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第34話:理論と感性の境界線

東京大学の最新AIラボ。ガラス張りの壁面に映る朝日が、岩田の姿を照らしていた。彼は大型スクリーンに映し出された複雑な数式を見つめながら、眉をひそめている。

「教授、この方程式では人間とAIの相互作用を完全に説明できません」若い研究員が声をかける。

岩田は眼鏡を押し上げながら答える。「ああ、そうだな。人間の感情や直感といった要素が、まだ変数として組み込めていないんだ」

ふと、数日前の美咲のギャラリーでの再会が頭をよぎる。仲間たちの表情、そしてAIとの共生を捉えた美咲の写真。それらは、どんな数式でも表現しきれない何かを持っていた。

「先生、何か思いついたんですか?」研究員が期待を込めて尋ねる。

岩田は少し間を置いてから答える。「うん、ちょっとね。人間とAIの関係性を、もっと...芸術的な視点で捉えてみる必要があるかもしれない」

研究員は困惑した表情を浮かべる。「芸術的...ですか?」

その時、岩田のスマートフォンが鳴る。上田からの着信だった。

「もしもし、上田さん?」

「ああ、岩田か。昨夜のAIとの共演の録音データを送ったんだが、ちょっと見てもらえないか」

岩田は驚きながらも答える。「はい、もちろんです。でも、なぜ私に?」

上田の声に、少し照れくささが混じる。「お前なら、AIと人間の音楽の違いを科学的に分析できると思ってな」

通話を終えた岩田は、深い思考に沈む。数式では説明できない人間の感性。しかし、それを完全に無視することもできない。

「先生?」研究員の声に、岩田は我に返る。

「すまない。ちょっと考えていたんだ」岩田は微笑む。「君は音楽は好きかい?」

研究員は戸惑いながらも答える。「はい、でも...それがAIの研究とどう関係するんでしょうか?」

岩田は立ち上がり、窓の外を見る。そこには、AIと人間が共存する新しい東京の風景が広がっていた。

「AIと人間の関係性を理解するには、論理だけでなく感性も必要なんだ」岩田は静かに言う。「さあ、新しいアプローチを試してみよう」

彼は大型スクリーンに、上田から送られてきた音楽データを表示する。波形やスペクトログラムが複雑な模様を描き出す。

「これが、人間とAIの共演か...」岩田の目が輝く。「面白い。ここから何が見えてくるだろうな」

岩田の新たな研究が始まろうとしていた。それは、科学と芸術の境界線を超える挑戦。かつての仲間たちとの経験が、今、新たな形で彼の人生に影響を与えていた。

(続く)

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