージカルにおいても非常に重要だと感じました。

実はこのあと、他の作品で上演時間の情報解禁が早まるなどしています。より多くの人に作品を知ってもらって、興味を持ってもらって、観に来てもらうために、情報をどのように、どんなタイミングで出すかが重要性を増しているってことだと思います。

ミュージカルは意外と歴史が浅い文化で、まだまだ成長過程のマーケットという意味では、いろんな声があって然るべきなんだろうと思います(ただし、言い方は気をつけないとダメ)。

まとめ

というわけで「太平洋序曲」のレポでした。

個人的にはもう少し歌も欲しかったですが、中々新鮮な作品で、ミュージカルというエンタメの新しい可能性も感じた作品。また、アンサンブルの力強さも感じました。

また、歴史ものを観るたびに思いますが、歴史を学ぶ意味って、色んな創作物を見るときの視点や発見につながるということが1つあるのかなと感じます。その歴史が、誰の目線で語られているのか、ということを含めて。

今回は新演出版、かつオリジナルよりもコンパクトにした演出だったということですので、ぜひ再演時はフルバージョンでも観てみたいなと思います。

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