祝福を込めて。【#2000字のドラマ】
「二人はさ、幸せってなんだと思う?」
アルコール度数3%のチューハイをぐびっと飲んでから、赤い顔をした広子が問いかける。
ついさっきまで「浜辺美波と橋本環奈だったらどちらの方が可愛いか」という究極の命題について議論していた僕と蓮は、急な転換に一瞬固まる。
ポカンとした僕らに、広子は続ける。
「私はねー。たくさんあるんだよね。仕事も恋愛も遊びも本当に楽しい。二人と飲んでる今だって、幸せ。」
酔っているのだろうか、こんなことを恥ずかしげもなく言う。
酔った時に人の本性が出るのだとしたら、彼女は根っからの人ったらしなのだろう。
言われた僕らが照れてしまう。
「俺は、うまい飯食って、うまい酒飲んで、好きなことで稼げてれば幸せやなー。」
少し考えて、蓮が答える。
同期の中でもずば抜けて仕事のできる彼だから、仕事自体が人生のやりがいになっているのだろう。
「うーん。俺も旅行いって、美味しいもの食べれたらそれだけで幸せだな〜。3人でドライブいったのとか、楽しかったな。」
記憶を掘り起こして答える。
気の合う仲間と一緒に過ごすのが、やはり一番楽しい。
特にそれが同じ会社の仲間だったら、同じ苦しみを共有できる者同士、気が楽というものだ。
僕たちの答えを聞いて、広子はふふっと笑って続ける。
「ドライブも楽しかったな〜。土浦の花火は綺麗だったし、まだ寒いのに海行ったのも懐かしいな。全部全部、本当にいい思い出。」
思い返すと、色々なところに3人で行った。
仕事で嫌なことがあれば、チャットを飛ばして終電まで飲んだ。思いつきでディズニーに行った。謎解きにハマった時は毎週末遊んだ。
辛い仕事を乗り越えられたのは、紛れもなく2人のおかげだった。
そうやって物思いに耽っていると、広子は続ける。
「私さ、高校の時めっちゃ仲良かった子がいて、毎日毎日遊びほうけてたの。男遊びを覚えたのもその頃!」
男遊びのくだりに、なるほど!と変に納得する僕ら。冗談のつもりだったのだろう、「いやそれ、ツッコミ待ちのボケだから!」と笑い、広子は続ける。
「環境が変わっても、一緒にいるんだろうなって何となく思ってた。でも、別々の大学に進学して、段々会う機会が少なくなって、今では年に一回も会わなくなっちゃった。」
広子は笑顔のまま、でも少し、悲しそうな表情をしている。
「今この時、目の前にいる人と、後悔のない時間を送ってきたつもり。でも、時々その子のことを思い出して、少し悲しくなるんだ。
あの頃みたいにしょうもないことを話したいな、二人なら全部イージーモードに見えてた、あの感覚に戻りたいなって。」
楽しかった過去を、懐かしく思う気持ちはよく分かる。学生時代の友人を思い出しながら頷いた。蓮も「分かるわ」とぽつりと呟いた。
そんな僕らを一瞥した広子は、度数の弱いチューハイをぐびり、ぐびりと飲み干した。
そして、少しだけ固く、真面目な顔になって、一呼吸置いて言った。
「私、結婚することになったの。」
結婚。一見脈絡のない打ち明けに、理解がワンテンポ遅れる。
喜ばしいこと…だよな?とめくばせした僕らは、素直に祝福する。
「ほんまか!おめでとう、めでたいやん!」
「マジか!おめでとう!」
僕らの反応に広子は、ニコッと笑って「ありがとう!」と言った。
少し遠くを見つめたまま、続ける。
「これから、幸せな家族を築いていくことが本当に楽しみ。不安なんて一切ない。けど、今抱えてる幸せは、多分手放すことになるんだろうなって思う。」
広子の言いたいことは、何となく分かる。人生のフェーズに応じて付き合う相手は変わるし、守るものができれば優先せざるを得ない。
こうやって暇を共有するような生活は、いつか疎遠になってしまうのだろう。
幸せな話なのに、どこかしんみりしてしまった。まあ、彼女が蒔いた種なので、罪悪感はないのだけど。
そんな空気を察知してか、広子は口を開いた。
「なんて言ったらいいか分からないけど、なんだろうね。うん、きっと幸せすぎるんだな〜私。罪な女だねえ。」
言いたいことを言えた安心感からか、少し饒舌になる。
相槌を打つように、蓮は答えた。
「ほんまやで。こんな良い男を二人も抱えて、周りから嫉妬されてるん気づいてないんか?」
「いやいや、私結構人気あるんだからね?男の先輩方から殺意向けられてるの、二人こそ気づいてないの?」
こんな頭の悪い会話をする日常にも、きっと終わりが来るのであろう。それぞれが自分の幸せを生きて、段々と疎遠になっていくのであろう。
二人の掛け合いに笑いながら、缶ビールを啜った。
時間が経ってぬるくなってしまったのだろう、いつもより少し、ほろ苦く感じた。
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