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サガン鳥栖の経営難から見るJリーグの全てのクラブの現状

1993年に10クラブでスタートした日本プロサッカーリーグも、現在では1部から3部で加盟数は50以上となり、クラブがホームタウンとしている本拠地も、30以上の都道府県にまで増加している。これはこの四半世紀で、日本サッカーが飛躍的な進歩を遂げてきた結果と言えるだろう。

パフォーム社の動画配信サービスDAZN(ダ・ゾーン)と10年という大型長期契約を結んだことによって、各クラブには多くの放映権料が分配されるようになり、これは各クラブの運営状態や経営方針に大きな影響を与えていくことになった。クラブによって経営状況は異なるだろうし、一概にこうするべきと提言するのは容易ではないが、こんな機会だからこそ、5年後、10年後を見据えた健全で地域に密着したクラブ経営を目指してほしい。それを実現するためにも、Jクラブがそれぞれのホームタウンに暮らす人々にとってどのような存在であるべきか、今一度考えることが重要だろう。

 そこで今回は、かつてJリーグを発足するにあたり手本にしたドイツ・ブンデスリーガに所属するクラブの在り方を、あらためて掘り下げて紹介したいと思う。きっと、Jクラブがホームタウンの地域住民からの帰属意識を高める上で、非常に重要なヒントとなるのではないかと思っている。


これは前の記事でも書いたけど、改めて。

フェラインはある特定の目的を持った人間が最低7人集まれば簡単に設立することができる。申請が比較的簡潔であることに加え、公益性の認証を受けることができれば、税制上の優遇処置(法人税、営業税、売上税などの軽減処置)や、小規模であれば、フェラインの会員が所得税控除を受けられるという処置もある。また、設立の目的も自由であることから、ドイツには趣味趣向に合わせて、消防団、自然保護、青少年育成、子育て、病人、高齢者介護、合唱、オーケストラ、音楽隊、スポーツ、観光、民族、園芸など、多種多様なフェラインが存在している。ちなみにスポーツを目的とした「スポーツフェライン」は、ドイツ国内に約9万ほど存在するが、そのうちの約2万5000がフースバルフェラインで、全体の約4分の1を占めている。

 フェラインがドイツ国内で公共性の高い組織であることは理解していただけたと思う。ではフェラインとは一体誰のものなのだろうか。その答えは非常に簡単で、会員のものである。本来フェラインの活動は原則会員が支払う会費によって運営される。ブンデスリーガに所属するフースバルフェラインに言及すると、それら会費の収入に加えて、試合の興行収入やスポンサーからの広告収入、放映権の分配金などが、フェラインの収益となるわけだ。

 ここで注意していただきたいのは、フェラインはJクラブが運営する「ファンクラブ」とは全く違うものであるということである。会員はあくまでもフェラインの一員であって、サービスを受ける「お客様」ではない。だから会員になることのメリットを問われても、クラブの一員になり、アイデンティティーを共有することができる、としか言いようがない。その代わり、会員は年に1回行われる会員総会で投票する1票の権利を与えられることになる。これは公平にすべての会員がフェラインの決定事項に関与できることを意味しており、会員の最大の特徴である。

 ちなみにドイツにもいわゆるファンクラブはたくさん存在する。例えば私が所属しているフォルトゥナ・デュッセルドルフにも100を超えるファンクラブが登録されている。彼らはフォルトゥナが規定している内容に沿って申請を出すことで、フォルトゥナ側から正式にその存在が認められることになるが、これはあくまでもファンが自分たちの意思で立ち上げたものだ。


フェラインの会員について、厳密にはアクティブ会員とパッシブ会員が存在する。前者はフェラインの中で能動的に活動をしている会員を指すのに対し、後者は能動的な活動をしているわけではない会員のことを意味する。より具体的に説明すると、フォルトゥナには現在約2万2000人ほどの会員が存在するが、トップチームやアカデミーでプレーする選手や監督コーチ陣、またフロントスタッフなどはアクティブ会員に分類され、それ以外の方々がパッシブ会員に分類される。ただしこの2つの立場に上下関係はなく、同じフェラインに属する会員として存在していることになる。

 トップチームの選手もフェラインの会員なのだから、本来一般の会員とフラットな関係であることが望ましい。フォルトゥナではそういった分け隔たりのない会員同士の交流を積極的に行っている。新規で入会したパッシブ会員から抽選で選ばれた方々をイベントに招待し、そこへアクティブ会員である選手が参加して一緒に何かを楽しむことを心掛けている。選手たちもその意味をしっかりと理解して参加することで、選手であってもファンであっても、お互いが顔の見える存在、意見を交換できる立場でいられるよう努める。そうして、フォルトゥナという1つのアイデンティティーを共有できるようになるのだ。

 ちなみにフォルトゥナではさらに、定期的な会員フォーラムを行っている。フェラインの方針に対し、可能な限り多くの会員の声をくみ取れるような対話の場を提供しているのだ。これにより、たとえ自分がパッシブ会員であっても、その「フェライン=コミュニティー」に所属していると感じられる。その中でも公平な振る舞いができ、時に納得がいかないことがあれば意見することで、帰属意識は高まっていく。会員はフェラインのお客様ではなく、フェラインの一部なのである。そのようにして、自分の生活が「社会=コミュニティー=フェライン」の中にあると実感できることが、元々ある帰属意識をフェラインへの強いアイデンティティーへと育てる大きな要素になるのではないだろうか。

本当の意味での「自分のクラブ」に

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ブンデスリーガに所属する、かつて宇佐美も所属していたフォルトゥナ・デュッセルドルフでは3カ月に1回のペースで会員フォーラムを開催している。フェライン側の役職者と一般会員がフラットな場でクラブ運営に関するディスカッションを行うことが目的。サポミの様子。


Jクラブが地域密着を目指す上で重要なことは、ビッグネームの選手を連れてきて、ファンを喜ばせることではないと僕は考えている。そういったスター選手による一時的な観客数の増加よりも、その地域の方々に、本当の意味で自分のクラブだと思ってもらうことの方が重要だからである。

今回のトーレスの件でもそうだったが、イニエスタでも何でも、一時的には観客の増加を見込めても、成績が悪かったりしたらファン、スポンサーなどが離れてしまう。それでは本当の意味で密着でもなんでもない。

 このシンプルな答えが分かっているようで分かっていないクラブが、残念ながら日本にはまだまだ多いのではないだろうか。確かにお金を払って試合を観に来てくれる方々は、大切なお客様である。しかしお客様であると同時に、クラブを成長させていくためのサポートをしてもらう“サポーター”である必要がある。彼らの声を聞き、彼らとともに歩むことで、共通のアイデンティティーが生まれ、そしてそのコミュニティー(=クラブ)の結束が強まっていく。そういった本質的な部分をクラブ側が理解し、サポーターと良い相互関係を築くことが、スタジアムを満員にすることにつながるのではないでしょうか?

 地方は人口が少ない、というのも理由にはなり得ない。例えばブンデスリーガ2部クラブのザントハウゼンは、人口1万5000人弱の小さな町がホームタウンだが、年間平均観客数は6229人だ。正直、ザントハウゼンでプレーする選手の名前を10人言える人はほとんどいないだろう。それだけ小さなクラブではあるが、この街では愛されている。実に人口の半分近くがスタジアムに足を運んでくれるのだから。

こんな時期だからこそ改めて考えて、まずはJクラブで働くスタッフや、プレーする選手たちの意識改革が必要だろう。そして、そういった人材育成や取り組みに、時間と労力を費やしていく良い機会なのかもしれない。全国に広がるプロサッカークラブが、それぞれの地域で人々の生活を豊かにする。そんな存在になっていってほしい。そういう意味でもドイツの「フェライン」の在り方は、Jリーグ全体にとっても非常に参考になるマインドだと僕は思う。