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ほろほろしずくの散る、【短編小説】
鳩の、飛んできた先がTOKUSHIMAであるとわかったのは。羽やすめたつばさにまろぶひとたらしから。かき鳴らされては散りゆく、琵琶の滝がおどったから。
地に伏した沙羅の花、たけきものもつひにはほろびぬ、あなたはるか、しのんでいるのだと。あいつらは汚いから、ぜったいにさわっちゃだめだよ。鳩の使う少女の、くちびるにあてた鳩笛が響いたから。
手にしたアルミのサッシは冷えていた。きゅうかいのベランダから身を投げる。二転三転、あしうらにふれたアスファルト、まっくらやみの夜、凶と逢坂のさかいめ、ささげたひまわりのとうに朽ち果てた、お山の墓場にむかう。
お骨をつまんだときの菜箸のような、おしぼりはこちらに、灰のかけらの指につかぬよう、風呂敷にくるまれた骨のつぼは。みなせの里にて編まれたひゃくのお歌、わすれじの、いのちともがな、きれぎれの薄墨、家まではタクシーで? いいえ、ひと駅なので電車で。よかった、これなら、引出物みたいにみえるわ、まさか骨なんてだれも思わへん、葉月の、お盆のただなかに、ゆかにしみついたひとがた、割れたガラスのコップ、とけていったひとの。
どうして、ひとは。お骨を、納めるのだと。年の瀬の風のおさまらぬ、ほむらが幾度も消えたのだ。きざまれた戒名のたったひとり、お父さんもお母さんもここはいったらええから、ごめんやけど、あんた、たのんだで。
墓場にはなじみがある。はいいろのチェックのプリーツスカート、おはかにそなえたおせんこう、ひざこぞうくらいのいしが、でこぼこのくさだらけのみちのそばにあって、えいって。ちょっとたおしただけなのに。なにするんや。なんや、どしたんや。みてみ、このこ、たおしてもうた。あかんのに、あかんのに。おはかのいし、たおしたらあかんのに。
遠のいてゆくブランコの背を押した。いろはにほへと、ちりぬるを、けいどろでタッチするよう、御影石をはらいのける。白磁のつぼはひんやりしていた。
若いから、燃えるのに時間がかかるね。火の番の親爺はひに灼けていた。骨焼場は予約でいっぱい、となり町までタクシーでむかう。運転手は白い手袋をしていた。うたわれるアリア、燃されてゆく白木の棺、小窓に打ちつけられた釘、だれが、ここにはいってるのかな、ほんとに、いるのかな、ぜんぶはね、はいらないから。喉仏はね、だいじだからね。お骨をね、くだいてね、いれてあげてね。
ふたつのてのひらに乗りきるくらい、骨になったひと、ひとつまみの骨をのんだ。
夜のうろのうちでも、ほんのり光っていたそれは、耳裏ではばたく鳩のつばさ、土に落としたわたがしみたいな、奥歯のくぼみにじゃりっと砂の鳴る、あまいようなにがいような、ほろほろしずくの散る、あおがれる夜のそこ、鳩は飛びたとうとしていた。
くちびるの湿ってゆく。まっすぐにのびてゆく白糸、滝のつぼにまっさかさま、入水のときのしぶき、ひるがえった裾を、だれも、だれも、つかめなくって。はじかれる弦、うたわれる琵琶の、うみの、海のそこにはみやこがあるんやろ。
かけあがったそらをあしうらがつきぬける。うしろ、ふりかえらずに、RuRuRuRuRuRuRuRuR……コールにあわせ飛んでゆく鳩、眠る街に明かりはない。
鎮まりたまへとささげるは。ほうぼうのお社、つめのかけらから。髪の毛ひとすじ、薄皮のなにもかも。地になげうったひと、しんしんと沈みゆくのだと、飼っていた、飼われていた猫だけが生きのびた、とじきった部屋のうち、あわぶく散らしながら、陽に、ひに、とけてゆく、とかされてゆく、燃されて粉ふいて。
灰の、たなびくかすみ、あしゆびのつまさきを電信柱につける。きっぷはいらない。星のともし火も、みちしるべもなにもない。のたうつ蛆にのりこむ。
ゆらり、運ばれるのはわたしひとり、だのに肉身はぎゅうぎゅうで。ほっぺにふれる生あたたかな、はちきれそうな血のおと、いつかの砂あらし、ぷつぷつはじける、たくさんのたまごうみおとすのだと、たったのひとりきり、お供もなにもひきつれず、ぷつ、とろ、どろ、ほぐれてゆくのだと。
はばたきがきこえた。くちの閉じられない蛙たち、水の敷かれた田んぼのうえをゆく。うすらかにあけたわたしのくちびる、トゥトゥ、トゥトゥ……もれでた鳩のうぶごえ、つばさのしぶきに濡らされる、鳩の、降りてゆく、とがったくちばしがわたしをつつく。
かかとのつけた先は、ひんやりとがった夜のレール、てのひらほどの石がつまっていた。後ろ影を照らす象の警笛、運転席にはだれもいない。はねあがったわたし、トゥトゥ、くちぶえを吹いたような、腰かけた座席は海ほたる、あおく浅く息たえるようかがやいていた。
まかれてゆく窓のそと、ひくつく薄葉陽炎、はためく赤い旗がみえた。蝶の、舞ったような、耳裏から喉仏にそって。ひらかれてゆくわたし、こぼれる朱とひきかえに。オオクスのゆらぎが、わたしにとけこんでゆく。
me・黒にはね、きせいちゅうの博物館があるんよ。鳩使いになるため旅をしているのだと少女はいった。TOKUSHIMAにも、みやこがあるんよ。三条の大橋、擬宝珠につまさきをあずけながら。蔓であんだ橋を、渡るんよ。あしうらをのせるたびにきしむカズラ、くるぶし落とさんように、だいじょうぶ、のみこんだ骨はわたしのへそ裏におさまっていた。
彼岸の水辺をゆく。ひたいにも鼻がしらにも、まぶされるしぶき、ふくらはぎにからみつく蔓、ひきちぎるたびにうぶごえがきこえた。腋をかすめる風は。みなぞこにつまった泥のにおい、Tye、Chi、Tyen、TTyen……滝の糸のむすばれてゆく、鳩のえがくメビウス、散らされるしずくの、水面にはじけるたび、琵琶の鳴る、あしゆびのあわいには阿波阿波阿波、ひとさし指でまぜきったうずしお、きりりと冷えていた。
ひかがみまでもをつけきった。たらしたてのひらに阿波がおどる。燃ゆるほむらにあぶられる、けし粒のはねかえる、ひざこぞうからすねをとおって。ひねられてゆくつちふまず、きっと、かさついたくちびるの端からもれでた、とじられたカーテンのはざまから葉月に焦がされる、猫は鳴いていたろうか、しね、わたしに念じたろうか、ねじこまれてゆく滝のつぼ、つまさきのかすめたような、舎利、お骨の啼いたような、つめきった骨のつぼ、頭蓋にはめだまの穴があいていた、木槌をふりおろす。のどに隠したちいさなちいさなほとけさま、あわせたてのひらと手をつないだ。
かざした撥がわたしを斬りつける、Tyen、TTyen、くちびるをすぼめた。トゥ、くちぶえはもう鳴らない。はきだすためにべろをまるめた。裏庭のすみに咲いていたナツツバキ、うすっぺらでしわしわの、おしべを隠すよううつむいて。
Gi……RiRiRiRiRi……コールされるわたし、はい、もしもし。夕に鳴った電話だった。もしもし。燃し、藻し。燃されてくすぶって。ちょうど落ちきった夏椿、通りすがりの鳩のした糞は。べたりとわたしの前髪にはりついた。
へその裏からとけている。えずくのがじょうずなわたしは。便器のふたをあけたら、こぼさないよう下水にむかってくちびるをひらける。ひとすじにひかれたはらわた、とどこおりなくはききる、とがったくちばしそなえたみたいに。せりあがってきたほとばしり、のどが焼けただれてゆく。
うみの、うみの、うみの、そこには。みやこ、みやこがあるんやから。葉をさらう陽すらとどかない、海ほたるのふるさと、竜の宮のあるのだと、朱にぬられたはしら、わたしのむけたくちびるから、あおがれる紅いころも、うみの、うみの、うみの、そこにもみやこがあるんなら。ひかりに、かもされて。ひたりきったフローリングの、しずんでいったそのさきにだって。
鳩笛がきこえた。かくれ里に鳩の飛ぶのだと、TOKUSHIMAにも、みやこがあるんよ。つむじの後ろを旋回する鳩のつばさ、ぽとり、まつげにひっかかった鳩の糞は。かぎきれなかった、扉からも窓からももれでた、うまれたての死のにおいがした。
ねじけてゆくひだりの肩から。つきでた骨が、わたしの喉仏とひとつに、わたしにとけこんでわたしになって。わたしは片翼になろうとしていた。
トゥ。Ru……びしょ濡れのわたし、つちふまずはもう半分もない。つまさきは阿波ぶくに、Tyen、琵琶の鳴きしきる、ほろり、ほどけてゆくわたし、もたげたひとさし指にまつわりつくかちどき、鳩に、鳩に、鳩のうぶごえにわたしは。
骨、のんだんや。
少女は姉の顔をしていた。岩壁にすだれた藤の花、おまえも、しね。阿波ぶくにまみれたふたり、きうっと巻きつけたへその緒、海ほたるにとられたくるぶし、蹴りつけたかかと、それじゃ、飛べないね。
のどにはえはじめたうろこ、なまぐさを身にまとうわたし、銀になめられてゆくはだ、ほら。少女のくちびるがちょん、しぶきにくちづける。
きこえた? TyeTyeTyeTyeTy、ぷちぷちはじけるまぎわの、ねじれた弦、調子っぱずれの琵琶、鳩は、鳩は、滝のむすびめ、水のあなたへはばたいてゆく。
撥がほうられた。もう、きこえないね。
わらったような少女の、落ちくぼんでゆくわたしのひたい、灰いろの砂のこぼれた、とがったあしゆびがわたしの頬をつきやぶる。鳩のつめあと、鳴りやんだ琵琶のかわりに。わたしがしぶきをあげていた。
なにが、みえる? ひとさし指でつつかれたのは。おでこに生えたウオのめ、みやこが、みえるかな。しぼられたわたしのまなざしは。しなった藤の花、ほう、燃されたみたいに。めだまはあたたまっていた。
鳩にでも、なれば。つまさきを水面につけたのだと、遠のいてゆくカゲロウ、いけると、おもってた? わたしの喉仏は鳩のくちばしに、真っ赤にただれたわたしのこえ、あんたも、みやこにはいけんよ。
みやこおちじゃあ。
ひらいた扇をとじきって。鼓をうつようもいちど、拍子をとって。はねのまろぶひとたらし、そよいだはずの藤の花さえも飛びたって。鳩笛はもうきこえない。る、る、る、ゆがんでゆくそらに鳩の背がみえた。
阿波にしずまって。ひざをついたさきは、白磁のなめらかなつぼのそこ、黒電話がいちだい、さざなみに守られていた。じゅうのダイヤル、受話器をとりあげた。
Ru・Ru・Ru……くちぶえのかわりに。コールするわたしのよびぶえ、燃し、藻し。もし、もし。燃し、若し。
手にしたアルミのサッシは濡れていた。ろっかいのベランダから夜を眺める。かえらない蛙たちの、ゆらぐ水面で鳴らしたのど、遠くからやってきた救急車、鼻すする雨のにおいがした。
ぽつぽつ、むかいのマンションから、つんとした明かり、てのひらでかこったマッチみたいな、ぼうっとした明かり、ちらつく葉陰がみえた。
ねむそうなひもをたらされて。葉月の陽射しさえぎるため、みどりのカーテン縫うのだと、鳩の鳴らない信号が明滅する。わたれよとアオに敷かれたみちゆき、ヘッドライトが小雨にくちづける、いつかのふゆ、凍結した水道管、ひび割れたアスファルトにこすれたタイヤは耳裏まできていた。
潮にまみれたウオの、銀の香がたちのぼった。かり、ひっかいた頬には。うすっぺらでとうめいないちまいのうろこ、十字路にできた水たまりでは。くちばしでのど潤す、しぶきあげながらつばさを洗うすずめがいた。
雨のにおいのする夜のベランダは。しらないばしょにきたような、そんな気がした。
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