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土を癒す

(お読み下さい:訳者からのお知らせ)


私は第4章で、「『私たちは何のためにここにいるのか?』『地球上で人類の正しい役割は何か?』『地球は何を求めているのか?』といった深い問いを発することを、私たちは求められているのです」と書きました。私はこう書きました。「新たな関係の中では…、大地から何かを取るときはいつも、大地を豊かにするような方法で行うように務めるのです。私たちが与える影響に無意識であることはなく、私たちの影響を最小限にしようとするのでもありません。私たちは、あらゆる生命に奉仕するような美しい影響を与えるよう務めるのです。」

これが、いま大きく広がりつつある「再生型」という形容詞で活動を言い表した運動が、旗揚げの哲学指針としているものです。中でも最もよく知られているのが再生型農業です。

再生型農業は土と水と生物多様性を復元する数多くの手法から構成されています。通常は、被覆作物と多年生植物を使って裸の土をけっして露出させないようにし、数多くの食用・非食用作物の間に相乗効果を生む関係を育み、自然の水循環を修復し、群れを作る野生動物をまねた方法で家畜を放牧します。土壌に注目することで、再生型農業は有機農法の出発点となった精神を受け継いでいます。「有機」という言葉は有機農法指導者のJ・I・ロデイルが選んだもので、生きた土を作る有機(つまり炭素を含む)分子のことを指します。彼は土が単なる化学物質の混合物ではないことを理解していました。残念ながら、この言葉は元の意味を失い、全く土を使わずに作られた水耕栽培の野菜に今ではアメリカ農務省が有機の表示を許可するところまで歪められてしまいました。私がここで「有機農法」という言葉を使わないのはそのためですが、これから説明する再生型の手法はロデイルの本当の精神から見ても有機的と言えるものなのです。

再生型の手法は、大量の炭素を急速に隔離する能力で近年注目を集めています。読者の皆さんがここまででお分かりのように、炭素のような一つの数値だけに基づいて技術を評価するのは誤りだと私は思っていますが、それとは違ってこの場合の炭素は表土を造ることに相当します。表土は地上の生命の基礎となるもので、地球表面の生きた層です。土が健康に育てば人間を含め農場のあらゆる生き物も健康に育つことを、再生型の農家とパーマカルチャー農家は理解しています。

土の健康を回復する有望な手法の一つに集中管理型輪換放牧と呼ばれるものがあり、自然の草原での役割を模倣した方法で動物を育てることを目指します。あなたが今でも伝統的な遊牧畜産を営んでいる文化の出身ではないのなら、動物の放牧と言われてあなたが想像するのは、おそらく牛や羊が点在する一面の草原でしょう。その光景は健康な生態系で見られるはずのものとは掛け離れています。健康な生態系には天敵がいて、野原いっぱいに散らばった羊は食べ放題レストランのようなものです。そのため草食動物は集まって大きな群れを作ることで身を守り、一つの場所で集中的に草を食べると次の場所へ移動を続けます。集中管理型輪換放牧はこれを模倣します。

自然の草原にいるように、草食動物の集中した大きな群れが草地の健康を維持し土を作ります。群れは甘味のある草の先端を主に食べ、残った草を踏みつけて糞をしますが、根まで食べる前に移動させます。こうすれば群れが移動した後の草は素早く回復できます。踏みつけられた草の厚い層によって土壌が浸食から守られるだけでなく、踏まれて傷付いた植物は糖分を根に送って濃い滲出液を出し、糞と朽ちていく枯れ草も合わさって、土中の生物相を養います。土中の生物相、特にミミズは、土壌の透水性を高め、雨を吸収するスポンジのようにします。動物の蹄(ひづめ)は土の表面に穴を開け、水を捉える凹みを作ることでその働きを助けます。

荒廃した土地で実施すると、集中管理型輪換放牧は土地に生命を取り戻してくれます。涸れた泉には再び水があふれ出し、茶色の景色が緑に変わり、鳥など多様な野生動物が戻り、季節によって涸れていた川が年中流れるようになり、痩せた土壌は厚さを取り戻します。

集中管理型輪換放牧で最も影響力のある実践家は、ジンバブエの生物学者で農家のアラン・セイボリーで、彼はサハラ以南のアフリカや、北米、南米、オーストラリアの農民たちに彼の農法を教えてきました。彼が「TED Talks(テッド・トークス)」で話した講演では、「ホリスティック放牧」と呼ぶ農法でよみがえらせた土地の、実施前後の驚くような比較写真を披露しています[1]。

彼の主張は大きな論争を巻き起こしました[2]。私はどちらかというと賛成意見の側を信じます。その理由は、第一に批判者たちはセイボリーが推進する農法を知りもせずに書かれた風刺的な記述に対して攻撃しているからであり、第二にこの農法を実践し代替農法誌などで経験談を共有し合う農家や畜産家の数が高まりを見せているのは紛れもないことだからです。しかし、その効果の実証が難しいのは、確かな数量的データが乏しいというのが主な理由です。土壌の炭素測定が難しいことに加えて、集中管理型輪換放牧には標準化された手法というものがなく、地域固有の条件によって隣り合う農場や隣り合う谷とは異なる方法が必要になります。セイボリーが「ホリスティック」という言葉を使うのはこのためです。正しい方法は土地との親密な関係によってしか決めることができません。

集中管理型輪換放牧の炭素隔離量のデータは多くはありませんが、最近の研究では多くの科学者がこれまで信じてきたよりずっと多い量が示されています。ジョージア大学の2014年の研究では、畝(うね)栽培から集中管理放牧に転換した農場での年間1ヘクタール当たりの土壌炭素増加量の測定結果は、毎年8トンでした[3]。保水力も3割増加しました。全世界では約35億ヘクタールの土地を放牧地と牧草地に使っています。その土地の1割を集中管理型輪換放牧に転換するだけで(先ほどの8トンという数字を使えば)現在の排出量の4分の1を隔離できるはずです。(集中管理型輪換放牧はメタン排出量も従来型の食肉生産に比べて22%削減します。)[4]

個別の農家はこれよりずっと高い炭素隔離量を報告しています。非常に有名な再生型農場のひとつにノースダコタ州のブラウン牧場がありますが、ここではホリスティック放牧法を使って土壌炭素量を6年間で4%から10%に増加させました。これは毎年1ヘクタール当たり20トンの炭素に相当します[5]。雨水を吸収する能力も毎時13ミリ(これでは地表から大量の雨水が流出します)から毎時200ミリに増加しました[6]。牧場主で農夫のゲイブ・ブラウンと彼の家族は管理型放牧だけに頼っているわけではありません。被覆作物を複雑に組み合わせ、多数の層からなる混作も用いて、ダイコンとカブをヒマワリの陰で育てます。根の深さが様々に異なる植物を注意深く組み合わせて栽培します。多様な多年生植物は昆虫の生物多様性を高め、天然の害虫対策となります。近隣の農場を苦しめアメリカ最大の農作物害虫であるトウモロコシハムシの問題もこの農場では起きていません。殺虫剤と肥料を全く使っていないにも関わらず、この農場ではアメリカ全国平均より25%多いトウモロコシの収穫を上げ、収量当たりのコストもずっと低くなっています。

放牧と同じように、再生型園芸も炭素を減らすため非常に有望視されていて、よく似た指針を用いています。耕起など土をかき乱すことはどんな形でも避け、被覆作物を推奨しますが、これは摘み取ったり刈り取ったりして土中の生物相の餌となり、腐植の層をさらに積み重ねます。ロデイル研究所の研究によると、全世界で有機再生型農法を耕地に実施すれば世界の排出量の40%以上を相殺できる一方、放牧地に実施すれば71%を相殺できます[7]。陸地の二酸化炭素削減可能性は現在の排出量の100%以上で、ここに森林再生と造林は含まれていません。

もうひとつの素晴らしい取り組みはシントロピック農法で、再生型自然相似造林としても知られ、エルンスト・ゴーシュがブラジルで編み出した方法です。1984年に彼が購入したのは、森林の皆伐と斜面でのキャッサバ大規模栽培など土地の酷使の結果ひどく荒廃した500ヘクタールの広大な農場でした。そこは地元の人々が「乾いた土地」と呼ぶ場所でした。ゴーシュは生態系の遷移を模倣して、コンパニオンプランツを混植し、強い「切り落とし」剪定で土壌の有機物を作ることによって、その土地の健康を回復させました。30年後、その土地はすっかり姿を変えました。14か所の涸れた泉は命を吹き返し、小川が年中流れるようになり、もとあった大西洋岸熱帯雨林の生物多様性が回復し、この微地域の気温は下がり、雨量が増加しました。またこの農場で生産するのは豊富な食物や木材など様々な産物で、その中には世界最高品質と評されるカカオ豆もあり[8]、この全てが灌漑、農薬、肥料を一切使わずに作られています。ある労働者の言葉を借りれば、食物生産は自然の森林遷移と戦わずそれに乗る形で行われています。毎回の収穫を経るごとに、前の年より土は豊かになるのです[9]。彼のモデルに触発された事業がブラジルの国中で始まり、オーストラリアなど他の地域にも広がっています。

ゴーシュは炭素を減らすことを目的にこの手法を編み出したわけではありませんが、コーペラフロレスタ・ブラジルの研究によると、彼の手法は植生遷移のどの段階にいるかにもよりますが1ヘクタール当たり約10トンの炭素を隔離します[10]。私がこのことに触れる主な理由は、本書で書いている生態系中心の見方が標準的な気候物語の求めるものと矛盾していないということを繰り返すためです。しかし、動機としてその物語に依存することもありません。水の枠組みと生物多様性の枠組みでは、再生型の手法はもっと魅力的になります。


注:
[1] セイボリー(2013)。

[2] この論争の雰囲気はロビンス(2014)を参照。

[3] マックミュラーら(2015)。

[4] デラマスら(2003)。

[5] ホーケン(2017)p. 73。

[6] この数字と続く数字はオールソン(2014)より。

[7] ロデイル研究所(2014)。

[8] 田口(2016)。

[9] この農場とシントロピック農法についてはVimeoやYouTubeの短編映像「Life in Syntropy(シントロピーの中の生命)」を参照。

[10] コーペラフロレスタ(2016)、センディン(2016)に引用。


(原文リンク)https://charleseisenstein.org/books/climate-a-new-story/eng/healing-the-soil/

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス「表示4.0国際 (CC BY 4.0)」 
著者:チャールズ・アイゼンスタイン
翻訳:酒井泰幸

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