【1分小説】税務署職員の日記 No.2 消(ケシ)
今日は自動車整備事業をしている個人事業主の自宅へ臨場だ。
臨場 : 会場に臨むこと
訪問と言えばいいのに、税務署内では慣習として臨場と言っている。
違和感しかない。
言葉のイメージから怖いではないか。
「これ、消費税無申告案件なんで。よろしく」
統括官から渡された案件だが、気が進まない。
消費税無申告、僕がこの意味を知ったのは税務署に入ってからだ。
基準期間の課税売上高が1,000万円を超えると消費税納税義務者となる。
基準期間とは?課税売上高とは?
細かく言い出すとキリがないが、誤解を恐れず簡潔に言うなら2年前の国内売上が1,000万円を超えると消費税がかかるということだ。
1,000万円というボーダーがあるため、納税者は消費税の納税を避けたいインセンティブが働く。そのため税務署は売上高900万円前後のいわゆる「ボーダー」を対象に税務調査をすることがあるくらいだ。つまり意図的に売上を低く見せていないか税務署としては疑っている。
しかし、今回は「ボーダー」案件ではない。2年前の売上高が1,000万円を超えているため、シンプルな「消費税無申告」だ。
自動車整備という仕事から考えても、消費税課税取引だろう。
ため息がでる。
僕が嫌いな仕事の一つだ。
まだ悪徳な脱税者の方が相手をしやすい。
消費税無申告者は、意図的な者もいるだろうが、多くは無知が原因である。
調査対象者に電話をすると
「消費税かかるんですか、知らなかった」
と言われるのがオチだ。
今回の調査対象者へ事前通知の電話をした際にも、テープに録音されたように何度も聞いたセリフをまた聞いた。
「知らなかったんです」
この場合の調査は早く終わる。
しかし、
・無申告加算税
・延滞税
・(万が一、重加案件になると重加算税)
と調査対象者にはペナルティが課される。
無知ほど怖いものはないと無申告加算税を見るたびに思う。
「はぁぁぁ」
ため息をつきながら、臨場する準備をする。
この憤りはなんだろうか。
高校生くらいのマネーリテラシー教育の一環で確定申告の方法くらいやったらいいのにと思う。
僕が少しでも税金を知るきっかけを作りたい。
人知れず、熱い想いが宿る。
税金の近寄りがたい雰囲気をぶっ壊したい。
この事案の調査報告書は
「9/20 F氏宅に訪問。」と記載した。
僕のささやかな抵抗だ。
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