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違うレンズを通して

(お読み下さい:訳者からのお知らせ)


気候論争の中で見えなくなってしまうことの一つに、地球の気候は既にひどく乱れているということがあります。地球平均やコンピューターモデルの予測について話しているとき、これは見えにくいものです。でも深刻な気候変動はすでに何百万人もの生活に打撃を与えています。それを見るには、違うレンズを通して見る必要があります。気温や炭素ではなく、水です。

ここ数十年で、世界の「気候」といえば「気温」を表すことがますます多くなりました。地球上のほぼどこでも頻発するようになってきている干ばつや洪水の議論をどれでも読んでみれば、気候変動を(唯一とは言わないまでも)主な原因としているのが分かるでしょう。しかし以前なら、気候について暑さ寒さと同じくらい日照りや長雨についても話題にしたものです。干ばつや洪水の深刻さが増しているのは気候変動の結果ではありません。それこそが気候変動なのです。

ほとんどの気候変動をめぐる議論では気温に注目しますが、最も直接的に生命に影響する気候因子は水です。暑い赤道地帯の全域で生命が繁栄しているのは雨が豊富に降るからですが、砂漠では降水量がほとんど無いので、どんな気温の場所でも他と比べて不毛な土地になります。

土地が人間の生活を支える能力も水が頼りです。降雨が規則正しく豊富なほど、土地は大勢の人々を養うことができます。夏が平年より暑くても作物にとって大きな打撃となることは普通ありませんが、干ばつは壊滅的な被害につながる脅威です。

もちろん、気温が降雨パターンに与える影響は大きなもので、風と海流への影響を通して最も直接的に影響します。さらに、水循環と炭素循環は密接に関連しています。その一方を語らずにもう一方を語ることはできません。私がこれから示そうとしている重点の移動は、「水のほうが直接の影響が大きいから、炭素については忘れるべきだ」というほど単純なものではありません。私たちに見えてくるのは、水を一番に据えることで、炭素問題と温暖化問題も解決されるということです。

水蒸気は地球上で最も影響力の強い温室効果ガスで、温室効果の80%を占めます。しかしその影響のモデル化が難しいのは、二酸化炭素と違って大気中の分布が不均一だからです。さらに、凝結して雲になると、日中のあいだ水は日光を反射して冷却効果を発揮するだけでなく、雲の種類と高さにもよりますが、特に夜間には地表を断熱し遠赤外放射を吸収して保温効果も発揮します。水の蒸発と凝結は大気の低層から高層へも熱を伝達し、地域を越えて水平にも熱を運びます。このように地域ごとに異なる効果の相互作用のため、水を正確にモデル化するのは難しくなります。

これをさらに難しくしている決定的因子が、生命です。最近まで、降雨パターンと雲の形成は、主として地球物理学的プロセスの働きだと(科学者に)考えられていました。偶然にも豊富な雨の降る場所には生命が繁栄し、雨のほとんど降らない場所には乾燥地ができたのだ。この見方に通じているさらに深い信念があって、地球は生命の宿主ではあるがそれ自体は生きておらず、生命というのは生きていない岩石の上に偶然に発生した生物学的な垢にすぎないというものです。

ジェームズ・ラブロックとリン・マーギュリスのガイア理論は、生命が生命生存のための条件を作ると主張し、地質学と生物学の概念的な分断に終止符を打ちました。このパラダイムが科学に浸透すると、それまで見えなかったものを見るようにする知覚の態度が促されます。それは科学者に見えなかっただけで、伝統に生きる人々や先住民には見えていたのです。

気候についてのパラダイム・シフトは炭素から水へというものではなく、地球の機械論的な視点からガイアの視点へ、つまり生きたシステムの視点への転換です。炭素のレンズを通して見るにしても、水のレンズを通して見るにしても、生きたシステムの視点からは、気候の健全性はあらゆる場所の地域生態系の健全性にかかっていることが分かります。

そして、地域生態系の健全性は水循環の健全性にかかっていて、水循環の健全性は土と森にかかっているのです。


(原文リンク)https://charleseisenstein.org/books/climate-a-new-story/eng/a-different-lens/

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス「表示4.0国際 (CC BY 4.0)」 
著者:チャールズ・アイゼンスタイン
翻訳:酒井泰幸


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