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先進国での「中間層の没落」という問題の原因はデジタル化にある

近年、格差というテーマが先進国に共通して議論されています。別の言葉で言うと、「中間層の没落」というテーマになると思います。4年前の2016年にトランプ大統領が誕生したことや、イギリス国民がEU離脱を選んだことにも、このテーマが大きく関係していたということが言われています。日本では、小泉政権時の政策が格差拡大を招いたといった議論もよく耳にしますが、先進国に共通しているテーマということからすると、そのような特定の国の特定の政策が主な原因とは考えにくいです。

それでは、何が原因なのでしょうか。世界の様々な研究結果は、デジタル化がその主な原因であることを示しています。そのことについて、詳しく書いてみたいと思います。

“エレファント・カーブ”が示す先進国中間層の没落

下の図は、2012年に経済学者のブランコ・ミラノヴィッチが公表し、世界に衝撃を与えたもので、“エレファント・カーブ”と呼ばれていることはよく知られています。世界全体で見ると、先進国の富裕層と新興国の中間層以下は豊かになった一方で、先進国の中間層はあまり豊かになっていない、あるいは貧しくなっていることを示すもので、グラフの形が鼻を上げた象の形のように見えることから、このような名前で呼ばれています。

縦軸は国民1人当たりの所得の伸びを表しています。そして、横軸は所得分布を表し、右にいけばいくほど所得が高いということになります。所得が中間以下の人々と、極めて高い人々では所得が伸びていることが分かります。

デジタル化は2つのルートで先進国中間層の没落をもたらしている

「先進国中間層の没落」を示す別のグラフを紹介しておきます。下の図は、2017年にIMF(国際通貨基金)のエコノミストがワーキングペーパーの形で発表したもので、1991年から2014年にかけて世界で“労働分配率”がどのように変化したかを示したものです。“労働分配率”は少し難しい概念ですが、これは、経済活動によって生み出された付加価値のうち、どのぐらいの割合が賃金などの形で労働者に還元されたかを示すものです。赤い星が1991年から2014年までの労働分配率の変化を示したもので、労働者のスキル別に見てみると、高スキルの労働者のみ労働分配率が高まっていることが分かります。

棒グラフを塗り分けている部分が変化の原因の内訳を示しており、右端の先進国の中スキルの労働者について見れば、その労働分配率が下がっている原因としては、青い部分の「技術」が最大の原因であり、茶色の部分の「グローバルバリューチェーンへの参加」がそれに次ぐ原因ということになります。

この「技術」とは何でしょうか。ワーキングペーパーでは、ICTが機械を含むあらゆるモノの価格を下げることにより、ルーチン業務の機械化が進むことに着目しています。つまり、ICTを使う方が人を雇うより安くなるため、人の仕事に取って代わるということですね。

また、「グローバルバリューチェーンへの参加」とは、経済活動がグローバル化することで、仕事が先進国から新興国・途上国に移っていく現象です。

ここで重要なのは、このようなグローバル化はデジタル化がもたらしたものということです。もちろん、航空サービスなどの輸送手段が発達したことも背景の一つにはあるのですが、以前の記事で書いた、「デジタル化は“取引費用”の構造を変える」ということが大きく関係してきます。

あらゆる経済活動においては、様々な情報のやり取りが必要ですが、これらの情報のやり取りには“取引費用”という大きなコストがかかります。デジタル化の本質は、この取引費用を下げることにあり、これによりグローバルな分業体制を大規模に構築して生産活動を行うことができるようになったのです。例えば、国際電話や電子メールというグローバルな情報のやり取りの手段がなければ、海外に工場を作って生産活動をすることは困難ですし、Appleの「Designed by Apple in California, Assembled in China」に代表される「設計は自社で行い、製造は外国の企業が行う」といったビジネスモデルも成り立たないということは簡単に理解できると思います。

このように、先進国の中スキルの労働者に賃金などが回らなくなったという現象は、デジタル化が「技術」と「グローバルバリューチェーン」という2つのルートを通じてもたらしたものということになるのです。

日本はデジタル化の波に乗る代わりに、非正規雇用に頼る道を選んだ

このように、先進国中間層の没落はデジタル化がもたらしたという研究結果を紹介しましたが、日本にとって大いに気になる別の研究結果も紹介しておきます。

下の図は、OECD加盟国を対象に、「ICTがどれぐらい活用されているか」と「ルーチン業務がどのぐらい残っているか」をプロットで示したものです。

縦軸はルーチン業務がどの程度残っているかを表し、上に行けば行くほどルーチン業務がまだ多いということになります。そして、横軸は業務においてどの程度ICTを活用しているかを表し、右に行けば行くほどICTが活用されているということになります。一般的に、ICTの活用が進めばその分ルーチン業務は減りますので、プロットは基本的に右下がりになります(ICTの活用が進んでいるのにルーチン業務が多い韓国は気になりますが)。

日本はOECD加盟国の中では、ICTの活用はそれほど進んでおらず、ルーチン業務が比較的残っているということが分かります。日本ではまだICTが人の仕事に取って代わるという流れがそれほどは進んでいない状況にあると言えそうです。その理由については、もちろんよく言われるとおり日本でのICT活用がうまくいっていないことはあるはずですが、ICTを使うよりも、非正規雇用による労働力を活用した方が安く上がるからではないかという研究結果もあります。記事の冒頭で、先進国での格差あるいは中間層没落の問題は特定の国の特定の政策が主な原因ではないということを書きましたが、デジタル化という世界的な大激流への対応策として、「日本はデジタル化の波に乗る代わりに、非正規雇用に頼る道を選んだ」ということは言えるのかもしれません。

デジタル化の推進は政策の総力戦

“エレファント・カーブ”を見るときに重要なことは、世界全体で見れば、人々は豊かになっているということです。デジタル化は抵抗できない流れであるとともに、やはり積極的に進めていくべきテーマなのです。ただし、これまで先進国の中の先進国とも言うべき立場を守ってきた日本という国の豊かさを考える場合、できるだけ多くの人々が“エレファント・カーブ”の一番右側に行けるのであれば、それに越したことはないでしょう。

紹介した研究結果にあるように、先進国富裕層やスキルの高い人々が更に豊かになっているのはなぜなのかという点については、色々な原因が挙げられている中で、ICTが“ネットワーク効果”などにより一人勝ちを生みやすいこととの関係も指摘されています。この点からは、ビジネスにおいては国内市場だけではなくグローバルな規模でスケールしていくことが求められるでしょうし、それを可能とする人材育成のための大学(院)教育の在り方という問題もあるでしょう。

同時に、日本において今後デジタル化が進んでいく過程では、特に非正規雇用の仕事への影響が他の国以上に大きくなることが考えられ、どのように対応していくかは極めて重要かつ難しい政策課題になるはずです。私個人としては、日本の非正規雇用を巡る問題の発生源はメンバーシップ型雇用にあると考えており、ジョブ型雇用への移行を考える中で併せて対応しなければならない課題だと思っています。

このように、デジタル化の推進という政策テーマは、単に技術やサービスをどうするかといった話ではなく、雇用や教育さらには福祉といったものも含めた政策の総力戦が必要であり、かつ避けられないテーマだということを認識しておく必要があります。

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